第四章
上野公園の一画で、羽端は昼の日差しの中ベンチに座っていた。
乖離状態は表層意識を時折、上の空にさせる。
大宮の南銀座で聞いた話は納得半分というところだった。もっと突っ込んで話したかったのだが流石に一同の体力が尽きているのがわかり、止めにしたのだ。
それにしてもサテライト・アエティールは不調なのか。
下手に時間があると、無意識から泡のように記憶や感情の断片が浮かんでくる。
アストロノミカ計画設立時と同じ時期に産業安定ベビー政策という、デザイナー・ベイビーを使った経済復興計画が執行されたが破綻に終っていた。発明当初から需要がないといわれていたデザイナー・ベイビー達はまともな社会に需要なく放り出されることになった。
羽端達の「遡来乃ひな」制作チームは、そんな彼等の中の生き残り手段の一つでしかなかった。
どこから狂ったのか。
デザイナー・ベイビーの孤児たちは犯罪組織の切り捨て前提の便利な駒としてあつかわれている比率が多く、人脈的な必然で、羽端たちは今の笹耶杜と知り合った。
必然か。
羽端は瑠譜の死体映像を送られてきた時、潰していた乖離したい下層意識が強引に呼び覚まされる覚えを感じた。
「遡来乃ひな」が乗っ取られてから、乖離させて潰している意識から沸々と何かが蠢くのを感じていた。
とりあえず今はπ9で落ち着かせるしかない。
「……その時、俺は気付いた。さっきこの缶の中にカメムシが入り込んでいたことに」
羽端は思わず缶口から唇を閉じてから、顔を横に向けてジト目を後ろに向けた。
そこにはスカジャンを来て棒付きの飴を舐めている少女が、据わった目でニヤニヤしながらしゃがんでいた。
「変なモノローグつけないでくれるかな?」
「美味しかった、カメムシ?」
「入ってないわ」
「入ってるのはこっちだ」
正面から、師施葉がコーヒーの缶を差し出してきた。
「いらねぇよ」
羽端は軽くその手を払う。
「とりあえずさ、固定メンバーはうち等でいい? 『遡来乃ひな』の他の連中巻き込むのもアレだし、群れてもめんどくなるしょ? それに瑠譜と面識ある仲でやるのが一番いい」
施樹は立ち上がりつつ、いきなり話し出す。
「ああ。その通りだねぇ」
ふらりとベンチから腰を上げた羽端は、飲み干したπ9の缶を車行きかう車道に放り投げた。
師施葉も加えて進みだす羽端の横顔を、施樹は片眉を上げて見つめた。
「で、何考えごとしてたわけ? 『大鎌』のこと?」
相変らず鋭い。
「遁暮会だけど、適当なところで星成炉作って行くよ」
「遡来乃ひなもないのに?」
「まだいるってゆってるじゃん?」
「遁暮会は、表の企業はあるが中核は世に出ていない。どうやって相手する?」
師施葉がボソリと聞いた。
「元々デカかったけど最近になって急成長したよねぇ、あそこ」
施樹が思うところを言う。
「まぁ、理由はあるんだよね」
「想像はつく」
「さすがだねぇ」
言われた施樹はやや硬い面持ちだった。
三人は緩々と江古田の森公園まで来た。
ここで、羽端は星成炉を作り始める。
辺りの石を一つ基礎に、大気中の水素やヘリウムを集めそこに人工粒子を混ぜると、その他、樹の破片から鉄片等で外観を整える。そして、周辺から拾った一つのロゼッタ・ストーンを核にした。
二人がπ9を飲みつつ手伝いながら雑多な気流の塊が出来上がると鉱物化する前に、サテライト・アエティールに命じて、天高く打ち上げさせた。
白いパステルで空まで線を引いたようなものが出来る。
大気圏内で硬化されて軌道上で出来合いの衛星となったものは、他の衛星に影響を受けてさらに形を整え、衛星間ネットワークに介入した。
「さて……行こうか」
「ボロ……っ」
羽端に、見上げつつ据わった目で施樹はぼそっと言った。
「性能は悪くないよ?」
再びのんびりと二キロも離れていないところまで来ると、五階建てのビルが一棟立っていた。
最上階の上から太い短めな望遠鏡のようなものが天に向けてあり、タイル張りの外壁で、一階部分が駐車場になっている。
不思議なことに人の気配もなければ、車もない。
そこは、幽霊の住むビルとして有名だった。
だがここは師施葉も知っている、最近できた遁暮会の池袋中継拠点だ。
分厚い扉は鍵が閉まっていなかった。
羽端は遠慮なく開けて、窓があるというのに薄暗い建物中に入った。
放置されたような様子があるというのに、清潔さも感じる内部だった。廊下はリノリウムで、三人は羽端を見習い靴を履いたまま進んだ。
淀んでいた空気が、微かに流れるように肌を撫でる。
二階部分に、扉が開いた部屋があった。
陽の光が廊下に漏れてきていて、初めて人の気配がある。
三人は足を止めた。
施樹が手鏡を持った手を床近くの下に微かに伸ばし、覗き見た。
そこには、壁一面に身体を部分部分埋没させて背景に軽く沈み込んだような艶やかな肌の眠る少女が乱雑な凹凸のある表面に花の群れや人骨で形作られた蛇のようなもので飾られたて立てかけられていた。
十五六載の少女は原寸大で、艶は樹脂がかっている。
羽端は意識がゾッとするのを感じた。
以前送られてきた映像と作風が重なる上、少女の面影に記憶があるのだ。
「……どうだい? 気鋭の作家で鵠兆範呂の作品『九生龍子』だ。おまえら砂利なんぞにはお目にかかれないだろう?」
次に鏡がとらえたのは、スーツに派手なシャツを着て、ネックレスを垂らせロレックスの時計をした、細身で無精ひげの生えた均衡のとれた痩せぎすの椅子に座った軽そうな薄笑いをたたえた中年だった。
鵠兆範呂。
言われた名前が羽端の頭に刻み込まれる。
だが、それ以上捕らわれないように羽端は強引に意識を乖離させると、サテライト・アエティールを廊下に放出した。
余裕ある表情で、ゆっくり部屋に足を踏み込ませる。
「なるほど。ヤンチャした元刑事の天下り先が反社とか。堕ちたねぇ。維庶飛輝さんだっけ?」
「おまえらみたいなのの扱いは得意だぜ? 魔法少女が好きらしいな?」
お互い、何者か把握していた。
羽端は先程打ち上げた衛星をネットワークに介入させることによって。飛輝は組織によって。
すぐに、羽端の前面に位置する師施葉。
最後に施樹が続いた。
「……このビル、ユウ株式会社の登録になってるがな。光学精密機器を扱う会社らしいわ。もう十年前のことだ。創業者が生きてたのは」
師施葉が言う。
「ダミーだね」
即座に言った施樹に、羽端は軽くうなづく。
歌舞伎町でうろうろしている師施葉にはいろいろな情報網があった。
「せっかく来たんだ。センセ―の作品を堪能していけよ」
「そうしたいんだけどさぁ、その前にやることあるんだわー」
羽端は場違いなまでにのんびりとした口調だった。
ニヤリとする飛輝が軽く力の抜いた右腕を上げると、壁一面の彫刻と彫刻が融合したものの少女が蠢いた。
ゆっくりと、沈みかけたワンピース姿の身体を前のめりに出してくる。皮膚のいたるところに斜めの格子柄が浮かび、羽端は以前嗅ぎ取ったことのある気配を再び体感した。
辺りの空気が、妙に濃くなった。
サテライト・アエティールが特定する。
彼の家を襲った「腐敗物」と同じものだ。
あの時の星製物。
「ほら、興味無いなら関心を持ってくれと言っている。仲間だったんだろう?」
飛輝の言葉の最後で、「九生龍子」は素足を床に着けた。
羽端は無意識で舌打ちした。
眼前に、藁で出来たような頭巾を被って大鎌を両手に握ったやや小柄な人影が浮かび上がる。
「大鎌をもった殺人鬼」だった。
羽端の意志の元、九生龍子の前に立ちはだかっていた。
「……ほぅ。あの都市伝説はおまえらが元か」
飛輝は楽しそうにいう。
「よく知ってるね、すごいすごい。ついでにだけどコイツを見た奴は死ぬって話、人事みたいにしてるね?」
羽端はわき目で彼に言葉を添える。
言ったてはいるが、彼にとって今はなによりも目の前の九生龍子だった。
衛星間ネットワーク・メタバースの固体化現象としての、星製物。
「ほら、興味無いなら関心を持ってくれと言っている。仲間だったんだろう?」
飛輝の言葉の最後で、「九生龍子」は素足を床に着けた。
羽端は無意識で舌打ちした。
反応するように、眼前に布で出来たような頭巾を被って大鎌を両手に握ったやや小柄な人影が浮かび上がる。
「大鎌をもった殺人鬼」だった。
羽端の意志の元、九生龍子の前に立ちはだかっていた。
「……ほぅ。あの都市伝説はおまえらが元か」
飛輝は楽しそうにいう。
「よく知ってるね、すごいすごい。ついでにだけどコイツを見た奴は死ぬって話、人事みたいにしてるね?」
羽端はわき目で彼に言葉を添える。
言ったはいるが、彼にとって今はなによりも目の前の九生龍子だった。
錯乱した古深名という存在による、衛星間ネットワーク・メタバースと現実の固体化現象としての星製物。
そして、かつての友人。
「ちょ、あれ……」
施樹に、羽端は頷いてその先を遮った。
師施葉と施樹から殺気が放たれる。
彼女は、彼等と同じデザイナー・ベイビーで「遡来乃ひな」の運営メンバーだった。
飛輝はそれを楽しそうに見ている。
九生龍子と呼ばれた少女の身体から格子が遊離して、三人の周りに張られた。
途端、辺りの空気は薄くなり呼吸が困難になる。
次の瞬間には、息が完全にできなくなった。
肺の中まで消えてしまった。
三人は苦しみもがき、その場から逃れようとする。
その分、格子のラインが広がり酸素のない場所が広がる。
大気成分を変えることができる。
羽端が気付いた時には、師施葉が動いていた。
彼は白刃を引き抜き飛輝に振り下ろそうとした。
だが、その眼前に九生龍子が立ちはだかってくる。
腕と回転途中の腰に力を入れて、師施葉は刀を九生龍子の身体に当たる寸前で止めた。
代わりに大鎌を持った殺人鬼が飛び出して両手で構えた自分より大きな鎌で九生龍子を縦に一閃する。
時間と記憶が切断された。
大鎌を持った殺人鬼は、現象を「斬る」ことができるのだ。
格子内での変化は起こっていないものとなった。
三人は、やっと呼吸できるようになった。
九生龍子がやや同様しているのがわかった。
もう一度、大鎌を持った殺人鬼が斬った。
九生龍子と飛輝の関係を。
飛輝は座っている椅子で、変化に関心するかのようにゆっくりと伸ばした手を数度叩いた。
彼は、自己の衛星間ネットワークにアクセス不能になっていることに気付いた。
羽端が造った星成炉から発射された出来合いの衛星が、接続ポイントの側にあり、アクセスを疎外しているのだった。
「師施葉、九生龍子を斬れ」
羽端が指示すると、一瞬の間をおいて師施葉は少女姿の星製物に刀を構えた。
再び格子が放たれて師誌葉が中に囚われると、今度は彼は液体の中に閉じ込められた。
水素原子と酸素原子が組み合わされて、水を作り出したのだ。
半ば溺れている師施葉に、羽端はリヴォルバーを腰の上から引き抜いた。
九生龍子に二発弾丸を撃ちこむが、まるで効果がない。
再び、殺人鬼が九生龍子に鎌を振るった。
今度は記憶を切断する。
九生龍子は辺りの様子を伺うようにして困惑気だった。
師施葉を囲っていた格子が消える。
すぐさま態勢を整えて、九生龍子の肩口から腹近くまで袈裟斬りにした。
つんざくような悲鳴を上げ、床に倒れた。
飛輝はすぐに立ち上がると、空けた窓の外に身体を突っ込ませた。
二階である。
それでも飛輝は上手く受け身を取って立ち上がり、そのまま道路を走りだした。
師施葉が後を追い駆けだすのを、羽端は止めた。
「せいぜい、ここであったことを遁暮会の連中に吹聴さておくんだね」
施樹は倒れた少女傍にかがんで、軽く髪をすいてやっていた。
しばらく見ないと思ったら、こんな姿になっていたのかと。
悲しいよりも、怒りの方が強かった。
「やったのは、鵠兆範呂だよ」
人工乖離を起こしたまま、羽端はこの壁たてのような背後のキャンパスに殺気に満ちた目をやる。
「……行こう」
羽端は言って、廊下に出た。
彼は意識を乖離させているとはいえ施樹の気持ちに添えない不器用さを自覚して、溜め息がでた。
第五章
セリウはログハウス内の端末機を弄っていた。
ディスプレイは、謎の文字列で埋まっている。
介入者は特定できなかった。
ただ、彼女はいずれ自分の衛星も乗っ取られると確信している。
「『遡来乃ひな』の放送みた?」
ラウがテーブルから声をかけてくる。
「ああ、ラウ好きだもんねぇ、その放送」
「ヌシも好きじゃろう?」
「……まぁねぇ」
ラウは曖昧に返事をした。
「照れなくてもいいよ?」
「あーはいは、好きですよ、あたしも」
セリウは軽い溜め息のようなものを吐いた。
№44という衛星を自己の軌道上に捕らえていた。
もう少し、衛星が欲しいところだ。
それも光学遮断のものを。
時間が足りない。
アストロノミカ計画が始まったのは数年前。
その時はセリウもラウも有力衛星の一つだった。
衛星間ネットワークの活用という情報革命が起こったがそれは事故を起こして途中半端なまま開発は終わりを告げ、衛星間を使ったやり取りはできるが計画は計画のまま放置されていた。
ただ、開発を続けるように命令を受けた自走型衛星が、今も独自に稼働している。
厄介なのはこの自走型衛星なので、セリウは出来るだけ取り込むようにしている。
彼女たちは元アストロノミカ計画を再現しようとしていた。
そうなれば孤立衛星というデブリそのものから脱せられるのだ。
耶杜は捜査本部に戻っていた。
相変らず、正露堵の足取りは掴めていなかった。
だた、捜査員が持ってきた情報では、露堵がただ星を観察していただけでなく、積極的に衛星をまとめ上げていた事実を指摘していた。
「元アストロノミカ計画は会社の倒産で頓挫しました。しかし、彼の行動はそのアストロノミカ計画に独自の介入を試みていたとのことです」
刑事の一人が集めて来た情報の一部を披露する。
今、この失踪事件は本アストロノミカ計画に関わっている報告が上げられた。
鹿瀬は耶杜に犯人は戸符寡ではなく、渡師舞だと選んで見せていた。
あのフィクサーなら、損をするのが符寡で得するのが師舞ということだ。
師舞は、ホテルグループ燈鹿の総務次長。
一方、符寡は元アストロノミカ計画に関わった係長である。
隠ぺい工作の一つだろうが、耶杜はすでに金を積まれて、師舞を犯人としなければならない。
ただ、考えねばならないのは、鹿瀬は彼の情報屋でもあり半ば便利屋として使っている羽端らに危害を加えようとしている点だ。
彼等に何かあったら、自分もタダでは済まされない。
保険をかけておくべきだろうか。
彼は自宅に戻ると、集めていた師舞に関する情報をまとめにかかった。
調べれば調べるほど、師舞は露堵と同じく、頓挫したアストロノミカ計画の続きを行おうとしてたのがわかる。
これと、古深名が何か関係しているとしたら。
踏み込みたいが、今回の事件との関係性が不明瞭である。
そうなると動いてもらう人員が必要だった。
耶杜は携帯端末機を使って、羽端を呼び出した。
自宅が爆発したので、羽端は安く泊まれるところから選ばずに転々と夜を過ごしていた。
温泉付の漫画が読み放題で個室ありの店に泊まっていた夕方、彼はサテライト・アエティールを使って相手の連絡先に割り込んだ。
反応があった。
目の前に映されたのはサイドボードが置かれ、間接照明を置いた重厚な机に着いた、スーツ姿のまだ青年と言って良い、二十代後半の男だった。
妙に落ち着き払って、表情を出さないでいる。
『……待ってはいたが、思ったより早かったな。いやあ、流石流石』
ゆっくりとした重い声で、むこうから話しかけてくる。
この連絡先を教えてくれたのは、耶杜だった。
「そうかなぁ? こっちはもう二人死んでるし」
羽端の態度も静かなものだった。
相手は衣砂矛漕といった。遁暮会の会長である。
『それに関して冤罪だ。こちらはおまえらに直接危害を加えた覚えはない。飛輝の無礼はここで改めて謝罪しよう』
「間接的には?」
『そこまではわからん』
「……どうして、ウチみたいなのに目をつけた?」
『池袋侵出の件で、丁度いいものを持つ若いのを探していた。君らの『遡来乃ひな』は素晴らしいものだ。どうかね、ウチに来ないか?』
羽端が黙ると、意味ありげな微笑みを浮かべて、続けた。
『最も、遡来乃ひなは乗っ取られている様子だが』
甘言。
加えて、耶杜がわざわざ知らせて来たという事実。
羽端は状況を逆に利用できる立場と思い、内心ほくそ笑んだ。
「……ところで、あなたのところは元アストロノミカ計画に加わってますね?」
耶杜によるところを考えると、羽端が巻き込まれた話の中心にその計画があるのは間違いなかった。
『ああ、事業は失敗したけどな』
「噛ませてくれませんか? 『巣鴨プリズン』のこともあるでしょう。あと、一件、頼みごとがあるのですが」
矛漕は面白いことを言うという表情でニヤリとして見せつつ、軽く顔をそむけた。
『飛輝のやつなら、行方をくらまして俺でもどこに行ったか掴んでいない』
ぼんやりとした顔に終始しつつ、羽端は言質を取ったと思った。
飛輝に関しては好きにして良いというのだ。
ただ、飛輝に関しては最初からの羽端達への餌という印象がぬぐえなかった。
なら、まだ押せる。
羽端は利害を合わせようとする話の中でどれほど有利に立てるかの張り合いを楽しんでいた。
この話は耶杜絡みから来た可能性が高い。
この二点から、売り手になれるはずだった。
「ウチ等みたいな過疎配信者が欲しいって、いい具合な弾避けにしようと言うわけですよね? だったら、もう少し弾避けらしくなりたいんですが?」
『箔をつけたいというのか?』
矛漕に羽端は頷く。
「衛星を、ネットワーク起点となる衛星を三つ程頂けませんか? あと、ある会社の買収」『欲深いもんだ』
相手は苦笑してみせる。
「衛星は遡来乃ひなを取り戻すのに必要です」
『買収の話は?』
「配信を広めるため」
『どこの会社だ?』
「広告代理会社の汽乃堂」
『ほう……』
中堅に届くかという、東京の会社だった。
『……いいだろう。あそこは丁度、厄介ごとを抱えてるところだ』
羽端は頭を下げた。
矛漕は軽く頷き、いかにも気安げに続けた。
『ただな。ここまで俺を舐めてくれたんだ。二度とこのビジネスから抜けられないことは覚悟しておけよ』
それが脅しではなく宣告であることを、羽端はわかっていた。
だが、羽端としてもこれ以上引けないのだ。
『あと、何かあった時の連絡先を教えて置く』
「ありがとうございます」
矛漕との通信を切ると、羽端はすぐにその場から姿を消した。
元アストロノミカ計画にと事件について耶杜には資料を、施樹には現状を調べてもらうことを頼んでいた。
施樹は報告を盛って来た時、衛星を一つ上げて欲しいと頼んできた。
九生龍子の姿にされた陽栖という少女のためかと思った。
レシピを聞いて、羽端は一瞬迷ったが同意することにした。
半自動で動かしていた「大鎌の殺人鬼」を、手元で使う時以外完全自動にするというものだった。
そうなると、彼等「遡来乃ひな」制作メンバー以外に、無差別な発生が起こる。
特に、視聴者やアンチ、そしてデザイン・ベイビーを忌避する市民たちにだ。
衛星を一個あげて軌道に乗せてしまえば、稼働時間内で永遠に存在することになる。
一種のテロだが、「大鎌の殺人鬼」をさらに恐怖のモノに仕立て上げて、そのロックを解除できるのが自分たちだけという案は、悪くないものだと思った。
「死んだ二人へのはなむけよ」
羽端は早速星成炉で星を打ち上げた。
会った場所は池袋のアメ横ないにある露店の一つだった。
施樹は仕事をしていないので、奢るのは羽端だ。
彼女はケバブとカットフルーツを頼んでテーブルについて食べていた。
その間、元アストロノミカ計画について話あう。
「着工は第四次情報革命以前からね。完成を待って大々的に宣伝する予定だったみたいだけど、同時に計画はまんまとカモにされて、ハゲタカが喰い散らかしてしまった」
「衛星間ネットワークができたのもその時よね?」
「そちらの方は何とか軌道に乗ってる」
「もとからこれを主導したのが、クークビーという会社なんだけど、ここは乗っ取り転売を繰り返すM&Aの会社だった。それも悪質な。他の買収のための資金に、アストロノミカ計画をでっち上げて資金を募り、挙句に倒産させた。もちろん、計画倒産だよ」
「今はただの詐欺にもつかわれているけど、元アストロノミカ計画自体は悪くないのよね。それで、今ミニ・アストロノミカ計画がそこらで起こっている。うち等も『遡来乃ひな』を使う時にその縮小再生版のところを利用しているわけだし。で、『巣鴨プリズン』が何らかのかかわりがある」
「問題とされてるのは、そこに失踪事件が絡んでいる点なんだよ」
「アストロノミカ計画の人員の中に、その失踪した正露堵という名前が載ってるよ。それも中央のメンバーとして」
「……なるほど」
羽端はぼんやりとした表情で頷いた。
「耶杜と、遁暮会とか「遡来乃ひな」とウチの話が抜け落ちてるねぇ」
「確かにね。これらと繋ぐピースが足りない」
ふと、羽端は重要なことを思い出した。
「古深名か……」
施樹も、あっという小さな声を出す。
突然、衛星間ネットワーク上に現れた、自称デミウルゴス。
世界を異物のバグとして扱い、破壊しようとする意志だ。
「ねぇ、古深名の方から見たほうがウチらにとってわかりやすいんじゃない?」
彼女は、指摘した。
羽端も同感である。
「耶杜が古深名の話をだしてきたから、改めて聞かないとなぁ。とりあえずは飛輝の居場所が知りたいね」
「聞けば?」
施樹はそっけなく即答した。
「……そうするか」
羽端は遁暮会との連絡先と通信を開いた。
ただ、聞いた時、どこも使っていないコードだと不思議に思ってはいたのだが。
『はい?』
不愛想な少年の声だった。
その第一声だけで羽端は相手を嫌いになった。
「維庶飛輝の居場所が知りたい」
だが、不要な意識を乖離させている羽端の口調も表情にも変化は見られない。
『練馬区の江原警察署OBが主に経営している、江原探偵社にいる』
一発で具体的なところの答えが返ってくる。
「どんな会社?」
『笹耶杜と関係あるが直接的じゃない。どちらかというと、彼に近い位置にある』
へぇっ、と羽端は笑ってしまう。
あまりにわかりやすく彼の認識に言葉がはいってくるのだ。
不快な印象に変わりはないが。
「耶杜と今度の話、どんな繋がりなのか知りたいんだけど」
聞いたのは施樹だった。
師施葉と合流した昼下がり、江原探偵社へと向かった。
念のためにサテライト・アエティールを出して、辺りを警戒させていた。
細い通りに入りしばらくすると、サテライト・アエティールが警告を発する。
目指す向こうにワンボックスカーが現れ、突然スピードを上げてくる。
運転手の顔が見える。確実に羽端らを狙っている目だ。
羽端と施樹は、それぞれ反対側の端にに身体を横にして避けようとした。
師施葉は左の肘と肩で顔を保護すると、ぶつかる瞬間、右手の柄の石突きを思い切りフロントガラスに当てて、砕いた。
助手席に勢いで押し込まれると、そのまま一度刀を身体に引いてから切っ先で運転している男の首を貫ぬき、そのままかき切った。
ワンボックスカーは制御を失い、正面から電柱に激しく激突して停止した。
後部扉が開き、四人ほどの男たちが出てくる。
全員、防弾チョッキにサングラスで両手で自動拳銃を構えている。
最も奥に、スーツ姿で軽く顎を上げている飛輝の姿があった。
「よー、久しぶりだな、にーちゃんたち」
背後にもう一台バンが停まり、こちらも五人ほどが降りて来た。
羽端たちは完全に挟まれた。
師施葉は、すぐに相手が素人だと判断した。
銃をもって前後で挟んだりしては、同士討ちしかねないのだ。
「……遁暮会がおまえ売ったよ?」
羽端に、飛輝は動揺する様子もない。
「あんなちんけなところに何時までもいる俺じゃねぇ」
「だからと言って、為離鹿瀬のところに行くってのも、極端な奴だな」
一瞬軽く眉をしかめた飛輝だが、すぐに口角を上げてニヤけた。
「……残念ながら、関係ないぜ。あんなおっさんとは」
羽端も片方の口の端を釣り上げる。
言質は取った。
「……この前は面白いモノをみせてくれた。あとで知ったんだが星製物というのか。あのシステムを使える奴を他に見るのは初めてだったぜ?」
「それは冥途の土産になによりだね」
「お陰で、他に幾つか使いかたがわるようになった」
羽端はそれが、古深名の影響だと直観した。
同時に、乖離させているはずの意識から、怒りと恐怖というものが泡のように湧き上がってくるのがわかる。
あくまで表面は平然としているが。
だが、九生龍子と飛輝の関係は、「斬った」はずだった。
男たちは、皆、銃をぶら下げている腕を垂らし、猫背で立っていた。
その正面の一人から、黒い細身で身体に格子上の模様のある人影が剥がれるように浮かび上がった。
九生龍子だった。
「……なるほど? 発現基盤を変えたってわけか」
羽端が言う。
星製物が出現する元となる存在を変えたということだ。
元々九生龍子は、陽栖に付いていた。
それを変えたのだ。
羽端も大鎌を持った殺人鬼を出す。
そして、目の前の男と九生龍子の関係を斬ろうと大鎌を叩きつけるようにすると、その柄部分を蹴るようにした足で止められた。
足はまるで張り付いたように、柄を上下左右に動かしても乗ったままだ。
師施葉がその男の後ろに立ち、肩口から袈裟斬りにする。
ゆらりと揺れて、さらに腰に膝蹴りを加えると、相手はやっと倒れて動かなくなる。
血が全くでなかった。
「こいつら……まさか死体?」
陽栖のときもそうだったと、施樹は気付いた。
九生龍子という星製物の発現基盤は死んでいたのだ。
飛輝はニヤニヤしたまま黙っていた。
真横から格子が伸びて来た。
羽端それぞれがその中に捕らえられる。
瞬間、異臭が鼻を突いた。
服が裾から変色して溶けて行った。
「腐食」
同時に脇の一人から姿を現した九生龍子が、大鎌を持った殺人鬼の鎌の柄を掴む。
意外なほどの凄まじい力に、鎌を振れない。
重心を一気に下にして身体を両足の間に滑らせ、立ち上がると同時に鎌を思い切り持ち上げる。
九生龍子は回転するようにして、地面に背中を打ち付けた。
他の男たちが大鎌を持った殺人鬼に銃を向けて引き金を引いた。
一瞬だけ姿を消して銃弾をやり過ごすと再び現れ、大鎌を持った殺人鬼は、九生龍子の存在を斬った。
辺りからつんざくような悲鳴が上がり、九生龍子の身体は真っ二つになり、ゆっくりとその身体が蒸発していった。
格子から脱した羽端たちは、舌打ちしたそうに睨みつけてくる飛輝に、向かい直した。
「ウチの『呪い』を甘くみたね」
羽端は、大鎌を持った殺人鬼を前に出しながら、飛輝に言った。
九生龍子の消滅と共に、死体だった男たちはその場に崩れ落ちていた。
「クソ砂利が……」
小さく呟き、首を掻くる回すと、余裕ある半眼の表情で彼等に軽く顎を上げた。
ふところから拳銃を抜き、羽端の足元に放り投げる。
「やるじゃねぇかよ。良いだろう、喋ってやるよ、聞きたいことをいくらでも。ただそこから動くなよ?」
軽く掲げて手に握っているものを見せる。
ピンを抜いた手榴弾だった。
「……まって! いまのその拳銃、形が変!」
施樹が羽端に叫んだ。
飛輝は舌打ちした。
羽端達はその場から跳んだ。
拳銃型に見せかけた爆弾は、その直後に逆円錐状に爆発した。
それぞれ塀の下に伏せた三人に、手榴弾が放り投げられる。
大鎌を持った殺人鬼が鎌を振るう。
距離を斬った。
手榴弾は投げられた直後の空間に浮遊したままになった。
飛輝はその隙に駆けだしていた。
空中で爆発が起こる。
空間が鳴るような衝撃に、三人はしばらく動けなかった。
飛輝は通りを抜け、走りながらタクシーを捕まえると、池袋まで走らせた。
冗談じゃない。
彼は計画の端っこにいたとはいえ、あらゆる足場を失ってしまった。
最後に頼るところは、一つしかない。
『巣鴨プリズン』
一般にそう呼ばれている集合体の一つ。
場所はサンシャインシティだ。




