【第1章】【第1項】教室の空気モブである俺の唯一の救いは、炭酸水と共に現れる毛玉の精霊フワリと過ごす、深夜の背徳的な晩酌タイムだけだった
第1章 晩酌と雨の日の白雪姫
第1項 教室の空気モブである俺の唯一の救いは、炭酸水と共に現れる毛玉の精霊フワリと過ごす、深夜の背徳的な晩酌タイムだけだった
高校二年生、九条カズマ。それが俺の名前だ。
クラスでの立ち位置は、いわゆる「空気モブ」。休み時間は寝たふりをして過ごし、グループワークでは余り物同士でくっつく。教師に指されれば無難な答えを返し、目立たず、騒がず、波風を立てない。それが俺の処世術であり、同時に俺という人間の限界でもあった。
だが、そんな灰色の日常にも、たった一つだけ色彩を取り戻せる瞬間がある。
深夜二時。家族も寝静まり、世界のすべてが沈黙する時間帯。
俺は自室の鍵を二重にロックし、小型冷蔵庫からキンキンに冷えた強炭酸水を取り出す。
「……ふぅ」
プシュッ、と小気味よい音が静寂を切り裂く。
その瞬間だった。
俺の肩に、ずしりとした重みと共に「それ」は現れる。
直径二十センチほどの、白い毛玉。目も口もない、ただのフワフワとした綿毛の集合体。俺はこいつを「フワリ」と呼んでいる。
フワリは俺の首筋に身体を押し付けると、掃除機のような吸引力で俺の中から「何か」を吸い出し始めた。
それは、今日一日で溜まった澱だ。
誰にも認知されない疎外感。将来への漠然とした不安。教室の隅で感じた居心地の悪さ。そんなドロドロとした負の感情を、フワリは美味そうに啜っていく。
『――受信。対象、ストレス値中等度。推奨レシピ、検索終了』
声ではない。脳髄に直接、イメージが叩き込まれる。
フワリは俺のストレスを食べる代償に、「今、この瞬間の快楽」に特化した最適解のレシピを授けるのだ。
俺の身体が、半ば自動的に動き出す。
冷蔵庫に残っていた賞味期限ギリギリのロースハム。スライスチーズ。そして、黒胡椒。
ハムとチーズを交互に重ね、四層のミルフィーユを作る。それをレンジで三十秒。仕上げに、これでもかというほど黒胡椒を振る。
所要時間、わずか一分。
『ハムとチーズのミルフィーユ・黒胡椒まみれ』の完成だ。
熱で溶けたチーズがハムの塩気と絡み合い、黒胡椒の刺激的な香りが鼻腔をくすぐる。
俺はそれを口に放り込み、強炭酸水で流し込んだ。
「――――ッ」
脳が痺れる。
過去の失敗も、未来の不安も、すべてが消し飛ぶ。フワリの力が作用し、俺の意識は「今、美味い」という一点のみに凝縮される。
これは食事ではない。儀式だ。
あるいは、現代社会という牢獄からの、一時的な解脱。
俺はフワリを撫でながら、誰にも邪魔されない至福の夜を噛み締めていた。
――その時までは。




