ヤイズルへの移動
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本当にありがとうございます。
こちらのアクセスは不定期気味なんで返信、対応が遅れることも多いかと思いますが、頑張りますのでお付き合いください。
さて、記憶を無くし58年も若返ってしまった飯山健夫(元68歳)。
記憶にあるのは見かけ相当の子供の頃のこと。
ついこの間までコールタールを塗った木造校舎の小学校へ通っていたと思ったら、全く見知らぬ場所、親も兄弟もおらず、会う人といえば見慣れない髪の色目の色、尖った鼻。
御伽話に出て来る鬼のような面相ばかりにすっかり戸惑ってしまった。
それでも見知らぬ寝台で寝起きするうちは、靄がかかったように周囲をきちんと認識できていなかった。
それが幸いしたのだろう。
さしたる混乱もせず1日を過ごした。
タケオを連れ出したのは若い女2人。
名をクレアとメグと言った。
これは愛称と言うやつで別にもっと長い名前をそれぞれ持っているらしい、がここではこれでいいだろう。
・ ・ ・
メグと名乗った黒ずくめ関西弁のお姉さんは、大きな鍔の帽子をかぶっているせいで僕からも表情はよく見えない。
背丈が子供の僕とそう変わらず、なんだか親近感がある。
けどちょっと意地悪そうな印象だ。
クレアの方はというと、こんな背の高い女の人は見た事がない。
厳つい革鎧を着込んで、ゴツい革の編み上げ靴の足音が、なんだか怖い。
日に焼けた赤ら顔、ほっそりした顔立ちに尖った顎と鼻、濃い青の髪色、澄んだ水面を思わせる青の瞳、どこからどう見ても話で聞いた外国人だった。
もう夜というのに無理やりのように、ヘロンサムというおじさんのところから連れ出された。街の外の洞窟まで行って、停めた車で夜明かしだ。
翌朝、小型のコンロで干し肉と野草を煮て、あとは硬いパンと言う朝食だった。
正直に言うとコメじゃないなんて、なんだか味気ない朝ごはんだった。
それから車は移動を開始する。
クレアが運転席に、僕とメグは後ろの座席に並んで座る。
改めて腰掛ける椅子が思ったより柔らかい。
後ろの席もベルトを絞めるんだと、色は地味だがひどく丈夫そうな帯で、メグが僕の胸から腰に緩く掛けてカチャンと金具を嵌めた。
2人がイブちゃんと呼ぶ白い乗用車は見たこともない形で、うるさく響くはずのエンジン音がしない。
後ろに木製車輪の荷馬車を引いて静かに走る。
僕は自動車というと、濛々と黒煙を吐く音の喧しい貨物トラックと、ボンネットバスしか見たことがない。
けど、この車は道路が石壁みたいに平らなせいもあって、殆ど揺れない。
僕は田舎暮らしだったけど、裏路地でもない限り道沿いに必ずあった木の電信柱。
それが1本も見えないなんて初めてだ。
その事を2人に聞いてみたけど、電信柱がまず通じなかった。
これはいよいよとんでもないことになったんじゃ……
「あんた、タケオでええんやろな?」
どことなく不安そうなメグ。
「僕は飯山健夫。中野林村の小学4年生だよ」
「さよか、やっぱりタケオなんやな……
で、ウチやクレアのことはほんまに何一つ覚えてへんのんやな?」
「昨日初めて会ったでしょ?
お姉さんたちみたいな目や髪だって初めて見るよ?」
何やらお姉さん2人が顔を見合わせて首を振る。
街を出ると道の凸凹がひどくなって、車は揺れ出した。
それでもふわりふわりと言った感じで、こんな乗り心地って初めてだと思う。
時々出会う馬車の馬がおかしなことになっている。
聞くとメグが「いろいろ居るんやで」
とか言って教えてくれたけど、おかしいもんはおかしい。
大きな犬だったり、ムカデみたいなのだったりなんだもの。
やがてクルマは、ヤイズル街道という広い道に突き当たり、左に折れて南へ行く。
そこは左右に広い空き地のある大きな道路だった。
その街道では空き地の間の広い通路を穴を避けながら走っていたが、途中から全く揺れなくなる。
いきおい、車窓を流れる景色も早くなる。
その景色はといえば原野そのもの。
たまに細い分岐の向こうに村らしい屋根が見えるだけ。
こんな広い道が、ほとんど人のいない場所にあるなんて信じられない。
田舎だった中野林の郊外だってこんなじゃない。
もっと畑や田んぼが見えていたと思い出す。
「せやなあ。
道が広いんは王国の食糧を運ぶ大事な道路やからや。
今は秋も終わり、通行はえろ少のなっとるけどな。
両脇にあるんは緩衝帯言うて、魔物が現れたら早よ見えるようにや。
先に見えよったら討伐の準備がでけるし?
こんだけ広ければ何処ででも馬車の向き変えて、最悪は逃げ出せるやろ?」
そんな風にメグが教えてくれた。
お昼近くにやって来たヤイズルと言う港町には、2艘の大きな帆船が数本の柱を立て複雑に綱を張っている。
やはり帆を張る一本マストを立てた小舟は沢山見えたけど、あれは漁船か何かだろう。
あの大きさではそう多くの人は乗れない。
そんな港を左に、大きな倉庫群を右に見てクレアが街へと入って行く。
メグが隣で言うには、白く見える建物は石造りだそうだ。
防水にカベヌリノカイの粉を練って塗っているから白いらしい。
一軒の大きめの建物の前に車が止まる。
「着いたで。
ここは『海鳥のお宿』言うてな、ウチらよう利用させてもろとるんやで」
「今日も美味しいものいっぱい食べようね!」
「クレア、昼間から飲むんはあかんでえ?」
「分かってるわ!」
クレアは酒を飲むのか。
酒の席というのは余りいい思いがない。
僕の父さんは酒癖が悪くて、外で酒が入ると必ずと言っていいほど喧嘩騒ぎを起こしたんだ。
そうでなくても同じ話を繰り返して、こっちは聞き飽きてるっていうのに。
家で飲む晩酌だって無事では済まない。
何かしら飲んでるうちに機嫌が悪くなって、母さんと喧嘩が始まる。
そんなこともあって夕飯は早めに食べてしまい、僕は子供部屋に避難する。
けれどそう毎日上手く逃げられるわけでもない。
そんな日は目の前で繰り広げられる言い争いを聞きながらの、味気ない食事になってしまうんだ。
宿の食事は美味しかった。
どうかと思ったクレアが酒を頼まなかったせいもある。
「夜はしっかり飲まないと!」
なんて言ってたけど、できれば勘弁して欲しい。
僕は休んだ方がいいと部屋を一つ借りてくれて、お昼寝をさせて貰った。
疲れた気はしてなかったけど、寝台に上がって毛布を引き上げたらそのまま寝てしまった。




