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アズスイフ会頭

 ここはエンスロー。

 シーサウストからイブちゃんの移動で1日掛かりの、今まで見た中でも指折りに大きな街だ。

 スイフナール商会に馴染みがあると言うクレアに従って、僕ら3人はやって来ていた。


 クレアがノックした扉は随分と厚い。

 くぐもった「入れ」の声にクレアが取っ手を回して引く。


「こんにちは!

 急に押しかけちゃってごめんなさい。

 アズスイフさん、お元気そうね!」


 なんかすっごく馴れ馴れしいんだけど?

 この大きな商会の偉い人なんでしょ?

 大丈夫なの?


 大きな窓を背に大きな机。

 一部に書類の束があるくらいで、あとは筆記用具が載っているだけの向こうには、線は細いが目つきの鋭いお婆さんがいた。


「やあ、クレア。よく来たね。

 クレアも元気そうで何より。そちらは?」


「わたしはメグ。ここに来るのは初めてです。

 魔法使いをやってます」


「僕はタケオです、はじめまして」


「初めまして。

 私はアズスイフ。この商会の長をやっている。

 今日は何か珍しいものを持って来てくれたとか。

 ああ、それがそうなのかい」


 手指で指したのはクレアが持つ団扇の束だ。


「ええ。これ、団扇って言うんだけど、売れるかなって。

 それとヤナギトレントが荷馬車に山盛り1台積んで来たんだ。

 それも見てほしい」


「ふふふ。

 おまえさん方は相変わらず面白いねえ。

 どれ、団扇ってのは?」


「失礼致します」

 ドアが開きワゴンを押したサパスさんが入って来る。


 束を解こうとしていたクレアが動きを止める。


「ああ、構わなくていい。

 それ、解いちゃっとくれ」


 解いた団扇束から一本持って、クレアが煽いでみせた。


「夏向けかい。

 似たものはあるけど柄が付いてる分煽ぎ易いかな。

 私が知ってるのは端の方に穴が開いた薄板でね。

 あれは木目でよく割れるんだよ。

 これはどうだろうねえ?」


「柄のとこは木の棒だし、裂いて開いた後、絡めてあるから割れたり剥がれたりはしないと思います。

 ヤナギトレントの端材を使ってるから、よくしなるし丈夫ですよ」


「な!ヤナギトレント。

 これにも使ったのかい?」


「ええ。手近にあったんで。

 500本作っちゃったんだけど」


「500!!

 どう言うつもりでそんなに作ったんだい!?」


 随分興奮してるけどお婆さん大丈夫かな?

「僕のばあちゃん、父さんが何かで怒らせちゃって心臓麻痺で死んじゃったって聞いたよ?

 そんな興奮しちゃダメだよ」


 思わず口をついて出た。


「おや、優しい子なんだねえ。タケオ」

 お婆さん、アズスイフさんがにっこりと笑いかけてくれる。


 クレアもホッとしたような顔で僕を見た。

 促されて席に着く。

 珍しくメグが滅多に取らない帽子を脱ぎ膝に抱えた。


 セパスさんがお茶のカップを配る間に、テーブルは落ち着きを取り戻す。


 4人がセパスのお茶を口にしたところで、

「材木の方は確認させて頂きました。

 荷はヤナギトレントで間違いないとクレスリが言っております。

 量はおよそ32ホート。

 ただ、それですと重量で12トンを超えるはずですので、1台の4輪荷馬車に耐えられる重さではありません」


「セパス、測り間違いじゃないのかい?」


 その会話にメグが割り込んだ。

「あー。ホートは正確だと思いますよ?

 長さ5メルキ半弱の材木を、幅2メルキちょいの荷台に高さ3メルキで積み上げたので。

 見かけによらず丈夫な馬車ですから」


 セパスさんの僕らに向ける目が細められたように見えたけど、特に何も言わなかった。

 でもそうか、ホートって体積っぽい。


「ははは。丈夫な荷馬車かえ!

 まあ良かろうさ。

 しかし6年ぶりのヤナギトレント、こりゃ荒れるねえ。

 帝国産じゃないんだろう?」


「シーサウストです」


「シ、シーサウスト!

 あんな遠くから!」


「セパス、荷馬車の件はいい。

 まだあるのかい?」


「さあどうでしょう。

 今積んで来たのは若木2本分…です。

 最初に見つけたのは1本で1台半あ…ありました」


 妙なところで口籠もるメグだ。

 これはあれか?

 いつもの関西弁を無理して押さえ込んでる?


 クレアがポンとメグの肩を叩く。

「岬なのでそう広い場所ではありません。

 連なる山もありますけど、どのくらい居るかはちょっと分からないですね」


「ああ、そっちは当面良いんだ。

 問題は今運び込まれた荷の捌き方さ。

 おっと。

 ヤナギトレントは、スイフナールで一括取引で良いんだろ?」


「良いですけど、さっき言った1台半は幹を東海岸のリョウシマチ、枝と根の材木は、シーサウストの商業ギルドに卸してますよ?」


「そうかい。

 まあ商会の販路は王都方面だ。

 んん?セパス、シーサウストの岬からリョウシマチと言ったらどう言う経路になる?」


 セパスさんが棚から、巻物を何本か選び出してテーブルの脇に立つ。

 クレアが長い手で菓子皿や砂糖壷をワゴンに戻し、僕らは目の前のお茶のカップをそれぞれ手に持った。


 巻物が広げられると、それはひどく大雑把な感じのある地図だった。


 まずシーサウストからヤイズルらしい海岸線。

 岬っぽい突き出た半島も描いてある。

 山と森、町や村らしい印とそれを結ぶ道路は見分けが付く。

 シーサウストから南の海岸へ抜ける道路も描いてある。


「こちらがシーサウストですね。

 南に下って海に出て南東へ、確かこの砂浜にはカベヌリノカイが出るはずです。シーサウストの名産になっていますので。

 そこを抜ければ岬があるのは漁師たちから聞いておりますが、陸路で行く道はないはず」


「今はあるよ。

 貝を採りながら浜を下ったんだけど、トレント狩っちゃったんで、材木を運ぶ道を山裾に作ったんだ」


「そうですか。

 それでリョウシマチですが」


 今度は広げた地図の上にもう一枚。

 一部に描かれた海が目を引く。

 大体は陸地で、山地や森の間を縫うように、町や村を結ぶ線が網目のようだ。


「ここからですと南街道を下って、サイダとカイの中間辺りに山越えの支道があります。

 ヤーマル山地を越え東岸街道、ここがタイラルクでございます」


 さらにもう一枚の巻物をその上に広げ、

「タイラルクを経由して南下しますとリョウシマチでございますね。

 リョウシマチの先は小さな集落がいくつかあり、ええと、行き止まりとなっていますね」

 サパスさんが地図に顔を寄せ道路の線を確かめて言った。


「今は行き止まりじゃないよ。

 広い道じゃないけどシーニア岬まで繋いじゃったから」


「なるほど。

 本来なら南街道を随分北まで上ってから、山越えした上で海沿いに南下する。

 それが岬経由で行き来が可能になったと。

 人口が少ないから急にどうこうと言うことはないだろうが、タイラルクか」


 アズスイフお婆さんは何か考えるように目を閉じた。


 その間にセパスさんが地図を丸め、お茶請け砂糖壺をテーブルに戻す。


「まあ、それは先のことさね。

 セパス、やっぱりオークションかねえ?」


「岬のヤナギトレントの情報が知れ渡る前に動くのが、最も高値でございましょう。

 王国産と分かっても、その後も継続して採取できるかは未知数ですので、大きな値崩れはないかと思われます」


「そうなると15日後の王都のオークションか。

 クレア、メグ、タケオ。

 トレント材の代金は仮払いで良いかい?

 32ホートだと暫定160万ギルになるんだけど」


「構わないですよ。

 今は資金繰りに困ってないので。

 こっちの団扇も買ってもらえません?」


「それなんだがね。なんだって初回から500も用意したんだい。

 そりゃ珍しいから少量なら売れるだろうが、先なんか見通せるもんじゃないさね」


「ええ。そこで提案なんだけど、ここの商会のお得意に配るってのはどうですか?」


「配る?

 代金は?」


「1枚はタダ、ですかねえ?

 スイフナール商会の名前と取り扱い品の名前を入れて、ご贔屓さんに配っちゃうんです。

 で、お宅さんも宣伝でどうですかー、とか?」


「タダ配りできるほど安くできるのか?

 ヤナギトレントだぞ?」


「そっか、ヤナギトレントは希少扱いか。

 タケオ、普通の木の団扇ってどれだっけ」


「イブちゃんの中じゃないの?

 僕が取ってこようか?」


「お願い!」

 両手を合わせて頼まれちゃった。

 セパスさんに扉を開けてもらって、階段降りて大扉から外へ。


 あれだけ並んでいた馬車は、もう1台もいない。


「お。イブちゃんタクシーさんとこの坊主か?

 この自走馬車は久々見るぜ。

 なんか取りに来たのか?運ぶなら手伝うぞ?」


 近くにいたムキムキのおっさんが僕に声をかけて来る。

 ここで働いてる人かな?

 イブちゃんタクシー、知ってるんだ?


「うん。

 大丈夫。取りに来たのは軽い団扇だから」


 僕が後部座席に潜り込んで、ゴソゴソ探して出て来ると、

「へえ、そいつがウチワか。

 なんに使うんだ?」


「風起こしだよ。ほら!」

 パタパタ顔を煽いであげた。


「うひょ!冷てえ風だ!」


「うん。夏に使うものだからね!」


「ほーお?良いかもな、売るようになったら俺も買いたいな、お袋が喜びそうだ!」


「商会に売り込み中だから、ここで買えるかもね」


「そうか。会頭んとこか、頑張んな!」


 じゃあと手を振って階段を戻る。

 会頭さんの執務室のドアをコンコンとやると、セパスさんが開けてくれた。


「持ってきました」


「ああ、ご苦労さん。

 どれ」

 パタパタ煽いでみてるアズスイフお婆さん。


「使い勝手は余り変わらんのだね?

 これでも手間賃は一緒か。

 問題は職人の確保さね」


「左様でございますな。

 土魔法の道具職人というのは今まで居りませんから。これほどの細かい制御など出来ないのではありませんか?」


「育つまではクレアに頼むよりないか。

 それで大丈夫なのかね?」


「作るのはそんなに時間、掛からないから数が極端に多くなければ良いよ。

 空き時間に作るから、均すと日当たり50くらいかな?」


「クレア、そんなに安請け合いして大丈夫なん?

 わたしもできないことないけど、イブちゃん借りるからコストは(たこ)付くかな?」


 メグ、言葉が崩れてるよ!

 僕は口に手を当ててメグの袖を引いた。


 メグもすぐに気がついたようで、口に手を当てる。


 そこに突然かかった言葉は

「なんや自分、気にするとこやあらへんで?」


 ビックリして見回すけど、男の低い声だった?

 え?


 セパスさんが自分を指さして

「驚かせてもうたかいな?

 ワテはタイラルクの(でえ)や」


「ははは、久々に聞いたな、セパスのお邦言葉。

 この商会はあちこちから人が集まってるんさね。

 だから言葉や肌、髪色なんかで人は見ないよ。

 大体、そんな者に商人は務まらんのさね」

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― 新着の感想 ―
折り畳み式の扇子ならともかく。木材が豊富なお国柄で団扇が存在しないなんてことはないと思うが…。 会頭さんが割れやすい薄板がどうの言っていたけれど、割れない強度の素材が無かった訳でもなさそうだし、何かち…
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