タケオの槍作り
ここはシーサウストから南東の海に突き出た岬。
全体が海から10数メルキの高台になっていて、シーサウストの冒険者ギルドではトレントが出たと、数年前に噂があった。メグ情報だ。
タケオがあたしの真似っこで、槍を使いたいって言うんだ。
ちょっと嬉しかったりするけど、体格が違うしあたしの槍は2メルキ半、ちょっと間合いが近い。
ヨクレールの宿のおじさんのお下がりだから、少し重いのでこれを見本にするのもどうかと思っていたら、メグがなんと鍛冶屋で魔銀入の軽い穂先を作って来たんだ。
そこからこの探索行は始まったんだけど。
この岬の上からの景色ったらないんだ。
トレントの気配が薄く漂う高台なんで、まだ奥は探検していない。
最初に出会った大木、ヤナギトレントの跡地が結構広くて、イブちゃんがぐるっと回れちゃうくらい。
ここからは両側の海がよく見える。
シーサウスト側は霞むくらい遠くまでの砂浜が見える。もうじきあの遠い海に陽が沈むんだろう。
反対側は岩場が続く荒々しい海岸線がゴツゴツと、こちらも霞むほど遠くまで。
こっちにはタイラルクと言う大きな街があるんだそうで、メグの故郷、リョウシマチのゼーゼルが途中にあったんだ。
あの時。
「どや、行ってみいひんか?」
メグの言葉に1も2もなくあたしはこう答えたんだ。
「行ってみる?
こう言うのって楽しいよね、行こ行こ!」
我ながら軽いノリだったけど、どこか影を見せるメグの故郷だから、少しでも後押しになるように。
「ここな?
シーニア岬、言うらしいで?」
夕飯の準備で広げたシートに、コンロを置きながらメグが言った。
「へえ、そうなんだ」あまり関心のないあたし。
「どんな意味なの?」聞きたがりのタケオ。
「海が近い、言うとったかなあ?」惚け顔のメグ。
「そのまんまだね!」タケオが笑う。
最後の集落で、あの漁師のおじさんと毛皮と交換でせしめた、大きな魚を中骨を外した半身で鉄板焼き。
油を塗って切れ目を幾つか入れた皮は下に、例のツボから塩っぱ辛いペーストを散らす。
刻んだ野菜を被せ、クサミケシの1枚葉で上から包むようにして、しばし蒸し焼き。
凶悪な匂いが辺りを包んで、3人ともグウグウお腹を鳴らす。
「なあ、まだやろか?」メグはお腹を空かせてる。
「もういいんじゃないの?ジュウジュウ言ってるよ」堪え性のないタケオ。
「まだよ。もう少しだから待ちなさい!」ちょっと機嫌を悪くしたあたし。
何故って、あたしはエールが欲しいんだ!
こんな美味しそうなものを目の前にして、エールもラムも無いなんて!
「こらそこ!まだクサミケシ、捲るんじゃないわよ!」
メグが捲るフォークをトングで軽く叩く。
タケオがビクッとして周囲をキョロキョロ、まだ熱いスープを一口啜った。
途端に顔を顰めてベロっと舌を出すタケオ。
あたしとメグがそれを見て笑い出す。
なんか気が抜けて、夕飯が始まる。
大きな魚の鉄板蒸し焼き、美味しかったからまたやろうってことになった。
さて、翌朝、いつもの簡単な朝食の後、メグがトレントの枝と根の材木を一本ずつ持って来る。
もちろんあたしでも持ち上がらない重さの材木だ、水網に掛けて来たんだけど。
「お待ち兼ねのトレント材や。
まずはどのくらいの配合にしたらええんか、そこからや」
背中のバッグから取り出す灰色の丸石。
それは先日、強化に使えるんだと言ってた、メグが河原で拾った石だった。
確か強化石って言ってたっけ。
あたしはまだ半信半疑だけど、まあ、やってみるしかない。
「混ぜるって言ってたけど、どうやるの?
この木材も粉にしないとダメだとか?」
「木の中にはな、細っそい丈夫な糸がようさん束になっとるんや。
それ切ってしもたら、なんぼトレントやかて折角の素材が台無しやん。
せやから、材木は長いまんまや。
タケオ、長さはどれくらいがええ思とる?」
「長いのでやってみたい!」
「さよか。今ある材料やったら5メルキがめいっぱいや。
それがタケオに扱えるとは思えへんけど、そこからやってみよか。
なあに、伸ばすんは難儀やけど詰めるんはどないにでもなるさかい、心配は要らへんで」
石を粉に挽くのは土魔法が簡単だ。
メグが出してくれた石をあたしが擦り潰す。
その間にメグはトレント材を、何本もの3セロト角に断ち割った。
あたしが挽いた石粉が集めた水に巻き上がり、細い角材の一本を薄く覆う。
「細かい操作はさすがよね。そんなに薄く広げるんだ?」
「せや。混ぜるんは僅かでええんや。
トレントは乾燥させたよって、よう水が染み込むでえ?」
なるほど。
トレント材から水を抜いておいて、そこに細かい石粉混じりの水を戻すことで、全体に行き渡らせようってことね。
タケオとあたしが見守るなか、白く濁って見えた水が木材の表面でその色をスッと消す。
「ここから変形や、イブちゃん頼むでえ?」
あれは、あの気配は薄いけど間違いなくリペアだ。
メグの繊細な造形イメージを、イブちゃんの強力な魔石ブーストで後押しして、トレント材を筒状に変形させているんだ。
タケオが興味津々と言った体でじっと見る。
でもあの薄く変形した、トレント材の中で起きていることまでは、分からないだろう。
粘土に高熱を加えると、中で小さな粒の結びつきがどんどん変わる。
レンガを焼いた時に見たあの現象と、よく似た事があの薄い管全体で起きている。
材料に潜り込んだ石粉が魔力を受けて、中で薄く薄く広がって、木の中の細い糸の束みたいなのを強固に結びつけていってるんだ。
トレント材、あのヤナギトレントのしなやかな動き。
メグはあっさり水刃で切り飛ばしてたけど、あたしの槍は体当たり同然に突き立てて、やっと穂先を中に届かせた。
メグの牽制あっての攻撃だったけど、このトレントは相当に硬い。
「一体どんな柄になるんだろうね!」
あたしの言葉にメグが窘める。
「なあに言うとるん。
一遍で上手くいくなんてあらへんで?
お試しや、お試し!」
「でも凄いよ!
どうして四角い棒が丸くなるんだろ?
中に穴も空いてるじゃないか!」
「形が変わるんはリペアや。
穴あけたんは同じ太さでもようけ丈夫にするためや。
重さは形変えても変わらんようにしとるで。
タケオは軽うて丈夫がええやろ?」
「うん!」
出来上がった柄に穂先を仮付けして、タケオに振らせてみる。
まずは重さの確認だ。
まだ筋力は付くと思うから、多少は重くてもいいだろとは思う。
でもある程度振れないようでは話にならない。
長さも同様。長いほど振るには筋力が要る。
広場でタケオがブンブンと槍を振る。
持ち手は2メルキ、短めにあたしが持たせた。
足を踏ん張り、水平薙。
やや一月、突きや薙などの素振りの成果はあったようだが、重さのある穂先に体が流れる。
振り切って、切り返し。
両刃の穂先だから刃筋はそのまま戻せばいい…んだけど、止めが流れるせいで変に力が入る。
そのせいで刃筋は捩れ、あれでは小枝一本切れない。
「もう1メルキ長く持ってみて!」
振り始めはいい。
ここからでも柄のしなりが分かる。
あ。このしなり、面白いかも!
的に当たる寸前で正確に逆へ振り返す。
穂先は柄のしなりを追ってそのまま的へ斬り込むけど、柄はもう逆へと振られている。
けれど穂先のスピードは落ちず、柄のしなりが戻る分、的と刃が擦れるような動きになる。
刃を当てた状態で擦る、押し切りのような動きは切れ味が増すことにつながる。
さらに上手く行くなら再び逆へ柄がしなる時に刃先を引く動きも起きるはずだけど、柄の力は既に抜けてしまっているから威力は期待できないかな。
タイミングは相当難しいなあ。
そうなると切り返しはやや遅めが良さそう……
「クレア、上手く振れない。
長いのはちょっと無理そうー」
おっとと。タケオが困ってたか。
考えごとしてる場合じゃ無かった。
「穂先の重さに負けてるんだよ。
もっと振る練習をしないとね。
棒に錘を付けてみようか?」
「そうかー、まだ足りないんだ、頑張るよ」
「それはそうと、もう少し短く持って軽く突いてごらん?」
そう言ってあたしは土魔法で土柱を立ち上げる。
慣れないうちは、硬いものを突くと手首を傷めやすいからと思って、硬化は掛けていない。
やはりと言うか突きも体が安定していないため、中心を捉える事ができていない。
今のタケオの技量では、薙から突きへの連携などとても無理だ。
「重さは今くらいでいいみたいだよ?」
「せやなあ。あとは強度やな。
タケオ、地面に叩き伏せやってみい」
穂先を高く振り上げ、体重を乗せて叩き伏せる。
威力は高いけれど左右に隙が多いし、叩くまでどうしても間が空くから、溜めの時間は誰かに稼いでもらわないと実戦ではあまり使い所がない。
集団で槍を揃えて叩くなら隙もなくなって、相当な威力だろうけどね。
でも柄の強度は分かりやすそうだ。
叩き伏せるには数歩助走を入れて穂先に動きを付ける。
振り下ろしには足を踏ん張って一旦立ち止まる。
この時に足を向けた方向を照準代わりに大きく振り下ろし、柄に体を乗せるようにして叩く。
もちろん刃筋も、意識して立てておかないと威力は出ない。
タケオも上手く叩きつけはできていた。
ともあれ、柄の強度を見るには力不足か。
「ちょっと借りていい?」
タケオから試作の槍を受け取り、まずは土柱相手に薙。
当たった瞬間に合わせ切り返し。
思った通り、しなりで遅れた穂先が突き込むような動きを、一瞬だけ見せる。
硬さのない土柱の上部が崩れ落ちた。
次は突き。
切り返しで穂先が離れたところで柄を固定する。
ブウンと撓む柄。
それを待たずに一歩下がり突く間合いを測る。
思ったより穂先が揺れる。
的に向かって揺れ始めの一瞬を捉え突く。
穂先は土柱を掠めるに留まった。
もう一本。
引いた槍に僅かに残る揺れの名残、実戦ではこの揺れが収まるのを待つなんてことはできない。
ほぼヤマカン、揺れる方向に合わせるつもりで突く。
穂先は土柱の1/3を削ぎ落とす。
「うーん、やっぱ難しいね。
慣れればいけそうな気もするけど。
ぶっつけじゃこんなもんよね?
さて、本気で叩くよ!」
柄のお尻を左手で握って、80セロトに右手、これ以上はない長手持ちにあたしは槍を振り上げる。
頭上から振り出しながらの速い2歩の助走。
そのまま右足で動きを止めて、全身で押し倒すように、最後は畳んだ右肘に身体ごと覆い被さるようにくの字に身体を曲げる。
パアァァン!!
小気味のいい破裂音。キーンと甲高い耳鳴りが後に続く。
見ると穂先が地面に深く斬り込んでいた。
「……凄い…」タケオがポツリと言う。
ふうと息を吐いて、あたしは槍を抜きにかかる。
ピキッと嫌な手応えに
「ありゃ!」と声が漏れる。
柄のしなりそのままに土中に食い込んだ穂先、そのやや手前。
つまりは平鉄の差し込み辺りだ。
土中で見えないけど、柄にヒビが入ったのが分かる。
持ち上げると穂先は埋まったまま。
ささくれになった柄だけが土から、スポッと抜けて来てしまった。
腕環を通して周囲の土を持ち上げると、柄の残骸を纏った穂先が現れた。
「なるほどなあ。平鉄も鉄やのうて、曲がる素材があったらええんやろけど。
多少補強してみたかて、何遍もあんなん喰ろたら大概保たんで」
「やりすぎちゃった?」
「まあな。けどあれくらいは行かんとなあ?」
そう言ってメグがタケオの顔を覗き込む。
タケオは
「あのくらい、できるようになってやる!」
と威勢良く言った。
元気なことで。
柄の試作は根の材料に移る。
根はさらにしなる。しなりが大きすぎてコントロールができなかった。
これは没だね。
枝の材料に絞って5本作って5本壊した。
時刻はもう夕方だ。
気もそぞろといった風に夕飯を食べていたメグが、穂先の根本だけ根の材料を被せてみると言い出した。
椎間板ヘルニア切除の手術を受けました
10/11辺りまで入院の予定です
暇に飽かせて書いた分を先行投稿中です
皆さまこんなことにならぬよう、腰にお気をつけください




