温泉
タケオがセコンダルの案内役のネスラはんに、温泉施設を作っていいか聞いとるけど、今更やない?
ウチも先走って煙、ずらしてもうたけど。
いや、いっぺん戻って村長辺りに話、通さな。
「そうだな、戻るか」
「せやで、無人の荒野とはちゃうんやから」
そない言うたらクレアの目が「お前が言うんかい!」って言うとったで。こわこわー。
村長、捕まえてもろて好きにしてええ言う許可は貰たんや。
「けんど、何を作ろう言うだか。
あんたら旅のもんだろから、出てった後はわしらで管理せえななるまい」
「簡単に言うと風呂と休憩所、かな?
畑の突き当たりの斜面に建物を作るつもりだ。
正面に屋根付きの休憩所、階段を降りて風呂が二つってとこか」
「風呂ってまさか、貴族が屋敷に持ってるって、アレか?
そっただもの、この田舎に作るだか?」
「ああ。いいお湯が近くにあるんだ。
使わないのは勿体ないだろ?」
「いや、だけんど……うーん……」
このおっちゃん何悩んどるんや?
「その風呂は2つに分けられんだろか?
この辺鄙な村にも貴族の供回りが買い付けにくるでなあ。
見つかったら何言われるか分からん。
貴族専用に豪華な風呂を別にしとかんとえらいことになるだ」
「別に分けるのは構わないが、豪華ってのは使う奴にやって貰えよ。
俺たちや村の者が使う風呂は、1段低く別にしとくってことでいいか?」
なんや、そないに気使わなあかん、気難しいのんがおるんかい。
忖度のしすぎちゃうやろか?思たんやけど、なんとのう話は纏まった。
正面に半メルキ上がって貴族用の休憩所、内装は無し。
階段を降りて脱衣所と石造り風の風呂を男女に分けて2つ。
こっちも内装はせんで置く。そんなん好きなようにしてもろたらええんや。
その右に馬車を5台ほど停められる広場。
5メルキ離して、村で使う休憩所と階下に男女別の脱衣所と湯船で、貴族用より低う作っとく。
その左に馬車溜まりや。
問題は道やった。
あの場所は村からも行けるやけど、壁外を通っても行けるんや。
ただ、壁外は滅多にないけど、魔物が出よる。
丸太の壁で周りも囲わなあかんとか言い出しよって。
おまけにやで?村を通るんは安全やけど通路が狭い。せやから途中の畑をなんぼか潰して広げる話になってもうた、こっちの方が大事やん!?
「それやったら、グレンズールーに寄った帰りに、この荷馬車1台分の商品、面倒みたってんか?」
言うてみるだけやったらタダやん。
そしたら「よろしく」言いよるねん。
そら、リキ入るでえ。
待てよ?
サラッと簡単に作ってもうて、追加注文受けた方が儲かるやろか?
村長相手に小一時間や。
大体の話は纏まったで。
あの場所を使うんはかまへん。そこは問題なしや。
お風呂は珍しいさかい村で使いたいやってん、お貴族様にも配慮したいと。
せやけどお貴族様用のお飾りは、格式やら装飾やら色々難しいよって、専門の者にお任せせい言うんがこっちの主張や。
代金の方はウチの案が通ったで。
まずはタケオの予定通り浴槽のオバケを作るんや。
煮えたぎるように湧いた熱い湯を溜めて、その中にウネウネと曲がった管を沈めるんやて。
その管の中にはちょいと離れた場所から湧き水を引くんや。
この台地は飲める湧き水も豊富やって、探すんも訳あらへん。
ええ感じに温まった水をお風呂に入れる言う具合や。
湧いとる硫黄臭い湯は今でも下へ流れとるから、熱だけもらう格好やな。
タケオがあんなんがええ、こんなんやろて考えたもんを、クレアが土魔法使て、ウチは形や寸法の制御、でもってイブちゃんは魔力をくれる言う分担や。
ええチームやで?
まずは大っきな箱や。
湯がようさん入るよって、分厚い壁で深く作るんや。
その箱の下の方に、ウネウネと何度も折り返して沈めるんが水の管や。
壁はなるべく薄うするさかい、お互いに繋ぐ板で補強がようさん付いとる。
ウソかホンマか、湯の熱も板が多い方がよう取れるらしいで?
その管は箱から出よったとこから、分厚うしとく。
せっかく温まった水を冷まさん工夫やって。
熱い湯はお貴族用で一つ分けて、その先、村の男湯と女湯で又分けるんや。
ほんで冷たい湧き水はもう一本そばまで引いてくる。
温度の調節用や。熱いばかりではあかんのや。
熱い管にも冷たい管にも、溝に板嵌め込んで出てくる湯と水の調整が要るんや。
タケオが上手いこと、水漏れの少ない堰板の付け方を教えてくれよった。
これで湯も水も、無駄に垂れ流しにせんと済むんや。
飲める湧き水やからなあ、勿体無いやん?
「お風呂ってこんな感じなの?」
クレアは説明を元に、ざっと拵えた浴槽を前に首を傾げとった。
台地の外周斜面なりに降りた場所に、テーブルのような広い床を突き出してその上に大きな浴槽が二つ。
まだ仕切りも屋根もない。
「形はこんなものだな。浴槽の内側の子段は、そこに腰掛けたり中へ入るときの踏み段になるから、少し広めにしてくれ。
小さい子供もこれがないと危ないから。
内壁や縁は見栄え良く磨き込んだ感じにしようか。
洗い場や子段、浴槽の底はザラっとした仕上げにすると滑って転ぶ心配がないな」
「そっか。小さい子も入るもんね。
普段の調子で走り回られたら、石の板の上だから転ぶと大変か」
「あとは年寄りか。
俺みたいに膝や腰が痛む奴は、掴まるところがねえとこの段差はきつい」
そう言うてタケオが浴槽の縁から中へ入ろうとしよった。
慎重に縁に手を乗せる、それだけでもう危なっかしいて見てられへん。
ウチは肩に手を貸そうと屈んだ。
見るとクレアがいつのまにか浴槽の中に降りて、転んだ時に受け止めようと構えとった。
「いや、済まん。
お湯が入ってるともう少し楽に入れるんだが。
ここに来た時は、膝の調子が良かったんだけどなあ」
タケオは無事に浴槽の中に入って子段に腰掛けた。
それだけでウチはホッとしたんや。
「掴まるってどんなのがあったらいいの?」
「向こうにあったのは手摺だな。縁に穴を明けて、棒が一本立ってるだけでも違う。
あー。回ると危ないから2本繋がった形のほうがいいな」
それ聞いてクレアが簡単に木の丸棒曲げて、空けた穴に差し込みよった。
タケオが嬉しそうにしとる。
「せや、さっき洗い場言うとったけど、どないして洗うんや?
ただ湯に浸かるだやないんやろ?」
「ああ。
お前たち風呂は入ったことないんだっけか」
「せやで。ウチら、宿で桶にお湯もろて、ムクロジで擦った後を布で拭くだけや。
桶の湯なんてすぐ濁りよるで」
「擦るのは一緒だな。後を浴槽から掬ったお湯で流すんだ。
髪も同じように流すから早く洗える」
この大っきな湯船に温い湯溜めて、手足伸ばすんは気持ちええんやろなあ。
「よっしゃ、次は何するんや?」
「上に休憩所だな。
寝転んだりできるように床は柔らかい方がいいんだが。
掃除のことも考えなきゃならんな、何かいいものってあるか?」
「せやなあ」
「毛皮でも敷いちゃう?
あれなら洗えばいいし」
「けど切れ切れやんか。
重ねて敷くんも、なんかだらしないて」
「じゃあ床の敷物は後にするか。
間仕切りをいくつか、低いテーブルがあると寛ろげる。
まあ床に座る前提だが」
「じゃあ衝立なんかも良いかな?
ほらいつか行った食堂で席を仕切ってたやつ」
あとで村の者に聞いたら、藁布団ってのがあるから沢山作って敷く言うとったわ。
次は屋根やで!
「なあ、屋根の形はどないする?」
「普通に四角く囲って向こうへ雨水を流すんで良いだろ?」
「そんなん面白ないで。
ウチは斬新なんがええな、丸屋根とか!」
「えー?トンネルの切れ端みたいでやだなあ」
「それやったら、炭焼き窯で作ったみたいに壁も丸う建てよか?
ほんで、まん丸の屋根や。
可愛い思わへん?」
「ほわー。良いね良いね!
それやっちゃおう!」
タケオがなんか呆れ顔やけど、そんなん無視や。
ウチはやりたいようにやるで。
まず風呂場も休憩所も床は四角う作ったったよって、丸う広げるんや。
ちょっと広すぎる気もするやって、広い分にはええやないかい。
中に4本入っとる柱はそのままや。
それから壁をまあるく、高く立ち上げる。
なんでか言うてもその方が面白いやん。
休憩所の天井がえら高なるけど、ゆったりしとってええやろ?
ほんでまんまるの屋根や。どっちから見てもまん丸なんは斬新やで。
全体の色は白にしたった。
あとは陽当たりやら台地から見下ろす風景やらを考えて、明かり取りの丸窓をくり抜きよったら木枠を嵌めとく。
木枠はクレアがうまいこと変形させよったで。
取り敢えずは外へ押し開ける小扉、付けて置けばええやろ。
この辺にガラスの材料があったらよかったんやけどなあ。
貴族様の方は丸やのうて、卵の形に膨らましたった。こっちの色は黒や。
これはこれで見栄えがええなあ。
なんやかやで3日も掛かったやってん、村の人らも喜んでどる。
ウチらも一緒に湯に浸かって、明日はグレンズールーや。
聞いた話やとグレンズールには、3仙とか言わはる魔法使いがおるんやて。
果物がようさん採れる土地柄やけど、どれもそっち向きらしいて。
一人目は収穫した後に掛けて、舌で分かるくらい甘うなる言う魔法や。
二人目はやっぱり収穫した後や。
表面に艶のある果実やら野菜の艶を良くしよって、日持ちを4日からどうかすると10日も伸ばす魔法やと言うんや。
三人目は収穫の前や。
収穫する6日とか10日前にかけるんやけど、種子が見えんくらい小そうなるんやって。
その周りの味も果肉と同じになってまう言う種消し魔法だそうや。
どれ聞いたかてホンマかいな言う感じやねん。
今から楽しみやで!




