盗賊
エンスローからヤイズル街道を越えて、さらに西へと続く支道は大体幅7m。
元の道は走れない程じゃないけど結構傷んでる。
なんで曲がってるのかなんてとこもあったけど、そう言う場所はメグが走り易いように修正している。
こっちじゃ地主なんてのはいなくて、領主ってのは居ても街や畑以外には口出ししないんだそう。
だから人が住んでいない郊外の土地はどうしようと誰も文句は言わないんだって。
道があってそこが通れないとなれば領兵が出て、町や村から領民を招集して、なんてことになるそうだけど、メグは道をよくしてるんでどこからもお咎めはない。
時には橋を架けたり、トンネル掘ったりまでするからね。
全てはイブちゃんの移動速度の確保のため、ほぼ私利私欲ってやつだって、ドヤ顔キメるのだけはよして欲しい。
で、その支道もヤイズル街道まで後少し、ってとこなんだけど。
出来立ての道の右側に、傾いた大型の馬車を見つけてしまった。
クレア達が降りた途端に駆け出す。
槍を持たずに走り出したのは、ドスだのバキだの戦闘音っぽいのが聞こえたからだ。
僕もクレアの槍だけ屋根から外して、後を追ったんだけど。
馬車の護衛なんだろうか、鎧姿の剣持ちが2人、薄汚れた感じの6人を相手に切り結んでいた。
僕が追いついた時にはクレアが蹴り飛ばしたんじゃないかと思うけど、相手の一人が地面に蹲って、皆んな動きを止めてたね、あれは相当びっくりしたんだろう。
その間にメグの水カーテンが地面から立ち上がる。
こうなったらもう、どうしようもないよ。
だって相手の男達はカーテンで囲まれてるんだもの。
クレアは優しいから僕の持って来た槍を「ありがとう」と、礼まで言って受け取ってくれた。
「なんやおまえたち、小汚い格好しよって。
こないな場所で盗賊でもしよるんか?」
「なんだこいつら、新手か?
まだこっちが人数は上だ、やっちまえ!」
5人が一斉に動き出し、2人の鎧姿、護衛の人かな、が身構えるけど……
魔石狩りを散々やった僕らは別に慌てもしない。
何故って、まず水カーテンは剣なんか振ったって破れない。
切先は通るけど体はちょっとやそっとじゃ通さないんだ。
体の大きさも様々な魔物をまとめて絡めとる水カーテンが、そんな動きでどうなるもんじゃないよ。
あれを破って突っ込んで来たのは、地竜とかハイオークとか、うんと凶暴なやつだけだ。
顔に水カーテンを貼り付け息もできずに、止まった5人の首筋をクレアが槍の石突きで殴って回る。
あっけない幕切れだね。
護衛の鎧は冒険者らしい。
後衛に弓使いがいて人数は3人。
馬車は商人のもので中の3人が降りて来て、前衛の一人の腕の怪我にポーションをかけていた。
クレアが意識のある蹴り飛ばされた奴を簡単に武装解除して、
「アジトを吐きな」
どっちが悪役だか分かんないセリフを吐いた。
逡巡する様子の男に容赦なく石突きが襲う。
肩や腿、脛に何発か突きを喰らって
「話す。もう勘弁してくれ」
と言い出した。
さっきの怪我人にかけて余ったポーションを一口飲ませ、案内に立てる。
「あの……
この傾いた馬車はどうにかなりますでしょうか?」
商人のリーダーだろうか、身なりのキラキラした女。
背がクレア並みに高く紺の髪、若干太め?
気の強そうなおばさんだ。
クレアがメグを振り向く。
交渉事はメグの担当になってるからね、僕ら。
一つ大きな帽子をやれやれとばかりに振って、メグが女の前に立って……見上げる。
あれはちょっと近いかな、首が大変そう……
横でクレアがクスッと笑った気がした。
「できんことないで?」
「それでしたら……」
言葉を区切り何かちょっと考えたような。
「お礼は致しますので、どうかお願いできませんでしょうか?」
商隊は、はるか西方、テオドラ帝国の主城があるテオドンに本拠を置くスイザーク商会の者とか言ってた。
遠すぎて僕には分かんないけど、メグは頷いてたね。
クレーンを使うのはちょっと拙いかなって事で、水クッションで片側を浮かせることにした。
馬車の下にじわじわと大きくなる水の玉が3個。
水カーテンには充分だったけど、この大きさの玉を3個もとなると、水分を集めるのが大変らしい。
地面の穴から車輪が抜けて浮き上がる。
それをムカデが道の中央に向かって曳く。
礼金は金貨1枚、気絶した5人の盗賊は商隊に押し付けた。
あんなのでも街の警備に突き出せば、多少の褒賞が出るんだとか。
でもアジトに行くには邪魔だし、面倒なんか見てられないと言うことだった。
クレアが5人の武器を取り上げ叩き起こす。
鎧っぽいのを着てるけどあれは売れる気がしない。
武器だけ僕らの荷馬車に放り込んで、一列にロープで繋がれた男達は大型馬車に引かれて行った。
「お見送りは終いやで。
アジトに案内してもらおうやないか?」
蹴り飛ばされが後ろ手に縛られたまま大人しく歩き出す。
木々の間を縫うようにして段々と登りに、木々が濃くなって。
「どうや?」とメグがクレアに後ろから声をかける。
「合ってるみたいだよ」クレアが返しスマホをメグに渡した。
僕もメグの手元を覗き込む。
赤い小さな点が3つ、ひとつは少し離れて。
そのそばに白い点がいくつか固まっているのはなんだろうか?
木々が開けた先には突然のように岩場があった。
蹴り飛ばされが足元の小枝を踏み折る。
パキッと小さな音、態と踏んだのか?
だけど、どこからも反応らしいものはない。
案内ご苦労とばかりに、男の顎辺りに突き入れられたクレアの槍の石突きの方が、よほど大きな音がした。
気絶した男の引き綱を高い木の枝に括り付ける。
あそこなら後ろ手に縛られていては到底届かない。
さて岩場。
一見人影は見えないけど、この辺りには踏み跡がたくさんあって、その足跡がなんとなく色が変わって見える。
草の緑が足裏に付いてその跡みたいな。
切り立った岩山が縦に薄く剥がれて、その大きな岩が倒れかかったように見える辺り。
そこへと踏み跡が続いているように僕にも見えた。
これって随分迂闊じゃないのか?
クレアが待ての手振りで、そろそろと進んでいく。
「うおっ!どっから来やがった、てめえ!?
グアッ!!」
見張りの声が岩場に木霊した。
奇襲は失敗したようだ。
僕とメグはクレアに合流しようと岩場を駆けた。
下り坂は思ったより足場が悪くない。
木立から踏み跡のように見えていた理由には、これもあったのかなと僕は思った。
クレアは大岩に倒れ掛かり、斜めの蓋のようになっている、岩盤の奥を覗き込んでいた。
岩盤は幅で8mくらいも見えていて、右の岩に寄りかかっている。
右端の辺りだと高さがあるから、大きな男でも楽に通れそうだ。
見張りは背中を血塗れにして、剣も抜かず手前に倒れている。
中へ知らせに走ろうとして、クレアの槍を背に受けたってところかな?
メグが魔石灯を取り出し、水球で浮かせると先導に前方に飛ばす。
「多分、人質がおる」
さっきスマホで見た白い点のこと?
少し奥へ行くと地面が登っていて、クレアが窮屈そうにしている。
屋根代わりの岩盤が途切れ、広い洞窟になった。
高さは5mくらいもあるか?
平らに岩クズが積もっていて歩くとシャリシャリ鳴る。
ここにもよく通る踏み跡はなんとなく見えていて、道筋は多分2本。
正面右と左に踏み固められた感じがある。
クレアは迷う素振りもなく左に進んで行く。
その先には暗い穴が光を受けた岩壁に浮かび上がる。
穴は右に折れていて……クレアの腕が止まれと合図した。
何かいるらしい。
でも先を照らす魔石灯で、向こうも僕らが近いと知ってるよね?
どっちが上手くやるかが勝負ってとこ?
クレアが数歩無造作に足を進める。
岩陰から剣がビュッと風音を立てて振り下ろされた。
来るのを分かって歩を進めたクレアは、難なく避けて穂先を突き込んだ。
抜く槍に引かれグフッ!と倒れる男の上半身が魔石灯の下に現れる。
「くそッ、こうなったら……」
そんな声が聞こえジャリジャリと遠ざかる足音、すぐさまクレアが後を追いかける。
メグと僕も続く。
岩のくねるような通路の先に灯りが見えて、クレアの影が走る。
開けた空間に飛び出したクレアが警戒したように立ち止まった。
僕らが飛び込むと、盗賊の男が何かの装飾品らしい、ゴテゴテした金の板をこちらへ向け掲げていた。
黒い穴が3つそこに空いているように見えた。
「闇の魔法石?
何する気や?」メグが呟いた。
クレアが右へ回り込む動きをして数歩。
メグが杖を男に向け。
掲げられた金の板がビカアッと光る。
突然のことで何も見えなくなった僕の耳に、ドスン、ガン、バキィっと、何かが暴れているような音が聞こえた。
メグが何かの呪文を短く唱え、視力が戻る。
そこにはクレアが何か異形の物と戦っていた。
頭はたてがみに覆われたライオン?
大きな顎から涎がボトボト落ちる。
胴は鱗を纏ったずんぐりの、何かトカゲのようで、長い尾が1本付いている。
前肢がクレアに向かって振るわれた。
ビシュッと風切るその先に黒く長い爪が見えた。
クレアが飛び退がる。
それを体を回し、追うように長い尾を振って。
え?尾の先にも頭が付いてる?
「キメラらしいで。
召喚の魔道具やったんか」ボソッとメグが言った。
そこには鷹や鷲のような鋭い目、鍵に曲がった大きな嘴が見えた。
クレアが槍の柄で受け、弾く。
メグが氷弾を宙に幾つも浮かべ、機を窺う。
キメラとクレアの槍、目まぐるしい攻防の中、キメラが体を回す。
ライオン頭がこっちを向く。
氷弾が頭部目掛け弾かれたように飛ぶ。
ダダッと言う着弾音、視界が一瞬に真っ白になった。
まだ幾つも氷弾はメグの上に浮いていて、続け様にキメラへ向かって飛んで行ってる。
唯一の光源である魔石灯の下、白い雲の中でダダダダと破裂する音が続く。
その白いモヤのようになったものを、槍を構えジッと見ているクレア。
それがシッと動いた。
渾身の力で槍を突き出したんだ。
ギュワワアアァァー!!
それまで声を上げなかったキメラが絶叫した。
メグがまだ幾つも宙に残したまま氷弾の射出を止め、クレアが槍をさらに押し込むような動きをしたようだけど、白いモヤでその辺はよく見えなかった。
メグが杖を下げると、白く見えたものは水滴となって地面を濡らし、クレアの槍先近くに鈍く光る、手の中に収まるくらいの黒い石。
その向こうに尻餅をついたまま後退りする男。
目を見開き、惚けたように口を開けている。
キメラの姿はどこにもない。
クレアが石を拾うと、男に向き直る。
メグが洞窟広場の奥へと歩き出す。
僕は慌ててメグに付いて行く。
バシッと音がしたのは、クレアが盗賊を殴り倒した音だ。
岩の窪みの少し奥。
板張りの壁?
何か便所のような臭いがしている。
「ここや」
壁に何か取っ手のような突き出たものがあって、なんだろうと見ていると、メグが水刃でバッサリ板壁全体を切り裂いた。
バラバラと地面に落ちる粗末な木材。
洞窟の行き止まりはすぐそこで、3人の汚れた身なりが身を寄せ震えていた。
「あんたら盗賊に捕まっとったんやろ?
もう大丈夫や。
うちへ帰れるで?」
隅に糞尿の溢れる穴、汚れた草が敷かれた一角は寝床だろうか。
こんなひどい場所に閉じ込められて。
光の下へ出てくると、3人は女の人だった。
汚れが酷くて人相も歳も分からない。
何か物音がするたびに怯えて、まともに話ができない。
クレアが魔石灯をもう一つ出し、洞窟広場を物色している。
こちらはメグにお任せでいいと、クレアが僕に手招きをした。
商人の馬車から奪ったらしい木箱が、そこにはいくつも積み上がっていた。
中身は金貨銀貨に宝飾品を詰め込んだものが一箱。
あとは穀物、干物、酒。
それと食器や農具なんかの日用品、それに武器。
「これ、どうするの?」
「全部運び出すよ」
「え!どうやって?」
「うーん?
そりゃイブちゃんを呼ばないとね」
「いやいや!
道なんかないし!
どうやってここまで……」
僕はハタと思い出した。
東の海岸で山も岩場も、橋までも架けてしまった魔法がある事を。




