スイフナール商会
人物紹介 (本編はこの下にあります)
アズスイフ 58歳 女性 身長160cm(推定) 白髪混じり銀の髪
ヨクレールに本拠を置くスイフナール商会の会頭
人物紹介
サパス 52歳 身長176cm(推定)
スイフナール商会 会頭秘書
タイラルク出身
エンスローの朝だ。
ここは初めての街。
グレンズールーと比べてどうだろうか、背の高い壁がぐるっと周る大きな街は、もっと息が詰まる感じかと思ってたけど、そんなことはなかった。
昨日は朝早くに発ったし、暗くなってからの宿探しだったから、いつもの練習ができてない。
移動中結構寝たせいか早く目が覚めちゃって、剣の素振りと風魔法の練習を宿の裏庭でしてるんだ。
槍はどうしたかって言うと、この裏庭じゃちょっと狭くて、5mを超える槍を振り回せる自信がないんだ。
朝になってクレアも起きていて、団扇を500にするんだって言ってたんで驚いちゃった。
本当にクルマの中でずっと作ってたみたいで、420いくつ出来てるんだって。
朝からクルマに篭って、朝ご飯まで頑張るって言ってた。
クレアの作る手順は大体こう。
まず材料になる木を、長さ40センチくらいの棒にして、縦に切り分ける。
幅が2センチくらい、厚さは3ミリくらいかなあ、ちょっとゴツいアイスキャンデーの棒?
あれと比べちゃだいぶ長いか。
ここまではまとめてやっちゃう。
あの透明な袋に半分も一度に作ってたよ。
500は作ったって……
あれ?あの数をほとんど団扇にしちゃったのか。
でね、ここからまとめてやったり、一本ずつ作ったりなんだけど、持ち手15センチくらいを残して木目に沿って細かく裂くんだ。
そうすると、自然と間が開いて三角扇の形になるんだ。
次は紙貼りの代わりに、割いた木の細いとこを薄く広げて、隣と絡めるんだって。
そうクレアは説明してくれたけど、見ててもさっぱりなんだよね。
ここまで来るとまん丸扇になるから次は余分を切り取って団扇の形にするんだ。
でもまだ終わりじゃない。
最後は仕上げ。
持ち手の先を丸くして、扇の根元がどうしても厚いので薄く削いで、それから全体にツヤを出す。
磨くのはどうやってるのか、聞いてもわかんないんだけど、なんかツルピカになるんだよね。
でも岬で作ってた20枚くらいって、普通の木で作ったんだよな?
しなやかなヤナギトレントと一緒に数えちゃって良いのかな?
ま、良いや、僕が心配する事じゃない。
大きな透明袋、ビニル袋だった、を振って畳んで、繰り返してると、メグの声。
「タケオ、朝飯行くでえ!」
僕は膨らんじゃった袋を小さく畳んで、ポケットに捩じ込むと食堂まで駆けて行って、走るんじゃない!って怒られちゃった。
黒いけど柔らかいパンにトロッとした感じのスープ。
クレアが別に頼んで刻んだ、冷たい肉の入った野菜サラダを僕らも摘んで、もうお腹いっぱい。
「じゃあ商会に行ってみようか。
馴染みがあるからね、トレント材も引き取ると思うよ」
環状通りを走って正面の店構えは石造りで立派だった。
大きな商会だなあと見ていると左の、路地にしては広い道路へ入る。
さらに左へ、そこには表通りと遜色ない広さの裏通りがあった。
馬車がざっと見ても6、7台停まっていて、それは全部商会の荷受け待ちらしい。
「こりゃ、順番待ちかいな?」
「右の駐車場に入れちゃおうよ。
2階に上がれば話くらいできると思う」
クレアの指す先には確かに空き地があって、隅に馬車が1台寄せて駐めてあった。
「これ、ウチらも寄せ駐めんとあかんやろか?
ウチ、バックは自信ないで」
「ちょっと待ってて。
どうしたら良いか聞いてくるから」
クレアが降りて店の裏口に走る。
馬車ごと入れる大きな扉は開いていて、その奥へクレアが入って行った。
すぐにねじり鉢巻のおっちゃんを連れて出てくると、こっちを指差し何か話してる。
クレアはヒラヒラと手を振って、振り向くとこっちへ走って来た。
「このまま空き地に突っ込んじゃって良いって。
今の時間は遠くへ走る人で混んでるけど、みんなすぐ出てくんだって。
ほらメグ、頭からずいっと入っちゃって」
クルマが止まると、クレアが団扇をひと束持ってさっきの大きな裏口へ。
僕らはその後を付いて行った。
入ってすぐを右に、階段があって突き当たりを左。
椅子の並ぶ待合室にお爺さんが一人。
大きな棚に水瓶が幾つかあって、魔石コンロでお湯を沸かしていた。
「えーっと、サパスさんだよね?」
「おや。これはクレア様。
お久しぶりでございます。
先日は小粒の魔石を沢山こと付けて頂き、ありがとうございました」
「あー。
いえいえ、とんでもない。
ちょっと狩りすぎちゃって置き場所に困ってましたから。
持ってってもらって助かりました」
「代金の方はあれからすぐに振込ませて頂きました。
ところで……タケオ様は…どうされました?」
急に名前を呼ばれてびっくりしちゃった。
「え?僕?
なんで…」名前知ってるの?
そう言おうとした口をクレアの手が塞いでる。
さっきまで持ってた団扇の束は、メグが胸に抱えて目を白黒させていた。
もう一方のクレアの手は自分の口元、目がお爺ちゃんを睨んで?
なにしてるの、クレア?
変な風が建物の中だと言うのに吹いた気がした。
「この子はタケオ。
こちらはメグ。うちのパーティメンバー全員よ」
「…タケオ様にメグ様ですね。
会頭は朝の打ち合わせがございまして、今しばらくお待ちいただけますか?
丁度お湯を沸かしておりますので、お茶を差し上げたく思いますれば」
そう言って棚からカップを3客。
手押しのワゴンを引き出し、並べて行く。
茶葉の入った壺、透明ガラスの砂糖の器、銀に凝った装飾スプーン。
そこで手を止めしばし。
湯気がたちのぼるのを待って、お茶の準備が始まる。
僕がお茶菓子に目を奪われている間にも、準備は進んでクレアに袖を引かれ
「ほら、座ってお茶をいただきましょ?」
それにしても柔らかそうなお菓子だ、どんな味がするんだろう。
茶の用意が終わると
「様子を見て参ります」と言ってお爺ちゃんが奥へ行く。
「なあ、クレア。
あの小粒魔石、まあだ6袋もギルドに預けっぱなしやないか。
持って来たったらよかったなあ?」
メグが小声で言った。
「そう言えばそうだったね。忘れてたよ。
また今度持って来よう」とクレアが返す。
なんの話か分からない僕は、お菓子を一口齧った。
歯の間から入ったはずのお菓子は、甘いと思う間もなく溶けて消えて、その甘さだけが口に入った証拠だった。
うふっ。
思わず変な声が漏れちゃった。
メグもクレアも視線を迷子にして、口元を緩めてる。
淹れてくれたお茶の香りが鼻先をくすぐる。
花のような心地よさと、喉の奥が軽くスッとするような爽やかな香り。
どこかにお花でも咲いてるのかと、思わず室内を見回しちゃったよ。
僕はふうふう冷まして一口啜る。
あちっ!
まだちょっと熱かった!
でもさっきか、ふわっと香っただけの花の香りが口と鼻いっぱいに広がった。
こんなお茶があるんだ!
お茶と言ったら緑茶は珍しくて、玄米茶はほうじ茶だから。でもこれは良いかも。
それにこの器の砂糖!
家は裕福じゃないけど、父さんが商店勤めだから砂糖は珍しくはない。
世間じゃ高級品扱いで羨まれそうだけど、料理にもたまに使ってたし。
でもなあ。お茶に砂糖入れるなんて聞いたこともない、どんな味になるんだ?
スプーンに一つ掬ってカップに入れて……
あれ?クレア3つも山盛りに掬って……
えーっ、それ混ぜちゃうの?
良いのか、そんなに!
あ! 飲んだ!
にまあっと緩む口元、下がる目尻。
幸せそうと言うか、緩み切ってると言うか。
ふと見ると、メグもクレアをじっと見ていた。
こっちでも砂糖って高いんだろうか?
「いかがですか?
帝国産のホジミール茶に換えてみたのですが。
妙に甘い匂いがすると好まれない方もいらっしゃいます」
「これ、良いわー。
サパスさん、帰りに少しもらっていい?」
「はい、結構ですよ。
あまり量はお分けできませんが、ご用意致します。
お茶受けはこの頃、エンスローで流行りになっている、ホフワールという名の菓子でございます。
私などは食べ応えがないと言いますか、頼りない食感が少し馴染めないのですが、結構な人気のようでございます」
「あー。でもこの甘さ!
口の中が一口でしばらく幸せなの。
これも買いたいから後で売ってるお店を教えてね!」
「ははは。
承知いたしました。地図を用意させて頂きます。
ところでそちらの変わった形の束は、一体何でございますか?
私、寡聞にして存じ上げないのですが?」
お爺ちゃんが指先を綺麗に揃えて、メグが床に置いた団扇の束を指す。
「これは団扇と言うものです。
この持ち手を持って煽ぐと、夏でしたら涼しい風を浴びることができます」
メグが団扇を束のまま両手で持って説明した。
「ウチワ…でございますか。
夏に涼を、でございますね、なるほど…
今日はこれをお持ち込みで?」
「いいえ。
こちらはついでと言いますか。
ヤナギトレントを材木にして持って参りました」
「ほう?ヤナギトレントは南方でないとお目にかかれないと聞いております。
王国では手に入らないはずですが、一体どちらで?
イブちゃんタクシー様は、狩ったものを販売される、そう言う認識でございましたが」
「あたしらが、て言うかその子、メグが一人で狩ったんだよ。
外の荷馬車に山盛りだから。
相場ってどのくらいなの?」
あくまでざっくばらんないつも口調のクレアが、むしろここでは場違いって言うか。
この待合の雰囲気とセパスお爺ちゃんの丁寧な口調には、他所行きのメグが合ってるなあ。
「はて。
最近は入荷もございませんで。
6年前に入った時には仕入れ値でホート当たり5万ギルと記憶しております。
ですがどうでしょう、あの頃と比べるのは?
需要の方は調査してみませんとなんとも」
ホート?需要?
物の値段は需要と供給の量で決まるとか、ちょこちょこメグが言ってたっけ。
どっちも少なかったら、値段ってどうなるんだ?
「珍しい魔物なのは分かってましたが、販路がないんですか。
そうなると好事家のオークション!
あ、と。
お値段は期待できそうです」
メグは何を言いかけたんだ?
一瞬、地が出かけた?
「そうですか。
これは会頭とのお話が楽しみですねえ。
やはりイブちゃんタクシー様は面白い」
雑談を挟んで作業着姿の男が階段の方からやって来る。
その人は僕らに「いらっしゃいませ」と一礼すると、紙片をセパスさんに渡し戻って行く。
セパスさんは片眼鏡を胸ポケットから出して、目を通すとそのままポケットに納めた。
奥の方からドヤドヤと足音、話し声がした。
「どうやら打ち合わせが終わったようでございますます。
見てまいります」
そう言ってセパスさんが奥へ行く。
メグが団扇の束をクレアに押し付けた。
「それ、返すで」
「はいはい」
すぐにセパスさんが戻って来て
「会頭がお会いになります。奥へどうぞ」
クレアが立ち上げって歩き出すので、僕らは後に続いた。
見るからに重厚な作りの木扉をクレアがコココンとノックした。




