地竜遭遇
ヤナギトレントのオークション待ちで、15日間エンスロー滞在が決まった。
宿、食事代は商会持ちで、ちょっと豪華な宿の4人部屋と言うのも、いいとこ最初の3日だ。
2日目に近所の材木屋で端材を買い込み、部屋へ配達させた。
朝晩は僕に付き合って剣や槍の訓練、メグと魔法の訓練で郊外へ行く間も後部座席で団扇を作って、夜だけは楽しそうにお酒を飲む。
そして4日目には宿を引き払い、エンスロー西門から街を出た。
クレアってこんな飽きっぽかったっけ?
「何言ってんのよ。
あたしは槍使いで宿住まいじゃないっての!
たまにならいいんだよ?
高級宿も結構。安宿だって文句なんかあるもんか!
けどね、何にもやることないって何よ?
耐えられない!」
うほー、切れてるー!
その結果がいつもの街道補修旅だ。
嬉々としてヤイズル街道へ抜ける支道の補修をしながら、時々の魔石狩り、イブちゃんは西へ西へ。
クレアが言った1日50本の団扇は集中すれば30分程で終わってしまう量だ。
3日間ですでに500本の追加を、スイフナール商会に納入してある。
王都ってのも観光先としては興味はあるんだけど、人が多くてゴミゴミしてるって話を聞いちゃうと、また今度でいいかなーなんてね。
それでイブちゃんは西へ走り出したんだ。
今の運転はクレアの番で、エンスローを出てから10何回目のリペアが済んだところ。
午前の休憩に見つけた空き地にイブちゃんを停め、お茶と漬け物でひと息吐こうと。
一頻りぽりぽり買って来たお漬物を齧って、ごろ寝でおしゃべりを聞かされて。
ふとクレアが上体を起こす。
「あたしらのリペアに、逃げずに向かって来るかい?」
「え、それって強い魔物?」
「幾つや?」
クレアが索敵にしたスマホのマップをメグに見せた。
僕も横から覗き込むと出ている赤い丸は3つ。こっちに移動中だ。
「鈍いから15メントくらいかかりそうだね。
お迎えに行く?」
クレアはよっぽど溜まってると見え、酷く好戦的だ。
「お迎えて。道なんかあらへんやん」と呆れたようなメグ。
「なければ作るのがイブちゃんタクシーでしょ?」
「無茶言いなや。
待っとったら来るもんを迎えに行く理由があらへんて、大人しいしとき。
カーテン張るよって、これ片付けてえな」
メグがお姉さんの貫禄を示して片付けが始まる。
好天が続いていたので、メグは水カーテンに必要な水を集めるのに、時間がかかるらしい。
カーテンは正面に3枚用意した。
その間に荷馬車を外したイブちゃんが、クレアの手で4枚目の位置に移動する。
このパーティの最終防衛線、それがイブちゃんだ。
ズン、ズンと近づく足音、さあ何が来る?
まずゴブリンが5体カーテンに掛かる。
どこからか必死で逃げて来たようで周りを見てた様子がない。
その向こう。奥に。
黒いシルエットから上に突き出た2本のツノ?丈は地上3m超え。
午前のやや高い位置の陽光と言うのに逆光で、よく見えないが相当に大きい。
それが3体。右端はやや小さいか?
向こうはこちらを視認したようで、ギャギャギャギャースと並んで咆哮を上げた。
うっ!
「やっかまし!」とメグが突っ込みを入れ杖を振り上げる。
一枚目の水カーテンが、シルエットの顔と思われる辺りに被さって行く。
ここまでゆっくりした動きだったので、これで酸欠を起こすようなことはないだろうが、徐々に削るのが討伐手順というもの。
目鼻口を覆われ、ジタバタと踠くシルエット。だが、フンと吐息一つでブシュッとばかり吹き飛ぶ水の膜。
その吐息の終わりに合わせ、次のカーテンが続け様に襲いかかる。
中央の一体は吐き出した息が膜で阻害され、吸うことができない。
強く吸えばカーテンの水が集まって来て、肺に届くのは水ばかり。
苦しそうに咳き込み体を折る。
その体は木々を倒し転げ回る。
振り回す尾に巻き込まれゴブリンどもが跳ね散らかす。
チラリと見えた尾がウロコ状でトカゲのように見えた。
他の2体はそこまでのことはないようで、フフンと水膜を飛ばしてしまう。
3度目ともなればもう効果はなかった。
姿を現したのは背に大きな板を2列に並べた地竜。
あれ?あの背中の板って見たことあるような?
図鑑で見たステゴサウルスに似てるんだ。
でもあれって草食で頭が小さかった。
こんな大口の、牙をズラッと並べた凶暴そうなのじゃなかったよな?
2本足で歩いてるし!
僕の連想を他所にクレアが槍一本で左の大きいやつに向かって行く。
陽射しが翳ったかと思い見上げると黒雲が渦を巻いている。
僕は右の小柄なやつの足止めを……
「タケオ。前へ出るんやないで!
下がっとき!」
前へ出て、擬した槍先を地竜の腕で叩き落とされビックリして後ろへ飛んだ。
ピシャン!
軽い電撃が地竜の鼻先に落ちる。
まだ黒雲には力がない。
メグが僕の、逃げる時間稼ぎ、牽制で落とした雷だとわかる。
これは流石に足手纏いかな?
僕はイブちゃんの影に退避する事にした。
クレアが叩きつけるような爪を、短く持った槍先で捌くカカンという音が辺りに響く。
そうか、長いから叩かれるとどうにもならないんだ。
そう思って見ていると、クレアの槍の全体がボウッと光って見えると気がついた。
光は相手の動きに合わせ僅かに明滅する。
ただ相手の動きに合わせて振って、突き引きしてるんじゃない。
魔力を纏わせて何かしている。
石突きに魔石のホルダーをつけるとクレアは言っていた理由があれか?
ホルダーはもう付いているし、ゴブリンクラスのクズ魔石も嵌めてある。
けど、まだ魔法が使えない僕には魔力が使えない。
クレアが地竜の膝目掛け突きを入れる。
効いたような様子はないが、嫌がる素振りを見せる大きな地竜。
と、ドンっと触れていたイブちゃんに衝撃が走る。
いけね!
クレアの槍に見惚れて、小さい方から目を離しちゃった!
慌てて見回すも相手の姿がない。
と。
ドウッと少し離れた地面に地竜が叩きつけられる。
もっと小さい魔物が、イブちゃんにはね上げられるのは見たことがあったけど、まさか3mに近い大物を跳ね上げるなんて。
小さいやつなら今ので動きを止めていた。
でもこのサイズの地竜ともなると違うのだろう。
多少動きは鈍いようだけど、しっかりと立ち上がった。
「クレア、行くで!」
メグの鋭い声に僕はクレアの方を見た。
でもクレアはもうそこにはいない。
やべ!
慌てて目を閉じ腕で目を覆う。
直後閉じた目の、いや、世界が強烈なビシャーンで真っ赤になった。
赤いのは僕の血の色で、メグの雷魔法が近すぎたんだ。
耳もキンキンする。
目を開けても視界は真っ白。
いや、周辺は少し見えるような気がする。
動いたような気がしてそっちを見ると、真ん中が真っ白に変わってしまうんでわかんないけど。
メグの大物狩りはいつもこんなだ。
慣れていない僕が悪い。
目と耳の不調以外に怪我もなく格上が狩れるんだ。
おかげで僕の体力や速さも上がって行く。
それがイブちゃんの画面にLVの数になって見えるんだ。
「タケオ、ウチが声掛けたらちゃんと防御せんとあかんやろ。
何遍言うたら分かるんや。
なんぼすぐ治る言うたかて、ようもまあ懲りんと」
「まあまあ、メグ、その辺にしといたら?
今ので一つ二つ上がったはずだよ。
タケオ、段々楽になるからねー」
クレアはそう言うけど、メグだって雷の威力を上げてるんだ。そう簡単にあの光と音に慣れるんだろうか?
「クレア、こいつらの血抜き、どないしよ?」
「え?クレーンで吊る……って重そうね、上がるかなあ?
足と尻尾を切り落とす?
それなら上がりそうじゃない?」
「いや、ええけど。クレア、この硬いんがそもそも切れるんか?」
「まあそこは魔力頼みでゴリゴリやるよ」
「ほな任せるわ。ウチ、水刃使ても切れる気がせえへんよって」
僕がまた見えるようになるまで、そんな2人の会話をボーッと聞いていたよ。
・ ・ ・
結局地竜3体の解体は、3人がかりで夕方まで掛かった。
例によって肉は氷箱へ、爪や背板、牙に骨格は地竜であるから良い値が付きそうと言うことで、分厚いウロコ装甲の皮と一緒に荷馬車に積み上げた。
流石に血の匂いが立ち込める空き地で野営は嫌だったので、少し戻って野営場所を作り、焼く肉は新鮮な地竜肉。
強い魔物の肉は総じて美味いと言う話は聞いていたけど、こいつらは当たりだね。
地竜魔石も5セロトクラスで、魔力量も多い。
難点を言えばイブちゃんのMS容器に入らないから、リペアには使えないってことかな。
ここの支道はヤイズル街道までまだ半ば、中継地となるシュレ村が少し先に見えていた。
今更移動も面倒だと言うことで今日はここまで、車内の荷物を外へ出して寝場所を空ける。
椅子を倒して毛布一枚だけど、車内はヒーターが効いていてあったかいんだ。
僕は早々に寝ちゃったけど、夜更かしの2人はしばらく起きてたみたいだ。




