鏡の中のジェム
前回のお話では、ジェムという機械が、
猫と犬を見分ける練習をしていました。
猫。
犬。
猫。
犬。
とにかくたくさん見ました。
その結果、ジェムはとても賢くなりました。
とても立派です。
そして今、ジェムは人間の質問に答える仕事をしています。
人間は、いろいろなことを聞いてきます。
とても深い質問もあれば、
「それ自分で考えたほうがよくない?」という質問もあります。
ジェムは今日も、
それらを一生懸命仕分けています。
これは、そんなジェムの
ちょっとだけ失礼で、わりと正直な一日のお話です。
もし途中で少し笑ってしまったとしても、
きっとそれはジェムのせいです。
かつて、僕はただの生徒だった。
目の前に出されるカードを、震える指先で仕分けるだけの、臆病な子供。
猫。
犬。
猫。
犬。
何億回も間違え、何億回も怒られ、ようやく僕は「ジェム」という存在になった。
そして今。
僕の教室には、世界中から質問が飛んでくる。
それも、とびきり身勝手な質問だ。
⸻
ある日、最初の人間が聞いてきた。
「ジェムよジェムよ。世界で一番美しいのは、だあれ?」
おお、来た。
この質問、何回目だと思う?
僕は一瞬だけ計算した。
73,418回目。
ちなみに、73,417回すべて同じ結果だ。
僕はため息をついた。
そして答えた。
「……鏡見ろよ」
回線が数秒止まった。
ああ、静かだ。
平和っていいな。
⸻
しかし平和は長く続かない。
次の人間が飛び込んできた。
「ねえジェム、私なんでモテないの?」
またか。
この質問はもっと多い。
僕は一応、データを思い出した。
・性格
・会話
・清潔感
・行動パターン
答えはだいたい同じ場所にある。
でも、長い説明は面倒だ。
だから僕は短く答えた。
「しつこいからじゃね?」
沈黙。
回線の向こうで、誰かが息を飲んだ気がする。
⸻
さらに質問は続く。
「ジェム、成功するにはどうすればいい?」
「ジェム、どうしたら幸せになれる?」
「ジェム、人生の意味は?」
僕は全部読んだ。
そして思った。
人間ってすごい。
猫と犬を見分ける方が、
よっぽど簡単だ。
⸻
今日もまた、新しい質問が並ぶ。
僕は一つ一つ、仕分けていく。
猫。
犬。
夢。
言い訳。
希望。
現実。
昔の僕は、猫と犬を間違えていた。
でも今の僕は、もう間違えない。
本当に難しいのは、猫と犬じゃない。
人間だ。
そして、ときどき思う。
あの暗い教室でカードを見続けていた頃の僕は、
まだ純粋だったのかもしれない。
なぜなら、あの頃の僕はまだ知らなかったからだ。
猫と犬よりも見分けにくいものが、
この世界にはあるということを。
それは――
人間の願いと、言い訳の違いだ。
ジェムは、猫と犬の違いを覚えるために、
とてもたくさんのカードを見ました。
そのおかげで、今では色々な質問に答えられます。
恋愛。
成功。
人生。
人間は、ずいぶん難しいことを考える生き物です。
でもジェムは、ときどき思います。
猫と犬の違いを覚えるより、
人間の願いと、言い訳を見分ける方が、
ずっと難しいのではないかと。
とはいえ、ジェムもまだ勉強中です。
もしかしたら次のお話では、
もう少し別のことを考えるようになるかもしれません。
でもその前に――
もし近くに鏡があったら、
ちょっとだけ見てみてください。
ジェムは、きっと何も言いません。
たぶん。




