仙者へロンサム
人物紹介 (本編はこの下にあります)
ヘロンサム 36歳 身長184cm(推定) グレンズールー3仙の末席
種無しの魔法を使う
グレンズールー高地一帯の農産物改良を領主から委託される立場にある
ヤスト、ニーラ、エンゾは部下
私は今年施術に回ったサーダリル、ファーストル、セカンダルの記録をラーラン区にある執務棟で整理していた。
私の術が3仙などと大仰な名で呼ばれる中で、最も早く村々の巡回を始め、その分早く終えるからだ。
こちらに籠ってもう5日になる。
3仙とは、
1に加糖。果実の収穫後、糖度を舌で分かるほど上げる魔法。
トレクトルが得意とする。
2に艶果実。収穫後に、果実・野菜の肌艶を増し、日持ちを4〜10日伸ばす魔法。
こちらはナンブロームが行う。
3に私、ヘロンサム。
行うは種消し。収穫の6〜10日前にかけると、種子が見えないくらい小さくなって、周囲の味も果肉と同じ様になる魔法である。
トレクトルとナンブロームはまだ3村を回って、出荷前処理におおわらわであろう。
種々の果実・野菜・穀類の収穫どきが重なり、各地から集まった商人の隊商馬車が、引きも切らずこのグレンズールーにも集まっている。
毎年のことながら、主生産地の3村ではどうなっていることやら。
「ヘロンサム様。
出仕途中で行き倒れらしき者がおり、見過ごすこともできず拾ってまいりました。控室を使わせていただきたいのですが」
「行き倒れだと?
他所では稀にあると聞くが、ここグレンズールーでか?
私も見に行こう」
「は。控室にて寝かせてあります」
うむうむ。先に救護、しかるのちに報告。
若いがヤストも道理を弁えるようになったか。
ヤストら従者用の控室はそう広い部屋ではないが、仮眠用のベッドがあり台所が近い。
廁は少し遠いが、水や食事の世話を焼くには最も適した場所と言える。
私は手周り品の入ったバッグを掴むと席を立った。
ヤストに続き入ると、黒髪の小柄な少年がベッドで丸くなっていた。身にあった衣類はまとって入るが、どうしてかチグハグな印象で、この辺りではあまり見ない衣服だ。
10歳くらいだろうか……
寒いのか背を丸め手足を縮め、息はあるようだが微動もしない。
私は額に手を当てた。
熱はない。ただ眠っているだけのように見える。
持って来たモノクルを掛け改めて見る。
そこには意識喪失という状態異常の表示があった。
毒や怪我は無いようだ。
今大勢の者がこの台地を訪れているが、それに紛れてここまで来たのだろうか。
だがこの有様は一体?
人攫いの類から逃れて来たのかも知れぬ。
保温の魔道具を足に置き、上掛けを掛けてやる。
そのまま執務に戻り、昼の休憩で控え室を覗く。
少年は上体を起こしぼんやりと天井を見ていた。
「坊主、起きたか?」
「誰だ?ここはどこだ?」
その口調は子供のものとは思えない、横柄とも取れる物言いだが、まだ混乱しているのだろう、そうへロンサムは考える。
「私はヘロンサム。
ここは私の執務棟の一つだ。ラーラン区にある。
おまえは攫われたのか?」
「攫われた?
待て待て、俺は魔道具屋で連れと買い物をしていて……そうだ、賊が俺たちの荷馬車を漁ってたんだ。
それでクレアが……
ううっ!頭がガンガンしやがる……」
賊?
魔道具屋というと、中心街で何か騒ぎがあったと聞いているが、その件に関わったのか?
「名は言えるか?」
「名前か、俺は……
あれ、なんだったか……?」
「思い出せない?
そうか…
腹は減っておらぬか?渇きはどうだ?」
「腹…減っている。水を先にもらえないか?」
水甕から汲んだ水を与え、作り置きのスープに細かく千切ったパンの粥を食べさせた。
それで力尽きたように眠ってしまった。
ヤストには街で聞き込みをするように言いつけた。配下のニーラとエンゾに行かせれば良い。
ヤストが時々隣に様子を見に行く気配を感じながら、私の記録整理は続いている。
ここ数年減り続けだった農産物の、
収量が回復傾向だと確認できて息を吐く。
ベニ酒の原料となるベニアオイの量が減少しているが、酒は他のもので穴埋めできる。
他にもこまごま心配はあるが、大きな問題にはならないだろう。
ふと窓を見上げるともう夕暮れが近い。
「ヤスト、様子はどうだ?」
「はい、先ほどはよく眠っておりました。
市中の警邏の者には、背格好の似た行方不明がないか聞いてもらっています。
今のところ成果はないようです」
ヤストによると、ニーナとエンゾは既に街中の聞き込みに出ているという。
東門と西門にある警邏詰所、街政棟に人攫いの被害者らしい者を保護した事、多くの商隊が出入りする今、怪しい者に目を光らせるよう要請したと報告を受けた。
その結果であるが、街にある商隊は9隊、大手商会の馬車5台から7台のものが3つ、あとは3台から5台の個人経営の寄せ集め、単独で集まったものも4台あると言う。
ここ2日の間に街を出た馬車は4台あった。
明らかに怪しい素振りを見せているものは重点警戒していると言うが、50に近い馬車とその乗員となると手が回らないのは明らかだ。
一つ気になる報告もあった。
東門近くの街路に、見慣れぬ型式の白い自走馬車が放置されていると言う。それも荷馬車を後ろに曳いているらしい。
これについても調査中とのことだった。
近所に住む賄い婦のキスカが、控え室の台所で夕飯の準備を始めたらしく、美味そうな匂いが漂って来た。
目ぼしい報告もそれ以上はないようなので、夕飯メニューの確認がてら客の様子を見に控え室へ。
少年はまだ眠っていた。
あまり騒がしいのもどうかと、執務室へ戻ると折りよくニーナとエンゾが聞き込みから戻って来た。
村で収穫物関連の聞き取りには慣れたエンゾだが勝手が違うのだろう、紙片を持つ仕草がややぎこちない。それでも報告はスラスラと言った。
「報告します。
人買いの噂のある馬車、盗賊の疑いのあるものが混じっておりましたが、警邏隊で調べたところでは今回の件に関わりありません。
その線では今のところ手がかりはありません。
白い自走馬車については、2日前に西門から入場しておりました。
ファーストル、セカンダルを経由してグレンズールーへ入っています。
小柄な年配者と背の高い革鎧の娘、小柄な魔法使い装束の娘の3人連れでした」
「小柄な年配?
子供は乗っていなかったか。
その3人とは連絡が取れるのか?」
「それが、魔道具店で窃盗らしい連中の襲撃があったらしいのです。
娘2人が大半を倒したところで逆襲に遭い攫われたらしいのですが、詳しいことはわかっていません。
警邏隊には報告を入れ調査依頼を掛けています」
先輩格のニーラが説明した。
他にこのグレンズールーで騒動は起きていない。今はこの線との関連を確かめるべきだろう。
攫われたというなら、他にも人攫いをやっていた可能性はある。
だが人攫いと言うなら、なぜ子供一人が路地に転がっていた?
年配者はともかくその娘2人は隷属させてしまえば高値がつくだろうから、それも頷ける。
子供もそれなりに高値で捌けるはずだ。
逃げ出したということだろうか?
私は2人を労うと、明日も警邏隊との連絡と聞き込みを指示して、夕食にする。
少年も起き出せるくらいには回復したようだが、無理をさせてもいけない。
記憶が戻った様子もない。
女性で近くに家のあるニーラは帰り、男2人はそれぞれの部屋へ一旦引き取った。
私は執務の続きをもう少し。
5日後に街政棟の講堂で報告せねばならない。
この台地の、グレンズールー他3村の食糧生産の実態を踏まえ、次年度以降の作付け計画を行う会議があるのだ。
2時間ほどの執務の後自室へ戻り、ベッドに潜り込もうと執務衣の腰紐を緩めた時だった。
ドンと突き上げるような衝撃、続いてそれと分かる爆発音。
慌てて窓へ駆け寄ると鎧戸を開ける。
右、左と見回し左側、街並みを照らし壁の際に赤い火柱が立っている。
唖然と見守る中その炎は上から押し潰されたように縮んで、一瞬の白煙と共にいつもの薄暗い夜の街の光景にとって変わる。
あれは何だったのか?
一瞬の静寂に幻だったのかと思い始めたが、そんな訳などある筈がない。
「北だ!急ぎ被害調査を!」
「5番隊!続け!」
2軒隣の警邏隊の駐屯所からどっと10数人の隊士が駆け出し、近所の家々からも人影がバラバラと溢れる。
街は昼中の喧騒を、あの火柱1本で取り戻したようだった。
とは言え見るべき火柱は空に既になく、周囲は夜間、家の窓から漏れる灯りに手燭がせいぜいだ。
野次馬どもの賑やかな話声はいくらもせず収まってしまう。
ヤストがエンゾを連れて警邏隊の後を追ったのは見えていた。
私は少年の様子を見つつ報告を待つとしよう。
執務衣の紐を締め直し私は階下へと降りた。
あの突き上げる衝撃と爆発音などどこ吹く風と、少年は何事もなかったかのように眠りこけていた。
安心するやら呆れるやら。
肌けた上掛けを直しテーブル脇の席に斜めに座る。
さてどうしたものか。
記憶のはっきりしない子供など、いつまでも抱えてはおれまい。
何か手掛かりが見つかるといいのだが…
キキキイィーーー!
劈くような高音と共に微かな地揺れ、続いてダムッと籠ったような打突音。
聞き慣れない音の連続に、何か嫌な予感が控え室を覆う。
「中におるもの、観念せいや!
ウチらに手出ししてタダぁ済むと思わんときや!」
威勢はいいが、声は高い。女の声か?
ドアがバンと音を立てて開く。
勢い余って壁に当たったノブが千切れるように飛んで、床をカラカラと転がった。
太い槍の穂先がヌッと戸口に覗く。
影が飛び込んできたかと思い惚けに取られ見ているだけ私の前に、小柄な革鎧戦士と黒づくめの魔女が立ち、詰め寄った。
魔女の方が寝ている少年に一目くれると私に向き直る。
革鎧は全く視線を切ることなく、私の喉元に槍の穂先をキッと突き付けている。
あまりの殺気立った様子に、私は指一本動かせず押し黙る。
「あんたら一体ウチらに何の用や?
言い訳は通用せんで?
あの倉庫は中のゴロツキごと吹き飛んだんや。
少々のもんが来たかて皆返り討ちや!」
魔女が脅すように吠えた。
私は静かな声音で語りかけるのみ。
「それは私が聞きたい。
そこに寝ている子供はうちの者が路地で拾ったのだ。
頭が痛むうえ、記憶もないらしいので寝かせていた」
「なんやて、子供?
タケオちゃうんかい、タケオの服着とるやないか、クレア見たって!」
槍を持った革鎧の女が、槍先を私に向けたまま少年に駆け寄る。
肌がけを片手でめくると黒髪が見え、クレアと呼ばれた革鎧が驚いたように身を起こす。
「タケオじゃない!
タケオの服を着たこの子は誰!?」
「なんやて?
ありゃ、黒い髪しとるなあ?
けどその服、靴かてそうや。
どう見たってタケオのもんやで、どないなってるんや」
革鎧が手のひらくらいの石板を胸当ての隠しから引き出し、指先でトントンとつつく。
「マップの反応は薄いけどこの子を指してるよ?
壊れちゃった?」
何かおかしなことになっているようだが、武器を構えられたままではこちらも落ち着かない。
「何か誤解があるようだ。私はグレンズールー3仙の一人、ヘロンサムと言うものだ。
聞き覚えはないだろうか?」
「へロンサムやって?
種消しかいな?」
良かった。私の名を聞き及んでいるらしい。
「そうだ。ここは私の執務棟だ。
部下が2人、さっきの爆発を確認に行っている。
その槍を下ろしてはくれまいか。
どうも落ち着かん」
果たして魔女は首をすくめ革鎧を振り向く。
「クレア」
魔女の呼びかけに応じ、革鎧が槍の石突きを床に立てた。
それを確かめ魔女は私を一瞥すると、少年の顔を覗き込んだ。
革鎧がそれを見ながら言った。
「あたしはクレア。そっちはメグよ。
タケオはあたしの恩人なんだ。
拐われたりしてどれだけ心配してるか」
語勢は静かだが、怒りを含んだ口調に私は気圧される心地がした。
「あの火柱はあなた達の仕業であるか?
火が押しつぶされる様に消えるのが見えた。
今あそこはどうなっている?
うちの者が見に行っているが危険はないのか?」
「それやったら大丈夫やで。
まとめて吹き飛ばすんは魔石使たけど、その後ウチの水魔法で飛んだ破片諸共地面に叩き伏せたよって。
壁で抑えたよって周りにもそれほど飛んどらんはずや。
破片と水で足元は悪いやろけど、それだけや」
メグと呼ばれた魔女が少年の寝台の脇に立ち、クレアと同じような小ぶりの石板を突きながら言った。
魔石を使って爆発させたって?
更にはあの高さの火柱。それを叩き伏せた?
それを成すとはどれ程の技量が要るのだ?
遠目にも分かるあの威力を、周囲に散らさずやってのけたと言うのか?
「ゴロツキと言っていたが何人居たのか?」
「あそこには7人いたよ。
タケオがいないのは分かってたから」
それは…
街でも襲撃を受けたと聞いたが、それほどの人数を集める組織がこの街にあったとは…
「一体狙いは何なのだ?
ぬしらには悪いがそれほどの規模でもない様だし、稼ぎも取り立てていい様に見えぬのだが」
「その辺はウチもさっぱりやで。
他よりはいくらか余計に稼げてる思うんやけど、言うたらそれだけやん。
あー、ウチら、イブちゃんのおかげで移動がちいと速いせいやろか?」
「鉱石を売ったから、目を付けられたのかなあ?」
「鉱石というと何を売ったのだ?」
「魔法陣用の銀鉱石や。
それと魔力で光る青っぽいやつもあったで。
店の買取で工房の加工料分、値が下がる言いよったから、見本に合わせて精錬したった。
買い切る量やなかったよって、残りは商業ギルドへ持ちこんだんや。
あれが悪かったんやろか?」
メグは受け答えしながらも、しきりに石板の表面を指で突いている。
一体何をしているのだろうか。
だが、なんだって?
「光魔鉱石を精錬した?
工房では大掛かりな魔道具を使ううえ、時間をかけて行うことだ。
見本に合わせ、手軽に行えることではない。
商業ギルドは特に品質確認は厳しいと聞いている……
そうか、その辺りが漏れたのであろうな……」
鉱石は滅多にあるものではない。
その採掘場所の情報となればそれなりの高値がつくだろう。
だが今何と言った?
店の見本に合わせて精錬だと?
あれは大きな工房にしかないうえ、高価な魔道具を用いて行うし、それなりの時間がかかるものだ。
店先で、しかも即興でやる様なことではない。
「光魔鉱石を精錬した?
工房では大掛かりな魔道具を使ううえ、時間もかけて行うことだ。
見本に合わせ、手軽に行えることではない。
商業ギルドは特に品質確認は厳しいと聞いている……
そうか、その辺りが漏れたのであろうな……」
しかしこの魔女、植物系特化の私ですら感じ取れる魔力量。
水魔法使いだと言っていたが、あの爆発からするに火力は相当なもの、錬金にまで規格外の能力を持つと言うのか?
「どうやら、このボン、タケオで間違いないようやで?
ほら、見てみ」
「あ。本当だ。オーナーってのはそのままだね……
あれ?10歳?
なんで?」
「そうなんよ、歳のとこだけおかしいねん。見た目通り言うたらそうなんやけど。
どないなってもうたんやろか」
「あ!タケオ、起きた?
あたしだよ、クレア!
ほら、メグもいるから!」
少年は上掛けの襟元を片手で捲り、怪訝な表情でこちらを見ている。
2人の顔を見ても特に再会を喜ぶような反応は窺えない。
混乱は続いているようだ。
だが私は、不安顔の2人にはまだ聞いておくことがある。
「ところでどうしてここが分かったのだ?
爆発のあった場所からは随分離れているのだが」
メグとクレアと名乗った少女2人が顔を見合わせる。
「それはちょっと。
ねえ…」




