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【超短編小説】カレーうどん程度のシミ

掲載日:2025/12/21

 人生はクソだ。

 そんな事は分かりきっている。

 人間はクソだ。

 それも分かりきったことだ。

 さっきまで電話を片手に、立ち上がったり頭を下げたりと忙しかった入生ハードモード太郎が通話を終えた。

 そして座るや否や紙エプロンを引きちぎり、力の限りカレーうどんを啜った。

 白いシャツに汚いジャクソンポロックが花開く。

 夜の夢でもあるまいに。


 

「何してんの?」

 俺は自分のシャツにも現れたジャクソンポロックを見ながら、できるだけ冷静に訊いた。

 入生ハードモード太郎は俺を間抜けか何かを見る目をすると当たり前の様に

「いやね、少し大きい仕事が決まったからさ」

 と答えた。



 俺は逡巡した。

 そして「え?だからなに?」と訊き直した。

 俺は何か聞き落としただろうか?ヒトトシテ……大切な何かを。決定的な何かを。

 またはこの入生ハードモード太郎が人生の厳しさのあまり狂ったことになる。

 人生の厳しさ?親にマンションを貰って、親の経営する会社に”転職”することが?

「これから人生ハードモードだよ」

 入生ハードモード太郎はそう言った。いまも自分の人生がハードモードだと信じている。


 その入生ハードモード太郎は、やはり俺を馬鹿にしきった目で言う。こんなことも説明しなけりゃ分からないのか?と言った具合の目だ。

 追試の後の補習を受けさせる教師だってあんな目はしない。

「良い事があったでしょ、だから悪いことを自分に起こしてバランスを取ってるのよ」


 俺は冷静に聞き取った。

 だが意味は不明だった。

「あまり意味が分からないから尋ねるが、それは良い事があったので反対ベクトルの悪い事を敢えて発生させて、プラスマイナス0を保つ儀式と考えていいかい?」

 入生ハードモード太郎は冷めていく俺の鴨南蛮を見もせず、自身のカレーうどんを啜っている。

 もしかしたら俺は存在していないのかも知れないと思った。



 俺はカレーうどんを啜る入生ハードモード太郎の返事を待っていた。

 しかし存在しない俺はそれを待つのが馬鹿馬鹿しくなり、ぬるくなったつゆに浮かぶ焼きネギをひとつ摘んで口に放り込んだ。


 ネギは旨い。


 入生ハードモード太郎は相変わらず下痢腹を抱えて走り回るミトコンドリアの様な音を立ててカレーうどんを啜っている。

 ようやくその音が止まり、ケツから出した直後みたいな色のかまぼこを口に放り込んだ。

「儀式って言うか、だって良いことがあった分のマイナスをどこで受けるかワカらないのってイヤじゃん」


 プラマイ0理論の人間か?

 世界には幸福と不幸が同量あって、人生で受け取れる総量が決まっているから、自分で調整しようってことか?

 俺は冷えて固まっていく鴨の脂を見ながらアンガーをマネージメントしようと努力した。

「じゃあ何か、お前のクソ儀式に巻き込まれて俺はこのお気に入りのシャツにクソを撒き散らされたのか?」


 入生ハードモード太郎は相変わらず俺を見もせず、ハナクソでもほじるようにスマホを見ながらこう答えた。

「だから儀式じゃないんだって、人生のプラスマイナスのバランスを取ってるの。なんか良いことあったでしょ?今日」

「ねぇよ」

「それならこれからあるって、その蕎麦が人生で一番旨いとか」

 腹を立てた俺は入生ハードモード太郎の耳に箸を突き刺して絶叫した。

「じゃあコレのバランスを取ってみろ」


 入生ハードモード太郎はカレーうどんの鉢に顔を突っ込み事切れた。

 そして確かに、汚いジャクソンポロックakaカレーうどんのシミ分くらいは心が軽くなったなと思った。

 それが今日の良いことか?

 蕎麦は不味かった。

 美味しかったネギは、もう浮かんでいない。

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