襲撃
39話 浮浪児メグ
重複投稿とのご指摘ありがとうございます
差し替え致しました
人物紹介 (本編はこの下にあります)
ヘロンサム 36歳 身長184cm(推定) グレンズールー3仙の末席
種無しの魔法を使う
グレンズールー高地一帯の農産物改良を領主から委託される立場にある
ヤスト、ニーラ、エンゾは部下
グレンズールー郊外の石碑を見るために寄った広場は、元石切場らしかった。
そこにある洞窟は浅いが、クレアが奥に空洞があると言い出した。
洞窟の中に車道を作ってしまっていいのかとも思うが、俺たちの防御の要はタクシーだ。
現地の魔法少女は気にした様子もない。
天井を抉り、地下水路に蓋をし、新規のトンネルを拵えて岩壁、天井がぼんやり光る洞窟を進んで行く。
地下水路が滝になって落ちているところまで確認し、俺たちは分岐箇所へ引き返した。
クレアが近間に気配3つと言っていた。
水路は急な登り勾配で、あちこちに飛沫が上がっているのがここからも分かる。
相変わらず洞窟内は光源に不自由がない。
なぜか岩や苔などが見えるのだ。
が岩の色は一様に黒っぽい。
「ここの岩ってみんな同じなんやろか?」
メグが言い出して、改めて魔石灯で表面を観察してみた。
そこには汚れているがグレンズールーで見た白、茶、緑の岩が見て取れることから、あの石材はこのテルクラフト山の岩盤に由来するらしいと分かる。
「何か違うのもあるよ。
向こうのほうかな?」
クレアが言い出す。土魔法には違った景色が見えているんだろう。
それは10数歩先。
手を岩壁でなぞるように進んでいって、壁に両手を当てる。
ボコッと音がして岩が円錐形に抜け出て来た。
クレアの手振りに従うように下へ下ろされた岩塊、壁だった円盤を下に突き立つ細い円錐の、その先端に鈍い銀光を放つ石があった。
クレアは銀色の石を無造作に右手でもぎ取るとメグに放る。それは握り拳ほどもあって、メグが受けて重そうにしている。
「この辺にいっぱいあるよ、もっと採る?」
「これ魔銀とちゃうか?
取れるんやったらええ金になるで」
「店で買った魔法陣にできるのは3割くらいかな?
針金の材料も混じってるね」
「そないなことまで分かるんかい?」
メグが石をポーチに入れながらそう返す。
「うん。まあ大体だけど。
じゃあ少し集めちゃうね」
それからクレアは30数本の円錐を抜き出し、魔銀を含むという鉱石を採取した。
抜いた円錐の長さは最大で1メートル少々、それより奥は見えていても引き抜けないらしい。
「あたしに届く辺りのは大体採ったよ」
そこで俺はメグのポーチがおかしいと気がついた。
銀の鉱石1個でも重そうにしていたのに、メグの足元に鉱石はない。
ポーチに入れていたように見えるのに、メグは重そうな様子すら見せない。
鉱石はどこへ行ったのか。
採取を終えてメグはバックドアを開け、床にゴロゴロと銀鉱石を転がし出す。タクシーのタイヤが幾分か沈むほどの重量。
沈み方から見て大人2人分に近いだろう。俺は堪り兼ねてメグに聞いた。
「そのポーチ、どうなってるんだ?」
「ポーチやら、これのことなん?
言うとらんかったやろか、これ、師匠に貰たマジックバッグやねん。
量は少うても大概のもんが入るでえ?」
「タケオ知らなかったの?
メグちゃんよく杖をあれに仕舞ってるじゃない?」
そうだったか?気が付かんかった……
場都合が悪いんで、もう一つ気になってたことを言ってしまおう。
「なあ、この洞窟が妙に明るいのって、何が光ってるんだ?」
「へ?」
メグはそう一声出しクレアを見る。
クレアもコテンと首を傾げる。
いや、洞窟が明るいっておかしいだろ。何で今気づいたみたいになってんだよ!
すぐに何か思いついたのか、クレアが手のひらを壁に当てる。
ペタペタと何箇所か触って、
「あ。これかな、お店に青い巻線があったでしょ。
あれと同じ小っちゃい粒がところどころに集まってる。
それが光ってるね、多分だけど。
んー、ちょっと待ってね」
クレアが両手で壁を覆う。
指の間の壁がボウッと光った。
壁の表面がそのまま浮き出す。
クレアの手に張り付くように、光を強める薄い板が壁から剥離する。色は青に近い。
「やっぱりこれだね。
ほら、魔力に反応して光ってる!」
「それってようさんあるんか?」
「どうだろね?
洞窟中集めればかなりの量になると思うけど、集めるのは大変かなあ。
小っちゃい粒が、岩の表面のそこら中にある感じだから。
それに全部刮げちゃうと真っ暗になると思う」
「さよか。ならしゃあないわ」
実にあっさりとした2人の反応。
やれやれ。
洞窟を遡るに連れ地下水路の水量は減っていく。
そんな中、地下水路の底も光って見える場所があった。
「なあクレア、水路の底の粒は集められるか?
あれなら採ってしまっても暗くならないだろ」
「水路の底?」
水路をジッと見てハッとしたように周囲を見回すクレア。
「下の方が多い感じ!
この辺でも岩のくぼみに溜まって、固まったって言うか」
「この辺言うてもウチらが道にしてもうたで?」
「うん、道に使っちゃった分はちょっと手に余るね。
でも混ざりきってないのがまだ塊で残ってる。
水路の底は止しとこうよ、だってあれ、綺麗だもん」
「てことは道を作る前の方が集めやすいってことかいな。
まあだ先があるよって、採取してみよか?」
メグとクレアが2人で先行採取、戻って道の延長という段取りだが、俺はタクシーで留守番だ。
気を付けろよと送り出し、先行した2人の影が小さくなったころで動きが見える。何かと戦っているような動きだ。
もうなんか出て来たのか?
相手の姿は見えないがクレアが振り回す槍が辛うじて見える。
それほどかからず始末を終えたと見え2人が戻って来た。
「ダークバットだよ。
もうちょっと先まで行きたかったのに、せっかちだよね!」
「ええやん。ウチはもう重なっとったんや。
あそこまで道伸ばしてイブちゃんに積んでまおやない」
そう言ってメグはタクシーの荷台にゴロゴロと鉱石を出して積む。
またズシッと重みが加わった。
「また随分採ってきたな?
タクシーのバネがヘタリそうだ。
後の分は馬車に積んでくれねえか?」
「えー?
イブちゃん、まだ頑張れるよねー?」
「いや、本当に勘弁しろよ。
もう限界に近いぞ。戻らんくなったら乗り心地悪いから!」
「さよか。
ならクレア。荷馬車の前っ側、捲ったってんか?
積み替えたる」
メグが水網で鉱石を掬って、荷馬車の前あおり越しに荷台へ転がす。
クレアが、支柱用の木材で転がり出ないように囲いを作る。
「これでまだまだ積めるね!」
どんだけ採るつもりだよ!と俺は思ったね。
嬉々として道を延長するメグとクレア。
今回は短く50m程。
道の先には5匹のダークバットと光る鉱石が一山あった。
早速解体が始まり、荷馬車に積み上げられる。
そんな調子で洞窟の突き当たりまで、採取と道作りは進んで行った。
滝への分岐を入れれば総延長で5km程だ。
「魔銀鉱石も、光る鉱石も時間をかければまだ採れそうだね。
お金がなくなったらまた来よう!」
「道も整備してしまったし、採取ができるのはお前たち2人くらいだろう。
いいんじゃないか?」
突き当たりの岩を大きく抉って、転回場所を作る。
いや、タクシーと荷馬車は別々に向きを変えたから、そんなに広くはしてないぞ?
・ ・ ・
宿で一晩泊まり翌日のことだ。
冒険者ギルドでサンショウウオモドキとダークバットを売る。
次は昨日の魔道具屋へ。
「こんにちは。魔銀と光る鉱石を採って来たよ。
買い取り出来る?」
「あら、昨日のお客さんじゃないか。
何を採って来たって?」
見本の鉱石をカウンターに幾つか置くと、店員は片眼鏡で覗き込む。
「あれってデマホーが使ってたモノクルか?
鑑定ができるとか言ってたやつ」
「そうだと思うよ」
「ええ、鑑定モノクルです。
この鉱石は一つ80ギルといったところでしょうか?
精錬のため専門の工房に出すので、その費用分どうしても安くなります」
「精錬ですか?そのくらいこちらでやりますよ?
見本を見せて下さい」
どこが引っかかったのか、メグが割り込んだ。
他所行きモードでは珍しく強い口調だ。
店員は気圧されたように、魔法陣円板の材料となる金属塊、銀の棒材、青と銀色の巻線をカウンターに並べる。
クレアがそれを一つ一つ確かめるように手に取り、見本に合わせて持ち込んだ鉱石からそれぞれの金属を分けてしまった。
「どうです?
鉱石はまだ沢山あります」
結局鉱石はついでとばかりに全て精製を終わらせ、3割ほどを店に卸した。
金額はキリ良く8千ギル。
残りは商業ギルドへ持ち込んで1万7千ギル。
思わぬ稼ぎにメグはホクホク顔でタクシーに乗り込んだ。
商業ギルドで改めて魔道具店を聞き出し、そちらへ向かう。
そこは大きな魔道具店だった。
窓の少ない屋内だが魔石灯がいくつも壁にあって、商品を見るのに不自由はない。
ヤイズルでも見たが家電量販店並みとまではいかないが広い店内、さまざまな品揃え。
だがタクシーと後ろに引く荷馬車では運べる量に限りがある。
大型の物はいくら便利そうだからと言ってそうそう買えない。
幾つも冷やかしで見て行く、その中でメグ、クレアが目に留めたのは、子供プールのような風呂桶だ。
どう言う仕掛けか折り畳みができる。
この頃の話だが、タクシーのバックドアを開いていると、その下まで防御結界が広がることが分かっている。
あとは目隠しだけ回せば、外でも風呂が使えるとはしゃぐメグ。
お湯は自前の水魔法でなんとでもなるからだ。
浴槽のサイズをどうしようかと盛り上がる。
その時だった。
タクシーと荷馬車の俯瞰の映像が頭に浮かぶ。
「なんやこれ?」「なんかトラブルだよ!」
そうだ、これはエンスローでタクシーが襲われた時と同じ!
男が3人、タクシーではなく荷馬車の覆いを捲っている。
前の方に荷締めのロープや支柱を積んでいて、覆いの帆布が盛り上がっているのが興味を引いたらしい。
雨曝しの荷馬車に貴重品など積んでいないと言うのに。
「荷馬車、漁っとるやん!」
メグが喚く頃には、クレアはもう出口へ向け駆け出していた。
俺は遅れて駆け出すメグの更に後を追った。
映像はまだ頭の中で映っている。
緑がかった石の建物から、クレアらしい革帽子が飛び出すと両手を振り回し、荷馬車に群がる男たちに何か言っている。
出口の方からその声が聞こえた。
盗みを咎めているらしい。
が、そこまでだった。
左右の歩道から何かが飛び、一瞬にクレアの動きが止まる。
俺のずいぶん先、もう出口に差し掛かる辺りでメグが立ち止まるのが見えた。
短い木の杖を腰のポーチから出している。
メグも同じ映像を見たのだろう、攻撃態勢だ。
その背後に人影?
思った瞬間、メグが頽れた。
なんだ?
何が起きている?
俺がそんなことを思いながら惰性で数歩進むうちに、首に回される腕、口を塞ぐ布地、暗くなる廊下……
・
・
・
・
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・
深い深い水の底。
日の光は届かず暗く寒い。
手足が重い。首すらも動かず、辛うじて手指が少し。
顔に当たる光に驚く。
周りに空気の泡を纏って浮上するような、ぼんやりした光に向かって昇って行くような……
瞼の向こうに光を感じる。
ゆっくりと目を開けるが、なかなか開かない。
薄目に開いた視界のピントが合っていないのか、ぼやけた灰色の格子状の影が
……
「坊主、起きたか?」
誰の声だ?ここは?
目の焦点が合って来た。どこか木造の大広間らしい。天井が異様に高い。
「誰だ?ここはどこだ?」
「私はヘロンサム。
ここは私の執務棟の一つだ。ラーラン区にある。
お前は攫われたのか?」
声のする方を見ると背の高い男が居た。
左右にピンと伸びた赤い口髭、木の葉飾りが何枚も添えられたベレー風の帽子からはみ出す赤髪、日に焼けた細長い顔、そして厚い唇から覗く乱杭歯。
「攫われた?
待て待て、俺は魔道具屋で連れと買い物をしていて……そうだ、賊が俺たちの荷馬車を漁ってたんだ。
それでクレアが……
ううっ!頭がガンガンしやがる……」
「名は言えるか?」
「名前か、俺は……
あれ、なんだったか……?」
「思い出せない?
そうか…
腹は減っておらぬか?渇きはどうだ?」
「腹…減っている。水を先にもらえないか?」
水と軽い食事を与えてもらい、俺は眠りに就いた。




