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幻影のアーキテクト  作者: 靴下を履いた猫
第二章 『崩壊のパラダイム』
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第二章02 「苦杯」

月曜日の朝、陽介はいつもより早くオフィスに到着した。

週末の間、様々な可能性を考え続けていた。最悪のシナリオから楽観的な展望まで、頭の中でシミュレーションを繰り返した。しかし、どの想定も不安を和らげることはできなかった。


「おはようございます、山崎さん。」


オフィスの入口で、鋭い視線を放つ見慣れない女性が声をかけてきた。見た目30代前半、肩までのボブヘアにきっちりとしたグレーのパンツスーツをまとい、どこか威圧感を漂わせている。


「あ、おはようございます。」


「私、セントリウム・キャピタルから参りました森川美穂と申します。」


わずかに口角を上げたが、その微笑みは目元に届かず、冷ややかだった。


「今日から個別面談が始まりますが、山崎さんは明日の14時からになります。」


森川の話し方は事務的で明瞭、だがどこか刺々しい響きがあった。無駄のない言葉遣いは効率的である反面、冷淡さを感じさせた。予定を告げるその声には、微かな侮蔑が混じっているようにも思えた。


――そういえば佐藤が言っていたな


「分かりました。ありがとうございます。」


「なお、面談の際は、これまでの開発実績に関する資料をご持参ください。特に、土壌分析センサーに関する技術資料は必須でお願いいたします。」


陽介の心臓が早鐘を打った。やはり、彼らの狙いは土壌分析センサーの技術だった。


「技術資料と言いますと、どの程度の詳細が必要でしょうか?」


「開発工程、使用技術、特許情報、そして市場での競合優位性について。詳細であればあるほど、適切な評価ができます。」

森川は淡々と答えた。まるで、技術を商品として値踏みしているかのようだった。


「技術的な詳細は部長の許可が…」


「もちろん中村部長の許可はいただいております。」

森川は陽介が言い終わる前に、ピシャリと言ってのけた。

部長の許可を盾に逃れようとしたが、それを先回りして防がれた格好だ。


オフィスに入ると既に同僚たちが集まって小声で話し合っていた。


「山崎さん、おはようございます。」三浦が近づいてきた。

「聞きました? 今日から個別面談が始まるそうです。」


「ああ、僕は明日だよ。」


「私は今日の午前中です。」三浦の声は震えていた。

「何を聞かれるんでしょうね。」


「大丈夫だよ。きっと現状のヒアリングと今後の業務について相談するだけじゃないかな。」


陽介はそう言ったが、自分でも信じていなかった。

午前10時、三浦が面談のために会議室に向かった。陽介は遠くからその様子を見ていた。会議室の中には、神谷英明、森川美穂、そして小野寺裕也の3人が座っていた。

三浦が部屋に入ると、ドアが閉められた。

1時間後、三浦が戻ってきた。彼女の顔は青ざめており、明らかに動揺していた。


「三浦、どうだった?」


「山崎さん…」三浦は周囲を見回し、声を落とした。

「私、転職を勧められました…」


「転職?!」


「早期退職制度の案内です。退職金は通常の1.5倍、転職支援サービスも付くそうです。」


陽介は絶句した。これは事実上のリストラだった。


「…断ったらどうなるんだ…?」


「それが…」三浦の声は更に小さくなった。

「神谷さんは『来月から新しい管理体制になる。新体制に適応できるかは、個人の能力次第』と言ってました。」


陽介の怒りが込み上げてきた。これは脅迫に等しかった。


「他の人たちはどうなんだ…?」


「営業の鈴木さんも早期退職を勧められたそうです…。でも、残る場合の話もありました。」


「残る場合?」


「来月から、各部署にオーグメンタからの管理職が配属されて、直属の上司が変わることになるそうです。」


陽介の胸に嫌な予感が広がった。これは段階的な乗っ取りの始まりだった。

午後、陽介は中村部長を訪ねた。


「部長、個別面談の件でお話があります。」


中村は疲れ切った表情で陽介を見た。

「山崎くん、君も聞いたか。」


「三浦から聞きました。これは明らかにおかしいです。」


「私もそう思う。しかし、小野寺氏は『組織の最適化』だと主張している。」


「組織の最適化…」陽介は複雑な表情を浮かべた。

「確かに人員整理という意味では理解できますが、なんだか釈然としません。」


「君の気持ちは分かる。」中村は重いため息をつき、言葉を選ぶように続けた。

「だが、実際には…」


「田島社長とも少し話した。社長は今回の人事について、事前に相談を受けていなかった。来月から各部署にオーグメンタの管理職が配属されることも、昨日初めて知ったそうだ。」


陽介は驚いた。

「社長が知らないところで、これほど重要な人事が決定されていたのですか?」


「そうだ…三浦のように優秀な社員を安易に切り捨てるのは、会社の成長を損なう行為だ。それは小野寺氏にも伝えた。だが、彼は『それも経営判断だ』と押し通した。」


陽介は拳を握りしめた。

「部長、面談では具体的にどんなことが起きるのでしょうか?」


中村はしばらく黙ったあと、言葉を絞り出した。

「おそらく、早期退職を勧められるだろう。そして、残る場合は新しい管理体制への完全従属を求められる可能性が高い。」

「完全従属…つまり、異議を唱える余地はないということですか?」


中村は小さくうなずいた。

「そうだ。彼らは『効率』と『成果』を最優先にする。技術者としての誇りや意義を守る余地はない。」


「…部長は技術的な詳細の提供について許可されましたか?」


「私は技術的な詳細を開示する許可を出した覚えはない。」中村の声に怒りが滲んだ。


「え?!森川さんから、技術詳細を面談時に持ってくるように言われて、部長の許可も取ったと言っていましたが…」


――どういうことだ?


「そんなはずはない!私はまだ良くわからない状況の中で、機密情報を提供することなど許可するものか。」中村部長の様子は明らかに狼狽して見える。


――まさか部長が嘘を?それとも森川が嘘を?どちらかが嘘をついている事は間違いないが…


「明日の面談に山崎くんを手ぶらで行かせるわけにもいかないので、技術情報は持っていきなさい…」

力なく中村部長は声を絞り出した。


「部長、このままだと会社が壊れてしまいます!」陽介は感情を抑えきれなかった。

「三浦のような優秀な人材を切り捨て、現場の意見も無視して…これが続けば、技術も信頼も失われてしまう。何とかできないんですか? 部長、何か方法はありませんか?」


「正直、私にも分からない。」中村は苦しげに口を開いた。

「私自身も、黒井という人物に全権を奪われるだろう。三浦の重要性を説き、現場の声を伝えることすら、もはや不可能だ…。」

中村の目には無力感と絶望感が浮かんでいた。


「山崎くん、一つだけ言わせてくれ。」中村は陽介を真っ直ぐ見つめた。

「君は優秀な技術者だ。その価値を、彼らに好き勝手に値踏みさせるな。」


陽介は深くうなずいた。


「明日の面談、僕は正面から向き合います。」


中村は疲れたように微笑んだ。

陽介の胸には重苦しい決意が広がった。明日の面談で何が起こるのか、すべてを見極める必要がある。そして、会社の未来を守るために、自分ができることを模索しなければならなかった。

しかし、どちらが嘘をついているのかも見逃せない点なのは間違いないが、部長は敵なのかそれとも…

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