ー【第2項】激怒する父親の背後に見えたのは「家元の重圧」という巨大な孤独であり、フワリはそれを最高の御馳走と認識した
第2項 激怒する父親の背後に見えたのは「家元の重圧」という巨大な孤独であり、フワリはそれを最高の御馳走と認識した
フワリは、怒り狂う厳格氏の背後を凝視していた。
そこには、どす黒い靄が渦巻いていた。
それは単なる怒りではない。
『伝統を守らねばならない』『娘を完璧に育て上げねばならない』『己の欲を殺し、芸の道に生きねばならない』
そんな、長年にわたって蓄積された「義務感」と「孤独」の塊だった。
彼は、自らを厳しく律するあまり、食の楽しみさえも捨て去っていたのだ。
フワリが、よだれを垂らすような仕草を見せた。
『――対象、極大ストレス反応。推奨、ノスタルジーの喚起』
脳内にレシピが浮かぶ。
それは、高級食材を使った懐石料理ではない。
もっと原始的で、誰の心にも眠る「甘い記憶」を呼び覚ます一品。
俺は覚悟を決めた。
「……白雪さんのお父様」
俺が声をかけると、厳格氏はギロリと俺を睨んだ。
「なんだ。言い訳なら聞かんぞ」
「いえ、お話しする前に、お茶だけでもいかがですか。遠路はるばるお越しいただいたのですから」
俺は努めて冷静に言った。
厳格氏は鼻を鳴らした。
「ふん。粗茶など飲めるか」
「まあ、そう言わずに」
俺はキッチンへ向かった。
あるのは、スーパーで買った百円の塩煎餅。冷蔵庫の奥に眠っていたクリームチーズ。そして、実家から送られてきた缶詰のあんこ。
これで勝負だ。
俺は煎餅の袋を開け、二枚取り出す。
一枚目の裏に、クリームチーズをたっぷりと塗る。
もう一枚の裏には、あんこを山盛りに乗せる。
それをサンドイッチのように重ね合わせる。
完成、『100円煎餅のクリームチーズ最中』。
見た目は不格好な巨大マカロンのようだ。
俺はそれを皿に乗せ、厳格氏の前に差し出した。
「どうぞ。お茶請けです」
厳格氏は絶句した。
「……なんだこれは。私を愚弄しているのか?」
煎餅とチーズとあんこ。伝統と格式を重んじる彼にとって、それは冒涜にも等しい組み合わせだった。




