第11話 丁原の陣にて
どこかの城なり砦なりに案内されるかと想っていたが、至った先は野営地であった。防衛というより、出撃と牧馬のたやすさを重視したものか。状況によっては城にこもってとなるのだろうが。少しばかり遠くからでも分かるのは、ぐるりを天幕が取り囲んでいること。まさに遊牧勢スタイルであった。
門代わりということであろうか、入口とおぼしきところに、『丁』と刺繍した巨大な牙旗が左右両脇に立ち、風になびいておった。
俺たちはそこで下馬するべくうながされる。ペロは馬とともに外に残りたかったようだが、好きにするのは挨拶してからだと言い聞かせつつ、駄々をこねるペロを半ば引きずるようにして共に中に入る。
更には武器を携えておるなら、渡すように言われる。猩猩殿は先の乱闘で使った武器はいまわしいとばかりに置いてきており、俺もまたそもそもたずさえておらぬ。ただ、なぜかペロがその小さな手指からかぎ爪を出したり引っ込めたりしてみせる。しかも想いっきり隊長に両手を突き出してである。しばし、困った風にそれを見ておった隊長であるが、不意に顔をそらした。どうやら見なかったことに決めたらしい。俺もまた見なかったことにする。しかし、こいつ、先の戦闘でかぎ爪なんて使っておったか? そうは見えなかったが。
一番奥に一際大きな天幕がある。ただ、そこに至る必要もなかった。おそらくは早馬を走らせ、あらかじめ連絡をしておったのだろう。途中で気の良さそうなおじさんが出迎えた。この地の挨拶はどんなだったか? テレビで見ていたドラマを想い出そうとするも、そもそもその挨拶を自分がせねばならぬ状況になるとも想っておらなければ、まともに憶えていない。なので、あたふたしておると、案内してくれた隊長が不意に片膝をついてかしずいたこともあり、相手が誰か、想像がつく。
己も同様にかしずき、ぼうっと立っておる猩猩殿の鎧で覆われた足を引っ張る。俺と隊長の様子を見て、彼女もかしずいたのでほっと一安心と言いたいところであったが、なぜかペロがニヘラニヘラしながら嬉しげに近付いて行く。相手が馬や犬という如く。しかも、スキップのおまけ付きであった。俺は急ぎ立ち上がると、彼女を連れ戻し、隣に座らせる。ペロはすこぶるつきに不満そうであったが、相手がしゃべり出したので、それに注意を引かれたらしく、とりあえずじっとしていてくれた。
乾燥した風音混じりに男性の低音が響く。
「三名方。ご苦労であった。我はここの主の丁原。褒美を取らしたく想うが、まずは字を教えてもらえるか」
恐らく字の意味が分からぬのであろう。猩猩殿もペロもここは俺に任せたという如く、黙しておる。漢地では名を呼ぶことがいとわれ、その代わりに字を用いた。
「私の右におる巨体の持ち主は猩猩と申します。左におる小さき者はペロ。そして、私は」
と言いかけ、ふと止まる。ここで白虎などと名乗れるはずもない。まさに、ご当地の神の名前である。
「こいつはフリチンだよ」
不意にペロが口を開く。
フリチン? 何だそれ? そう想うも、他に良い呼び名がすぐには想いつかず、このまま会話は進んで行きそう。それでいいのか? 俺。




