リョウシマチ
昨日の夕方作った道を進んでいく。
見えたはずの集落はここからでは、見える範囲に無い。
夕まずめの灯の光だから遠くまで見えたんだろうね。
上からなら見えるかと思ってメグと一緒にクレーンに乗せてもらった。
あれ?これって乗るんじゃ無いんだ?
右の足裏と腰のところがグイグイ持ち上げられてる。
痛くは無いけどちょっと締め付けられる感じ?
あんまり長い時間は辛そうだなあ。
下から見てて知ってたけど、足元を見ても何にも無い。
なんでか揺れもせず空気の上に立ってるような……
「メグ!高い!高いって!」
「なんやタケオ、怖いんか?
こんなん、すうぐ慣れるよって我慢しとき」
うえっ、これ、我慢って!
足元、何にも無いんだよ?
クルマがちっちゃく見えてるんだよ?
「これ!下ばっか見んと前を見んかい!
海もよう見えとるで!」
「……海……」
そうだった。高いとこから何が見えるかと思って上がったんだった……
恐しいのを押し殺して顔を上げる。
お尻の穴がギュッと縮む感じは続いているけど、なんとか堪える。
草っ原に立木が数本、緑色の先には一面の青!
いや、朝日をキラキラ弾いて青が光ってる。
水面は穏やかなようで小波にチラチラ光が踊っている。
首を回すけど視界の半分は海だ。遠くの方は靄がかかったみたいに霞んでる。
「あ。舟が居るよ!」
「小舟やな、漁師舟ちゃうか?
漁師は朝が早いよって。
朝凪の前あたりから、魚がよう捕れるんや」
「海が平らに見えるのは朝凪ってこと?」
「せやせや、いまは朝凪。
少うし、うねりが来とるくらいや。
もう少ししよったら波が大きいなるでえ?」
ふうん。海って広いなあ!
「右の方に畑が見えとるなあ。
てことは道があるはずや。
タケオ、あれ、道ちゃうやろか?」
「え?え?
どこ?」
「ほら、あそこや。
なんや白っぽい筋みたいんが見えとるやん。
ほら、あそこ」
メグの指先を辿って遠くの方。
白い筋と言われればそうかも?
「ちょっと僕には分からないよ。
あっちに道を伸ばしてみる?」
「せやなあ。
行ってみよか」
メグが杖を翳し空中をなぞる。
「こんな感じやろか。
変に曲げると後でうるさいからなあ。
あの木、なんや邪魔やってん、倒すんも面倒や、ちょいこっちに寄せたろ。
どやろかこんなもんやろか。
うーん。
……リペア!」
あれれ!?
いつもブツブツ聞こえてたの、「呪文じゃ無いんだ!
長い独り言だったの?!」
「なんや、タケオ、うるさいで。
ウチは集中しとるんや、黙っとき」
うわっ。口から出てた?
怒られちゃった。
眼下では薄っすら道が浮き上がるようにできて行く。
緩いS字を描いて、畑の方へと伸びて行く、白っぽい色の帯。
そうかあ。
上からはこんな風に見えてたんだ!
「終わったで。
タケオ、降りひんのんか?」
「え?あ、降りる降りる!」
降りる時は下を見たけど、上がる時より怖いと感じなかった。
降りてしまうのがちょっと残念って思うのが不思議だった。
それだけ景色が綺麗だったからかな?
それから近づく畑、10数軒の集落に続く道に、メグがこちらの道を繋いでいく。
その道は畑への道でしかなくて荒れ放題で、やっぱりリペアが必要だった。
そうしないと、高く積んだ荷馬車の荷物が崩れて、落ちてしまいそうだったから。
メグはこの集落のことは聞いたことがあるそうだ。
メグの住んでいた集落はゼーゼルと言うそうだけど、ここから後二つ、リョウシマチの村はその先だそうだ。
リョウシマチまで行けばギルドの支部もあって、荷を売る事もできるだろうと言った。
道を直しながら入った集落、古い木造家屋が立ち並んでいて、海側に粗末な、しかし背の高い板塀が立ち並ぶ。
僕がそれを不思議に思って聞いたら
「あれかあ?
あれはなあ、秋から冬にかけて強い海風が吹きよるんや。
秋口は塩っぱいだけでまだええんやが、冬になると風が冷とうてな、あの板塀でナンボか風を防ぎよるんや。
気休め程度やけど、ここらじゃよう見る景色や」
ここってそんなに風が強いんだ。
今はまだキラキラ綺麗な海だけど、もう少ししたら大変なんだろうね。
集落を貫く通りはそれ程でこぼこもなくて、そのままで通れそうだった。
人の目の前でのリペアは、面倒ごとになりそうなんで丁度いい。
途中年配の男の人が声を掛けて来た。
「あんたら、どこから来よったんや?
そっちは行き止まりやろ、山越えて来たんか?」
「せやでえ。
ウチらシーサウストから、岬越えて来たんや」
「なんて?
あんなとこ、馬車なんぞ通れるわけがあるかい、ホラも大概にせえや」
「おっちゃん、何言うてはるん?
ほれ、荷台の材木、トレントの幹やで、よう見とき。
この辺にトレントなんか居らへんやろ」
「ト、トレント?
いや、まさかあ!
ホンマなんか?」
「ホンマ、ホンマ」
ポンポンとメグと言い合いをする地元のおじさん。
ケンカが始まったのかと思ってドキドキしたよ。
「ところでなあ、魔物の肉やら毛皮やら、あと貝がようさんあるんやけど、買わへん?
ブツブツでもええで?」
「金ならないで。
そうやなあ、今朝ワシが海から揚げたった魚、あと裏で作っとる野菜ならあるやって、それでもええか?」
魚?この人、漁師の人?
「見せて、見せて!」
メグも興味があるみたい。
なんだか商売になるっぽい。
魚と言うのはどれも1mを超える大物で、何しろ色がいっぱい、食べられるのか心配になるような派手な柄の魚だった。
形も口の尖ったの、オデコがやたらデカいの、ヒレの長いのと色々で、山育ちの僕には海の魚はひどく珍しい。
漁師の人で間違いなかったようで、魔物肉と大きな貝を欲しがった。
毛皮も欲しそうにしてたけど、釣り合いそうなものが他にないらしい。
魚を10尾と、新鮮な採れたて野菜一山、それをボアやヒヒの肉8包みにカベヌリノカイ40個と交換した。
大きな魚は氷箱に入れたので、荷物の嵩は増えた格好だ。
次の集落はそれほど離れていない。
河口を船着場にした集落で、川を渡るのに上流へ2キロくらい遡るんだとか。
「ねえ、あんなとこまで遡るの?
ずいぶん遠いよね?
橋、架けちゃおうか」
今まで小さな川に幾つも架けて来た橋だけど、この川はちょっと広い。
そんな簡単に出来るんだろうか?
「ええなあ。
近いんはウチらもありがたいで」
川に沿って立ち並ぶ家々に道は突き当たって、左へ折れて行く。
道路はそのまま上流へ向かって行く。
立ち並ぶのは6軒。
その先しばらくは畑があって、あとは空き地と言うか原野だね。
その辺りなら遠くもないし邪魔にもされないかってことだ。
クレアも魔石の世話を僕に言いつけた。
橋は土魔法があった方が良いらしいから。
増水した時に物が引っかからない方がいいだの、柱を川に何本立てるだの、細かいことを2人で相談することしばし、上からも見てみようってことで、クレーンで空に昇って行った。
僕は開いたボンネットの下で魔石供給の準備。
と言っても合図があるまでやる事がある訳でもない。
精々魔石の残量確認だ。
今ある在庫は僕の両手で3回分ってとこだ。
足りるのかちょっと心配になって来た。
だって普通に道路のリペアでひと掬いちょっとは使うんだ。
こんな広い川に橋だなんて形が複雑なものを作るなら、どれだけ魔石が要るんだろう?
でも、どんな橋になるのか出来上がりが、楽しみだって言う気持ちもあるんだ。
相談はまとまったようで上からメグの声が降ってくる。
一応魔石の在庫を伝えたけど、気にしたような様子はない。
改めて見ると対岸まで7、80mもある川にどんな橋が架かるのかちょっとワクワクしちゃうよね。
メグのリペアが始まった。
魔石がザラザラと穴の奥に沈んで行く。
そこへ溢れない程度に、両手に掬ったまん丸魔石を足して行くんだけど、案外減り方が遅い。
平地のリペアよりは早いみたいだけど、こんな量で橋になるんだろうか?
僕は川の方を見た。
そこには岸近くと川の中央とその奥、手まえにも、2本ずつ並ぶ柱が伸び上がるところだった。
ボンネット下のザラザラ音が高くなった気がして、魔石を入れる穴を見ると、減りが速い!
袋から両手で掬った魔石を流し込むけど、すぐにザクザク飲み込んで行った。
もうひと掬い、これで残りは僅かだ。
袋を持って口を穴の縁に当てがい、お尻を持ち上げる。
魔石ザクザクが止まらない。
川を見るとそこには、立派な橋が出来上がりつつあった。
足りるの?
音が止まる。
終わったのかな?
穴を爪先立ちで覗き込むと、底の方に7つ8つの魔石が見えているだけだった。
「どうや?足りたやろ?」
後ろからメグの声がした。
「何言ってるの、ギリギリじゃないか!
数えるくらいしか残ってないんだよ?」
なんか腹が立って僕はそんな風に言い返す。
「ほーう?
幾つ残った言うんや?」
「7つかな」
「そんだけ残りよったら上等や。
渡り初め、行くでえ」
渡り初め!?
「早く渡ってみよう!」
現金なやっちゃ、とかメグが言ったような気がしたけど、僕には聞こえてなかったよ。
橋を渡ったらその日はもう野営。
夕飯後に、僕は不思議に思っていることを聞いてみた。
「ねえ。どうして魔法を使うと何にもないところから石が出て来たり、掘った穴の土なんかが消えたりするんだろ?」
「なんや、そないなこと気にしとったんか?
魔法言うたらそう言うもんやで、悩んだらあかん。
そこに疑問を持ちよったら、折角でけてることがでけんようなってまうんや。
よう考えてみい、出来るんのとでけんの、どっちが便利や?」
そりゃ、使えた方が便利に決まってる。
「あたしたちは生まれた時から、あんな派手なのじゃないけど、目にしてるからね。
タケオはこの頃だもの、しょうがないよ。
でもメグの言う通り、変だなんて思っちゃったら使えなくなるかもだから」
そう言う割り切りが大事ってことなんだろう。
翌日は魔石狩りから始まり、道を作りながらの移動となった。
ゼーゼルはメグの生まれた場所だと言っていた。
ここから見える入江に作業小屋が見える。
その奥、小さな山があるのは……
「あれって島?」
「ほんの小島やで。人は住んどらんけど周りはええ漁場や。
ウチの親も漁でよう通っとったらしい」
「メグの住んでた家ってまだあるの?」
「どうやろなあ?
もう10年に近いよって。
場所は入江の向こう側や、道から外れとるよってここからは見えん」
そんな突き離すような口調に、僕は家を見に行こうとは言い出せず、メグも寄るとは言わず、ゼーゼルは通り過ぎた。
夕方にはリョウシマチに入って宿を取った。小さな、30軒ほどしか建っていない村。
宿はこぢんまりしていて、食堂は付いてない。
て言うか飯屋がこの村にはなかった。
宿の庭先にコンロを出して野営と変わらない食事って、どうなんだよ!
「宿代も安いよってなあ。
だいたいが客なんて碌に来いへん小っさな村や、泊まれるだけめっけもんやて。
無理言うもんやない」
確かにベッドの寝心地はそこそこ、井戸の冷たい水は使い放題。
疲れは多少マシになったけど。
トレント材も貝の残りも、魔石狩りの副産物の毛皮に肉、牙ツノも全部ここで下ろす事ができた。
積荷を売って身軽になった荷馬車を曳いて、クルマはシーサウストを目指し帰り道を走り出す。
「どうや、橋から海、眺めて行かへん?」
メグの提案で橋の真ん中、一番高い場所でイブちゃんが停まる。
僕は降りた途端に足が竦んで動けなくなった。
なんでって。橋の両側がちょっと高いだけで、欄干がないんだから!
「なんや面倒いなあ。
そない細かい細工は魔力を喰うんやで?」
メグがぶつぶつ言いながら、両側に高さ1メートルの壁を追加してくれた。
散々道を整備したので帰りは速い。
夕方には岬に戻ってしまった。
ここでやっと落ち着いて、僕の槍の柄をなんとかすることになったんだ。
椎間板ヘルニア切除の手術を受けました
10/11辺りまで入院の予定です
暇に飽かせて書いた分を先行投稿中です
皆さまこんなことにならぬよう、腰にお気をつけください




