パーティ
7話目。
冒険者ギルド。
改めて見ると外見はでかい建物だ。
テレビで孫が夢中になって見ていたアニメ番組に登場していた。
素材売りから一度入って戻ったクレアが、パーティを組むから冒険者登録しろと言い出した。
荒くれの大男が「子供の来るところじゃねえ!」とか言って絡んで、チートとやらの出鱈目な能力を持つ主人公に、返り討ちにされるというアレかな?
俺なんか行って大丈夫なんだろうか。
縮んだジジイがなにしに来た!とか言われたら泣いちゃうぞ?
「やだ、タケオ。
そんな奴いないって。
そりゃ、ゴツいのもいるけど、気はいいんだから心配ないって」
クレアがそう言うから、俺はクレアに続いてギルドの重厚な扉を潜った。
中はアニメで見たのと同じように、片側に受付カウンター、奥のカウンターが低いところを見るとあれは買取りカウンターか。
中間に幾つか立つ柱周りは依頼票ボードらしく、何枚もの紙片がピン留めされている。
受付の反対側には飲食スペース。
8人掛けの大テーブルが4つあって、武装した6人くらいが昼間と言うのに酒を酌み交わしていたり。
ホールは2階まで吹き抜けなのですごく広く感じる。
受付手前に階段があって、ホールを巡る吊り回廊へあがれるようだ。
きっと、会議室やギルド長の執務室とかも上にあるんだろう。
お登りさんよろしく、入った途端にキョロキョロと見回す俺の手を引いて、クレアは真っ直ぐ受付へ向かった。
「冒険者登録をお願いします」
「あら、クレア。さっきぶり。
登録ってまさかそちらの方?
大丈夫なの?」
知り合いらしい受付嬢は胸を強調するデザインのブレザーを着ていた。
大きく迫り出した乳の部分だけ白ブラウスで、赤いブレザーはそれを下から支えるようにボタン留めするようになっている。
これを好んで着せる感性を疑うが、目を釘付けにする効果は認めよう。
とは言え「大丈夫なの」とは失礼極まりない。ジジイだからって邪険にするんじゃないぞ。
「あらベティ、随分な言い方ね。
登録に問題があるって言うの?」
「問題って……
年齢は10歳以上、犯罪歴がない。
ギルドの登録要件はそれだけよ。
でもねえ。
見るからに戦闘向きじゃない小柄なお爺ちゃんでしょ?
あ。世間に知られていないだけで凄い魔法を使えるとか?」
「魔力は審査のオーブで犯罪歴と一緒に見られるでしょ?
さっさと始めなさいよ!」
「……分かったわ。じゃあ、こちらに名前と年齢、特技を記入して」
「あたしが代筆するわ」
ベティは微妙な顔をしたが、なにも言わずクレアの前に用紙とペンを置いた。
「はい、結構です。
イーヤマタケオさん、68……!
タクシー運転…手……?」
「嘘は書いてないよ?
何か問題でも?」
よく分からないが、高度な女の攻防があるんだろう。
ジジイを冒険者登録なんて舐めてるのかってとこだろうけど。
「……では、こちらの上に片手を乗せてください」
カウンターの下からベティが出したのは10cmほどの水晶球。
占い師の小道具で有名なやつだ。
言われた通り手を載せようとして、中に絡みつくような放射状の光が揺れて見えることに気がついた。
静電気で中の光が揺れ動く展示物をどこかで見たな。
手を近づけ、そばで動かしても光が変化する様子はない。
俺は手のひらで包むように右手を載せた。
途端に水晶球が白く濁る。
「あら、どうしたのかしら。
こんなの初めてだわ?
ちょっと手を離して。確かめるから」
俺が手を退けると光は元通り放射状に戻り、ベティがそこに手を置く。
光の色は水色に変わった。
「……。
クレアも載せてみて」
クレアの場合は中の様子は変わらず、全体の光が強くなったように見えた。
光の揺れ方も大きくなった。
それを見てベティは顔を顰める。
「クレアのレベル判定もした方が良さそうね」
俺はもう一度手を載せさせられたが、結果は変わらなかった。
ベティの興味は完全にクレアに向かっていて、プラスチックっぽい黒い薄板を事務的に渡された。
クレジットカードと似たような大きさで、何か文字のようなものが刻まれている。
後でクレアに教えてもらおう。
「格上のオーク素材を持って来たから、それなりにレベルが上がってるとは思ったけど、魔力が生えているみたいなの。
レベルを確認させて。
あ、料金は気にしなくていいわ」
そう言ってベティはカウンター下から黒い石板を取り出した。
なんでもいいが、俺の目と彼女の胸はほぼ同じ高さだ。
それが何かの動きのたびにプルンと揺れるんだ。目のやり場に困るだろ。
と、クレアからパチンと背中を叩かれた。
視線を読まれたらしく、見ると目で叱っているらしい。そうは言ってもなあ。
石板はその辺にある黒い石塊を1cmくらいの厚さに切っただけって感じで、ツヤツヤに磨かれてはいるが20cm角くらいの歪な形をしている。
そして木の箱を一つ下から取り出し、蓋を開けるとハガキくらいの紙を一枚取り出す。
紙はカウンターの上に置いて、その上に黒い石板を丁寧に重ねた。
石板の周囲に頭を巡らせ何か確認してしている。
その動きでまた胸が揺れ動くので、俺は慌てて目を背けた。
クレアを見るとちょっと苦笑していた。
「いいわ。クレア、これに手を置いて」
置いたクレアの手の周りが輪郭をなぞるように光った。
これも何か特別な機能を持った道具なのだ。
「いいわ」
そう言ってベティは石板の下に敷き込んだ紙を見た。
何か文字が書き込まれているのが、ここからも見えた。
「やだ。いつの間にこんなにレベルを上げたのよ。
レベル8になってるわ。
土属性の魔法まで生えてるじゃない。
属性魔法の教本があるから買って行く?」
どうやらレベルの情報があの紙に書き込まれたらしい。
オークを倒した時はLv7とカーナビのメンバー情報に出ていた。
あれから魔物戦はやってないはずだが……
あ。
あれか。
朝起きたらタクシーに弾かれて死んでいた狼2頭。
ゲームでは経験値と言っていたか、魔石だけタクシーに入ってその他はクレアの取り分になるのか、なるほどなあ。
俺は最初から戦力外だが、クレアに経験値が行って燃料代が浮くのは悪くない。
ベティは判定された内容をファイルのページに書き写し、終わるとその紙をクレアに渡した。
「それでパーティを組むんでしたね?
登録しますのでこちらに記入して下さい」
クレアが受け取り
「えーと、パーティ名、構成者の名前、人数と本拠地ね。
パーティの名前はと、イブちゃんタクシー、ね。
リーダーはタケオでいいよね。
あたしの名前を書いて……流石にイブちゃんとは書けないか。
人数は二人。
本拠地はここ、ヨクレールでいいよね?
はい。じゃあこれでお願い!」
ほとんどクレア一人で決めてしまった。
「俺がリーダーって意味あったのか?」
「当然でしょ!」
なんか言い切られた。
「これで用事はおしまいかな?
あたしは宿でお昼食べたら一眠りしたい。
タケオはどうする?」
「井戸水貰ってクルマの中を洗うよ」
「あー。オーク肉積んだもんね。
臭い付いちゃったかな?
それならあたしも手伝うよ」
宿へ向かう道すがら、広場の一画を通った時クレアが助手席側の窓に向かって、妙な仕草をしているのに気がついた。
「何してるんだ?」
「えっとね、ガリオンの杖って言うのに挨拶してた。
こうやって耳に親指当てて手をヒラヒラさせるの」
「両手でか?
なんかおちょくってるみたいに見えるぞ?」
「そんなことないよ、ナギラも言ってたもん!
魔物避けのご利益があるんだって。
村の守り神だって言ってたよ!」
俺はよく見えなかったが、クレアの背丈くらいに地面から突き出た石の円柱らしい。
村の名が彫ってあるんだとか、どんなもんなんだろうね。
タクシーで宿へ戻って、食堂で遅めの昼ご飯。
もう定番だが、俺が食い切れない分はクレアが引き受ける。
長めの食休みの後、宿のカミさんに断って井戸のそばにタクシーをつけた。
5枚ある、ドアというドアを全部開けて水洗いだ。特に貨物スペースはフラットにして寝床がわりになるんだよ。
肉はシートの上に置いたと言っても、あれだけ揺れてはどうなってるかわからないもんな。
汚れているのは困る。
当然敷いたビニールシートも洗って物干しを借りて干した。
俺はついでとばかりに外板も洗ってやった。
水を掛けてブラシで擦るだけだけどな。
クルマ用の洗剤もワックスも積んではあるが、量が少ないんだ。勘弁しな。
「案外汚れてなかったじゃない」
「そうか?
草地で乗り降りしたから、ゴムマットには土が溜まってた。
あれを見ると車内もそれなりに汚れていたと思うぞ?
また洗う時は声をかけるよ、ほんとに助かった」
「いいって、いいって。
それよりさ、明日も黒の森でいい?」
「そうだな。
もう1日くらいあそこで稼ぐか。
余裕ができたら近所の町や村まで行ってみたいんだ。
配達とかお客を運ぶとかタクシーらしい仕事もしたいからな」
「あー。それ良いね!
遠くの街まで行って、魔物倒して気ままな旅暮らし!
憧れちゃう!」
「いや、それもどうなんだか。
そんな良いもんじゃないと思うぞ?
そういやオーク騒ぎですっかり忘れてたけど、こっちに来た場所を少し調べたかったんだ。
カーナビの記録に残ってたんでな」
「ふうん?
良いんじゃない?
手伝えることは手伝うよ」