黒の森 狩
本日3話目♫
タクシーは黒の森を前に停まっていた。
昨日の出来事だが、ここへ出現した地点はカーナビの記録で分かっている。
クレアと一緒にもう少し調べてみようかと言うところ。
やや深いタイヤ跡が4つ、そこから2本の轍がやや浅く続く。
その辺りの草を刈ってみたが何も出なかった。
突然空中にタクシーが現れ、そこかそのまま前へ移動した。それだけだった。
休憩がてらクレアのメンバー情報の確認もしてみた。
Lvはギルドでベティに聞いた通り8に上がっていた。
HPが70、MPは25。
他にもいくつか項目が並んでいるが、聞き覚えのあるのはそれだけで、正直俺が見てもわからない。
槍術2、解体2、土魔法1。
俺が読み上げる数字をクレアが判定の紙と比較してみていく。
「イブちゃんの方が詳しいね。
こっちでヒットポイントってのがHPなんだね。同じ数字が書いてある。
でマジックポイントがMPだ……
敏捷って23のはどれ?AGI?
あとは体力か。32になってるけど。
そっちではPSTか。
土魔法1って言うけどまだあたし、全然使えないんだよ?
手引き読んで、その通りに練習してるのにさ?」
「詳しくても何だか分からないんじゃしょうがないだろ」
「それもそうか。
じゃあ森に進入して見る?」
そんなやりとりがあった。
昨日薬草採取で入った所から更に100mくらい奥へ。
カーナビモニターで見る限り大きな段差はないようだ。
倒木などの障害物はそばまで行かないと分からない。
俺が窓を開けたまま進む横を、クレアが槍を構え付いて来る。
前方でごく小さい反応が左右に開くように動く。小動物が俺たちを避けているのか?
カーナビ索敵画面の2時方向に反応が現れた。
「前方右に何かいるらしいぞ」
「わかったわ」
少し進んでカーナビを見ると反応は右に逸れて行く。
と。
動きがあった。
「左前方から大きいのが来る。
別のやつだ。
動きが早い。
どうやら俺たちの少し前を横切るようだ」
「分かった」
クレアは全身を耳にして備える。
直ぐに、何かが向かって来る振動と、枝を突き抜ける物音が聞こえて来る。
クレアは足を止めて槍を低く構えた。
突然大きな木々の下草に混じるように生える灌木を、根こそぎ吹き飛ばし飛び散る土塊の向こうから現れたのは、黄色い鱗に覆われたずんぐりした4つ足。
鱗と長いトカゲの尾がなければ猪だと思ったろう。
足のつき方が下向きでトカゲっぽくない。
「あれは……たしか、ファットリザード!
槍も剣も効かないって聞いた」
デブトカゲねえ。確かに硬そうだ。
ファットリザードは自分より大きなタクシーを見て、ビクッと首を上げ足を止めた。
位置はタクシーの左前方、クレアは身体半分が車体の陰になる。
体長2m弱、体高は1m近い。
俺は急いでカーナビの地図画面を呼び出し、トカゲを拡大した。
前足の付け根、人間なら脇に当たる辺りが弱点らしい。
クレアにそう伝えている間に、デブトカゲはタクシーに突進して来た。
「来るわ!」
クレアの声に慌ててそちらを見ると、助手席の窓ガラスに白っぽい大きなものが一瞬貼り付いたように見えた。
タクシーが大きく揺れて、その白いものが向こう側へ弾け飛ぶ。
空中で捻る体で分かったが、白いのは腹側の色だった。
飛んだ先には大木の根が固まって地表に瘤を作っていた。
一度バウンドして足が地につくと黄色い姿に戻る。
頭をブンブン振って正気に戻ったようで、バタバタと足を踏み換えこちらへ向き直った。
そのまま左へ、タクシーの後方へ回り込む動きを見せた。
弾かれ、硬い木の根に叩きつけられたと言うのに、ダメージを受けた様子はない。
相当にタフな奴だ。
クレアがクルマの後ろを回り対峙する。
ファットリザードは尚も周り込みながらクレアに接近していく。
突進するトカゲをクレアが敏捷に躱す。
すり抜けざまに槍で脇を狙おうと言う所だが、器用に足を踏み換え体を振ると、その影から太い尾がクレアを襲う。
鞭のようにしなう尾の先端からクレアは、辛うじて飛び退くように逃れた。
トカゲはそのまま一回転して鼻先をクレアに向ける。
槍を繰り出すには間合いが遠い。
クレアはタクシーに近づくように位置を変え始めた。
車体を利用してファットリザードの動きを制限したいようだ。
遠間から槍で牽制しつつ退がる。
それに対して突っかける動きから、身体を回転させての尾による攻撃で返して来る。
そうして槍で突いたり叩いたり、牽制を繰り返すうちにファットリザードの振り回す尾がタクシーの外板を叩いた。
タクシーが軽く揺れるのと同時に、ファットリザードが跳ね返されるように吹っ飛んだ。
頭から草地に突き立つように落ちるファットリザードにクレアが追い縋る。
鱗に覆われた強固な防御を誇るファットリザードだが、2度も手荒な着地を果たしては相当のダメージを負ったのだろう。
モタモタと足を縺れさせるうちにクレアが追い付いた。
クレアには弱点らしい脇を狙ういとまさえあった。
クレアが突きを放つ。
他と比べて薄いとは言え、ファットリザードの堅牢な鱗は1度では通らない。
まだ思うように動けずにいるのをいいことに、3度目の突きが深々と肉を抉った。
そのまま柄を抉るようにクレアが槍を押し込むと、穂先は肋骨を抜け肺に達した。
ファットリザードが口から血を吐き、余りに暴れるので、クレアは持っていられず槍を手放した。
それが断末魔だったのだろう、ファットリザードは暫し藻搔いた後、パタリと事切れた。
仕留めてしまった。
明らかな格上だろうに、タクシーの援護があったとはいえこれは快挙だろう。
ふとカーナビを見るとアビリティの追加が出ている。
「何だ?
またおかしな機能が追加になるのか?」
そういえばジャンプとやらはまた選べるのか?
使いたいかと言われれば微妙なのだが。
メニューからメンバー情報を辿ると
クレア Lv10
イブちゃん Lv3
とある。
クレアのレベルは二つ上がった。
HPが90、MPは35
敏捷AGI 27 体力PST 38
槍術3、解体3、土魔法2
タクシーは一つ上がっている。
ここでアビリティの追加ということらしい。
追加する項目に書かれているのは
ジャンプとクレーン。
クレーンと言うと向こうでは、長い腕の先から下ろすワイヤーで重量物を吊り上げる機械だ。
どのくらい持ち上げられるかは書かれてないが、大物の血抜きには丁度良いかもしれない。
前回のタイヤ径の変更もそうだが、大物を倒したこの時に、その処理に役立つようなアビリティ。
何だか恣意的なものを感じないか?
「都合が良くて何が悪いのよ?
早く血抜きしないと肉が臭くなるんだけど!」
あれ?血抜きって口に出てたのか?
俺の考え事はクレアによって断ち切られた。
クレーンを選択して、タクシーの項目を開いた。
そこには
HP1300
柔走行2 防御結界2 タイヤ径変更1 クレーン1
と書かれていた。
HPが1300という事は多分大概の攻撃に耐えるんだろう。そこに防御結界。
当たって来たものを弾き飛ばしてくれる機能のことだと思うが、防御特化って感じだな。
戦闘に参加しない俺としては、タクシーから降りなければ安全ってことだ。
さて、クレアが怒り出さないうちにクレーンを使って見るか。
使い方なんてメニューにも無いようなので、モンスター情報と同じようにカーナビで現在位置を拡大表示して見る。
ファットリザードの死体がポリゴン表示されている。
吊るならここだろうと言うことで尾の中間辺りを指で突いて見た。
ピコンとミニメニューが出て
情報
クレーン
とあるのでクレーンを選択すると
1点吊り
2点吊り
3点吊り
4点吊り
と出た。
尻尾でぶら下げたいので1点吊りを選択。
吊り上げ箇所の指定 と出て突いた尾の中間に赤い⭕️が付いている。
赤丸をチョンと突くと
「吊り上げを開始します。
操作は十字パッドで行ってください」
とメッセージ。
画面下にゲームで使うコントローラーでよく見る上下左右のボタンと、その横に「吊り上げ」、「停止」、「吊り下ろし」、「終了」と書かれた4つのボタンが現れた。
「ここまでゲーム感覚でいいんだろうか?
クレア。血抜きするんだろ?
獲物を吊るから」
「吊る?何をする気?」
構わず吊り上げを押して見る。
窓の外ではユックリとデブトカゲが逆立ちで持ち上がっていく。
クレーンって持ち上げる対象のものが遠いと、負けて自分がひっくり返るんだがこの場合はどうなんだ?
疑問が過ぎるが特に警告などなかった。
クルマは頑丈だとHPが言ってるし、ものは試しか。
唖然と見ていたはずのクレアが手を挙げたので「停止」を押す。
周りを一周して何か確認した後、上へ手を振った。 「吊り上げ」だな。
ファットリザードはどんどん持ち上がっていく。
前足が地面を離れた所で警告が出た。
「最大吊り上げ荷重150kg」だそうだ。
首が地面で大きく曲がって、頚動脈が隠れている。
「ねえ!どうしたの?
もう少し上げてよ!」
「重量一杯だってよ。
もう上がらないみたいだ」
「この曲がった所を切りたいんだけど!」
まあそうだろうな。
「ちょっと離れてろ。横に移動してみる」
ええと。右に引きずれば首は横に曲がるかな?
やって見るとトカゲの体全体がグルッと回ってしまって、首の曲がる向きは変わらない。
コリャいかんな。クレアに押さえてろってわけにもいくまい。
体重の軽いクレアじゃ振り回されそうだ。どうするかな……
思いついてボンネットを開け、収納からロープを取り出した。
ちょっと短いか?
トカゲを近くに引き寄せよう。
運転席に戻って下矢印ボタンでズルズル引き寄せる。
ロープをタイヤの下側に回し、結ぶとトカゲの右前足にガッチリと縛り付けた。
これで離す方向に動かせば、ロープが張ってトカゲの体の向きは固定される。
うまく行った。ええと、前に倒れた首を後ろ向きにしたいんだよな?
一回横向きに回したいんだが、向きを固定するのにロープで引っ張ってるから……
ええい!
このまま右へ引いていけば首は嫌でも仰反るさ!
もう、なんかヤケクソって感じだが、右に引くとトカゲの鼻先が地面に刺さる。
そのまま引くとそこが引っかかっているので、体が傾いでいく。
更に引っ張る。グラン!
首は無事に上を向いた。
「どうだ!?」
「結構面倒だったね!
あとは任せて!」
あ。血抜きするんだよな?
「ちょっと待て!穴を掘ってやる!」
スコップをスペアタイヤの横から取り出そうと、バックドアを開け中に屈み込んだ時だった。
「穴はあたしが掘ったからもういいよ!」
何だと?
行って見ると少し大きいくらいの穴がすでに近くにあった。
が。
掘り上げた土はいずこ?
「土魔法!
この子のおかげで使えるようになったよ!」
「ああ!土魔法2か!」
「あれ?知ってた?」
「カーナビでクレアがレベル10になってたからな」
グロい話は割愛するが、硬い鱗のついた皮と100kgほどの肉、そしてもちろんいい金になりそうな魔石が手に入った。