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畑とご飯と千年魔女。のんびり田舎ぐらし  作者: Y.K


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秋晴れの市と分け合う声

秋晴れの朝、村人たちは収穫を荷馬車に積み、市場へ向かいます。

王都の喧騒とは違う、分け合いと笑顔に満ちた市で、ライルはまた一つ「居場所の意味」を知ることになります。

朝露がまだ畑の葉にきらめく頃、村の広場には早くも人だかりができていた。大きな荷馬車のまわりに、収穫したばかりの作物や保存食が次々と運び込まれていく。かぼちゃの山、袋に詰められた豆、干し柿を詰めた籠。老婦人は焼きたての蜂蜜パンを抱え、子どもたちはその香りに鼻をひくひくさせていた。


「弟子、こっちを持って」

 セレスの声に振り返ると、大麦の詰まった袋が俺の足元に置かれていた。ずしりとした重みに肩を強張らせながら荷馬車に積み込む。縄で縛り、しっかりと固定すると、周りから「頼もしいな、ライル」と声がかかった。思わず頬が熱くなる。俺なんかでも役に立てていると感じられる瞬間だった。


「わん!」

 クロが荷車の横を跳ね回っている。尻尾をぶんぶん振り、今にも飛び乗りそうな勢いだ。子どもたちが笑いながら引き留める。

「クロ、今日は見張り役だぞ! 荷物を狙うカラスを追い払ってくれ!」

「わん!」と吠えた声に、広場が笑い声に包まれる。


 やがて、村長のバルドが白い髭を揺らしながら現れた。大きな体で荷車の手綱を握り、声を張り上げる。

「さあ、準備は整ったな。今日も市場に“村の恵み”を届けに行くぞ!」


 掛け声に合わせて、子どもたちが「おー!」と拳を突き上げた。クロも負けじと吠え、馬が鼻を鳴らす。


 荷馬車は軋む音を立てながら村を出て、森の道を進んでいった。秋晴れの空は高く澄み、木々の葉は赤や黄に染まりつつある。道の両側には落ち葉が敷かれ、馬の蹄がさくさくと小気味よい音を響かせた。


 隣を歩くセレスは、籠の中に詰めた瓶を確かめながら言った。

「保存食を売って得た金は、冬を越すための塩や油に変えるの。だから市場は村にとって、とても大事なのよ」

「王都では……金を得ても心は満たされなかった」

 思わず漏れた言葉に、セレスがちらりと視線を寄こす。

「でも、ここでは“分け合うために”金を使う。意味が違うのよ」


 歩きながらその言葉を噛みしめる。確かに、村の誰もが笑顔で荷馬車を押し、子どもたちでさえ手伝いたがっている。王都で見た市場は競い合い、騙し合いばかりだった。だが、これから向かう市場は果たしてどちらに近いのだろうか。


 昼前、森を抜けると、視界がぱっと開けた。谷あいの広場に色とりどりの布を広げた露店が立ち並び、人々の声が賑やかに飛び交っている。煙が上がり、焼き菓子や煮込みの匂いが風に乗って漂ってきた。


「わぁーっ!」

 先頭を走っていたトマが歓声を上げ、マーヤやリナとリオも駆け出した。クロまで我慢できずに跳ね回り、子どもたちに引っ張られて市場の入口に突っ込んでいく。


 俺は立ち止まり、目の前の光景を見渡した。王都で見た市場と似ているのに、何かがまるで違う。

――空気が、温かい。


 知らない人どうしが笑い合い、布や果物を見せ合っている。声は大きいが、争う気配はない。俺の胸はざわざわと揺れながらも、不思議な安堵で満たされていた。


「ライル」

 セレスが隣に並び、微笑む。

「ここからが本番よ。さあ、“分け合う市”を見てごらんなさい」


市場に一歩足を踏み入れると、色とりどりの声と香りに包まれた。果物を山のように積んだ台の前では、子どもが指を伸ばしてはしゃぎ、大人が笑いながらその手を押さえている。布を並べた露店では、鮮やかな赤や青の反物が風にひらめき、旅人風の男が真剣な顔で値踏みをしていた。


 俺は思わず足を止めて見渡した。王都の市場と同じはずなのに――ここには刺々しい競り声がない。あの頃の俺の耳に飛び込んできたのは、「もっと安くしろ」「騙すな」という罵声ばかりだった。だが今は、笑いと驚きの声が重なり合い、まるで祭りのような明るさを生み出していた。


「ほら、ライル兄ちゃん! こっち!」

 トマが呼ぶ声に振り向くと、木箱いっぱいのリンゴが並んでいた。艶やかな赤が秋の光を反射し、思わず手を伸ばしてしまう。

「すごいな……王都で見たものより、ずっと鮮やかだ」

「それは山の向こうの谷で育った“紅玉”さ」

 店主の中年男がにやりと笑う。

「甘酸っぱくて汁気たっぷりだ。お嬢ちゃんたち、ひとつ食べてごらん」


 マーヤが恐る恐るかじると、果汁が溢れて頬を伝った。

「おいしい!」

 その声にリナとリオも競うように手を伸ばす。クロまでも「わん!」と吠えて鼻を突っ込もうとし、慌てて俺が押さえた。

「おっと犬は駄目だぞ」

 店主は笑いながら、小さな欠片を切ってクロに投げてくれた。クロは夢中で噛み砕き、子どもたちと一緒に尻尾を振る。


「王都では……こんなふうにただで味見なんてありえなかった」

 思わず呟いた俺の声に、セレスが隣で頷く。

「ここでは“売る”より“分ける”ことが先にあるの。だから味見も、笑顔も惜しまないのよ」


 歩みを進めると、干し柿や蜂蜜パンを並べた露店の周りに人だかりができていた。老婦人が手ずから並べたパンは黄金色に焼き上がり、蜂蜜の甘い香りを漂わせている。

「これが噂の蜂蜜パンか!」「干し柿もこんなに艶やかに!」

 旅人や他村の人々が次々と手を伸ばし、すぐに籠は空になりかけていた。


「売れてるな……」

「ええ。物の良さだけじゃないわ。作った人の顔が見えることが、何よりの価値なの」

 セレスの言葉に頷きながら、俺の胸はじんわりと温かくなる。王都の市場で感じた孤独はここにはない。品物の後ろに“暮らし”が透けて見える。


 市場の広場を回っていると、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。焼き網の上で栗が弾け、皮が割れて中から黄金色の実が覗いている。

「焼き栗だ!」「いい匂い!」

 子どもたちが駆け寄り、クロも鼻をひくひくさせて尻尾を振る。店主の若者がにっこり笑って紙袋を差し出した。

「さあ、一つ食べていきな。旅のお代わりじゃなく、笑顔のおすそ分けだ」


 俺は焼きたてを手に取り、口に含んだ。熱で舌を火傷しそうになりながらも、ほくほくの甘さが広がる。

「……うまい」

 思わずこぼれる声に、子どもたちも笑い合う。クロまで小さな欠片を分けてもらい、夢中でかじっていた。


 ――市場は争う場所じゃない。ここでは、食べ物と一緒に笑顔が取引されている。

 俺の胸に、都会では決して得られなかった温かさが静かに刻まれていった。


広場の真ん中に村の荷馬車を停めると、自然と人だかりができ始めた。籠に詰められた干し柿や袋入りの豆、そして老婦人が焼いてきた蜂蜜パン。どれも村の素朴な恵みだが、色艶と香りは負けていない。


「ほらほら、これはうちの畑で採れた豆だよ!」

 農夫たちが胸を張って並べると、旅人風の客が興味深げに手に取る。

「煮ても炒めても旨い。保存も効くし、冬にぴったりさ」

 その言葉に頷きながら、袋をいくつも買っていく。


 一方で、子どもたちは蜂蜜パンの前で大はしゃぎしていた。

「パン売りたい!」「ぼくも!」

 マーヤが胸を張って声を張り上げる。

「甘い蜂蜜パンだよ! あったかいうちにどうぞー!」

 トマも負けじと真似し、双子のリナとリオまでが「おいしいよ!」と声を揃える。その必死さに客たちが笑い、次々と手を伸ばす。


 老婦人は「やれやれ」と微笑みながらも、目尻には嬉しそうな皺を刻んでいた。パンは次々と売れ、子どもたちの声が広場のざわめきに混ざって響く。


「わん!」

 クロも負けじと前に出て、荷車の周りを駆け回る。子どもたちの呼び込みに合わせて吠えるものだから、客たちからは「犬まで売り子か!」と笑い声が上がった。


 ところが、クロは調子に乗りすぎて蜂蜜パンの籠に前足をかけてしまった。

「こら、クロ!」

 慌てて押しのけたときにはもう遅く、ひとつのパンが転がり落ちてしまう。


「あっ……」

 子どもたちが固まった瞬間、通りすがりの旅人がそれを拾い上げた。

「落ちたのは仕方ないな。だが見事な焼き色だ」

 そう言って自分の口に放り込み、にっこりと笑う。

「うん、旨い! 金を払わせてくれ」


 その言葉に子どもたちは目を丸くし、やがて一斉に笑顔を弾けさせた。クロはというと、尻尾をぶんぶん振ってまるで自分の手柄のような顔をしている。


「……本当に村の犬まで役に立っているみたいだな」

 俺が苦笑すると、隣でセレスが小さく肩を揺らした。

「失敗も笑いに変えられる。それが暮らしを支える力なのよ」


 干し柿も次々と売れていった。艶やかな橙色に干し上がった実は、外の村の人々にとって珍しいらしい。

「こんなに甘そうな柿は初めてだ!」

「冬の楽しみにぴったりだね」

 そんな声に、農夫たちが誇らしげに胸を張る。


 やがて荷馬車に積んできた品はほとんど空になり、残るはわずかな籠だけとなった。


「ライル兄ちゃん!」

 トマが駆け寄り、顔を輝かせる。

「ほとんど売れちゃったよ! 俺たちの村の物、すごい人気だ!」

 その言葉に胸の奥が熱くなる。王都で「俺なんか」と下を向いていた頃とは違う。ここでは確かに、自分の手で育て、皆で分け合ったものが誰かを喜ばせている。


 クロが鼻先を籠に突っ込み、最後のパンを狙っていた。慌てて子どもたちが取り押さえると、また笑いが起こる。

――笑いと温かさ。

市場の空気は、王都で感じたものとはまるで別のものだった。


広場の真ん中に村の荷馬車を停めると、自然と人だかりができ始めた。籠に詰められた干し柿や袋入りの豆、そして老婦人が焼いてきた蜂蜜パン。どれも村の素朴な恵みだが、色艶と香りは負けていない。


「ほらほら、これはうちの畑で採れた豆だよ!」

 農夫たちが胸を張って並べると、旅人風の客が興味深げに手に取る。

「煮ても炒めても旨い。保存も効くし、冬にぴったりさ」

 その言葉に頷きながら、袋をいくつも買っていく。


 一方で、子どもたちは蜂蜜パンの前で大はしゃぎしていた。

「パン売りたい!」「ぼくも!」

 マーヤが胸を張って声を張り上げる。

「甘い蜂蜜パンだよ! あったかいうちにどうぞー!」

 トマも負けじと真似し、双子のリナとリオまでが「おいしいよ!」と声を揃える。その必死さに客たちが笑い、次々と手を伸ばす。


 老婦人は「やれやれ」と微笑みながらも、目尻には嬉しそうな皺を刻んでいた。パンは次々と売れ、子どもたちの声が広場のざわめきに混ざって響く。


「わん!」

 クロも負けじと前に出て、荷車の周りを駆け回る。子どもたちの呼び込みに合わせて吠えるものだから、客たちからは「犬まで売り子か!」と笑い声が上がった。


 ところが、クロは調子に乗りすぎて蜂蜜パンの籠に前足をかけてしまった。

「こら、クロ!」

 慌てて押しのけたときにはもう遅く、ひとつのパンが転がり落ちてしまう。


「あっ……」

 子どもたちが固まった瞬間、通りすがりの旅人がそれを拾い上げた。

「落ちたのは仕方ないな。だが見事な焼き色だ」

 そう言って自分の口に放り込み、にっこりと笑う。

「うん、旨い! 金を払わせてくれ」


 その言葉に子どもたちは目を丸くし、やがて一斉に笑顔を弾けさせた。クロはというと、尻尾をぶんぶん振ってまるで自分の手柄のような顔をしている。


「……本当に村の犬まで役に立っているみたいだな」

 俺が苦笑すると、隣でセレスが小さく肩を揺らした。

「失敗も笑いに変えられる。それが暮らしを支える力なのよ」


 干し柿も次々と売れていった。艶やかな橙色に干し上がった実は、外の村の人々にとって珍しいらしい。

「こんなに甘そうな柿は初めてだ!」

「冬の楽しみにぴったりだね」

 そんな声に、農夫たちが誇らしげに胸を張る。


 やがて荷馬車に積んできた品はほとんど空になり、残るはわずかな籠だけとなった。


「ライル兄ちゃん!」

 トマが駆け寄り、顔を輝かせる。

「ほとんど売れちゃったよ! 俺たちの村の物、すごい人気だ!」

 その言葉に胸の奥が熱くなる。王都で「俺なんか」と下を向いていた頃とは違う。ここでは確かに、自分の手で育て、皆で分け合ったものが誰かを喜ばせている。


 クロが鼻先を籠に突っ込み、最後のパンを狙っていた。慌てて子どもたちが取り押さえると、また笑いが起こる。

――笑いと温かさ。

市場の空気は、王都で感じたものとはまるで別のものだった。


ひとしきり笑いと賑わいが落ち着くと、広場の片隅に腰を下ろしていた俺の隣に、セレスが静かに座った。琥珀色の瞳が、まだ熱を帯びた鍋の煙を映している。


「どう? 都会の市場とは、だいぶ違ったでしょう」

 問いかける声は柔らかかった。


「ああ……まるで別物だ」

 俺は木椀を膝に置いたまま、視線を宙にさまよわせた。

「王都の市場じゃ、誰もが損をしたくなくて、常に他人を疑ってた。金を払っても、どこか後味が苦いばかりで……。だけどここでは、誰もが“分け合おう”としてる。物も、笑顔も」


 言葉にしてみると、自分の胸に溜まっていた澱が少しずつ溶けていくようだった。


 セレスは小さく頷き、風に揺れる銀髪を耳にかける。

「暮らしの本質は“分け合うこと”よ。食べ物も、時間も、記憶も。誰かと分け合うから、心が満ちる。あなたがここに来てから、それを少しずつ覚えていっているのが分かるわ」


 その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。

「……俺なんかでも、ここにいていいんだろうか」

 ぽつりと漏れた疑念。王都で過ごした日々が、まだ心の隅に影を落としている。


 けれどセレスは迷いなく言った。

「ええ。あなたが畑を耕し、子どもたちと笑い、クロを可愛がっている。それだけで十分、ここに居場所はあるの」


 視線が交わった。琥珀の瞳に映る自分の顔は、王都で鏡に映していた険しいものではなく、どこか緩んだ笑みを浮かべているように見えた。


「……不思議だな」

 自分でも驚くほど自然に笑みがこぼれた。

「都会じゃ、何をしても笑う余裕がなかったのに」

「それは、笑うための“余白”がなかったから。けれどここでは、土を耕し、食卓を囲み、風の音を聞く余白があるの。だから笑えるのよ」


 セレスの言葉は、胸の深いところにまで沁み込んでいく。

――笑うための余白。

 王都では考えたこともなかった。生きるために、食べるために、誰かを押しのけるばかりだった。


 クロが鼻を鳴らし、俺の足に頭を擦りつけてきた。撫でると、安心したように目を細める。その温もりに触れていると、居場所という言葉が実感を伴って迫ってくる。


 広場の中央ではまだ子どもたちが焼き栗を頬張っていた。トマが大きく頬を膨らませて笑い、マーヤがそれを見て笑い転げる。リナとリオは栗の殻を投げ合って追いかけっこをしていた。


「……ここで過ごす時間は、本当に特別だ」

 思わずつぶやいた言葉に、セレスが静かに頷いた。

「ええ。だからこそ守りたいの。千年の間に何度も壊れてしまった笑顔を、今度こそ」


 一瞬、彼女の声に翳りが差した。その奥に潜む長い年月の重さに、俺は息を呑む。けれどすぐに、彼女は穏やかな笑みを取り戻した。


「あなたがここにいることも、きっと意味があるわ。都会で心を削られたあなたが、ここで笑えるようになった。それ自体が、この村にとっての恵みなの」


 その言葉は、慰め以上の力を持って胸に響いた。

――ここにいて、いい。

 その確かさを、今度こそ信じたいと思った。


陽が傾き始め、市場の賑わいはゆるやかに終わりを迎えていた。露店の布はたたまれ、荷馬車には空になった籠が積み込まれていく。昼間あれほど賑やかだった広場には、夕暮れの柔らかな光と、片付けをする人々の笑い声が漂っていた。


 俺とセレス、子どもたちは荷車の側で一息ついていた。クロは腹いっぱいなのか、足元で丸くなり、尻尾をぱたぱたと時折振っている。


「今日は、よく売れたな」

 俺の言葉にトマが胸を張る。

「うん! 俺、いっぱい声出したからだよ!」

 マーヤも負けじと笑う。

「私の方がたくさん売ったもん!」

 リナとリオは「どっちもどっちだよ」と笑い転げ、また一つ笑い声が弾けた。


 セレスはそんな子どもたちを眺めながら、静かに呟いた。

「……こうして“分け合う声”が広がっていくのは、嬉しいことね」


 その言葉に頷きつつ、俺は胸の奥に温かさを覚えた。市場での一日が、ただ物を売るだけではなく、人と人をつなぐ出来事になったのだと思うと、王都で味わった冷たさが遠い昔のことのように感じられた。


 夕焼けが広場を黄金色に染め上げる。屋根瓦も石畳も、まるで秋の実りのように輝いて見えた。風が吹き抜け、遠くの山の紅葉の匂いがかすかに混じる。


 そのときだった。荷車の陰に、小さな光がふわりと浮かび上がった。


「……っ」

 思わず息を呑むと、セレスがこちらに視線を向けた。琥珀の瞳が、確かにその光を追っている。


 光は夕闇に揺れながら、ゆっくりと子どもたちの周りを回った。トマが「ほら、まただ!」と指を差し、マーヤが両手を広げる。リナとリオも歓声を上げ、クロまで目を覚まして「わん!」と短く吠えた。


 淡い橙の光は、収穫を終えた畑で見たものとよく似ていた。だが今日は市場の広場で、笑い声と香りの残る空気に包まれて現れている。


 耳を澄ますと――囁きが聞こえた。


『……分け合ってくれて、ありがとう』


 風に溶けるような声。それでもはっきりと胸に届く響きだった。


 子どもたちは目を丸くし、やがて笑顔を弾けさせた。

「やっぱり妖精だ!」

「市場の神様かも!」

 無邪気な声に、広場にいた人々までもが微笑む。


 俺は息を整え、静かにその光を見つめた。王都で誰かからそんな言葉を聞いたことは、一度もなかった。奪い合いの中で「ありがとう」など存在しなかった。だが今は違う。――分け合うことで感謝が生まれ、それが光となって現れる。


 セレスが隣で囁く。

「記憶の断片……だけれど、今の私たちの声とも重なったのかもしれないわね」


 光はしばらく漂い、やがて夕闇に溶けて消えていった。残されたのは、秋の虫の声と、焚き火の煙の匂い。


「……不思議だな」

 俺が呟くと、セレスは静かに微笑んだ。

「不思議も、暮らしの彩りよ」


 市場の片付けを終えた人々が帰路につき始め、広場は次第に静けさを取り戻す。夜の帳が下りるころ、空には無数の星が瞬き始めていた。


 俺は深く息を吸い込んだ。焼き栗の甘さも、鍋の香りも、笑い声も、そして光の囁きも――すべてが胸の奥に刻まれている。

――ここで過ごす日々こそ、俺にとっての居場所だ。


 クロが大きなあくびをして、俺の膝に顎を乗せてきた。撫でると、安心したように目を閉じる。その温もりを感じながら、俺はそっと目を閉じた。


今回は、市場という舞台で「分け合う」ことの意味を描きました。

王都では味わえなかった温もりと感謝の声が、ライルにとって確かな居場所の実感につながった回になったと思います。


次回もまた、畑と食卓をめぐる小さな物語をお届けします。

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