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第6話 始まり6

 外に出る。犬が数匹寄って来たが、俺の姿を見ると去って行った。どうやらお目当てはあのテイマーのようだ。多少は外に出たのだろう。


 明るい。太陽の位置からおおよそ昼時と分かる。にもかかわらず、道に座り込み酔いつぶれているらしい者や、賭博らしいものをしている者まで。明らかに治安が悪そうで官憲も立ち入りそうにない。


 木造のボロ屋が立ち並ぶ。テレビの中国歴史劇で見たことがあるような景観が展開されておった。加えて、粗末ながら門扉のある家もあり、そこには額がかけてあり、色のはがれかけた漢字が見えた。なるほど。ここは確定と。


 詳しく話を聞くにしろ、まともな奴がいいと想い、少し歩くことにする。


 食い物を売っている者がおった。肉マンみたいだ。少しばかり買ってから尋ねるなら、気前よく教えてくれそうだが、残念ながら手持ちが無い。


 ところで、試してみなければならぬことがある。俺がさっきから頭の中で使っているのは日本語なのだが。それが俺の口を出たときには、中国語、しかも、この時代のそれとなっておるかだ。


「おいしそうだね」


「羊肉がたっぷり入った饅頭まんとうだ。一つどうだい?」


 俺の口からは知らない言葉が出て、相手もやはり知らない言葉で答えた。ただ、相手が言っていることは分かった。つまり会話はできる。転生ものによくあるチート能力であるが、どうやら俺もこれにあずかれるらしい。それに相手は気さくな感じで、買い物しなくても、答えてくれそうではある。


「あいにく、今はふところがさびしくてね。ところで、ちょっとお尋ねしたいんだが、いいかい?」


「構わんよ」


「今の皇帝って誰だっけ?」


「誰って、お客さん。今上帝こんじょうていに決まっているよ」


 今上帝というのは、『今の皇帝』の別表現に過ぎぬ。


「そうじゃなくて。皇帝のお名前を知りたいんだ」


「おいおい。悪い冗談はよしてくれよ。それを言った日には、首がいくつあっても足りねえ」


 ああ。そうだった。俺らが良く知るあの何々帝というのは廟号で、名前は他にあるんだが、こちらは滅多なことでは口にしてはならぬとなっておる。特に下々の者の場合。なので、この者が言っていることは、大げさではない。


「今年の年号は何だったかな?」


「忘れたのかい。中平だよ」


 しまった。つい、聞いてみたものの、誰が皇帝のときか分からなかった。漢朝の武帝が年号を始めたのだが、明治維新後の日本と異なり、一人の皇帝在位の間に何度も年号を変える。多少は三国志に詳しいとはいえ、年号までは憶えていない。


「ついでに、先代の皇帝の廟号を教えてくれないか?」


「おお。そうかい。それなら答えてやれるよ。桓帝かんていだよ」


 おっ。とすれば、今は霊帝の時代。これってラッキーじゃねえか。あるいは、あのジジイ。ちゃんと仕事したというべきか。後漢はまだ滅んではいないし、董卓にもまだ牛耳られていない。派手に群雄がやり合うのは、霊帝の死後だ。


「でも、ここらじゃ皆知っていることばかりを聞くんだね。ずいぶん遠くから来たのかな」


 明らかにこっちを探っている感じである。情報は出したくないが、旅の者ではないと言っては、さすがにそれが嘘であるのはバレバレであると想い、こう答える。


「そうだよ」


「あんたも含め三人なのかい」


「ああ。ここで仲間を待っているんだ」


 とっさの嘘であった。相手が警戒してよからぬことを想い留まるなら、それにこしたことはない。


「聞いてばかりで悪いが、ここはなんて土地なんだい」


河内かだい郡でさあ。洛陽らくように向かいなさるのかい」


「そうするつもりだ。ありがとよ」


 と言ってきびすを返す。正直、河内かだい郡がどこかは分からなかったが、これ以上いろいろ聞くと、こちらの弱みにつけ込まれかねない。気さくな良い奴だと想ったが、どうもうさんくさい。この時代、河といえば、黄河のことであり、とすれば、黄河流域なのだろうとは分かる。ただ、これではあまりに茫漠すぎる。相手の言い振りからして、どうやら、洛陽に近いらしい。洛陽は黄河に西から流入する洛水らくすい沿いにある。なので、今いるところは、洛陽の東側というところか。




 おまけ:話中の食い物であるが、何にしようかと迷った。一応、その時代と土地にあるものをというのと――実はこれって厳密にやると結構難しい――三国志にちなむものをと想ったのである。


 最初は桃園の誓いもあるんで、桃にしようかと想ったが、止めにした。季節が限定されそうなのと、誓いの舞台となった涿県たくけんとはかなり離れているためである。河内かだい郡では桃が取れないなんてことは無いと想うが、調べるのも面倒ではある。


 中華料理といえば麺類であり、これも考えはした。ただ、黄土平原を流れる川の水は、土砂による濁りのため飲食に適さないだろう。とすれば、井戸頼りとなり、客に出すだけの分量を汲むのは大変であろうと考え、これも止めにした。


 最終的に孔明を起源とする伝承の残る饅頭まんとうにした。日本では好まれないのか流通していないが、モンゴルでは脂の乗った羊肉はごちそうである。漢地でも『羊頭狗肉』という言葉があれば同様であろう。本作でも後に出て来るが、この時期の漢朝は南匈奴と仲が良く、なので羊肉の入手も容易と想われる。そして、蒸すなら立ち昇るのは水蒸気だけであり、この地の川の水も使える。


 ちなみに、モンゴルでは祝いごとの際には、羊の丸煮が出される。体や足の肉の上に羊の頭が置かれる。ところで、丸煮といっても、丸一頭の意味であり、解体して煮るのである。そうでないと、とんでもなく大きな煮鍋が必要になる。また、頭も食べるのである。


 残酷なようだが、日本でも祝いごとの際に、飼っているにわとりを殺して食べるというのは、戦後になってもそれなりに行われていた。それと同じである。

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