ファーストル
ロックゴーレムの5割マシを始末すると、索敵に大きな赤丸はもうない。
少し離れた位置に小さいのがチラホラだ。
「こないなところでロックゴーレムやなんて、何しとったんやろか?」
メグが分からないなら俺やクレアにわかるはずもない。
「休憩したらこの崖崩れ、どうにかしないとね」
クレアが話を変える。
「どないするんがええやろか?
土魔法でトンネルが固いんちゃう?
避けてみたかてあの高さやからなあ、まあた崩れて来よるで?」
「そうだな。
崩れて来て埋まってもいいように、丈夫なのを長めに作っちまうか」
「長めってどのくらい?
高さはどうするの?」
「せやせや。高さなあ。
大型の馬車って3メルキくらいやったか?」
「3メルキが2台並ぶか。6メルキの馬蹄型かなあ」
ざっと断面の絵を描いてみると、高さはもう少し低くてもいいらしい。
トンネル壁の厚みは50cm程でいいか。
「長さの方は、どうのくらい埋まってるんだ?」
「200メルキくらいやろか。
思いっき崩れとるで」
「こっち側は20メルキも余計に作っておけば良いだろ。
向こうは抜けてみてからだな。
それでな。馬蹄形ってのは窯の天井でやったアーチと一緒でな。
横から押されると案外弱いんだ。
伸ばした分もてっぺんの高さまで両側を埋めておきたい。
できれば落ちてくる岩に備えて、クッションになる土も欲しいな」
「土を動かすのは得意だよ!
あんまり遠いのは勘弁だけど!」
よし、大体の説明はできたか。
なんせ俺にできるのは助言だけだ。
上手くやってくれとしか言えねえんだからな。
方向を決めると言って、メグがクレーンで上空へ登る。
クレアがガラケーを手にこちらの地面に2点、棒を立てた。
この2点を延長していけば終点を大きく外さない。メグの機転だ。
最初はメグがイメージと魔力の後押しを手伝う。それは排水路を作った時と同じだ。
絵で断面は教えたができて見るとすごく立派に見える。
向こうのコンクリートなんか比較にならない、岩をこの形で切り出し磨いたかのような光沢。
当然だが1回分30数メートルは一体成形だ。
入り口は崩れた斜面なりの斜めで、手前は後で土を盛ってから延長だそうだ。
出来上がったトンネル内にタクシーを進める。
「こっからクレア、やってみい。
最初は厚みと大体の形でええんやで。
修正は後からでも出来るよって」
メグによると、クレアにもタクシーの魔石を利用するのはもう出来ているそうだ。
あとの課題は制御。
「これ、規模が大きだけでまんま土魔法やから」
そのセリフを聞いて、クレアは納得したように一つ頷いた。
俺が開いたボンネットで小粒魔石を準備して、クレアが土魔法を使う。
メグは助言と待機だ。
いつも通り何の効果表現もなく、ポッカリと30メートル程のトンネルが延長された。
「うわ。出来が悪い!」
「そんなことあらへん。大事なんはちゃあんとでけてるで。
厚みに硬さ、中の広さに向き。
充分十分!
さ、お化粧しよか!」
目に見えるようになってしまえば、クレアにも内側を磨き込むのはどうとでもなるらしい。
ゴツゴツとしていた内側がツルッと光沢を帯びる。
「ええやんか!
あとはそやなあ。地面やけど、もうちょっとザラザラにしよか?」
「あ。こっちもツルツルにしちゃった。
そうだよね、分かった!」
3回ほど繰り返すとクレアも慣れたようで、修正は減って行く。
向こうに突き抜けた時には、タクシーの魔力を使ってトンネルを一人で作れるまでになっていた。
「ここからやなあ。
こっち側はえら切り立っとるよって、結構トンネル、伸ばさなあかんで。
土、寄せてみよか?」
クレアが腕環を付けた右腕を突き出し、大量の崩れ落ち溜まった土砂を動かしにかかる。
大型ダンプで数台分がズズっと抜けてこちらへ寄った。
ズズズズ……ザアァーー、ガラガラ!
崖の上の方から土砂が流れ始め、岩が転がり、上の方では剥がれるように岩混じりの土が落ち始めた。
「うわうわ!
ずっと上の方から崩れよるで」
「しょうがないんじゃない?
物って上から下に落ちるって、決まってるんだし」
クレアの言うのもその通りなんだが、これは想定してなかった。
「あんな上から崩れてくるなんてなあ。
崩せるだけ崩しちまうか?」
向こうじゃ役所で崩落対策てえと、ネット張ったり壁を作ったり。
偏見かも知れねえが、落ちて来たものを他に被害が出ないように、受け止めるってのが多かったと思う。
「なあ、メグ。
あの崖の上ってどうなってるんだ?」
「さっき見た感じやと畑やね。
道具小屋らしいのんが一つ傾いとったで?」
「そりゃまずいな。杭でも打って土留め……
打たなくても固まってれば良いのか?
なあメグ、この崩れやすい土を皆固めてしまうなんてこと、出来るか?」
「でけんことないやろ。道路のリペアとそう変わらへんし。
けど、見えてへんだけで中の方、むっちゃ水が流れとるで?」
「ああ。
聞いたことあるなあ。
アタミだったか、土石流で家が何十軒も流されたのは、水が原因だ。
元の斜面と盛り土の間に水が走ったとか言ってたよ」
「何や、斜面に土盛ったりしたらツルッと滑るんは、子供でもわかりそうなこっちゃで」
「まあ、その通りなんだがな。
川が近いからトンネルの下を潜して、暗渠を水の集まる場所まで入れられるか?」
「結構上の方から流れとるようやで?
そこまで暗渠は伸ばしたったらええんやろ?
せやったら、長いんが2本、その両脇に短いんが1本ずつやろか」
泥道で散々やった水路だけに作るのが速い。
水を抜いてしまえば30メートルほどの斜面だ。
崩れる斜面は延長が200に近いと言っても、面積にすれば道路のリペア程はない。
クレアも加勢して、3回で斜面の起伏なりに固めてしまった。
こうなると前後トンネルに伸ばすのは無駄に見えてくる。
落石対策に厚い壁だけ伸ばす事にした。
「よっしゃ!
こんなもんやろ!」
いつぶりか知らんが、通れるようになったトンネルを通り、進んでいくと分かれ道。案内の立札では右はエンスローからヤイズル街道へ渡る道、グレンズールー経由は左の上り坂の先だ。
道はよく整備されていて、これならリペアは必要なさそうだ。
この先は高台になっていてまず村が3つ。
その中央にさらに高い台地があって、グレンズールーはそこにあると言うのがヤマニ村情報だった。
上り坂は先ほど見た崖よりも、高さがあるようだ。手入れされた林は木々の間隔があり日当たりがいい。
途中左への急カーブが一つあり登り切ると道は右へ、少し離れた右手に木壁に囲まれた村落が見える。
道は村の前を通って更に先へと続いていた。
その村の木櫓、物見台みたいなものだが、の付いた門で、槍を持った門番に停められ誰何を受ける。
「自走馬車とは珍しいな。
どこから来た、王都か?」
「いいえ。私はシーサウストから、こっちの2人はヨクレールの人です」
答えたのはよそ行きモードのメグ。
「東の町だな。ずいぶん大回りしたな。
カードを見せてくれ」
メグが俺たちから集めたカードを見せる。
「冒険者B級に商人か。
行き先は?」
「グレンズールー。
この村に寄らせてもらっても良いですか?
ああ。
それと私たちはヤマニから来たんです。
崩れた崖の場所は通れるようしました」
「何だって?
ロックゴーレムがいただろ?
いなかったのか?」
「3体いたけど私達で倒しました」
メグが直径4セロトもの大きな魔石を見せ、3体が融合してこうなったと説明した。
「それは本当か?
確認させるからちょっと待ってろ」
門番が村の中へ行って「崖を見て来い、今すぐだ…」
何か向こうで一悶着あったようだが、俺たちは中へ入れてもらえた。
村はファーストルという村で、他にセコンダル、サーダリルの2つの村がグレンズールーを囲むようにあるという話だ。
村は500人規模で正面に交易場の他多目的に使うという広場がある。
そこで小柄な小太り女性、40代くらいか、が用向きを聞いて来た。
俺たちは生鮮野菜や果物を買って帰るつもりだが、取り敢えず売れるようなものはない。
タクシーを広場に停め
「帰りに野菜や果物を買って帰りたいんだが、畑や実のなるところを見せてもらって良いか?」
「へい、そうですか。
今年は寒くなるのが早くてね、果物の収穫は終わらせちゃったんだよ。
木と言っても何も残ってないんで、畑を見て行ってちょうだい」
先に立って家の間の広い道を進んで行く、女の後を付いて行った。
女は村長夫人、ナムルさんと言うそうだ。
道はそのまま木柵に突き当たり、一段低い場所に一面の畑。
土地の傾斜は向こう側が結構低い。
木柵から1m程も下がって浅い溝が切ってあり、所々に踏み桟橋が掛かっているのが見えた。
荷運びの馬車などは、右手の突き当たりから降りるのだそうだ。
畑は数本の左右に伸びる畝毎に作物が違うようで、最初の数列は白、赤、黄色、緑の根菜らしい物が茂る葉の下に顔を出している。
そして荷車を走らせるらしい、2m少々の細い農道を横切り、豆類が広く植えられている。
寒いこの時期は葉が萎れ、茶色の変色が見えているが、豆の鞘はまだ緑が濃い。
茶色になるまで枯らせてから収穫するそうだ。
50mほどはこの豆が続き、農道を挟んで葉物の収穫跡。
向こうで見たキャベツの収穫跡を思い出す。
広い大葉が、切り取られた茎を中心に四方に広がり、地面に萎れたままぺったりと貼り付いている。
それが見える限りの縞模様となって視界を埋める。
左手に畝に混じって水の流れた跡が見える。
歩きにくい畑で膝の調子が悪い俺は、クレアに見に行ってもらった。
ここまでくると畑は100m程先で終わって、その先に地面がないのが見えていた。
正面やや右に、傾いた小屋。
これはメグが見たと言っていた道具小屋か?
クレアが戻って来た。
「抉れた痕が何本もあったよ。
途中から右に向かって流れたみたい。
あと下にトンネルが見えた。
あたしたちが作ったやつ!」
俺はメグの肩に手を乗せ荷車農道を左へ向かう。
「クレア、イブちゃん連れて来たってんか。
タケオ、よう歩かんよって。
こっちの取り入れ終わってるようやから、フセイチ使ても大丈夫やろ」
「すまねえな」
「良いよ。行ってくる!」
畑の畝を横切る、そこに膝近い豆の枝が伸びていると言うのにクレアの足は速い。
よくあんなに畝の間を踏み間違えずに走れるもんだ。
俺が若くたってあれはできねえぞ。
俺の呆れ顔を受け
「ほんまクレアは元気やねえ。
ウチもあれはマネできひんわ」
遠ざかるクレアを見送って、俺は畑の流された溝を見に行った。
水は何本かの畝を流して表土を押し流し、畑の下地盤をいく筋も抉っていた。
先へ行くほどその爪痕は深い。
歩ける場所を探しながら先へ進むと最後はあの崖。
溝は2本に纏まって畑を10数メートル押し流したようだ。
「こりゃあひどいな。
リペアで作った蓋をそのまま立ち上げて、柵のようにしてやるか?
このままじゃ下へ滑って落ちそうだぞ」
案内のナムル村長夫人と相談して、村の居住区と畑の段差から、畑の淵に沿って排水溝を整備する事になった。
崩れた所は壁を立ち上げ流れた土を補充する。
元の状態よりは狭いだろうが、このままってわけにも行くまい。
メグが途中まで上げた排水の暗渠を上まで伸ばして、排水溝の水を流せるようにする。
あと、居住区からの段差部分と暗渠に落ちる手前に水溜めを作って、日照りの時に使える工夫もする。
水溜めは深めに作ったので相当量溜められるが、掃除は大変かも知れない。
タクシーがそばまで来たので、メグとクレアは心置きなくリペアや土魔法を使って活躍していた。