トイクレスト
道なんかなかったところに道を作ったのは、メグのわがままなんだと僕は思う。
確かにあの崖の上からの景色は良かった。
僕らがエンスローから伸ばして来た広い支道が見渡せて、崖下には奇岩が並び、薄っすら見えるトイスクレトの街、そこまで続く新しい道。
いや、まだあの時はその道はできてなかったんだけどね。
ヤイズル街道までは見えなかったけど、ちょっとない展望場所なのは確かだよ。
洞窟から木箱を運び出すのは、メグの水網とクレアの土橇で、回数こそかかったけど浮いてる箱を押すだけだから、そんなでもなかった。
全部で6往復だったっけ。
でもそのあとだよ、大変だったのは。
木のいっぱい生えてる山の斜面に、大カーブだって道を作っちゃうんだもん、材木が大量に出てさ。
伐って枝払いして積み上げて。
あれ、何回運ぶことになるんだろうか?
荷馬車5回分はあると思うんだよね、僕は。
木箱が嵩張って木材は積めなかったから、明日以降に運ぶってことになったんだけど。
女の人が後席を占領してるんで、僕は座る椅子がない。
走り込みだって言われて、支道からこのトイスクレトまで、リペアの合間に駆け足で追っかけだもんなあ。
トイスクレトという街は、ヤイズル街道の本来の交差点から王都に向かった場所にある、ちょっと大きな街なんだ。
何でもブドウがたくさん採れるんで、お酒を作る醸造所がいっぱいあるんだと。
門でその話を聞いて、クレアがすごく喜んでたよ。
賊の2人は衛兵に預けて、女の人3人も保護して貰えた。
木箱も全部下ろして中を改めて。
お金も数えたよ?
お金は63万2千ギルもあって、その半分をその場でもらった。
金貨が30枚も入ってて、すごいお金持ちになった気分だ。
あとの木箱は競売になるんだそうで、売り上げの半分があとでギルドカードに振り込まれる。
賊の捕縛と人質の救助に褒賞金が2万ギル。
金貨が2枚って高いのかな。
だから宿はちょっといい宿に泊まって、美味しい食事に酔いつぶれるクレアまで、もれなくついて来た。
部屋に運ぶのも宿の人がやってくれたから、とてもいい宿なんだろうね。
部屋は4人部屋。
ベッド4台に椅子と会議テーブルみたいなのが置いてあった。
男女に分かれたお風呂も1階にあって、1度に5人くらい入れる。
酔い潰れても二日酔いしないクレアは朝風呂に行って来たって。
そのあとに槍の鍛錬じゃ、順番がおかしいような気がするんだけど。
街のお店をぶらっと3人で一回りしてお昼はその辺で食べて。
午後は材木の買取先を見つけたので、伐った木の運搬だ。
積んで下ろして、往復40分だから、午後からでも余裕だった。
枝払いした端材はクレアが団扇に使うって言うんだけど、作りすぎじゃないのかなあ。
木でできてる細工ものって、何があったっけ?
僕の家で木製品って言うと戸棚やちゃぶ台、水桶、たらい、ちりとり、あとはお櫃……
台所へ行くと木べら、箸にお椀にすりこぎ?
僕のおもちゃだとハシゴ落としにけん玉、コマもあったっけ。
うーん。
お母さんのだと櫛があったかな、それに裁縫箱、小さな鏡の付いた鏡台。
クジラ尺は竹だった。
あんまりないもんだなあ?
まさか襖や障子の木枠を作っても、しょうがないだろうし。
そういえばお寺に行くと、彫刻で透かし彫りになった欄間とか、障子でも四角ばっかりじゃない三角模様の枠もあったっけ。
あんなのお寺じゃないと見られなかったんだ。
お店の旦那の家ならテレビもあったし、ミシンもあった。
他にもあったみたいだけど、触らせてくれたりしないから見ただけ。
どうなってるのか何に使うのかも知らない。
こっちで見たのとあんまり変わらないかなあ。
「タケオ、なに悩んどるねん。
お姉さんに言うてみい、悪いようにはせえへんよって」
ハッと気がつくと、僕はフォークで木皿の上のふた粒だけ残った豆を転がしてるところ。
夕飯の席でボーっと考え事をしてたみたいだ。
「ええッと。
クレアが団扇を作るって言ってたから…」
「クレアならもうできあがっとる。
なに言うたかて明日まで覚えとらへんで?」
向かいのクレアを見ると、テーブルに半ば突っ伏して酒の器を抱えてる。
青い目は僕の後ろのどこかをゆらゆらと見ている。
ありゃりゃ。
「それで何やって?」
「うん。団扇なんてもう作りすぎだと思うんだ。
だけどクレアが楽しそうだから」
「せやなあ。えらい気に入ったもんや。
大雑把なとこがあるさかい、細かい細工がでけるんが嬉しいんやろなあ」
「でもせっかく作ってもさ、売れなかったら悲しいよね?
なんか他の物も作れないかなあって」
「タケオは優しいなあ。
さよかあ、そんなこと考えとったんや。
細工もの言うたら魔物の骨がよう使われとるんや、木のものはあんまりあらへんなあ」
「えっ!骨を使うの?」
「せやでえ。
えーっと、確かここに…
あったでえ、これ髪を解かす櫛なんやけどなあ?
確かグレイウルフの肩の骨やって言うとったなあ。
こんなん加工しよる魔道具があんねん。
結構細かいことがでけるて話やで」
櫛を見せてもらうと、目のそろった歯が並んで、持つとこには滑り止めなのか渦巻き模様が薄く彫り込んである。
全体に緩い三日月型で上品な感じがした。
こんなに立派なものが売ってるんじゃ櫛は無いかな。
でも魔物の骨かあ。
「クレアは土魔法なのに、何で木がいじれちゃうの?」
「木は土から生えとるやんか」
メグは軽くそう言うけど、ちょっと納得がいかないなあ。
伐っちゃった木材を浮かせたりはできないみたいだし。
木を切るのも積み上げるのもみんなメグの水魔法なんだよね。
「ほんま言うたらウチにも分からへんねん。
削ったり伐ったりはまだ分かるんや。
細かい石粒、数当てて削るとかな?
けど変形させたり絡めたりしよるからなあ……」
眠そうな目のクレアを覗き込んで、メグはそんなふうに言った。
王都で行うと言うオークションまでにはまだ数日ある。
ここの競売というのもまだかかるらしい。
どちらもギルドカードへの振り込みになるので、無理に待ってる必要もないんだけど。
いくらになるんだろうって、考えちゃうと落ち着かないんだよね。
それで午前中は何となく、トイスクレトの街をぶらついていたんだけど、3人ともすっかり退屈しちゃって。
「もうこの街も飽きちゃったよ。
お酒も樽で買ったんだし。
西に行く?」
「せやなあ。ウチ、杖の材料、探したいんや。
ヤーニトード言う場所にAランクの魔木がおるんやて。
この間買うた魔導本情報やから、ちょっと古いかも知れへんけど、行ってみたいんや」
「それってどの辺?」
「載ってた地図も古いさかいなあ。
テオドラ帝国まで行くやろか?
よう分からへんのや」
「それって西って事だよね?」
一昨日出会ったテオドンの商隊は西から来たって言ってたもの。
寝てしまったクレアを2人がかりで部屋まで運ぶ。
背丈のあるクレアは、メグの水風船に寄り掛けても階段を上げるのが大変なんだ。
・ ・ ・
ヤイズル街道を下って元々の支道との交差点を右に向かう。
グレンズールー行きの分岐までのヤイズル街道は、補修してないけど走れないほどじゃ無いはずだ。
僕らは、と言うかメグがとにかく西へ向かいたい。
もちろん荒れた道路も、曲がった道路も嫌だから、リペアをかけながら。
魔石が減って来たら森や山に入って魔石狩りだ。
僕もあの長槍に随分慣れて来た。
短く持てば的を半分は突き落とせる。
叩き伏せの威力はまだまだだってクレアに言われたけどね。
朝の剣と槍の鍛錬は手短に、リペアの合間の追っかけはあれからずっとやらされてる。
そのせいか突きが割と決まるようになったんだから悪くはない。
そんなこんなで、ひと月近く移動が続いてテオドラ帝国の国境が近いと、立ち寄った村で聞いたんだ。
それで雪のちらつく中、クルマの中でお昼を食べたあと、
「やっとテオドラ国境かいな。
急がん言うても、結構かかったやんか」
「それもそうなんだけどさ、タケオの鎧。
そろそろできてるんじゃない?」
「エンスローに戻るの?
随分来ちゃったよ?」
「タケオはウチが何のために道、直しとる思てんねん?
こんな時にパパッと帰るためやないかい。
結構来たんは事実やけどな。
クレア、どのくらいで帰れそうなん?」
スマホでマップを見てたクレアが顔を上げて
「9ハワくらいかな?
朝早くに出て夕方にはエンスローに入れるんじゃない?」
「ほおらな、聞いたやろ、タケオ。
ちゃあんと元は取れるんやって」




