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畑とご飯と千年魔女。のんびり田舎ぐらし  作者: Y.K


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森に香る薬草の記憶

夏の盛り、セレスに誘われて森へ薬草採りに出かけることに。

涼しい木陰と草木の香りに包まれながら、子どもたちやクロも一緒にわいわいと歩き出します。

けれど、その薬草にはただの効能以上の“記憶”が眠っていて――。

夏の陽射しが畑を白く照らしていた。鍬を土に突き立てて額の汗を拭ったところで、セレスが声をかけてくる。

「今日は森へ行きましょう。薬草を摘んでおきたいの」

「薬草か……」

都会にいたころは薬といえば瓶に詰められた粉や丸薬ばかりで、その“元”を目にしたことはほとんどなかった。だから、俺には少し冒険めいて聞こえた。


「わん!」

クロが待ってましたとばかりに駆け出し、子どもたちも「僕も行く!」「わたしも!」と声を上げて後を追う。森への小道はすぐに笑い声で満たされていった。


村を抜けると、蝉の声が背中に遠ざかり、木々の影がひんやりとした風を運んでくる。

「うわぁ、涼しい!」

子どもたちが両腕を広げて走り回り、クロは草むらに鼻を突っ込んでは「ぶしゅっ」とくしゃみをしていた。

俺はそんな様子を見ながら、都会の石畳の熱気を思い出す。あの焼けつくような日差しの中では、人も建物も余裕なく呼吸していた。だがここでは、森が自然に体を受け入れてくれるようだった。


セレスが足を止め、小さな白い花を指差す。

「これは“清ら草”。煎じれば熱を下げるの。香りもすっきりしているでしょう?」

近づいて鼻を寄せると、たしかに冷たい水を飲んだような爽やかさが広がった。

「本当だ……薬って、こんな匂いがするんだな」

そう呟くと、セレスはにこりと微笑んだ。


クロがさらに奥へ駆け込み、子どもたちが「待って!」と追いかける。

森の中は木漏れ日が揺れ、葉の擦れる音が静かに響いている。土の匂いと草の青い香りが混じり合い、胸の奥まで深呼吸を誘うようだった。


――ただ薬を摘みに来ただけなのに、心が軽くなる。

俺はそんな感覚を覚えながら、セレスの後ろ姿を追った。


森の奥へ進むと、木々の葉が陽射しを和らげ、地面にはまだ朝の露が残っていた。踏みしめるたびに草の匂いが立ちのぼり、深い呼吸をするだけで体が軽くなるようだった。


「セレス、これも薬草なの?」

一人の子どもが指差したのは、黄緑の葉を広げた低木だった。

「ええ、“ほころび草”よ。擦り傷に効くの。葉を揉んで塗ると痛みが和らぐわ」

そう言って見せるセレスの指先から、ほのかな青い香りが漂った。子どもたちは「へぇ!」と目を丸くし、葉をひとつずつ摘んで籠に入れる。


クロはといえば、その横で必死に鼻をひくつかせていた。草むらに頭を突っ込み、何かを見つけるたびに「わん!」と得意げに吠える。だが取り出してきたのは、葉っぱまみれの木の枝や、半分腐ったキノコばかり。

「クロ、それは違うぞ……」

俺がため息をつくと、子どもたちは腹を抱えて笑い、クロは「え?違うの?」とでも言いたげに首をかしげていた。


セレスは次に、背の高い茎をそっと手折った。先端には淡い紫の花が揺れている。

「これは“夜明け草”。煎じれば疲れを取ってくれるわ。村の大人たちは収穫の時期に重宝するの」

紫の花びらを指先でつまむと、ほのかに甘い香りが広がる。都会で見た香水の匂いよりも、ずっと優しくて胸に染み込む香りだった。


「ライル兄ちゃん!これ見て!」

子どもが摘んだのは白い小花をつけた草の束だった。

「これは……ただの雑草だな」

「えぇー!」

不満げに口を尖らせる子どもたちに、セレスがくすりと笑う。

「でも、ただの雑草も役に立つのよ。干して畑に撒けば土が柔らかくなるわ」

「へぇ!すごい!」

子どもたちは目を輝かせ、雑草まで誇らしげに籠へ放り込んだ。


俺はその光景を眺めながら、ふと都会での暮らしを思い出す。薬は瓶詰めで、値札が貼られた商品だった。名前や効能は知っていても、葉の色や香りを自分で確かめることはなかった。

――ここでは、ひとつひとつが“暮らしそのもの”なんだな。


クロが再び草むらから顔を出し、今度は何やら小さな木の実をくわえてきた。子どもたちが歓声を上げて奪い合い、「食べられるのかな?」と騒ぎ出す。セレスは苦笑して取り上げ、

「これは“苦実の実”。食べたら一日中しかめっ面になるわよ」

と教えると、子どもたちは一斉に「うぇー!」と顔をしかめ、また大笑いが広がった。


籠は少しずつ緑でいっぱいになっていく。森の静けさの中に、笑い声と犬の足音が絶え間なく響いていた。


日差しが葉の隙間から降り注ぎ、籠の中の薬草を淡く照らしていた。子どもたちが一息つこうと切り株に腰を下ろしたとき、ふと少女が声を上げる。

「ねぇ、この葉、ちょっと変な匂いする!」


手にしていたのは小さな黄色い花をつけた草だった。葉を擦ると、甘いような苦いような、不思議な香りが漂う。俺も鼻を近づけてみた瞬間――胸の奥に、かすかな囁きが流れ込んできた。


『……ありがとう』


思わず息を呑んで振り返る。しかし、誰も喋ってはいない。子どもたちはただ「本当に変な匂いだね!」と笑っているだけだ。

「セレス、今……」

声を潜めて問いかけると、彼女はすでに花を見つめて頷いていた。

「“記憶草”ね。人がその葉を薬に使うたび、思いが少しずつ宿っていくの。時には、こうして声を返すことがあるのよ」


「記憶……?」

都会では薬草の名前すら知らず、ただ“効能”だけを求めていた俺には、信じがたい話だった。けれど確かに、胸の奥にはさっきの“ありがとう”がまだ残っている。


子どもたちは不思議そうに顔を見合わせると、

「もう一回匂い嗅いでみる!」

「僕も!」

と次々に葉をこすった。すると、あちこちから小さな声が零れる。


『治ってよかった』

『また明日も一緒に』

『大丈夫、大丈夫』


耳ではなく、心に直接触れるような声。子どもたちは驚きよりも楽しさを覚えたらしく、「本当にしゃべった!」「葉っぱってすごい!」と大騒ぎになった。クロまでも鼻を近づけて“ふんすっ”と嗅ぎ込み、「わん!」と吠える。まるで「俺も聞いたぞ!」とでも言いたげだった。


セレスは微笑みながら、けれど少し遠い目をしていた。

「薬草は人と共に生きてきたから、思いを吸い込みやすいの。だから時々、こうして過去を返すのよ」


俺は籠の中の草を見つめる。都会で見た薬は、効能と値段が書かれたラベルしかなかった。だがここでは、草一本一本に“誰かの暮らし”が重なっている。

――ただの薬ではなく、人と人をつなぐ記憶なんだ。


森の風がふと吹き抜け、籠の草を揺らした。その瞬間、また淡い声が響く。

『……ここにいて、よかった』


胸の奥に染み込むその言葉に、俺は言葉を失った。


「ねぇセレス、これ……持って帰っていいの?」

子どもたちが籠を覗き込みながら聞くと、セレスは頷いて微笑んだ。

「もちろん。ただし摘みすぎは駄目よ。森の恵みは少しずつ分けてもらうものだから」


そう言いながら、彼女は数本の“記憶草”を丁寧に包み、腰に下げた布袋に収めた。

「せっかくだから、ここでお茶にしてみましょう。森の味を、そのまま感じられるわ」


焚き火を起こすと、湿った木の匂いが立ちのぼり、やがて火の粉がぱちりと弾けた。子どもたちは枝を集めては「これも使える?」「この木はダメ?」と競い合い、クロはその周りをしっぽを振って走り回る。


やかんに川の水を汲み入れ、セレスが草をひとつまみ放り込む。熱が伝わるにつれ、ふわりと香りが広がった。

――青く澄んだ匂いに、ほんのり甘さが混じる。胸の奥がすっと涼しくなるような感覚に包まれた。


湯気の向こうから、かすかな囁きが聞こえる。

『……よく眠れますように』

『元気になってね』

子どもたちは一斉に目を輝かせ、「またしゃべった!」「お茶がしゃべった!」と歓声を上げた。


木椀に注がれた薬草茶を手に取り、恐る恐る口をつける。

「……あ」

最初に広がったのはほろ苦さ。けれど次の瞬間、爽やかな香りが喉を抜け、体の奥まで涼風が通り抜けていった。まるで夏の暑さが和らいでいくようで、思わず息をつく。

「うまい……」


子どもたちも次々と口にし、顔をほころばせる。

「なんか、体が軽くなった!」

「昨日の転んだとこ、もう痛くない気がする!」

クロに差し出すと、彼は鼻をひくつかせたあと「ぺろり」とひと舐めして、「わん!」と満足げに吠えた。


森の中に笑い声と湯気が広がり、その場全体がひとつの食卓のようになった。

俺は椀を持ちながら、湯気に混じって流れてくる声に耳を澄ます。

『……ありがとう』

『ここにいてよかった』

それは誰のものとも分からないが、不思議と胸を温かくする声だった。


セレスは炎の揺らめきを見つめ、静かに言った。

「薬草はね、人に寄り添うほど思いを吸い込むの。だから飲むと、体だけじゃなく心まで癒すのよ」


その言葉に頷きながら、俺は茶椀を握る手に力を込めた。

都会では決して味わえなかった“癒し”が、今ここには確かにあった。


薬草茶を飲み干すと、体の奥まで澄んでいくような感覚が残った。

「……都会で飲んでいた薬とは、まるで違うな」

思わず漏らした言葉に、セレスが首を傾げて俺を見た。


「都会ではどんなふうだったの?」

「瓶詰めや紙袋に入っていて、効能と値段が書かれた札が付いていた。飲めば熱は下がるし、痛みも和らぐ。でも……どこか味気なかった」

俺は手の中の椀を見つめる。木目の柔らかさが掌に馴染み、そこに残る草の香りが心をほぐしていく。

「そこに“誰かの思い”なんて考えたことはなかったな。ただ、効けばいい。金を払えば手に入る……そんな感覚だった」


セレスは小さく微笑み、炎に照らされた琥珀の瞳を細めた。

「薬草はね、暮らしと切り離せないものなの。子どもが転べば葉を揉んで塗る。疲れたら花を煎じて飲む。畑に出る大人も、家を守る老人も、みんな草の力に支えられてきた」

彼女の声は静かだが、確かな温もりを帯びていた。


「だから薬草は、ただの“薬”じゃない。畑の作物と同じように、人の手と心で生きている。効能はもちろん大事だけど、それ以上に“分け合う知恵”なのよ」


俺はその言葉を噛みしめた。

都会では、食事すら取り分を奪い合っていた。薬もまた、競争の中で手にしたものにすぎなかった。

――でも今は違う。ここでは草一本にすら、誰かの暮らしと記憶が宿っている。


「……俺、もしかすると初めて“薬”を本当に飲んだのかもしれないな」

思わず口にした言葉に、セレスはくすりと笑った。

「ようやく弟子らしくなってきたじゃない」

「いや、弟子っていうか……」

反論しかけたが、言葉は途中で途切れた。胸の奥に温かさが広がり、素直に笑みが零れる。


クロがその足元に転がり込み、鼻先で俺の手を突いた。まるで「もう分かっただろ?」と言っているようだ。子どもたちはその様子にまた笑い声を上げる。


――都会で失った“心を満たす感覚”が、確かにここにはある。

俺は茶椀を胸に抱き、深く息を吐いた。


薬草茶を飲み終えるころ、森の木漏れ日は少し傾き始めていた。子どもたちは切り株を遊び場に見立てて飛び跳ね、クロはその輪に混ざって尻尾をぶんぶん振りながら追いかけっこをしている。笑い声が森の奥に吸い込まれていき、どこか懐かしい響きとなって胸に残った。


「そろそろ帰りましょうか」

セレスが立ち上がり、籠を抱え直す。その仕草は、薬草だけでなく森そのものの恵みを大事に包み込んでいるように見えた。俺も手を伸ばして籠を受け取り、肩に担ぐ。思ったより軽い。けれど心の中には、重みがあった。――都会では決して得られなかった“声”と“温もり”の重みだ。


帰り道、木々の間を風が抜けた。枝葉が揺れ、光がちらちらと踊る。その瞬間、また胸の奥に囁きが届いた。

『ここにいて、よかった』


振り返ると、子どもたちも足を止めて耳を澄ませていた。

「今の、聞こえた?」

「うん! 森がしゃべった!」

クロも耳を立て、低く「わん」と鳴く。まるでその言葉を肯定するように。


セレスは静かに微笑み、風に銀髪を揺らした。

「……森はね、人の暮らしを映す鏡なの。今日の笑い声も、摘んだ草の香りも、すべてが森に刻まれる。そして時折、こうして返ってくるのよ」


俺は頷きながら歩き出した。土の匂い、葉のざわめき、木漏れ日のきらめき。どれも都会では忘れていた感覚だった。

――ここでは、暮らしそのものが“記憶”になっていく。


村に戻ると、夕暮れが広場を橙に染めていた。子どもたちは薬草を両親に見せて誇らしげに語り、クロは蜂蜜パンをもらって尻尾を振る。笑い声と匂いがまた新しい一日の記憶を積み重ねていく。


俺は籠を下ろし、深呼吸をした。胸の奥にはまだ薬草茶の香りと囁きが残っている。

「……不思議だな。けど、心地いい」

思わず漏らすと、隣に立つセレスが頷いた。

「ええ。これも“居場所”のひとつよ」


その言葉に、胸の奥が静かに温かさで満たされた。


――森の声と暮らしの匂いに包まれて、今日という一日がまた記憶になる。

そう思いながら、俺は村の灯りへと足を踏み入れた。

今回は森での薬草採りがテーマでした。

薬草の香りや声を通して、暮らしに寄り添う不思議が描けたかなと思います。

都会では「薬=商品」ですが、村では「薬草=人と人をつなぐ記憶」であることが、ライルの実感として少しずつ積み重なってきました。


次回もまた、畑とご飯と小さな不思議をお届けします。

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