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タイラルクからの犬馬車

 ザザーン……ザザーン……


 窓を少し開けると波の音が響く。

 どんよりと、今にも降り出しそうな鈍色の雲が空を覆う。


 ここはシーサウストからさらに南。

 山地の間を抜けて海岸へと至る一本道のどん詰まり。


 目の前の砂浜は一見穏やかだが、そこには踏み込む動物を麻痺性の水で攻撃する貝が棲んでいる。


 昨日、左に見えている砂浜は掃討したからすぐの危険はないだろう。


「ねえ、こんな日に道路工事って危なくない?」


「せやなあ。

 けどまあ、魔石も欲しいよってカベヌリノカイ、狩らへん?

 右の浜を走るんや」


「あたしは構わないよ?

 じゃあ、右に行くよ」


 いや!僕は構うって!

 浜には大量の貝、海から大きな魔物が襲ってくることもあるんでしょ?

 雨も降りそうなんだってば!


 抗議したけど運転手のクレア、何でか張り切ってるメグに押し切られ。

 イブちゃんは砂浜を右へ、北西方向へ走り出す。


 ものの50mでミイミイと警報音。

 魔石が容器から溢れたんだ。


 3人でクルマを降りて、メグがボンネット下で魔石をちいさな容器から掻き出して。


 あの容器もっと大きけりゃいいのにって、カベヌリノカイを狩る時はいつも思うよ。


「他にもあったよ?

 スライムでしょ?あとクイツクシムシ!

 あれはすごかったなあ。

 おっきな雲みたいに襲ってくる、割と小さな虫なんだけど、なんでも食べちゃうんだって。

 それをさ、メグの水カーテンで集めて。

 防御結界でバタバタ弾いたら、魔石が容器からザラザラ溢れたんだ。

 それでボンネット下に一人座って魔石の搔き出しだよ?

 開けっ放しだから運転手は前が見えなくて窓から首を出しっぱなしで200メルキくらいを往復してさ!」


 集めた貝をいつも通りメグが、氷箱にガラガラと開け終わって

「喋っとらんで、次行こやん。

 ウチが運転しよかー?」


「あ。待ってよ、今日はあたしの運転の番じゃないの!

 こら、ダメだってば!」


 クレアが運転席のドアからメグを引き剥がす。


 メグが折れて袋を持って後ろに離れると、クレアがイブちゃんを駆って波打ち際を進んで行く。


 途端に砂浜が爆発したみたいに、沢山の貝が空中へ飛び出す。

 半分は海の中へ、残りは砂の上にボトボトと落ちる。

 何度見ても訳の分からない光景だ。


 僕とメグは貝を袋に拾って行く。

 クレアが降りて魔石を搔き出した後、同じように袋に拾い始めると、メグが袋の中の貝を荷台の氷箱へと移すんだけど。


 今日はこれ、どこまでやるんだろ。

 シーニア岬までの道を作るって話だったよね?

 風魔法の教本も読んでくれるはずなんだけどな、なんでこんないつ降り出すかわかんない日に貝拾い?


「カネ稼ぐんに、天気なんか関係あらへんで。

 今日はカネやのうて魔石やけどなあ?

 ついでに掃除も兼ねとるよって、こっちにしたんや」


「ええとね、昨日、海産加工場に行ったでしょ?

 カベヌリノカイが品薄らしいんだよ。

 それでちょっと頼まれちゃって……

 あれ、タケオ、なんか機嫌悪くしてた?」


 そんな話は聞いてないし。


「なになに?

 教本読んであげてないの怒ってる?

 それともやっぱりこの天気のせい?」


「教本やったらシーニア岬まで行きよったらなんぼでも相手したるわ。

 天気は……せやなあ」


 そう言ってメグがどんよりとした空を見上げた。


 何か呟き杖を空に向ける。

 あれが呪文なんかじゃないのはこの間聞いた。


 杖の先の雲が四方に押しのけられるように動き出す。

 低く濃い雲が押し除けられて丸い青空が覗く。

 見ている間にも、さらに緩く渦を巻くようにその穴が広がって行った。


 押し除けられて濃く黒い輪に囲まれた、場違いな程明るい青空が広がって行く。

 遥か上空に薄く筋雲がたなびく様子まで見て取れる。

 低い雨雲にポッカリと空いた青空の大穴。それは異様な光景だった。


 と、パリパリパチパチと、何か爆ぜるような音が上空から響く。

 濃く黒くなった雲のリングから白光色の髭根がチラチラと瞬く。


「ありゃ!

 ウチもこんなん初めてやってん。

 天然物の雷がでよるんか!」


 メグが腰の小物入れから何かを上に放る。

 数は3つ。形が丸かったとこまで目で追えた。


 それらは雲のリングに向かって飛んでいったようだ。


「目瞑っとき!」


 直後、雷が海に向かって落ちる轟音と強烈な光が瞼を焼く。


「雲に穴開けたら雷がむっちゃ(つよ)なるんやなあ。

 初めて知ったで」


 なんとものんびりしたメグの声が、斑点だらけの視界の向こうから聞こえた。


 こんな強烈な雷でも、メグとクレアが平気なのはなんでなのか気になるけれど、どうせ答えてはもらえない。

 て言うか多分、答えなんか知らないんじゃないかな。


 砂浜から離れた山裾に、リペアで4m幅ほどの狭い道を作って行く。

 リペアの魔力に当てられて、前を遮る魔物もでない平穏な道路工事だ。


 ただ、作ってみてから、山裾を削っちゃった場所に、後から崩れないように壁を足さなきゃいけない。

 そんなことが2回も続くと、メグが左の山側に最初から壁を立てるようになった。

 それを山側に、ペタッと寝かせてしまうところまでリペアでやってしまう。


 ほとんどはそれで事足りるようになったと思っていたら、崖に出会(でくわ)した。

 作った道にごく近い切り立った崖だ。土や石が草の合間から見えている。


「ありゃ!これはあかんなあ。

 崩れた跡もあるやんか。

 クレア、手伝ってんか」


「どうする?一面上まで塗っちゃう?」


「ファーストルでやったやんか。こう言うんは地下水の処理からやで。

 見てみるよってちょい待ってんか」


 杖の先で帽子に隠れた額をコンコンと叩いて、メグが崖の方を睨む。


「水が通りよるんは2箇所やな。

 クレア、土魔法、頼むで?」


 クレアは碌な説明もないのに、メグの肩に腕環を下げた右手を置く。

 2人は数秒そのまま動きを止める。

 特に何が起きたでもない。物音ひとつしないし、どうなってるのか僕には分からない。


「こんなもんやな。

 次は崖、塗ってまうで

 ……リペア!」


 今度は僕にも分かった。

 草がまばらに覆う、土と石が見え隠れする崖がずっと上の方まで、一枚の岩壁に変わって行くんだから!


 メグが指差すので海岸の方を見ると、地面からジクジクと泥水が湧き出している場所がある。


「ああやって中の水抜きよったら、こんな崖でも崩れ難うなるんやで?」


 水の湧く場所、あれが崖の中の水の出口らしい。

 そんなこともあるんだと見ていると


「次行くよー」とクレアの声。


 一回に進むのは500mくらいだけど走って追いかけるにはちょっと遠い。

 僕は慌てて後部座席に乗り込んだ。


 シーニア岬の登り口に着いたのはお腹が空いた頃。

 丁度、お弁当には良い時間だ。

 トレントの広場でシートを広げ、お湯を沸かし。

 食後のお昼寝をしてたら、クレアがガバッと身を起こす。


 僕はその動きに瞑っていた目を開ける。

 怪訝な表情のクレアが

「起こしちゃった?」


「いいや。目をつぶってただけ。

 なんかあった?」


「なんか来るよ」


「魔物?」


「違う感じなんだよね。敵意がないって言うか……

 あっちからだね」


 指差し方角は岩場の海岸方向でやや山寄り。


「リョウシマチの方じゃないか。

 馬車でも来るのかな?」


「そうかも知れへんなあ。

 岬越えて来たんやって、あちこちで言うたったさかい」

 メグが眠そうな声で言った。


 下り坂の奥に新しい道が所々見える場所がある。

 木々や岩場の間から何か大きなものが動くのが見えた。

 見ているとそれは1台の4輪馬車。

 御者台に2人乗っている。


 曳いているのは大きなオオイヌ2頭のようだと近くまで来て分かる。

 毛並みが茶と赤のマダラ模様で、遠目には酷く見えにくかった。


 カーブを曲がって後はほぼ一直線の登り坂。御者台の男女らしい人影がこちらに手を振った。


「話に聞いた自走馬車はあなたたちですね!

 私どもはタイラルクの行商です。

 道があると聞いて、来てみたらそりゃあ立派な道じゃないですか、驚きましたよ」


「あんたら運がええで?

 シーサウストまでの道はさっきでけたとこやねん」


 メグはタイラルクと聞いたから、いつもの言葉で話すみたいだ。

 正直、メグの他所行きの喋り方は背中がムズムズするんだ。


「あたしはクレア。メグとタケオよ。

 冒険者だけど行商人でもあるわ。

 ご同業ね」


 道は僕らが作っていること、砂浜は走りやすいけど軽い麻痺毒を持った貝に襲われることを知らせると、また酷く驚いていた。


「わたしはネイルグレド、こちらはエスリーンと申します」


 宝飾品の商いだそうで、田舎漁村ではほとんど売れなかったとこぼしていた。


 商業ギルドの為替清算ができるので、僕らは売れるものって特にないけど、見せてもらうことにした。


 ネイルグレドは、豪華な飾り彫りがびっしり刻まれた薄い木箱を2枚出して、僕らがくつろいでいたシートの上に広げる。

 キラキラの金物と石が、曇り空と言うのに目に刺さるみたいだ。

 商品は色んな金銀の細工ものに嵌め込まれた、宝石類が主だった。


「ウチらは飾りの金銀には用事ないんや。

 ええ石があったらそっち見せてんか?」


「ああ。なるほどなるほど、魔力関連の石ですね?

 それですとあまり数がございませんが、こちらをみていただけますか?」


 出してくれたのは板を組んだだけの薄い小箱。

 きちっとしている丁寧な作りがみて取れるけど、こっちには飾り彫りが一切無い。


 蓋を開け、厚布を上げると20数個の色とりどりの石。

 大半が艶やかな光沢を放っているのは、そう言うものなんだろうか?


 箱の中には窪みがたくさんあって、厚布で押さえるだけで隣とぶつからないようになっていた。


「宝石はないの?」


 クレアは単品の宝石が見たかったようだけど、金銀がゴテゴテ付いた宝飾しかないと言われガッカリしていた。


 メグが広げられた箱に食い入るように取り付く。

 指で何かを確かめるかのように、一つひとつ転がしている。


 僕もそばで分からないなりにその様子を見ていると、クレアは魔法石はメグにお任せと言った感じでお茶を淹れ出した。


「これとこれが良さげやなあ。

 ウチもとっときの在庫出すよって、勉強してくれへんやろか?」


 そう言ってポケットから、1個の灰色の丸石を手のひらに転がして見せた。


 あ。川で拾ったって言ってた石!


「強化石や。なかなかの上物や思うで?」


 エスリーンが真っ黒な布を、小物を入れた引き出しから取り出し、手に乗せてメグに差し出す。


「こちらへ乗せていただけますか?

 拝見します」


 石は音もなく布の上へ。


 黒の上だと見やすいのかな?


 丹念に覗き込んでエスリーンは、ネイルグレドに手合図を送る。


 黒布ごと受け取ったネイルグレドは、ザッと指で転がし

「大変結構な御品です。

 確かに強化石。

 王都まで持って行けば、かなりのお値打ちものと推察致します。

 そうですね、そちらの2個と交換では如何でしょう」


「まあそうやろなあ、ここらで強化石はそうは売れへん。

 けどそれほどの目利きや。

 お値打ちや言うんが倍の(ねえ)なんは承知やろ?」


「これはこれは、よくご存知で。

 ですがここから王都は如何にも遠ございます。

 どうでしょう5千ギルでは?」


「ほう?ええ値段付けよるなあ。

 それやったら、同じ強化石やけどもう2個、買わへん?」


 メグのポケットから2個の石が出て来た。

 一体いくつ拾っていたんだ?

 僕の槍に3個すり潰してたのに。

 

 それを黒布に受け取りエスリーンが吟味する。

 頷くのを確認して

「6万ギルで如何でしょう?」


「んー?さっきの5千のほかやろか?」


「これは……、あ、いや、分かりました。

 ではこちらと合わせて6万5千ギル。

 宜しいですかな?」


「クレア、商業ギルドの登録証出したってんか?」


 淹れたお茶を配ってクレアが首元の革紐を引き出す。そこには角の丸い四角の板。

 金属でも木でも無い。薄い石のような材質の刻印の目立つ白い板。


「では記号を控えさせていただきます。

 私どもの登録証はこちら。

 お控え下さい。数日中には手続き致します。

 覚えの伝票を書きますので少々お待ちを」


 石と伝票の受け渡しが終わると、この先の情報をもとめられ、クレアが南街道もヤイズル街道も問題ないと伝えると、

「またどこかでお会いする事もあるでしょう。

 それでは失礼いたします」

 とひとつ手を振って岬の下り坂を、砂浜沿いへ降りていった。

椎間板ヘルニア切除の手術を受けました

10/11辺りまで入院の予定です

暇に飽かせて書いた分を先行投稿中です

皆さまこんなことにならぬよう、腰にお気をつけください

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