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連絡支道

 クレアが後部座席のスライドドアを開けた。

 ぴゅうっと吹き込む冷たい風で起こされる。


「なんや、まだ早いんちゃう?」

 運転席のメグも僕と同じ意見らしい。


「うん。ちょっと薬草見かけたから」


 ああ。寝てる間にたまっちゃったのね。


「さよか、(きい)付けてな」

 毛布を首まで引き上げてメグが言った。

 閉まるドアの音に目を開けると、外はもうすっかり明るい。

 四方の窓ガラスは僕らの息の水分が、細かい粒になってびっしり付いている。

 屋根の付近は霜だろうか、細い筋がいくつも枝分かれしてきれいな模様を描いていた。

 何時だろう。


 カーナビの電源ボタンをポンと叩くと、7:25と書いてある。


 タタタッと足音、ガアッとスライドドアが開く。

「ううっ!寒寒いっ!

 霜が降りてるよ、霜!」


「まあそんな時期やからなあ。

 (ひい)が高なるまでこうしてよか」


 けれどそこで僕のお腹がキュルルと鳴った。


「あちゃあ!

 なんぞなかったかいな、昨夜の残りが後ろにあらへんやった?」


「どうかなあ、あたし仕舞った記憶がないよ?

 ずっと団扇作ってたもん」


「クレア、また団扇作ってたの?500枚も余分に預けてたよね?」


「うん、そうなんだけどね、夜ってさ、お酒飲まないと暇なんだよね」


「あー!せやった、外が冷えるん忘れて小っさい氷箱作ってん。

 その中や。

 ()っためんと冷とうて硬うて食われへん。

 しゃあない。起きるかいな」


 メグがドアを開け、また冷たい風がブワッと入ってくる。

 押し開きのドアはスライドのよりも風が沢山動く。

 この風が暖かけりゃ寒くないのになあ。


 暖ったかい風かあ。

 ふわっとぬくぬく、ヒーターからで出るみたいに、優しい感じで……

 できたらいいなあ。


 外へ出るとクルマの周りを水カーテンが囲んでいた。

 地面は一面霜で真っ白。

 カーテンの向こうはカーテンでぼやけているけど、ぼんやり見えている木も葉先が白い。


 あれがクレアが言ってた霜なんだろう。


「あれ?そんなに寒くないね、なんで?」


「お湯カーテンやからなあ。

 けど、薄いよってすうぐ冷めよる、一時凌ぎやな」


 それでも冷たい風を遮ってるだけでも随分違う。


「もういっぺんお湯を入れ替えるよって、タケオ、コンロやら出してんか?」


 バックドアを開けると、助手席でモゾモゾやってるクレアが背凭れ越しに見えた。

 僕は青いシートとコンロ、干し肉の包みや調味料をクルマの後ろに広げて行く。


「タケオ、あんた寒くないの?」


「うん、そうでもない。

 メグがお湯カーテンだって、囲ってるし」


「お湯カーテン?なにそれ。

 寒くないんならあたしも降りる!」


 何よまだ寒いじゃない、とか文句言ってたけど、身を切るような冷たさじゃなだけ随分マシだ。

 コンロでお湯を沸かす頃には、カーテンの外の白もいくらか薄くなったように見えた。

 お天道様は偉大だってことだね。


 朝ご飯の片付けまで終わる頃には、葉っぱの白さはほとんど見えなくなった。

 足元も草を屈んで見ると、葉っぱに薄い透明な氷が貼り付いて雫を溢していた。

 まだ全部が解けてしまったわけではないみたいだ。


「さあ!今日も元気で行くでえ!

 タケオ、槍出して来んかい!」


 なんか張り切ってるなあ。


 僕はイブちゃんの屋根のゴムバンドを緩めて、クルマの長さいっぱいの槍を持った。


 6歩ほど離れた位置に、5個の握り拳大の水球が浮かぶ。

 メグが動かす突きの的だ。

 これを全部突き落とす……のが目標だ。

 始めて4日、まだ1個も突けてないんだ。


 間合いは3m少々、この長さの槍では一番近い間合い。

 これ以上近い的は、持ち手の後ろの重みで穂先を振られてしまうから、真面には突けないんだ。


 柄のほとんど中間を持っているので、柄の撓みはほぼ無い。


 そうなると的に当たる当たらないは、純粋に、僕の、ウデ!


 くっそっ!また外した!


「タケオ、なんか腰がふらついてない?

 走り込みが足りないのかなあ?」


「ほう、走り込みやて?

 それやったらええことがあるで、リペアで移動する間、走ってイブちゃんに追いついたらええやん。

 そない早く走らんでもええで?」


 なぬう!?


「あ、それ、いいね!

 疲れたら座席に乗ればいいんだし。

 でも出発まで乗れなかったら、先に行っちゃうからね?」


 1回のリペアは4、5分。

 その間に500mちょい走ればいいんだけど……

 全然走れるペースかな?


「おーし!

 やってみよう!」


 早速始まったリペアに合わせて僕は走る。

 腰には短剣を一本下げている。

 リペアの後は近くに魔物はいないはずだけど、万が一の用心だ。


 最初は余裕だった。

 でも、3回目からメグがリペアのペースを上げる。

 3分、2分と移動の間隔が狭くなる。

 クレーンで上がった上から、僕をチラチラ見ながらメグが道路直し、あれ、絶対笑いながら僕が追いつくのを見てる。


 午前の休憩まで、多分いつもの倍の数のリペアが掛かった。


 広げたシートに膝から座り込む僕に

「今日はえらくハカが行くでえ。

 調子ええんちゃうか?」


 クレアなんて、僕を見てクスクス笑ってるし!


「魔石の残りはどうや?」


 昼前は行けそうだよ、と言うクレアの答え。

 4回分くらいの距離を先行して、ちょうど良さげな山地で魔石狩りをすることになった。


 槍はまだ自信がないから、短剣で誘導された魔物を迎え討つ。

 走り込んだせいか、足が軽い。

 固まって足止めされてる魔物の首あたりを、突き下ろして仕留めていく。


 荷馬車の荷台が軽いのをいい事に、範囲を広く取ったらしい。

 どんどんと押し寄せる数が増えていく。


 僕の受け持ち分は相変わらず中央で、8mくらい。

 右のクレアの受け持ちをカバーしながら中央を守る。


 左のメグの持ち場にはうっかり入れない。

 魔法石の効果か知らないけど、いつもより飛ばす氷弾の数が多いんだ。

 あんなとこに入ってしまったら僕が穴だらけにされちゃうよ。


 開始から1時間は経った気がする。

 だって倒した魔物が山になって邪魔だからと、水カーテンを5歩くらい退げたくらいだもの。


「ねえ!

 まだ来るの!?」


「なんや、お代わり欲しいんか?

 期待にはとことん応えるで!」


「違う違う!

 もう荷馬車に積みきれないんじゃないかって!」


「積み切らんやったら穴掘って氷漬けや!

 心配あらへん、気張って倒しい!」


 うわー、だめだコリャ。

 終わったって言うまで終わらないな。



 結局、肉やら毛皮やら、剥ぎ取った素材は翌日に荷馬車で3回も運ぶ羽目になった。


 大きな穴をクレアが掘って、メグが土の中に分厚い氷で底と壁を張る。

 そしていつ集めたのか、大量のクサミケシの葉っぱで包んだ肉をいれて、氷を被せ毛皮を積み上げて。


 荷馬車に山と積み上げてそれでもだもんなあ。

 いくら氷がふんだんに使えるったって限度があるよ。


「そう(おこ)りいないな。

 いろいろ散財してもうたやんか?

 せやからちょっとした穴埋めやん?」


「穴なんかもう肉で上まで埋まってるし!」


 僕は本気でプンプンしてるのに、面白い冗談だって、2人には大笑いされちゃった。


 で、朝からエンスローまで肉運び、走って下ろして、戻ってまた積んで。

 3往復したけど午前中余裕。


 道が平らになってるって偉大だよ。


「どや、ええ値段で捌けたやろ。

 お昼は弁当買うて向こうで食べようやん」


 そうだ、午後は道の補修に戻る予定だった。

 王都とヤイズル港を結ぶ、ヤイズル街道がもう見えてくるはずなんだ。


 お弁当にと買ったのは、僕の腿ほどもある大きなパンにソーセージと野菜、何か小粒の実、あとあれはどんな味なんだろう、赤みがかった薄茶のソースを掛けて、挟んである。

 切り分けて売るらしいんだけど、それを丸一本も買ったんだ。


 流石クレア、3人で食べ切る自信があるらしいや。



 途中で他の馬車とすれ違うことがある。

 向こうは僕らのことなんか知らないはずだけど、最初はギョッとしたような顔でマジマジと見て来るんだ。


 御者台は高い位置にあるから、窓越しにクルマの中はよく見えてるはずで、よく挨拶されるんだ。

 やっぱりメグかクレアの、どちらかが運転してるからなんだと思う。


 それでか、すれ違う時には大体が手を振ってくれるんだよね。

 時には止まって手を上げるんで、窓を開けてこの先の様子とか聞いて来たりする。


 商人さんだと市場の様子や物の値段を聞いたりしてくるけど、僕らはそんなに物の売り買いはしてないから、ちょっと困るよね。


 追い越すときも似たような感じだけど、こっちの方がずっと速いからすぐに離れちゃうんで、滅多にお話はしない。


 もう少しで補修の終点かなってところで、向こうから来たらしい馬車が右端で傾いてるのが見えた。


「ねえ、あれ、どうしたんだろ?

 すごく斜めになってる。

 道から落ちちゃった?」


「こない広い道、踏み外すてどないやねん、よっぽどのドジやで」


「あれ引いてるの、虫?

 ムカデみたい」


「あれはね、ツナガリムシっていうの。

 1匹に見えるけど、多分8匹以上ね、お互いに前と後ろの足で絡みついて、繋がっちゃってるの。

 ちょっとやそっとじゃ離れないわよ」


「せや。

 足は遅いんやけど力持ちなんや。

 せやから大きな馬車を引きよるんやけど……

 これまた大っきな馬車やな」


「メグ、あれ2連引きだよ。

 車輪が3つ見えてる」


「なんや、前も後ろもツナギかい。

 揃って傾いとったら世話あらへんで」


「でも放っとくってわけにもいかないんでしょ?」


「そうよねー」


 クレアがスピードを落とし、ゆっくり近づく。

 御者台に人影はない。

 虫が何匹なのか数えようとしたけど、どこが境目なのか見分けが付かない。


 イブちゃんは左に寄せて停車した。

 バタバタとメグとクレアが降りる。

 僕も遅れてスライドドアを引き開けた。


 既にクレアが走り出していた。

 大きな馬車の向こうで戦闘音が聞こえてるんだ。

 メグがそのあとを追う。


 僕もクレアの槍を屋根から外して後を追った。

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