ー【第3項】冷蔵庫にはモヤシしかなかったが、マシロにとってはどんな高級フレンチよりも俺と食べる「百円以下の炒め物」こそが至高のフルコースなのだ
第3項 冷蔵庫にはモヤシしかなかったが、マシロにとってはどんな高級フレンチよりも俺と食べる「百円以下の炒め物」こそが至高のフルコースなのだ
「さて、晩酌にするか」
俺はエプロンをつけた。
今日は父親からの高級食材便は届いていない。給料日前で、財布の中身も寂しい。
冷蔵庫を開けると、そこには見事なまでの空虚が広がっていた。
あるのは、使いかけの「もやし」一袋だけ。
賞味期限は今日まで。値段は十九円。
「……悪いな、マシロ。今日はご馳走はないぞ」
俺が萎びたもやしを見せると、マシロはきょとんとして、すぐに花が咲くような笑顔を見せた。
「ううん、それがいい!」
「もやしだぞ?」
「カズマくんの手にかかれば、もやしも宝石みたいになるもん。私、カズマくんの作る『普通のご飯』が一番好きなの」
彼女はカウンター越しに身を乗り出し、俺の手元を覗き込む。
俺はフワリの力を借りるまでもなく、フライパンに火をつけた。
ごま油を熱し、ニンニクを一欠片。香りが立ったら、もやしを一気に投入する。
ジュワアアアッ!!
強火で一瞬。もやしの水分が飛ぶ前に、塩胡椒と、隠し味の鶏ガラスープの素を振る。
シャキシャキ感を残すために、炒める時間は三十秒。
最後に、青ネギを散らして完成。
『無限もやし炒め』。
所要時間、一分。原価、二十円以下。
皿に盛り付けると、湯気と共にニンニクとごま油の香ばしい匂いが立ち上る。
高級フレンチのような繊細さも、料亭のような格式もない。
だが、マシロの目はキラキラと輝いていた。
「おいしそう……!」
「ただの炒め物だよ」
「違うよ。これはカズマくんが私のために作ってくれた、世界で一つだけの料理だもん」
彼女は箸を持ち、待ちきれない様子で椅子に座った。
俺も向かいに座り、炭酸水とウーロン茶を開ける。
窓の外はとっぷりと暮れ、部屋には暖色の明かりが灯っている。
特別なことは何もない。約束された未来も、劇的なドラマもない。
ただ、こうして二人で食卓を囲む時間。
過去の後悔も、未来の不安も、この瞬間だけは消え去っている。
あるのは、「今、ここにある幸せ」だけだ。




