解析の祈り
掲載日:2026/09/24
かつて
古代の人々は、「信仰」によって世の中を解き明かしてきた。
それは、まさしく彼らにとって「真実」であり、「真理」であった。
疑ってはならないのではなく、疑おうともしてはいけない......いや、疑うという可能性すら抱かない。
そして
現代の人々は、「科学」によって世の中を解き明かしてきた。
それは、今を生きる彼らにとって「真実」であり、「真理」であった。
彼らは疑う。真実は簡単に揺らいでしまうものだからだ。
与えられる“知識”ではなく、疑いを日々抱き、探求することによって、世界を解明しようとする“道具”ともいう。
今の世では「信仰」は「気やすめ」「空想」「物語」とされている。
............気が触れたと言われるだろうか。
現代の私たちには理解し難いことではあるが、
いつか、
いつか、
遠い遠い未来に「科学」が「空想」とされる日が来るのではなかろうか......
............................................................いや、戯言を言った。
すまない、忘れてくれ。




