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第一章

 長野県で臼田宇宙空間観測所が勤務している正露堵(まさし ろと)(三十二歳)が行方不明となり、警察に失踪届が提出された。

 長野県警はその時、合同捜査本部を開いて連続失踪事件を捜査していた。

 犯人とめぼしく洗っている人物は四名。紀理務解(きり むかい)、四十八歳、アストロノミカ開発プロジェクトの参入会社クークビー勤務係長、亜戸符寡(あど ふか)。三十二歳、広告代理会社汽乃堂(きのどう)勤務、

理九眞稀(りく まき)、三十四歳。ホテルグループ燈鹿総務次長、渡師舞(わたり しぶ)、三十九歳。

 警察庁庁捜査一課の笹耶杜(ささ やと)巡査部長は、東京都赤羽まで車を飛ばし、七社神社ちかくにある小さなビルの前に来ていた。

 午後六時。秋の空はすでに暗くなっている。

 耶杜は二十八歳。ノンキャリアだが警視庁では発言力のある青年として、組織内で席を確保していた。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

 赤い髪のショートボブで青い目をした一見してデザイナー・ベイビーとわかる少女が迎える。

 コート姿で痩せぎすの耶杜は頷いて、垣根の前にドアがついた奥へと少年の後に続いた。

 一階はまるでバーだった。

 様々な人々がカウンターや小さな席で、飲み物を飲んで談笑している。

 奥にある個室に通されると、ソファに太り気味でどこか凄みのある雰囲気をもちながらも、優し気な表情をした中年の男が座っていた。

「遠いところすまんな」

 為離鹿瀬(いり かせ)は少女に酒を造らせてた。

 彼は東京都の北部を支配する地下組織の会長だった。

 耶杜は向かい合ったソファに腰を下ろし、無言で軽く首を傾げて見せる。

「……この時期にわざわざ連絡してくるってのは?」

 テーブルに光りの文字が浮かびあがる。

 幾つかのニュース記事のスクラップだ。

 それは、頓挫した上層空域開発計画アストロノミカの切り抜きと、衛星すずか、いおりのふたつの写真とデータが書かれたものだった。

 耶杜は視覚野に記録させる。

「衛星間ネットワークで分列統合の動きが出ているんだが、発信源はこの二つの衛星からの発信からだ」

 アストノミカ計画は失敗に終わったはずだ。

 データによると両衛星は古く、すでに破棄されたものである。

「この件と今回の失踪事件に何らかの関係があってな」

「何らかの……か」

 鹿瀬の言い方は、確実にあるというものだ。

 グラスに丸くカットされた大きな氷が浮かび、ウィスキーが入れられたものが二人のまえに丁寧に置かれる。

 それから、長野での連続失踪事件の文字が浮かび上がった。

 一人の男の写真とともに。

 渡師舞(わたり しぶ)。   

「我々はこの男がもっとも怪しいと睨んでいる」

 耶杜はグラスからクイっと酒を喉に流す。熱い息が漏れた。

「捜査本部の本筋は亜戸符寡(あど ふか)だ」

「違う。師舞だ」

 ゆったりとだが鹿瀬は断言した。

「……把握した」

 立ち上がった耶杜に、分厚い封筒が一つ差し出される。

「死人はでるか?」

「積んでくれるのか?」

 耶杜は鼻で笑って聞いた。。

「いつものところに連絡を入れてくれ」

 鹿瀬はゆったりとした雰囲気で、声は淡々としていた。

「あー、わかった」

 可哀想なもんだと内心呟く。

「直ぐ帰るのか? ホテルは取ってあるが?」

「せっかくだ。一泊していくよ。『ロゼッタ・ストーン』がかなり落ちてきてるんでね」

 頷いた鹿瀬の合図で少女が旧古河庭園近くにあるホテルのキーを渡してきた。

 耶杜が消えると鹿瀬は、これでアレを無事埋められればすべてうまく行くと、息を漏らした。




「めんどくさい……」

 事盧羽端(ことの うは)はいつもの口癖を呟いていた。     

 十九歳。

 灰色の髪で均衡のとれた細身。容姿は良い部類にはいるが、どこか地に足を付いていないような浮世離れした雰囲気を持っていた。ロングコートの下に、ゴシックとパンクを混ぜたデザインのシャツとワイドパンツ、靴は左右色違いのスニーカー姿だ。

 補助外部インターフェースである「サテライト・アエティール」は左耳のカスタム・コーン・ピアスに折りたたまれて収納されている。

 手には、自動販売機で買った疑似アンフェタミン液製品の缶である「π9」を手にしていた。

 廃衛星経由でサテライト・アエティールに送られてきた内容に、溜め息が出る思いだった。

 豊島区池袋の千早緑地公園に入るとベンチに座る。滑り台近くに親子が数人で遊んでいる、昼間近くだった。

 羽端はこの公園に妙に馴染んでいた。

「不審者発見」

 声が後ろから聞こえた。

 細い小さめな手が彼の肩に置かれ、やんわりとした金木犀の香りが鼻腔をくすぐる。

「防犯カメラの中心に居るのに、なに堂々とフワってんの?」

 耳元で悪戯っぽい口調で囁やかれた。

「別に悪いことしてないし」

 羽端はボソリと答えた。

 ベンチの背をまたいで猫のように彼の横でしゃがみ込んできたのは、金髪ショートの髪を左側の前髪が目を覆うように顎まで長くした少女だった。

 スカル模様の青いスカジャンを着て水色のワンピースの下にハーフパンツでスニーカーを履いている。

 やや据わった目で口元は緩んでいるように口角が上がっている容貌はやや幼さが残っていた。 

 羽端と同じく十九歳。施樹(せ じゆ)は小さなペッドボトルをもって、棒付きの飴を口に含んでいた。

「ねね、連絡来た?」

「ここで目立ってればみんな来ると思って」

 肯定する言葉を飛ばし、羽端は答えてπ9を口に運んだ。  

「あたしだけだけど?」

「代表?」

「そういう事」

「問題ないねぇ。ウチ等が団体行動してたらむしろ気持ち悪いし」

 半ば上の空で小さくうなづく。

「なんでここなの?」

「警察署の近場で星成炉(せいせいろ)を造る」

 星成炉とは、地球の上に多数浮かんでいる個人用人工衛星とそのネットワークに強制介入する為の突破装置だった。

「『ロゼッタ・ストーン』が降ってきてるから何かあると思ったよ」

 それは、衛星間から地上の人間に逆介入する圧縮情報塊のことだ。

 半月前から山手線円環に多数見つかり、原因とみられる噂が立っていた。

 東京中心部の人々が、「大鎌を持った殺人鬼」の存在を見たと。

 巨大な帽子を被り、やや大きめな身体にローブを着て鎌をもって彷徨っているらしい。

 そして、見たものは十日以内に死ぬ。

 一種の呪いだ。 

 噂は噂を呼び、都市伝説とまでなっている。

「調べたの?」

 施樹は興味深げに目を輝かした。

「んー、噂の元の人物たちには共通項があった」

「うんうん」

 先を促す施樹に、上の空の羽端はπ9の缶をくいっと口元で傾ける。

 そのまま無言だった。

「わかった。遡来乃(そらの)ひなを出せばいいわけね!」

「そういうこと」

 彼方ひなとは、羽端らが作成し仮想空間で放送をしているアイドル少女の名前だった。

 キャッチコピーは「星の天使・遡来乃ひな」である。一応の対象は十代と設定している。

 初めはただの遊びだった。

 だが、その利用方法に目を付けた笹耶杜により、目的は主に事件などのここの証拠のあぶり出しに使われていた。




 遡来乃ひなの放送が始まった。

 衛星間ネットワークが造るメタバースにこのチャンネルが出現したのは二か月前。

 突き刺さる視聴者には有意義な内容だった。

 都市伝説の詳細を紹介しつつも、それを笑いにしてツッコミまくり笑いをとるというスタイルには好感がもてた。

 そして、視聴者たちはは星成炉をもち、衛星間ネットワークをの参加者の一人なのだ。

 最近、彼等のの衛星に不調が起こり、星成炉を修理しているのだが、どうもうまく行かない。

 乗っ取られていることを前提にしているが、星成炉による衛星間ネットワークは自己責任の世界である。

 衛星が、知らないデータを収拾してくることがよくあった。それに反応して成長してゆくのだが、だんだんと手に負えなくなってきている。

 遡来乃ひなの放送は彼等にとって唯一、心安らぐものだった。

 内容に異様なまでに共感させてしまうのだ。

 都市伝説を持ち上げ、それに巻き込まれる人たちをコミカルに語る。

 爽快感があった。

 視聴者の大半はたまたま送られてきたリンクを踏んだ時に知ったのだ。

 常にチェックしている迷惑フォルダーの中に一つ、異様にひかれるものがあるので興味本位で踏んでしまうのだ。

 送られられ来た先を調べてみると、高校生の少女らしい。

 よくある登録させれば幾らという、ネット活動の一つだった。

 遡来乃ひなは大鎌を持った殺人鬼の解説をしていた。

 実名は出していないが、前回は高校でイジメて来た奴らしき一人と思われる犠牲者の話をしている。

 次は自分かもしれない。

 見ている物にはそんな恐怖がある。

 同時に極限状態におかれる状況にも興奮もしていた。

 こんなつまらない自分の周りで起きている殺人という特別な事件。暗く、屈折しているが、そこはかとない優越感。

 今回の遡来乃ひなの解説は、まったく身近な感覚に接しない人物の犠牲者のことだった。

 それでも面白い。

 視聴者たちには優越感と同時に増してくる暗い情念があった。

 殺意である。

 奇妙なふたつの感覚が合体を遂げたものだった。

 



 対象を絞ったゲリラ放送の視聴者は十二人だった。

 全てに送った「視聴者得典」にはデータの転送コピーシステムを付けていた。

 星成炉作成を開始しようと、夕方に家から池袋までふらふらと出て来た羽端は空気の変化に気づいた。

 サテライト・アエティールが左耳から離れ、斜め上頭上に球体として浮遊する。

 磁気エネルギーが喚起されて、一点に集約されている。

 薄暗い歩道に道を造っている街灯の行く先、歩道橋の下におぼろげな塊が目に入った。

 サテライト・アエティールは解析データを簡略化させて本人に伝え、衛星間介入には使えるが、あくまで補助機能システムである。

 事態に関する対処は保持者による。結局、システムとはそういうものなのだ。

 むくりと相手は立ち上がり、こちらを見た。

 微かに街灯に照らされているのは、スーツ姿で髪を後ろに撫でつけた若い男だった。

 サテライト・アエティールが「対象外」と警告を発する。

 衛星間で把握していない存在だった。

 事故だ。

 羽端は微かに眼を細くしつつも、相手を視界に入れないまま歩調を変えずに進んでいく。

 急に眩暈が襲って来た。

 サテライト・アエティールを上空に飛ばし、吐き気を覚えた羽端はよろめいて、ガードレールに手を付いて俯く。

 視界いっぱいに、真っ白な地に目鼻口を彫刻したような仮面が現れた。

 確実に「捉えられた」

 羽端は動揺する内心を押さえて、全力で気付かないフリをする。

 仮面の奥から眼球が覗いたかと思うと、人の表情のようにニヤリとする。

 ゾッとするような時間は終わり、羽端は突然、路上に一人ぽつりと立っていることに気付いた。

 この辺りには「何か」がいる。

「うぃっすー!」

 背中を手の平で叩いて、スカジャン姿の施樹が羽端の顔を覗きこんできた。

 彼の返事も待たず、ニュースを転送してくる。

『大鎌を持った殺人鬼、突如の消滅』 

「経緯は?」

「謎。最後は、練馬まで行ってたらしいけど。ところで言ってたここの当たりの人の共通項って何なの?」

「……降って来た『ロゼッタ・ストーン』への解析度と適応率が高い」  

「一言で言うと、一見、不思議の温床だけど衛星間の犯罪の反映されてるってこと?」

 施樹は頭が回る。

 今回も、言いたいことを一言で表してくれた。

「知らんふりしようともってたけど、笹耶杜のところからきた話を真に受けるしかないなぁ」   

「……来てたのかい」

 施樹は半ばあきれ顔だった。

 スカジャンのポケットに手を入れながら、飴を口の中で一回しして、続ける。

「ならそっちが優先順位でしょうに」

 死にたくないだろう? と言いかけて羽端はやめた。

「亜戸符寡という男と、渡師舞という男を調べるよ」

 施樹にとって初耳ではなかった。

 すぐに何の事件か察したようだった。

「確かに知らんふりしたくなる」

 嗤っていた。

「大体、あたしたちに義理ないっしょ?」

 今度はさっきと真逆のことを言いだす。

「いや、正露堵の観測衛星のうちの一つが、うち等の衛星なんよ」

「どうして知らんふりしようとした?」

 また口のすることを変えた。

「被害者ヅラ出来るからに決まってる」

「今度は加害者ヅラしようというの?」

「あくまで知らんふりしてね」

 施樹は、一つ深い息を吐いた。

 羽端は続けた。

「どっちにしろ、今のロゼッタ・ストーンの数は異常だよ。放って置いたら何かに巻き込まれる。その前に寄れる大樹に寄ったほうがいい」

「大鎌を持った死神はどうするの?」

「そこで終らせるつもりだったんだ。端っこぐらいに関わってると思ってたから」

 この男は笹耶杜との関係を天秤にかけていたのだと、施樹は知った。

 耶杜もさぞ扱いづらい相手を使ったものだが、逆にこういうところが離れられない理由だろう。

「遡来乃ひなのところの投稿に、池袋の失踪者に関して、仮面を被った細身のスーツの男が結構、目撃されてる」

「なるほど。そいつに失踪事件の罪を被せようというわけね」

「そういうことだわ」

 やれやれというように、施樹は頭を掻いた。

 羽端はもう歩き出して、目的地に向かっていた。

 千早緑地公園にはいると、池の裏手で立ち止まり、サテライト・アエティールを放出させる。

 サンシャインシティの近くということもあり、多数の発信地のなかに紛れることができる。

 一つのロゼッタ・ストーンを元に空の成分を吸収させつつ、星成炉を構築していった。 衛星間に、仮面を被った姿の男が出現する。

 結果、池袋の地上から様々な反応が起こった。




 鹿等入眞(から いるま)は小さな動画映像作成の自営業をしている二十三歳だった。

 スタジオを自宅内にもち、主に自主制作者に対する依頼を受けていた。

 彼の作る動画は独特で激しいかと思うと急に引き込まれそうになるほどの兆話のとれた静寂を現すと言ったコントラストを作り出すことに定評があった。

 鹿等入眞というのは、作業用宣伝用の名前だった。

 彼が家に帰って来た時、衛星間に異物が出現しているのに気付いた。

 仮面をつけた細身のロングコートを着た男だ。

 彼は細い眉をピクリと動かす。

 その端正な容貌から感情が抜け落ちた。

 どこから漏れた?

 彼は思考を巡らす。

 だが、簡単に答えは出ない。

 泳がせておく時期か。

 落ち着いて判断し、彼は午後の夕食に手製のオムレツと豚肉に野菜のサラダを作った。









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