第七章
アストロノミカ計画という、上空層開発プランが失敗したのは、ある企業が参入してきたのがきっかけだった。
株式会社会社クークビーは新興のM&Aで急成長した起業だ。
それの傘下の会社一つが、アストロノミカ計画に関係を持った。
だがその会社は実質ダミーであり、関与している間、信じられないほど株価の急上昇が起こった。
露堵はそのころ、クークビーに一つの研究結果を提出していた。
サンシャインシティがある「旧巣鴨プリズンからの堆積情報サルベージの可能性と、その結果」というものである。
これは保守層の関心を買い、取り上げたクークビーも新たな宣伝要素として取り入れた。
だが、全てはクークビーの計画のうちだったのだ。
株は乱れるように買われ、どんどん高価していった。
ピークになった途端、上昇を描いていた線が、急に落下した。
参入したダミー会社が一方的に倒産したのだ。
企画は膨れ上がった株価の分まで分配して計画着工されていた。
だが、全てがこの瞬間に吹き飛んだ。
露堵とクークビーの担当者である亜戸符寡は、命すら狙われる羽目になった。
「そういうわけで、私は一旦ここに身を潜めていると言うわけだ。他にも、私の計画に関わった者たちは身を隠している。メンバーは全てシャンシャイン復興会という計画の元に集まった連中だ。多分警察は、私に全ての責任を押し付けて牢にぶち込もうとするだろう。君たちの目的も同じかね?」
露堵は、机の上に手を乗せたまま、静かに答えを待った。
「…なるほど。それが連続失踪事件か。ならとりあえずここはクークビーの管理下に置かれている場所と考えていいわけね」
施樹の問いに、露堵は頷いた。
「実はアストロノミカ計画と同期して開催予定のサンシャインシティ復興会ってのがあってね。私の論文の幾つかも活用されている。そして、身を隠している連中は主にそちらの活動を行っている。」
施樹は納得した。
「君たちの依頼者は、復興会の方に興味あるんじゃないかね?」
続けた露堵は、一息ついて三人を見回した。
そしてもう一言、付け足す。
「まぁ、ハゲタカの群れがまた集まったんだけどな」
「それは表面だろう。あんたに聞きたいのは、古深名のことだ」
羽端がいなすようにしていった。
露堵はふむと一旦机の眼鏡を取って耳にかけてから、また戻した。
「古深名を知っているのか、君たちは」
特別驚いた風でもなかった。
「最近の星製物やらは、そいつのせいじゃないの?」
「古深名はアストロノミカ計画開発中に『発見』された。自己生成能力のある情報塊だ。どこから来たのかはまだ不明だが、明らかに我々『世界に生まれたバグ』を憎んでいる。その活動は今のところ暗黒物質の壁のおかげで把握できていないが、アレが黙っているとは思えない。どこかで何かをやっているのは確かだ」
「あんたにも扱えない?」
「観測は機材があれば、どこにあるか推定するぐらいが関の山か。ただ、たしかなのは、ベガに行った探査衛星が……」
危機ながらもう一度彼を近くの天文台に連れて行くか考えている時、床に線が滲みわき出した。
気付いた時には、露堵は格子上の物の上に椅子を置いて座っている状態だった。
音すらなかった。
露堵は瞬間、身体が膨張して格子が造るみえない四角柱のなかで、一気に身体が膨れて破裂した。
施樹が絶句する。
「油断したか……」
師施葉が腰を軽く落とす。
「下の階だ」
冷静な羽端はすぐに部屋をでて地下五階に走る。
階段を飛ばして部屋に入ると、少女の頭部を飾られたキャンパスが目に入った。
漆黒の身体に格子柄の姿が、半分ほど壁から姿を現している。
問答無用で大鎌の殺人鬼を出した羽端は、その首を刈るように振りかざす。
だが、格子柄の影は、壁の中に姿を潜めてかわした。
格子がいつの間にか床に描かれ、大気が乾燥を始める。
天井に雲ができていた。
空気を鳴らすような轟きが頭上で連続する。
大鎌を持った殺人鬼が、その大鎌を上にかざした。
凄まじい音と共に、稲妻が鎌に落ちる。
その隙に、師施葉はキャンパスを両断し、さらに細かく斬りまくった。
黒い格子柄の男の姿は描き消え、格子もなくなり、静寂が部屋を包む。
「こんなチマチマやってられない。本体はどこだ?」
「それより、今は耶杜だ」
施樹に、羽端がやや語気強く言う。
「でも……」
「ここは奴のテリトリーなんだよ。出直す」
羽端は言い切った。
施樹は押し殺したように、何も言わなかった。
今度は耶杜が池袋までやって来た。
場所は郊外の広いレストランだ。
羽端らは先にπ9を頼んで飲んでいた。
現れた耶杜は挨拶もなく、軽い恍惚状態の三人を見下ろすと、コーヒーを頼んで正面に腰かけた。
「露堵が死んだというのは本当か?」
一度報告した内容である。
羽端は黙ってうなづく。
「……なら、次に手を突っ込むならサンシャインシティ復興会だが」
耶杜の言葉の切れ味が悪い。
「その話を聞きたいだわ。巣鴨プリズンからサンシャイン60に至るまでのはなしはなんだ? ニアンズって? サンシャインシティ復興会もだ」
多少興奮気味の羽端に対して、耶杜は嫌に落ち着いている。
「まず最初の質問だが。戦後A級戦犯右翼の系譜だよ、巣鴨プリズンからなるサンシャイン60というのは。ニアンズは、そのビルが戦犯の記念碑としてなることを込めて奉った太古の神だ。そして、サンシャイン復興会は、副都心開発計画に対する、横やりだ。今、あの地域を独占しているところを奪い取ろうという経済計画だよ」
「まったく俺たちに関係ないねぇ」
羽端はむしろせせら笑った。
「俺の使いっ走りとしては、かなり関係あるけどな」
耶杜はあっさりと羽端の言葉を否定した。
「とりあえず、俺たちは飛輝を追いたい」
無視して羽端は希望を言った。
「ああ……それなら、良い手がある。色々協力してくれている手土産だ」
彼は淡々と答えた。
古深名は言った。
この世界のバグをすべて修復しなければならない。
まずは、遡来乃ひなを代表するその製作者たちだ。
飛輝はサンシャインシティの片隅で、思い出していた。
彼には居場所がない。
仮に古深名に従っても、何か得られるわけではないのだ。
だが彼の星製物は今、古深名に寄っているはずだ。
『飛輝か?』
携帯通信機から、遁暮会の衣砂矛漕の声がした。
「……ああ、オヤジ。久しぶりだな」
飛輝はどこか投げやりだ。
『おまえの力を借りたい』
「……へぇ」
突然のことに、飛輝はむしろ警戒心が沸く。
「俺を『意端』どもに対して使い捨てにしときながら、今更何だってんだ?」
『今度は社長をやってもらいたい』
「突然の成り上がりだな」
『かといって勝手やってもらうと困るのだがな』
「どこのだよ?」
『広告代理会社で汽乃堂というところだ。そこで、シャンシャインシティ復興会という組織を動かしてもらいたい』
「何だその復興会ってのは?」
『くわしいことは、おまえの部下が全てやる。おまえは、ただ社長室に座っていればいいだけだ』
「それはまた……」
飛輝は苦笑した。
苦笑するしかなかった。
飛輝は運転手付きの車で、二日後の朝に汽乃堂に出社した。
秘書を名乗る男に社長室まで案内されて、中に入る。
安っぽい風景画に執務机、ソファが二揃えに向かい合って間にテーブルが置いてあるだけの部屋だった。
彼はさっそく、警備課の課長と係長を自分の知っている者にすげ変えた。
元目黒署OBたちである。
ドアがノックされ、長身で凛とした若い女性が現れた。
「……はじめまして。私は郁渡離裏、汽乃日報の編集をやらせていただいています」 独特の雰囲気を持っていた。
飛輝は何の用かと、黙って聞いていた。
「サンシャイン復興会理事のご意思で、衛星を新たに十基ほど回収したことをご報告に参りました」
「……それはご苦労」
飛輝はそれしか言葉がなかった。
「これで元アストロノミカ計画で使用されていた衛星の七割が回収されました」
初耳である。
この会社はアストロノミカ計画に関係あったとは知っていたが、今だに活動を行っていたとは知らなかった。
「……それをどうするつもりだ?」
「ご報告に参っただけでございます」
離裏は滑らかに返して続けた。
「汽乃日報に関しての予算は、これで以前の倍額になります。ご承知を」
「……ああ」
「それと、汽乃堂の株が放出しています。このままでは問題かと」
彼女が言うと、飛輝はサンシャイン復興会を調べ出した。
警備課から情報収集に長けたものを呼び、携帯端末機を衛星間ネットワークに繋ぐ。
できるだけ、降下前のデブリであるロゼッタ・ストーンが集まった地点を探す。
そこから手に入ったのは、デザイナー・ベイビーの集団が関係しているという点だった。
サンシャイン復興会のメンバーは、皆、デザイナー・ベイビーである。
そして皆、アストロノミカ計画に関係ある者と重なっていた。
つまり、失敗したアストロノミカ計画の再建である。
メンバーの名前を列挙してゆくと、見覚えのあるものが一つ出て来た。
鵠兆範呂。
飛輝の星製物発動の起点となるものを造っていた人物だ。
ふと、この会社の株主を調べてみた。
六割を衣砂矛漕が持っている。
のこり三割は、意端という組織だった。
一割が、何故か子会社である汽乃日報というところが持っている。
買われているのは、矛漕の株だ。
明らかに仲介人がいる。
証券取引所に問い合わせると、把握してないという。
個人間の取引。
警備課に株の移動を追わせる。
すると、買う会社はバラバラだが売る会社は決まっていた。
『意端』だ。
このままでは、汽乃堂が中央分解しかねない。
飛輝はありったけの資金で買い戻すように命じた。
そうすれば、汽乃堂を自分のモノにするための方策を考える。
今はお飾りの社長だが、実権は握れる。
シャンシャイン復興会に関係があるなら、一枚自分としても噛ませてもらおうと思ったのだ。
そのための札があるとすれば、今回は鵠兆範呂という人物が手中にあった。
ついで、古深名だ。
「おまえは何か知っているか?」
まだいる離裏に尋ねてみる。
「アストロノミカ計画の残りカスですね」
彼女は表情も変え無かった。
「こちらの手駒に入れたい」
「……衛星が必要ですね」
「幾らでも使え」
飛輝は半ば自棄で半ば豪放に言い放った。
「……では、衛星間ネットワークを再構築します」
「そこの主に鵠兆範呂を据えてろ」
彼としては、よく解らなかったが何かの勘で手元に置くにはそれが一番良いと感じていた。
「あと、サンシャインシティ復興会だ」
「それは、近々イベントを催しますのでご安心ください。協賛は関係者皆がそろっております」
「なるほど。任せようか」
ふんぞり返った飛輝に、離裏は微かに微笑んだように見えた。
入眞はアトリエでコーヒーの入ったマグカップを取ろうとした。
だが、気付くとそれは手の中にすでにあった。
集中のし過ぎか。
軽く息を吐く。
次の瞬間には、コーヒーの液体が食道に流れていた。
口の中に香りが広がる。
気付く。
意図する時間が断絶的に飛んでいる。
仮面のモノの能力だ。
発動させてもいないのに、勝手に動いている。
不愉快だった。
その気分が、昔を思い出させる。
彼はデザイナー・ベイビーの作成も仕事にしていたことがある。
注文者のレシピの通りに造っても、環境次第ではその後の成長が違うことがあるため、返品などがよくあった。
それをなくすためにさらに完璧な遺伝子レシピを造ることにもなる。
返品されたデザイナー・ベイビーは全て廃棄される。
それも彼の仕事である。
感情を殺し、無感動なままで始末した。
だが、どこか情が残っていたのだろうか。
彼はこの仕事で廃棄されたデザイナー・ベイビーを使い、制作を思い至ったのだった。
彼にとっては、これらの製作は彼等が生きた証として世の中にある種の刻印を押しているのだった。
「朝から精が出るわね」
ふと顔を上げると、離裏が入口に立っていた。
「……珍しいな」
入眞はキャンパスを前に構成を考えていたところである。
離裏はこの自宅兼アトリエに来たことは、二回か三回あるかどうかぐらいだ。
「ウチのボスに、元目黒署のOBが就いたわ。今後の流れが読めるわ」
「私にはさっぱりだが」
「一つ、良い話があるの」
「なんだね?」
離裏が来てから仮面のモノが落ち着いている。
気のせいだったのだろうか。
「サンシャインシティ開発百周年を記念して、ウチの汽乃日報がイベントを企画してるのよ。特別ゲストは、鵠兆範呂よ」
入眞は目を細めた。
「……せっかくだが私は人前に出る気はない」
「映像ぐらいならいいでしょ? 顔立ちが整ってるし増々人気がでるわよ?」
「駄目だね」
入眞はもう用はないと、作業に意識を向けた。
「あなた、大鎌の殺人鬼を見たはずよね? あれから何日経ってる?」
あの歩道橋の側でだ。
何故、離裏がそれを知っているのか。
確かに見た。
そして、すでに一週間ほど経っている。
「残った日数でそのイベントが開催するとは思えんが? 大体なんだ、急すぎるだろう。ロクに広告もうってない」
「汽乃日報はもうすぐ独立するわ。今回はそのための布石。ついでに、あなたを守ってあげるのよ」
「あ?」
素で聞き返した。
「衛星が十基と、汽乃堂のニ十基で元アストロノミカの衛星達を再度繋げるわ。それら全てあなたの護衛に使う」
「それはまた贅沢な……」
半ば呆れたような声が出た。
「今からでもリンクさせるわよ?」
入眞は一瞬迷ったが、受け入れることにした。
彼としても、デザイナー・ベイビー処理者としての顔を衛星での存在として覆い隠したかった。
何よりも、この衝動事態を自覚したくなかった。
入眞は自己の意思でやっているのであって、止むに止まれずやっているとは思いたくなかった。
携帯通信機で操作を始めた離裏は、ほんの十分もかからず準備を整えた。
「これで出演決定ね」
入眞はどこか機嫌が悪そうなまま無言だった。
暗い窓の外を眺めつつ、為離鹿瀬はウィスキーの入ったグラスを手にしていた。
耶杜から、露堵の死を聞いていた。
これで、渡師舞を追い詰める材料が完璧にそろった。
亜戸符寡の勤めるクークビーは遁暮会に買収されたが、大したダメージではない。むしろ、歓迎すべき事態でもある。
「あなた方の帰還を嬉しく思う」
彼は、目の前のディスプレイに映された二人の少女に対して言った。
一方は長髪で大人びていて、もう一人はショートカットで活発そうな容姿をしていた。
『長かったですよ、ここまで来るのに』
長髪の娘の方が、ニッコリとしつつ答えた。
『まー、うち等の寿命も長くないんだけどね』
ショートカットの少女が苦笑する。
「いえ、古深名の発見はあなた方のおかげです。タイミングも絶妙でした」
『中々対応が上手いねぇ。流石年の功』
『こら、ラウ!』
年長に見える長髪の娘が、ショートカットのラウに声を上げる。
「何にしろ、ご両人が帰ってきていただけたおかげで、サンシャインシティは盛り返せそうです、ニアンズ」
『それは光栄ですね』
セリウという長髪の娘が答え、続ける。
「あとは、古深名の制御だけです」
鹿瀬は、ウィスキーに口をつけながら楽し気に言葉を吐いた。
『あれはあたしたちにも手に負えないものですが……』
「手はあります」
言って、軽く笑った。




