盗賊ネストーク
人物紹介 (本編はこの下にあります)
クラレスティア・エストラック 40歳 身長174cm(推定) 裏組織、カラマクトの女首領 長剣使い
10数年前、領同士の小競り合いの時に、僅かな数で義勇軍を挙げ自領軍に味方し敵兵100余りを長剣1本で斬りまくって勝利に貢献した過去がある
カラマクトの元手はその褒賞金であり、中核は義勇軍メンバーが多い
現在は裏稼業で暗躍する事を生き甲斐している
ネストークの他千に近い手下を養う
街の北区画、とある穀物倉庫の木箱が積まれた一画がある。
そこへふらりと立ち寄ったかに見える男は、倉庫を管理する人足とも見える。
慣れた足取りで木箱の間を縫って、ふと立ち止まると胸ポケットから手帳をと取り出す。
何かページを捲っているが、それは周囲の気配を油断なく探る眼光を隠す為だ。
木箱で隠されるように地下への階段があった。
突き出た腹を捩じ込むように木箱をすり抜ける。
木枠に偽装された扉を押し込んで真っ暗な階段を降る。
突き当たりの扉の周囲から僅かな光が漏れて、地下に人がいることを示していた。
男は暗い足元を苦にする様子もなく降り切ると、扉を押し開けた。
「今日の荷は何だ?」
魔石灯の照らし出す大きなテーブルの向こうに、ただの倉庫番とは見えない巨体を黒服に包んだ男が立ち上がって聞いてくる。
部外者が迷い込んでも、倉庫の担当者が誰何している体だが、実は合言葉だ。
決まった言葉を返せなければ、この場で叩き伏せられることになる。
ここはグレンズールーの裏稼業を担う、カラマクトのアジトだった。
倉庫の一画は隠れ蓑、その実は道一本挟んで隣接する屋敷へ、地下道で繋がっている。
太った人足風体の男、ネストークは
「ファーストルの果物。セコンダルの野菜が少々だ」
ふんと鼻を鳴らし黒服が奥を指す。
表向き穀物倉庫だと言うのに、野菜だの果物だのと言う言種が気に入らない様子だ。
上が決めた合言葉の条件は地名プラス商品というものだったから。
「エストラック様が奥に居られる」とだけ言った。
両側に商品見本らしい大きな棚が並ぶ通路は、4人が並んで歩けるような広さがある。
左右の棚の上、天井付近に千鳥に配された灯りは10数個。
その奥に首領の部屋がある。
それの奥にもドアが幾つか見えたのをネストークは覚えていたが、先へ進んだことはない。
顔がおぼろに映るほど磨き込まれた床に、魔石灯の光が反射し目に刺さるようだ。
この床は石材だが一枚板だ。
一体どうすればこんな床を敷けるというのか、ネストークは毎度首を傾げるのだが、結論の出せないまま扉の前まで来てしまった。
商売柄、ネストークは気配に敏感な方だ。
毎度のこと、ドアの前に立つと中からは捻じ伏せるような強い気配が一つ。
何度味わっても身が竦む。
振り払うように一つ首を振るとノックをした。
「……入れ……」
分厚いギック材のドア越しによく通る声。
ネストークはドアを引き開け一礼する。
強烈な視圧に目を伏せたというのが正しいのだが、正面に斜に座っているのは30代とも見える女が一人だけ。
一見、場末の娼婦のような妖艶さだが、カラマクトではクラレスティア・エストラックとして知られている。
が、ネストークは緊張も露わに、震え混じりの報告を始めた。
「ファーストルの件、ロックゴーレムが討伐され、不通となっていた崖崩れは、馬車2台が並ぶほどの洞穴通路となってやした」
ネストークが言葉を切ると、機嫌が良いとは言えない声音が返る。
「で?」
「で、と言われやしても…」
「台地へ出入りしてる者は調べたんだろ?」
フッと苛立たしげな息遣いに続く声音は、鋭いが若い女の涼やかなものだ。
が、ネストークは俯いた肩をビクンと跳ね上げた。
揺れるはずのない魔石灯に、壁に落とす己の影が波打つように見えたのは気のせいだろうか?
ネストークは必死で集めた情報を繋ぎ合わせる。
この時期はどこも収穫、出荷・買い付けで多数の商隊が集まる。
確かに出入りの馬車は相当数あった。
その大半は馴染みのある商会のものだが、その傘下に集う零細行商の馬車も多い。
小さくとも名のある商会ならともかく、100を超える行商までなど覚え切れるはずもない。
「サズール商会とネッドスクル協議会に行商馬車が多く紛れてやす…
ただ、他にも聞いたことのない行商が多くおりやして…」
「確かに数は厄介だが、いつものことだろう?
それで?」
行商馬車は手下どもが街中を転げ回るように調べ回っている。
そんなことは承知だろう……
必死に詰め込んだ情報を引っ掻き回す。
「あ。
自走馬車が1台……
乗り手は若い娘っ子2人とジジイが1人…
見たことのない型で、白いのっぺりした自走馬車がヒラ車台の荷馬車を引いているとか…」
そこまで聞いて女は
「見慣れぬ白い自走馬車…… 。
たしか…エンスローのギルドで……元サブマスの…デマホーと一悶着あったと聞いたね。
なんとかしな…」
呟くように言ってクイと顎をしゃくった。
・ ・ ・
ネストークが、手練の魔術師3人を含む17人で魔道具店の前に停まる自走馬車を取り囲んだのは、報告してから6日目の午後のことだ。
この自走馬車はセコンダルでもひと騒動やらかし、西門でエンテプテラとロックリザードで門番の度肝を抜いた。
その後2日程行方が知れなかったが、今日になってグレンズールーにまた現れたわけだ。
聞いた通りの白い艶やかな小さな車輪のついた自走馬車。
見たことのない型に水平に走る手幅ほどの青いライン。
屋根には丸く黄色ものが、ポツンと載っていて何やら複雑な紋様が描かれていた。
ガラスらしい四方の窓からは車内が見える。
自走馬車の内部は、粗方が乗員のための空間になっているというのは同じなようで、中に人影はない。
後ろに繋がった綱のようなものもなく鎮座する平荷馬車は、帆布を平らに張ってある。さして荷があるようには見えないが、前方に平らに並べたものを押さえているらしい。
その荷には興味があったが、今は3人の乗り手の確保だ。
エンプテラなどどうやって落としたのか知らんが、一行は明らかに尋常の者ではない。
Bランク、あるいはそれ以上。
店内に影を放って配置に付ける。
狙うのは出掛けだ。
ここの通路は薄暗い廊下がやや長く、外へ出たところでこの時間なら眩しい陽が正面に来る。
出口付近に半数、陽光を背に魔術師の斉射、一気に拘束する手筈だ。
外へ配置した中の何人かが、荷馬車の荷に興味を惹かれたのか、帆布に手を掛けた。
そこから事態は急激に動く。
廊下に伏せた者の合図で身構える間もなく革鎧の娘が飛び出して来た。
荷馬車に取り付いた手下に詰め寄ったのだ。
大慌てで魔術師が詠唱を始め、周囲の男たちがわあわあと騒ぎ立て時間を稼ぐ。
急なことだったがこの連携は上手くいって、3人掛りの瀑布を受けた革鎧は街路に沈んだ。
音を立てないよう、周囲に騒ぎを知られないよう制圧するには、魔術にも3人の連携が必要なのだ。
そこへ大量の水が出口から溢れる。
中に混じって転がるのはうちの手下か。黒服の魔術らしい。
伏兵に置いたやつが3人見分けられた。
中にはあと5人置いたはず……
そいつらはどうなった?
しばらくすると伏せておいた手下が、黒服の娘と軽装の爺さんを担いで出口に現れた。
「女は魔術師ですぜ。水魔法で3人流されやした」
「ああ。そこに転がってるよ。
ジジイの方は?」
「やっぱりただのジジイでやすね。
なあんにもできず、マゴついてるだけでやしたから、とんだ拍子抜けで」
どの情報でも、ジジイが役立たずだってのは知れたことだ。
そのセリフに驚きはない。
「そうか。ふん縛ったら引き上げるぞ」
そこからの手下どもの動きは速い。
伊達にグレンズールーで裏稼業を張っているわけではないのだ。
この騒ぎで衛兵どもが集まって来るのは皆承知の上。
当然だが攫った者の移送用馬車は待機させてるし、散り散りに逃げるのもこちらに怪我人が少ないので問題はない。
全ては予定通りと言って良いだろう。
馬車は数本先で左へ折れ、狭い路地を進む。
ジジイは金にはならないので、その路地に捨てた。
途中衛兵隊に呼び止められ、娘たちは穀物袋に隠しやり過ごす。
程なくネストークの乗る馬車は娘2人を確保し、カラマクトの本拠へと戻った。
・ ・ ・
攫った娘たちは薬を嗅がせた上で魔術具の両手錠を後ろ手に、頭には周囲が見えないよう袋を被せ、鉄格子の牢に放り込んだ。
半日は目覚めないだろう。
その上で見張りもドア1枚隔ててはいるが2人置かせた。
そうしておいてネストークは、首領の元へ報告へ向かう。
入り口の番人は似た体格の先日とは別の黒ずくめだった。
奥に待つのは女首領エストラック。
そもそもあの崖崩れのロックゴーレムは、裏稼業組織カラマクトが仕掛けたものだ。
グレンズールー台地の農産物はこの辺りでは希少なもの。
今までも高値が付き多くの商会行商が集まる。
東への輸送ルートが潰れ、息のかかった西へのみの輸送となれば、カラマクトへの上納も跳ね上がる、そんな見込みのもと首領が命じたものだった。
それを収穫時期に差し掛かったあたりで、解消してしまった自走馬車一行に首領の鉄槌が降ったというのが今回の顛末。
武闘派下部組織を預かるネストークとしても、命令を無事に遂行できホッとした。
相変わらずの威圧感が、分厚いドア越しにも感じられる。
首領は相当に不機嫌だということか…
だがネストークの記憶に、首領の機嫌が良かったなど只の1度もない。
あれで他領組織との抗争となれば、押し出した手下の間を縫って、敵陣に飛び込む果敢さを見せるのだ。
それがこの部屋に独りでいられる理由……
まあ、文句を言える奴はいない。
「ネストークです」
「…入れ……」
重い扉を押し開けるといつものように、高い背もたれに斜めに座る妖艶な女。
またしても言い知れぬ眼圧を感じ、床に目を伏せる、と同時に頭を垂れる。
余りの圧に首をも保ってはいられないのだ。
間を持てずそのままネストークは報告を始める。
「白い自走馬車の乗り組み3人を襲撃、拉致しやした。
娘2人にジジイが1人、情報通りです。
娘は地下牢で眠ってやす。
ジジイの方は事前の調べで役立たず、あの襲撃にもウロウロするだけでやしたので、路地へ放り出して来やした」
「……放り出した?
生きてるのか?」
ネストークはその言葉に、一気に青ざめる。
「……へ、……へい…」
やっとそれだけ絞り出す。
俺は何か失態を犯したのか!?
長い間が、だらだらと汗を流すネストークを押し潰す。
恐る恐る顔を僅かにあげ、上目で首領の顔を窺う。
艶かしい脚が分厚い執務机の天板に一本現れた。
首領は右手に体を向けていた。
その視線の先にあるのはアクトベル王国全図。
微かにムフゥと吐息が漏れた。
思わず知らずネストークは顔を上げていた。
こんな状況というのに、屈めた腰のままその横顔に見惚れている自分に気づく。
先程聞こえた微かな吐息が、何を意味するのかは分からない。
機嫌が悪そうには見えねえんだが……
「目が覚めるのはいつ?」
「あ……あと2時間くらいと思いやす…」
「そうかい…」
首領はシッシとでも言うように手を振った。
「その頃になったら見に行くとしよう」
立ち上がると奥の扉の暗い向こうへと消えた。
「あそこに扉があったのか……」
エストークは一つ首を振るともと来た通路を戻り出した。
・ ・ ・
夜。
ネストークは執務を切り上げて、地下牢へ通じる偽装梱包材の脇に立っていた。
カツカツとヒールの音を鳴らし、スレンダーな女の黒いシルエットが近づいて来る。
足元に纏いつくスカートが揺れる。
濃いが明るめの青と言った無地のドレス、飾り気などは全くない。
遠征の時もこの格好だったなと、ネストークは思い出していた。
「何?そんなところで何してるの」
口調は柔らかいが脛から震えが登って来るこの感覚は、執務室で何度もあったもの。
「お待ちしてやした。
中には手下が2人見張りしてやす」
フン、と軽い息でネストークが体を寄せ開けた通路を、地下へ続く階段を降りていく。
降りた階段下の石造りの、廊下に転がる簡易テーブルと2客の椅子。
檻とは逆の壁に寄りかかる2人の男を、上にポツンと照らす魔石灯。
右に並ぶ鉄格子の列、その奥は影が濃く見通せない。一見何があった様子もないのだが、はて、妙に静かだった。




