高さの測量
私事で遅くなりました
今週分投稿します
ヤマニ村からトゥリー湖に繋がる南街道。
街道とは名ばかりで前回通った時は散々だった。
俺たちはそれを整備したいと取り掛かったわけだが。
谷へ泥々道に溜まる水を導く流末は出来上がった。
次は水路なんだが、
「なあメグ。
泥道の始まりからここまで水を流すとしたら、どのくらいの深さがいいかなんてわかるか?」
「排水路なんやから、緩い勾配が要るんやろ?
街にはようあるで?
あれ、高さを測っとるはずや」
「そうなんだが、それをここでやらなきゃならん。
適当に2メルキとか決めて作って行って、深さが足りなくなりましたってのも困るだろ?」
「そら測る方法はあるで?
ちょっと面倒いんやけどな?
けど、いっぺん作ってみてあかんやったら、チャチャっと作り直したらええやん。
クレアの土魔法にウチが乗っかれば、大して手間やあらへんで?」
「まあそう言わないで。
高さを測るってのはどうやるんだ?」
「そんなん簡単や。
ウチの水魔法で長い筒、作ってな?
中にも水入れんねん。
上向けた筒の端で測る水の高さは一緒やで?」
まんまサイホンの原理だな。
「距離はどのくらいいけるんだ?」
「さあ?
そない遠くなんて、やったことあらへんもの」
「この出口まで2回で行けそうか?」
「見えとるから1回でいけるんちゃうか?
出してみるでえ?」
メグの杖の指す先に水が湧き出る。
それはたちまち蛇の形となって、ニョロニョロと前後に走り出す。
こちらへ来たやつはすぐに鎌首を上げ立ち上がった。
この急造の細い道は南街道に向かって上り坂。
それは感覚が教えてくれるが、それがどのくらいか分からなければどうしようもない。
と言うもの8kmもある街道の改修部分は、ここの分岐からさらに僅かな上り、やや下って平地になり、また少し上りになっているように見えたのだ。
が、実際に測ってみないとどのくらいのものか分からない。
そばで2mを超え水蛇が立ち上がって、身をくねらせる。
サイホンと言うなら、あちらへ進んで行ったもう一つの頭とこれが同じ高さということか。
突然蛇の足元でパチンと音を立てて弾け水が跳ね飛ぶ。
メグが慌てて杖を向けると噴き出す水が止まった。
「水の好きにさせとく言うんは思うとったより大変や。
この辺でいっぺん測ってんか?」
「タケオ、どうすればいいの?」
おっと、俺に振るか。
杭を打って高さを印しておけばいいんだが、そんな長い杭の代わりになるもの……
メグが伐採して玉切りに揃えた材木の束が目に入る。
クレーンで吊りきれなかった丸太材だ。
その中の1本、細いやつを選んで、立ち上がる蛇のすぐそばに
「ここに穴を掘ってこいつを立ててくれ」
6mほどの丸太材だから、乾燥済みだ、わりと細いと言っても結構な重量があるはずだが、クレアは何と言うこともなく材木束から引き抜いた。
「穴の深さは?」
「その棒が立ってりゃいい。腰くらいか?」
クレアは水蛇の高さを見て、手に持った細い丸太を半分にすると、腕環のついた右手を翳しポコッと地面に穴を開ける。
その穴に半分になった木材を体重をかけて押し込んだ。
俺が運転席に体を押し込む間に、クレアはスマホを取り出しクレーンでスウと持ち上がって、腰から抜いた解体ナイフで高さの印を切り込んだ。
「よし、乗れ」
クレアなら駈けて行ってもそう変わらんだろうがまだ先は長い。俺はタクシーの客席ドアを開ける。
メグとクレアが乗り込むと俺はギアをバックに……ありゃ、こいつにギアはねえか。つい昔の癖が。まあ良い、とにかくバックだ。
地面に畝る水蛇を辿ってアクセルを踏み込む。
50m少々なんて10数秒のことだ、すぐに着く。
いつ括ったのかさっきの残りの丸太を、クレアはルーフハンガーから取り下ろし、水蛇のチロチロする舌先に穴を開け押し込んだ。
「次の棒が要るね。
あたしは先に行ってるよ?」
クレアがまだ80m程ある分岐に向かって走り出す。
分岐にはさっき積み直した丸太材があるからだ。
メグが助手席窓から杖で水蛇を移動させる。
左右に体をくねらせるだけで移動を始めるその動きは蛇と同じなんだが、模様もなにもない透明な体だ。頭がちょっと遠くなっただけで動いているのかもう分からない。
脈打つように震えるて見えるだけだ。
もう一つの頭はすぐに近づいて来た。
クレアはと見ると見当を付けこちらへ少し戻っていたらしく、向こうの頭を追って分岐点へ走っている。
こちらの頭は、クレアの立てた棒の根元へ着くと鎌首を上へとあげ始めた。
今回は高さの差が無い分先へ伸ばせたと言うことだろう。
メグが1.5メルキ辺りの蛇の頭に合わせ水刃で切り込みを入れた。
分岐点を見るとあちらでもクレアが棒を立て終え、両手を振っている。
こいつらのこう言う即興の連携がいいのはありがたいが、テレパシーみたいな能力でもあるんだろうか?
俺は運転席に滑り込んでドアを閉め、タクシーをバックさせる。
一旦集まって相談する事に。
「こっちへ来て距離を測る道具を見た事ないんだが、なにかそう言うのあるのか?」
「ないことあらへんで?
けど大体は魔法使てるでなあ」
「物差しみたいなのは?」
「モノサシ?
何やそれ?」
「聞いたことないね?」
あれ?なんで物差しって言うんだ?
定規?それって真っ直ぐな線を引くってだけだ。
長さを測る道具のはずが、名前と用途が全然違うのはなんでだ?
「あー。
薄い板みたいな棒に目盛りが刻んであってな?
その目盛りで物の大きさを測るんだが、そう言うものってあるのか?」
「ルーラーのことかな?
でもあれって短いよね、このくらい?」
クレアが肘から手首を叩いて長さを示す。30cmちょいってとこか。
「今刻んでくれた高さを測る必要があるんだ」
俺は地面にメグの蛇で測った水平な線と、感覚でこうかなと言う大体の高低差を描いてみせる。
「最初の棒で大体2メルキ、次で1メルキ半。
この先で登って下って、そこそこ水平でまた登って丘の手前って感じだろ?
この街道沿いの低い場所の水を、こっちの道路に引き込まなきゃいけないから、今のこの辺りはどうしたって溝が深くなる。
あと、水は低い方へ流れるから、僅かに勾配を付けておけば、後は勝手に谷まで行ってくれるな。
例えばこの一番低い場所からこう勾配を取って、ここでこのくらいの深さ、さっきの棒辺りでこのくらい、後は地面なりに下るようにすると一番労力が少ないだろ?」
「それは分かるんやけど、ドカンと低くしたったらええやん。
低けりゃ水は放っといてもええんやから」
「あー。なるほど。
メグはどんな水路にしたらいいと思う?」
「そら、ウォルトのとこで掘ったったみたいんな?
あんなんでええやんか?」
「あんな水路を道のそばに作るとしても、道から少し離さないと、何かの事故で水路に馬車が落ちたら大変な事になるんだろ?
俺はできる限り浅い方がいいと思うんだ」
「タケオはどうするつもりなの?」
「そうだな、深さ30セロト、幅1メルキくらいかな?
側面と底を硬く固めた溝の形だな。
もちろん自然に水が流れる勾配に合わせるから、もっと深くなる。
1メルキより深くなったら暗渠にしようと思う。
暗渠ってのは地面の下に1メルキ角の箱を作ってその中に水を流すんだ。
水はとにかく低い方へ流れて行くからな、測ってみたら流末まで暗渠になるかもしれんなあ」
「なある。
深っかい溝の底見下ろしながら道走るんは、あんま気持ちええ感じせえへんものなあ」
「そうだよね、なんかの拍子に転げたら嫌だよね」
俺は上から見た絵を、クレアのスマホでマップを見ながらざっと描く。
「それでな?
この出だし、あー、展望台から下った場所から勾配取って来て、暗渠に切り替わる場所がこの辺とするだろ?」
俺は排水路に見立て、道に並べて線を引く。その終わりを四角く掻き広げ、
「ここに四角い箱を埋める。桝って言うんだが、少し広めに梯子もつけて掃除できるようにな。
で、この箱から道を横断して、暗渠を道の下へ埋める。
渡りきったらそこにも同じ桝だ。
で、そこから向かいと同じように排水路を登らせていくと、この最初の区間の水は全部この桝に集まるようになるわけだ」
「箱形のマスまでは分かったで。
そっから先はアンキョー言うたか?
埋まっとる言うこっちゃな?
そしたら、こっちの高いとこの地面に降った雨はどないするんや?」
「放っておいても勝手に桝に集まるって考えもある。
ただ途中に低い場所があったりすると水溜りができるからな、ここにも水路はつけたいな。
やるとすれば皿型がいいんだが、クレア、作れるか?」
「皿型?」
俺はまた地面に皿の窪みを描き、それを受けるように細長い四角の台を書き加えた。
細長い長方形の片側だけ大きく凹んだような形だ。その後ろに斜めに伸ばし長方体に見えるよう線を書き加えた。
「形は判るけど大きさは?
小さいと作るのは楽だけど、水ってこの浅い窪みを流れるんだよね?」
「そうだな、最低でも台の幅は1メルキ。
溝の深さが10、幅は80セロトってとこか…
となると、厚みが20以上要るな…
25セロトにしておこう。
あとは長さだが2メルキかもっと長いのが作れるか?」
「それは大丈夫だと思う」
「そうか。
じゃあ、暗渠の方はここの分岐ところのまで伸ばして来てここにも桝を作る。
暗渠は道を横断して……」
「ちょっと待ちいな。
簡単に言うとるけど、さっきの話やと水があんじょう流れるようにやったら、コーバイやら付けるんやろ?
それ、どのくらいの感じやねん?」
「そうだな、1メルキで1セロト欲しいとこだが、まあ水は多少なら押して流れて行くからな、もう少し緩くてもいい」
「1メルキで1セロト……
何とかなるやろ。
そんで、道を横断するて?」
「ああ。皿型の水を受けるのと、この先の水も受けるかもしれんからな。向かい側にも桝は必要だ。
それでいよいよこの分岐路の暗渠を、谷に向かって伸ばして行く。
上手くすれば途中で地面に出て来るから、そこにも大きめの桝が一つ。あとは地面の高さなりに、深さ1メルキの溝で谷に落ちる溝に繋ぐ」
メグは材木丸太を縦に割き、細い角材を水刃で作ると表面に目盛りを刻んで行く。
クレアが魔石を持ち出し、目盛りが正しいか並べて見せてくれた。
魔石の大きさが長さの単位の基準ってなんだよ?
所変われば、ってやつか?
出来上がった3メルキの測量具は、10セロトごとの目盛りが深いから、まあ使えんことはないか。
街道は1.3メルキ上がって2.6メルキ下った。その下りの途中に低みが2箇所あり、ここにもそれを受ける桝と横断暗渠が必要そうだ。
その先で半メルキの登り、後は明らかに登りとなっている。
「これで高さは分かったな。本当なら距離も測るとこだが、目測でも問題は出ないだろ。
展望台の裾からやって行くか」