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第三章

 朝方近くの来訪にはさすがの耶杜も驚いていた。

 昨日の今日なのだ。  

 ラウンジで少年らにはやや疲れが見て取れた。

 同時に、恨みめいたモノも感じられる。

 耶杜は、夜のうちに遁暮会と接触していた。         

少年らに詳細を話してみせる。

「……正露堵という男について聞きたくてきましたよ」

 話が終わると頷き、羽端が聞いてきた。

 長野県の失踪事件だ。

「随分、興味の幅が広がったな」

「そうじゃないと、渡師舞の話が見えないですから」

耶杜は一旦、息を吐いた。

 彼が滅入るような気分に比べ、羽端は地に足がついていないかのように気楽そうな態度だった。

 ただ、横に並ぶ施樹は真剣でさらに師施葉に至っては、殺気すら放っている。

「それに関しては、捜査本部が捜査中だ」

「別にそんな機密な話じゃないです。露堵が観測所で担当していた衛星を教えてくれるだけでいいんです」

「担当衛星?」

 人脈繋がりで捜査していた耶杜には、別の見方だったために興味がわく。

「臼田の宇宙空間観測所に問い合わせよう」

 彼はその場で携帯端末機を使い、連絡を入れた。

 やり取りは思った以上に続いた。

 すぐに答えが返ってくるかと思ったが、露堵はメイン研究テーマと別の観測も行っていたらしく、その私的なデータの整理に時間がかかったのだ。 

「鈴禰コーポレーション?」

 耶杜は聞き返していた。

『はい。正氏は主要研究を個人の子会社の鈴禰コーポレーションというところにまかせていたようです』

「本社は?」

『練馬区新江田……』

 微かに漏れる声に、羽端は目をやや細めた。

 通信を切った耶都に、羽端が小首をかしげるようにする。

「遁暮会にはケツ持ちいるんですか?」

 自然に斬り込んでこられたが、耶杜には話ずらい質問だった。

「……ああいう奴らにいるわけないだろう?」

「ああいう奴らだからこそ、浸透してきてないわけないでしょう?」

 耶杜は舌打ちした。

「おまえ、何かそのうち気付いたら崖っぷちに立ってそうだな」

「崖っぷちで踊り続けてる人が言うと迫力が違いますね。こっちはお陰で代わりに踊らなきゃならないんですよね。相変らず」

 四人は出されたコーヒーにも手を付けてない。

 羽端は、顔を掻きながら軽く身を乗り出してきた。

「璃譜。都羽璃譜の死体は上がりました?」

 言いたいことを数語飛ばした様子は、搔いている指の隙間に隠した目の凄まじい殺気で察せられた。

 手をのけた時にはもう、何気ない表情になっていたのもあわせて、あらゆる犯罪者を相手にしてきた耶杜ですら、思わず身を固して頭がクリアになる自動スイッチを押されるものがあった。

「逢いましたよ、先刻言われてた、『古深名』らしき存在に。わざわざ語ってくれたんだ。関連性あるのがホンボシでしょ?」

 耶杜は息を吐いて、机に肘を付いた。

 にやけた表情を作り、羽端の顔を覗きこむ。

「……覚悟はいいか?」

 重い口調だった。

 施樹だけは、π9を口にする。

「遁暮会のケツ持ちというか、絵を描いてるのは元練馬区警察署の者だ。アストロノミカ計画で、こいつらは仕事にありついてる。で、出て来たのが古深名だ。どうするって、皆で秘密に処理したくなるよなぁ? そこに、元アストロノミカ計画に関わっていた天文台観測員が行方不明」

「瑠譜は?」

 羽端が間髪無く聞いてくる。

「行方不明者と、多分理由は一緒だろうな」

「犯人はその元アストロノミカ計画に関わっている人物なのか?」

 はじめて師施葉が口を開いた。

「そういうこったろうと思っている」

 最後に羽端は遁暮会の資料を後で送るように行った。

 耶杜がうなづく。

「あと、メタバースの存在の遡来乃ひなが目の前にでてきました。枕元ならまだましもね」

「枕元と似たようなもんだ。古深名の影響をうけたメタバースや思考情報の固体化という現象だ、というなら説明ができる」

「……訳わかんないんですけど?」

 思わず施樹が言った。

 今も意識を乖離させている羽端は、ニヤニヤして質問を打ち切る。

「十分だ。行こう」

 半ば呆れているかのような師施葉が立ち上がった。

 三人が去ったあと、耶杜は天文台職員との会話を思い出していた。

『正氏はブラック・ホールというわけではないのですが、それに似た光学遮断要素のある衛星の論文を執筆中でした』

 聞いたこともない存在だった。

 大体光学遮断となれば、直接見えない。

 電磁パルスやX線など他ではないと把握できなのだ。

 途中で論文を送るように職員にそれとなく伝えて置いていた。

 事件の物的証拠ではないので、邪魔する者はいない。

 職員も、何かの足しになるのならと喜んで請け負ってくれていた。

「忙しい身だわ……」

 耶杜はコーヒーをすすりつつ、ついぼやいた。 

 



 しめ切ったカーテンの脇にあるベッドで鹿等入眞は、何時もの同じ満足とは言い難い睡眠をから目を醒めた。

 あらゆる声と底知れぬ恐怖が襲い掛かってきて、頭の中と胸を掻きむしろうとする。

 サテライト・アエティールで意識を遮断し、通常モードに切り替える。

 欲望は収まっていた。

 創作に費やすことで発散していたが、先日、初めて望みを実行に移した。

 目くるめくような時間。

 それも今は意識下だ。

 ゆっくりと紅茶を入れて、パンケーキを作り、ジャムとホイップクリームで朝食を済ませた。仕草は繊細で上品である。

 納期までの仕事は目途がついたので、その日はまず軽く近場を散歩しようかと思った。

 自然を眺める散策が好きなのだ。

 午後二十時過ぎである。

 シャワーを浴びつつストレッチをし、スーツ姿に着替えつつ、着信履歴をチェックする。

 ほとんどが仕事関係の女性からの予定確認だ。

 ただ、目を引いたのは、迷惑フォルダの不思議な文面の一通だったが、そのままにしておく。

 玄関から出るのと、直接に脳に一日のニュースが流し込まれる。

 近所との交流はないので、不審がられてはいるが、だれも関わろうとはしてこない。

 入眞としては最高の環境である。

 意識が拾ったものは、ごく身近な天気情報だった。

 付近にロゼッタ・ストーンが集中的に落ちてきている。

 それは一般視覚では捉えられないが、サテライト・アエティールなどの情報媒体では確認できるものだ。

 それらが、衛星間ネットワークに接する入眞の無意識に介入し、周回と衛星の性質そのものに影響を与える。

 衛星間ネットワークと人はそれぞれ自立に動きつつフィールドバック機能をもち、同調しているのだ。

 早速、視界に塵がひっかき傷をつく手は消えるようなノイズが現れた。

 鬱陶しく思いつつ街灯の下、歩道を行く。

 整備されたゆったりとした道路の住宅街に入る。

 十分経たないかの頃、急に視界が一瞬回転したかと思った。

 軽い眩暈を覚え、垂れた前髪を掻き上げる。

 その時上げた目が捉えた。

 頭巾をかぶり、民族風ケープを足元まで何枚も重ねて、黒い手袋をした両手に大鎌を握っている姿を。

 まさか、「大鎌を持った殺人鬼」か?     

 サテライト・アエティールを放出させて、辺りを探らせる。

 何よりも入眞が恐れたのは、「人の目」だ。

 人通りも少なく、住宅にところどころ明かりは灯っているが、こちらに関心を持った様子はない。

 同時に思ったことは、これが「大鎌を持った殺人鬼」だったなら、記録者がいるはずだった。

 やりずらい。

 素早く処理をしよう。

 至って入眞は冷静だった。

 ポケットから仮面を取り出し、顔を隠す。

 辺りの空気が、乾燥する。

 同時に急速に、頭上に雲が育った。

 大鎌をもった殺人鬼は、頭巾に空いたふたつの穴から目玉を動かし、入眞に焦点を当てた。

 殺人鬼が間合いまで一気に入ると、大鎌を振り降ろしてきた。

 飛び退けば余裕で避けられる速度と距離感だった。

 あっさりと退けるが、違和感が残る。

 鎌の軌道の地面では、細い線として微かな湿気が現れていた。

 周りが蒸発させるような状態だったので、一層顕著に目立った。

 入眞は仮面を被った「モノ」を使った時、「時間を先取して現象を起こす」ことができた。

 「モノ」はその際の擬人する時もあれば、しない時もある。

 衛星間ネットワークから零れ落ちてきて、獲得した能力だった。

 多分にロゼッタ・ストーンによる干渉による結果だと自己分析している。恐らく星製物だろう。

 彼自身は「仮面のモノ」と呼んでいた。

 他にこのような現象を扱っている相手を見たことがないので、個称だ。

 だが、この「大鎌を持った殺人鬼」にも似た感覚を得ていた。

 それでなくてはこの違和感は説明できない。

 入眞はすぐにどう逃げるかを考えていた。

 正面からやるのは、気付かれずに行ける時だけだ。

 無駄に命のやり取りをするなど、彼にとっては愚の骨頂なのだ。

 この間にサテライト・アエティールは全力で情報を収集している。

 入眞は仮面のモノの力を使い、乾燥させたアスファルトに火を出現させた。

 だが「大鎌をもった殺人鬼」は本体がないのか、炎の中に平然と立っている。

 そして、また大鎌を袈裟斬りに振る。

 直線長に入眞はいた。距離があったために喰らっていないのに、身体の感覚に軋みを感じる。

 入眞はすぐに対応を変えた。熱した道路から造った積雲から土砂降りの雨を降らせ、同時に幾条もの大音量の稲妻を落としたのだ。

 「大鎌の殺人鬼は」雨のカーテンの中に埋没し、流石に稲妻には動揺したようだった。

 この隙に、入眞は後ろを向いて全力でその場から駆け出した。

 念のために入り組んだ道を複雑に折れて目的地を攪乱しつつ、ニ十分ほどかけて自宅に到着する。

 すぐに入らず、サテライト・アエティールに辺りを十分さぐらせてから、彼はやっと借りている一戸建ての家に入った。

 



 着替えもせずにリビングのソファに座ると、サテライト・アエティールを介し、集めたデータをスクリーンに羅列的に浮かび上がらせた。

 大鎌の殺人鬼は遡来乃ひなという配信媒体が取り上げている都市伝説である。

 所詮それまでであれば、このようなことにはなっていない。

 頭が混乱する。

 あの存在にあってから、上手く頭がまとまらないのだ。

 冷蔵後からπ9を取ってきて一気飲みすると、ドスリと腰をソファにおとして作業を再開する。

 サテライト・アエティールが明らかに不調だった。

 調べてみれば、記憶、伝送と言った機能の一部が稼働していなかった。しかし、機械それ自体に故障の痕はない。

 これか、この頭のまとまらなさは。

 大鎌の殺人者の鎌の一撃は、記憶の整合性を断絶するとしたら。

 それならば、このモノに出会った人々は命は助かるが謎の存在に襲われたと訴え、しかもそれが支離滅裂になるだろう。

 次に入眞は衛星間ネットワークの「遡来乃ひな」関連のニュースをスクリーンに写した。

 九月二十一日、午後十時四十四分と記録されているファイルをみつけた。

 丁度、彼が大鎌の殺人者に襲われている映像である。

「……舐められてるな」

 無表情に呟いた。

 それは良い。だが、その上で手を出してくるかどうかが問題だった。

 たまたま、アクセスしているネットワークに、ロゼッタ・ストーンが通り過ぎた。

 内容を解析するのに十分な時間だった。

 そこには、「遡来乃ひな」の制作メンバーの名前が書かれていた。

 驚くことべきはなかった。

 ただただ偶然が起こった点に関して、入眞は神秘すら感じた。

 断絶させられていた記憶と思考が結合したのだ。

 たまたま狩った少女は都羽璃譜も「遡来乃ひな」制作メンバーであり、彼がその死体を送り付けたのも同じメンバーの羽端だったのだ。

 なら、まだ嗅ぎ付かれてはいない。

 当たりの段階だ。

 それでも、仮面のモノが解析されたなら話は別だ。

 彼はバーに出ることにした。

 もう襲撃はないだろう。

 落ち着く照明の、上品なバーテンが一人やっているこじんまりとした店だ。

 ストゥールに座り、スコッチをジョッキに注いでもらう。

 先客がいた。

 古着をおしゃれに着こなしている若い女性だ。

 妖艶な雰囲気を漂わせながらも、見る者には質感がまるで陶器でもあるような不思議な印象を与える。

 入眞が呼び出したのだった。

 彼女はブラッティー・マリーを手元に置いていた。

「我々の芸術の件だ」

 離裏(りり)は頷いた。

「種は撒いたと聞いているわ。期待してるわよ、鵠兆範呂(こくちよう はんりよ)さん?」

 情感のある声と、無機質な表情。

 鵠兆範呂とは入眞の作家ネームである。

「取り上げたか?」

「一面トップで」

 離裏は汽乃日報という更新を宣告するだけで刊行がいつも未定の総合アート雑誌の編集長だった。

 紙媒体は当然として、衛星間ネットワーク上で閲覧可能な広告収入で無料にしているサイトでもあった。

「事件には?」

「刑事が動き出しているけど、まだね。だから、まだ種撒いただけだって言ってるんじゃない?」

 若干二十六歳の離裏はつまらなそうに言い捨てる。

 距離感は近いものがあるのに、実体に触れさせない。

 離裏にはそんなところがある。 

「デザイナー・ベイビーと言ったな?」

「そうよ?」

「調べた。名前は都羽瑠譜。広告媒体の『遡来乃ひな』の制作メンバーだ」

「そうね」

 離裏はあっけなく同意した。

「……知ってたのか?」

「彼女はデザイナー・ベイビーで、逃亡した施設にいたときから制作者が不明だったわ。戸籍もないはずよ」

 息を吐き、ようやく彼女は入眞に顔を向けた。

 それこそ絵画か彫刻めいた整った容姿をしている。

「怖気づいたのかしら?」

「同じ制作メンバーの羽端のところに送らせたのも、考えの内と言いたいのか?」

 入眞は横目をやっただけで動じなかった。

 所詮、人形のような人物。それが入眞の彼女評だった。  

「あたしたちの計画にとってこれ以上ないじゃない?」

 言わずもがなという離裏の答えだった。

 目の動向がやや開いている。

 入眞は不可解さに気付いた。

 だが、敢えて何も言わなかった。

「話はそれだけかしら?」

 バックを取りながら、離裏は軽くカクテルグラスを傾けた。

 入眞は何も言わなかった。

「じゃあ、あたしは行くわ。今度の汽乃日報を楽しみにね」

 彼女は颯爽と店を出て行った。

 入眞は、ウィスキーを一気に煽る。

 いつものことだが彼女に会うと、彼は不愉快さにかき乱されるようになる。

 罵声の一つも浴びせてやりたかった。

 だからだろうか。

 彼女のインモラルな企画に乗ったのは。

 とにかく今夜は散歩時の事故と離裏の話を混ぜて、グラスに注いだウィスキーで潰れたい気分だった。





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