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呪詛師の少女は、少年と出会い、生き方を変えた

作者: 久遠れん

 立花(りっか)の正家、名取家は代々呪詛師の家系だ。

 人を呪い殺すことで金銭を得ている、後ろ暗い家だった。


 そんな家に生まれた立花もまた、呪詛師として人を呪い殺す日々を送っている。


 主なターゲットは政治家。政敵を殺したいという人間はかなり多い。

 その次に多いのが、一般人。家族を犯罪者に殺された、あるいは浮気や上司への恨み、そういったものを抱えた人たちが、ひょんなことから知ったのであろう名取家へ泣きついてくるパターン。

 名取家の跡取りでもある立花は、数えきれないほどの人を呪い殺してきた。


 けれど、ある日。

 ふとした拍子に思ったのだ。


(あ、この人生、嫌だな)


 金を積まれて、人を呪い殺すだけの人生。後に残るのは殺された側の怨念だけ。

 ふいにむなしく感じた。


「……逃げよ」


 決断は早かった。この世界、ぐずぐずと考えこんでいては死ぬだけだ。

 その日のうちに持てるだけの金銭をもって、立花は名取家から逃げ出した。






 公園でブランコを漕ぐ。すでに日は落ち、あたりは暗かった。

 公園で遊ぶ子供たちが帰った後のブランコを占領して、立花はため息を吐く。


「勢いで飛び出してきたけど、この後どうしようかなぁ」


 ホテルに泊まろうにも、そのままの名義で泊まってはすぐに連れ戻される。

 そもそも十五歳が一人でホテルに泊まれるのか。そのあたりの知識すらない。


 幸い、お金はそこそこ持ち出せたので、コンビニで食事にはありつけた。

 が、寝る場所はいかんともしがたい。ため息を吐き出して、星がちらつきだした夜空を見上げる。


「行き倒れ、かぁ」

「あの」


 ぼんやりとしていたから、人の気配に気づかなかった。

 殺気がなかったのも大きいが、これでは呪詛師失格だ。慌てて視線を降ろした立花は、傍に佇む少年の姿に目を見開く。


(こんなに近づかれるまで気づかなかったの……?!)


 さすがに気が抜けすぎている。

 唖然とする立花の前で、同じ年ごろに見える人の好さそうな青年が心配そうに眉を寄せている。片手に白いビニール袋を持っているから、買い物の帰りらしい。


「どうしたんだ? 家に帰らなくて大丈夫か?」

「あー……家出中で」


 適当に誤魔化すのも面倒で、素直に口に出した。立花の言葉に、少年がわずかに目を見開く。


「え、危ないぞ。この辺は夜になると不良もいるし」


 呪い殺していいのなら、不良程度、問題ではない。


 だが、立花は人殺しの家業から足を洗いたくて家出したのだ。

 ここで呪詛師に戻っては家を出た意味がない。


 黙り込んだ立花に、少年が手を差し出した。


「俺の家にこいよ。ここは寒いだろ」


 十月後半はそこそこ冷えるし、日が暮れて気温が下がっている。

 立花が着ているのは和服で、厚着をしているとはいいがたいので、寒かったのは事実だ。


 暫く迷うように少年の手を見つめていた立花だが「ほら」と促されて、その手を取った。






「俺は斎藤蒼空(そら)。お前は?」

「……立花」

「ふーん」


 てくてくと住宅街を歩きながら、会話を交わす。繋がれた手はそのままで、触れている掌が温かい。

 不思議な気持ちになりながら、立花は蒼空について歩いた。


「ここ、俺ん家」

「?」


 蒼空が立花を案内したのは、到底人が住んでいるようには見えないボロボロのアパートだった。

 それなりにいい暮らしをしていた立花には縁のない建物でもある。


 目を見張った立花を気にすることなく、蒼空はカンカンと音を立てて階段を上り、二階の端の部屋の玄関に鍵を差し込む。


「ただいまー」

「……お邪魔します」


 暗い室内には人がいるようには思えない。

 パチ、と電気をつけた蒼空の言葉に続けるように口を開いたが、立花は玄関から動けずにいた。

 本当にこんなところに住んでいるのか、と疑問が胸中をよぎる。


 靴を脱ぐために手は離されている。逃げようと思えばいつでも逃げられる。

 罠の可能性も考慮する立花に、蒼空が笑う。


「ぼろぼろだけど、意外と住んでるといい感じなんだぜ」

「……そう」

「ああ」


 吐き古したシューズを脱いで廊下に上がった蒼空は、立ち尽くす立花を気にせず、小さな冷蔵庫にビニール袋の中身を詰め込んでいった。


「ご両親、は?」

「いない。一人だ」


 そっけない返事に視線を伏せる。

 今どき、片親なのは珍しくないが、両親ともにいないのは、なにかしらの事情が感じられる。


「お前さ、行くとこないなら、しばらくうちにいれば?」

「え?」

「どうせ一人だし。少しくらい食費出してくれるなら、いてもいいぜ」


 冷蔵庫に食材を入れ終わって立ち上がった蒼空の提案に、立花は少しだけ考える。

 明らかに一般人の蒼空に迷惑をかける。だが、宛てがないのは事実だ。

 ここは言葉に甘えたほうが得である。


「……ありがと。食費、これでいい?」


 肩から掛けていたショルダーバッグをあけ、中に詰め込んでいた札束を無造作に差し出す。

 立花の行動に驚いたのは蒼空だ。


「おっま! なんてもんを! 仕舞え!! そんなにいらねぇ!」


 軽く百万を超える大金を差し出されて戦く蒼空に、いまいち現金の価値がわかっていない立花は首を傾げてしまう。


「お金は正義だって教わったんだけど」

「……あー! もう! 一枚でいい! 一枚くれればいいから!」


 蒼空がそういうのなら、と一万円札を一枚渡す。その時、廊下の壁が揺れた。


『うるせーぞ! 坊主!!』

「すんません!!」


 いわゆる壁ドンだ。それだけ壁が薄いのだと遅れて理解し、立花は思わず感嘆の声を漏らした。


「すごい。隣との距離が近い」

「お前、それ嫌みだからな」


 どこかげっそりした様子で蒼空が廊下の先の部屋に行く。

 立花はゆっくりと靴をぬいで、蒼空の後を追いかけた。






 狭いアパートでの二人暮らしは、中々悪くなかった。


 立花は学校に行っていないので、日中は暇だった。

 近くの図書館の図書カードを蒼空から借りて、本を読んで過ごした。


 人を呪い殺さなくていい生活は、息がしやすかった。

 名取の家での暮らしは、何不自由なくて便利だったけれど、いつも監視されているよう息苦しかったから。


 蒼空は独り暮らしをしていただけあって、生活力があった。

 狭いキッチンを器用に使いこなして、美味しいご飯を食べさせてくれる。


 たまに、学校帰りにしているというアルバイトのコンビニから、破棄のお弁当を持って帰ってくることもあった。


 楽しい、と思い始めていたころだった。

 狭い部屋の隅には位牌が置いてあり、蒼空は毎朝手を合わせてから学校に行く。


 書かれた名前が女性名なので、おそらく母親だろうと思っていた。

 その位牌が置かれたテーブルの横にある引き出しに、ふと、視線がいった。


(ちょっとだけ)


 ほんの少しの好奇心だったのだ。

 部屋の中のものを触って、今まで怒られたことがなかったのも理由の一つだった。


 開けた引き出しには、折りたたまれた白い紙が入っていた。

 取り出して開いて、その中身を読んで絶望した。


『蒼空へ

 お父さんの浮気が許せず、呪詛師の人に頼んで呪い殺してもらいましたが、莫大な料金を払えません。

 お母さんが死ねば解決なので、先に逝きます。

 遺産は引き継がず、自由に生きてください』


「うそ、でしょ……」


 民間からの依頼――一般人からの依頼は時折立花も受けていた。

 事情を聞くことはあまりなかったが、依頼人は「法で裁けないから、呪ってほしい」と口にすることが多い。


 その内容は、家族を殺されたとか、娘が痴漢にあったとか、あるいは――伴侶が浮気をした、とか。

 人を一人殺すのだ。呪詛師に依頼するには莫大な依頼料がかかる。


 たまに依頼料を支払えず逃げる依頼人がいるが、そういう人間を呪詛師は許さない。

 地の果てまで追いかけて、お金を取り上げるのだ、と兄が笑いながら口にしていた記憶があった。


 では、これは。蒼空は。


 立花のせいで、こんな暮らしをしているのか。

 母を失い、父を殺した呪詛師を匿っているのか。


 血の気が引いていく。目の前が真っ暗になった気がして――その時、ぎぃと玄関を開ける音がした。

 古いアパートの扉は錆びていて、開けるだけで音が出る。


 振り返った立花の視線の先で、玄関を閉めた蒼空が無表情で彼女を見ている。

 その手には出会ったときと同じ、スーパーのビニール袋が握られていた。


 いつも明るい笑みを浮かべている彼が、完全に感情を排した顔をしているのが、立花に事態の重大さを知らせる。


「見たのか」


 ぽつんと落とされた言葉。肯定も否定もできず、固まる立花の前で、蒼空がつらつらと言葉を紡ぐ。

 靴を脱いで、玄関が絞められたことで薄暗い廊下で、いつも通りビニール袋の中の食材を小さな冷蔵庫に詰めている姿が、どこか非現実的に見えた。


「父さんも母さんも馬鹿なんだ。浮気なんてしなければよかったのに。浮気をしたからって呪わなきゃよかったのに。二人ともさっさと勝手に死んで、俺だけ取り残された」


 ビニール袋の中身を冷蔵庫に詰め終わった蒼空が立ち上がり、キッチンのまな板の上に放置していた包丁を握る。


「お前さ、名取家の人間だろ。知ってたんだ。調べたから。名取立夏。俺の一歳年下の天才呪詛師」


 包丁を持ったまま、蒼空が立花へと振り返る。


 太陽の光が届かない廊下でも、包丁の刃先がきらりと光って見えた。

 錆びる寸前の手入れのされていない包丁を向けられる。


「お前らみたいなのがいるから、俺は!」


 今までの温厚さが別人のようだ。叫んだ蒼空が包丁を持ったまま立花に向かって突っ込んでくる。

 咄嗟に横に避けた立花の前で、ゆらりと立ち上がった蒼空の手にはまだ包丁が握られたままだ。


「だったら! どうして私を家に招いたの!」


 優しくされていなければ、明るく笑いかけられていなければ。

 呪詛師としての能力を使って、正当防衛で殺せたのに。


 涙を目じりに浮かべて悲鳴を上げる立花に、蒼空が怒鳴り返す。


「お前らの本性を暴いてやりたかった! 俺の両親を殺したのは、人でなしだって証明が欲しかった!!」

「っ」


 再び包丁を大きく振り上げた蒼空を、立花は呆然と見上げていた。

 家に籠ってずっと人を呪い殺してきた。


 美味しい三回の食事に、豪華なお昼のおやつ。暇なときは昼寝だってできた。

 友人は一人もいなかったけれど、名取の家ではそれが普通だったから気にしたことはない。


 家族も使用人も常に誰を呪い殺したか自慢していた。それが、少しだけ嫌だった。


 だから。だか、ら。


 人の優しさというものに、初めて触れて、嬉しかったのだ。

 蒼空の明るい笑みも、質素だけれど温かな食事も、薄っぺらい布団で二人なんで寝ることも。


 全部全部、新鮮で、楽しくて、嬉しかった。


(だから)


 ――殺されても、いいと思った。


 それで、蒼空の気が晴れるなら。人を呪い殺し続けてきた代償だと、察せられたから。

 そっと目を閉じた立花は、訪れるはずの痛みを想像して歯を食いしばる。


 しかし、いつまでたっても痛みは訪れない。

 違和感を覚えてそっと目を開いた立花の前では、蒼空がぼろぼろと涙を流していた。


「どうして、逃げないんだ」

「……」

「お前なら、俺くらい殺せるんだろ」

「……」

「呪詛師だろ、悪いやつなんだろ。なぁ!」


 悲鳴のようだった。助けて、と叫んでいるようだった。

 振り上げられた包丁はそのままなのに、ちっとも怖くない。


 立花は、右手を自分の心臓に充てる。隠していたわけではないけれど、話していなかった事実を口にする。


「私が死んだら、呪いが発動するの」

「……」

「自然死以外で私が死んだら、私が死ぬ原因になった人も、死ぬ呪い」

「な、んだよ。それ……」


 呪詛師の家に生まれた人間が、最初に刻まれる呪いだ。立花ももれなく、その呪いを身に宿している。

 蒼空の手から包丁が零れ落ちる。色褪せた畳の上に転がった包丁を眺めながら、立花は淡々と告げた。


「私を殺したいなら、殺せばいい。蒼空も死ぬけど、でも、それは因果応報ってやつなんでしょう?」


 最近借りた図書館の本で覚えたワードだ。立花の言葉に、蒼空はがくりと項垂れた。

 やけに小さく見える姿を眺める立花に、蒼空が小さく口を開く。


「……わかってたんだ」

「……」

「お前はきっと、仕事として『それ』をやってただけだって。俺がコンビニでレジを打つみたいに、仕事として人を呪ってた」


 その通りだ。立花にとって、呪詛師の仕事は生まれながらに、やるべきこと、と定められていた。


「でも、納得できなかった。一緒に暮らしてたら、お前が悪い奴だって、思えなかったから……っ」


 善悪の判断がつく前から、呪詛師としての心得を叩き込まれて育った。


 家出をしたのだって、なんとなく、だ。

 なんとなく、家にいたくなかった。なんとなく、仕事が面倒になった。なんとなく、人を殺したくなくなった。


 人を呪い殺す、人生に嫌気がさした。呪詛や怨念を聞いていて、憂鬱になった。

 そんな理由も確かにあったけれど、大きな理由は本当に『なんとなく』だったのだ。


「俺、馬鹿だなぁ……情が移るなんて、思ってなかったんだ」


 顔を上げた蒼空が涙をこぼしながら笑う。

 その表情が、なんだかひどく愛おしく思えて、立花は両手を伸ばした。蒼空の頭をそっと包んで、抱え込む。

 抵抗はされなかった。


「……お前、生きてるんだな。心臓の音がする」

「うん」

「父さんを殺して、母さんを追い詰めた。どんな冷血な奴だろうって思ってた」

「うん」

「でも、お前、すげーいいやつで……! 俺、わっかんねーよ」

「うん」


 ぐしゃ、と立花の服を蒼空が掴む。

 着替えをもって家出しなかったから、蒼空のお下がりのぶかぶかのパーカーだ。


「お前、いいやつ過ぎて、俺、馬鹿だから。もう、全然わかんなくて……!」


 蒼空は、懺悔をするように言葉を吐き出していた。

 実際、それは父と母に向けた謝罪の言葉でもあったのだろう。

 立夏はただ静かに頷きながら、蒼空の言葉を聞き続けた。






 泣きつかれて寝落ちした蒼空の頭を撫でて、立花は服を着替えた。

 蒼空に拾われたときに来ていた和服に袖を通して、髪も結ぶ。


 呪詛師として働くときの正装だ。久々に袖を通した和服は少し窮屈だったが、気にすることでもない。

 立花は蒼空の通学鞄を漁って、ノートとペンを取り出して、手紙を書いた。


『蒼空へ

 いままでありがとう

        立花』


 短い、それだけの手紙を蒼空の頭付近に置く。畳んでいた布団を引っ張り出して、蒼空にかけてやる。


「さて、それじゃあ、家をぶっ潰しにいきますか」


 蒼空の優しさと憎悪に触れたからわかる。本で勉強したから理解できる。

 呪詛師なんて、あってはいけない仕事だ。負の連鎖を、終わらせなければならない。


 それはきっと、立花にしかできないことだから。

 にこりと笑って、最後に蒼空の頭を撫でて、古いアパートを後にした。





 きっと、全てが終わった後、立花は無事ではない。

 呪詛師同士の戦いは、陰湿で熾烈だ。どんなに自分を守ろうとしても、必ず呪いに身体を蝕まれる。

 でも、それでいいと、晴れ晴れとした気持ちで思えたのだ。





読んでいただき、ありがとうございます!


『呪詛師の少女は、少年と出会い、生き方を変えた』のほうは楽しんでいただけたでしょうか?


面白い! 続きが読みたい!! と思っていただけた方は、ぜひとも


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