魔物掃討
食料の買い出しを済ませシーサウストを出ようと言うところで、見知った顔が声をかけて来た。
場所はシーサウスト中央通りの対抗車線だ。脇に停めると男が馭者台から降りて来る。
俺も運転席を開いてで迎えた。
「タケオさん、クレアさん!
こんな南で会えるなんて思いませんでした!」
スイフナール商会のスレフト、どこかアメリ○大陸の原住民を彷彿とさせる、羽飾りが似合いそうな男。
「やあ、久しぶりだな」
「シンディちゃん、元気?!」
「ああこの人はエンスローにあるスイフナール商会のスレフトだ。
メグとウォルトだ。
メグとはパーティを組んでいる」
「商業ギルドで行商人登録されたそうですね。
何を商なってるんでか?」
「相変わらずよ。狩った魔物を売ってるわ」
クレアも懐かしそうに答える。
「そうですか。腕利きの冒険者ですもんね。
サブマス、デマホーの件はまだかかりそうです。
それはそうと半年ぶりに来てみたら、街道がヤマニ村辺りまで走りやすくなってて驚きました」
「でしょ?タケオがずっと直しながら下って来たんだから!
でも湖の手前はドロドロで直せなかったんだよね。
タケオ、それ気にしてるんだ」
「クレア、吹聴する事じゃないよ」
「えー?いいじゃない、事実だし!」
「タケオ、ウチに会うてからも、あちこち直しとったもんなあ」
「そうですか、タケオさんが。
ありがとうございます。
そうそう。
スライム魔石の道具が系列店で売り出されましたよ。
因みにデマホーの方はまだでした」
そうか。先にあの小さい魔石が使えるようになったのか。
なら。
「クイツクシムシ、まだ少し在庫があったよね。
それ持ってってもらおうか?」
クレアは俺よりも反応が早い。
「ああ、いいぞ。
出してやってくれ」
ボンネットを開けてやると、デカいゴミ用ビニル袋に僅か一握りの小粒魔石が残っていた。
商業ギルドにはまだまだ預けてあるんだが、サンプルだ、それでいいだろう。
「いくらなんでもこの袋大きいよね?」
「もっと小さいんがあらへんやった?
あ、これでいいやん」
見るとコンビニでくれる一番小さいレジ袋。
よくそんな物が積まさってたな。
あんな貰った瞬間からゴミになるの確定みたいな袋は基本、断ってるはずだが。
サラサラパンパンと小粒魔石を小袋に移す音がして、クレアがスレフトに魔石を差し出す。
「これ持ってって使えるか見てくれ」
スレフトとはそこで別れ、俺たちは一路ヤイズル街道を戻り、炭焼き窯の前だ。
車内でも話したが気になるのは、この半島に索敵で表示される大きな赤丸が、二つ残っている事だった。
3つあったうちの一つがあのビグオーガ。
となると残りもいい値段が……
いやそうじゃない…危険なのがいるのは物騒だからな。
細いが半島を一周する道はある。
大きな魔物を示す赤丸二つは北西の端だ。近くを通るかは行ってみないと分からない。
誘き出すとなると、また前衛のクレアに負担をかけることになるなあ。
ビグオーガとの戦いは音と光しか見ていないと、ウォルトも後席に潜り込んだ。
炭焼き窯は明日にならないと手をつけることはできない。
クレアが、カーナビとスマホ画面の何が違うのか、両方を点けてタクシーは林を縫うように、細い林道を進んでいく。
大体の位置はカーナビの索敵範囲なので最初から分かっている。
だが道や地形はそこまで行ってみてのことだ。
「そろそろ近いよ。左手に反応がある」
クレアが言うが、道は大きく右に遠ざかる方へと曲がって行く。
「うーん、もう少し行ってみよう」
「まあ、遠くなるようなら戻ればいいさ」
曲がり切ると果たして、少し先に左カーブが見えた。
これはと、その右カーブを曲がる、道はすぐに左へ逸れる。
「近づかねえな」
「距離はそんなに離れてないよ。もう少し行ってみよう」
お?左カーブだ。
いい塩梅に寄って行ってないか?
道は直線に近い。
「このまま突き当たりまで行って」
そこでまた右カーブ。
クレアが助手席ドアを開けルーフハンガーから槍を取り出す。
メグも後ろのドアから飛び出し、タクシーのバックドアの後ろ、荷馬車との間に陣取った。
クレアが藪を掻き分けるように林へ踏み込むのを見ながら、俺はカーナビ画面に取り付いて言った。
「ウォルト、窓は開けてもいいぞ」
索敵画面で見ると近いがクレーンが届くほどじゃない。
それはフックを出さなくても分かった。
クレアを示す青丸が二つの赤丸に近づいて行く。
これを見ながらメグに水弾でも打ってもらった方が良かったんじゃ……
赤丸二つに動きがあった。
気付かれた?
青丸は動かない。
こんな丸だけの表示で見ているのでは、細かい状況が分からず辛い物がある。
青丸が右へ移動を始めた。
そしてさらに近づく。
木立の向こうでワアワアとクレアの叫ぶ声、そして赤丸が動き出す。
速い。
クレアは左へ一旦戻って、進んだ跡を辿るように動き出す。
逃走に入ったってことだ。
林の中からバキバキと木の折れる音が響く。
フックはどこまで届く?
俺はクレアの進路上に4点吊りのフックマークを伸ばした。
これで目一杯。そこへ向かってクレアは駆ける。赤丸が追って来る。
クレアがフックマークを超えなければ、俺には手出しもできない、速く!
青丸は逃げているが間は詰まって行く、急げ‼︎
クレアがフックマークを通過し、追い縋る赤丸を俺は人差し指でタンと叩くが、1頭は擦り抜けた。
グアァッ!
汚い悲鳴が上がって過負荷表示が出ると、抜けたもう一つの赤丸の足が鈍る。
気が逸れてくれたんならめっけものだ。
がすぐに青丸を追いかけ出した。
俺はクレーンを縮めにかかる。
途中にあるだろう木立などお構い無くだ。
過負荷の表示が明滅する。
どこにフックが掛かったか知らないがかなり強い力で引かれ、必死で追従する魔物の様を想像して笑みが漏れる。
そしてもう1頭にしてみれば、後ろから木々を薙ぎ倒しながら、何か大きなものが追って来たと思うだろう、お願いだからそう勘違いしてくれ!
バキバキ音が続く中、一瞬赤丸が揺れ速度が上がる!
がクレアの進路からはズレて行く。
……これはうまく行ったか?
おっと、今度はメグを心配してやらんと。
道幅が狭いから見えたらもう目の前ってことになるんだ。先にタクシーの防御結界が発動するはずだが。
俺は動く赤丸をフックに掛けようと人差し指で画面を叩いて追う。
2度失敗して3度目で捕まえ、こっちもすぐに過負荷が出た。
が、動きは止められた、ほっと息をつく。
クレアが藪を突き破って、右前方10mの路上で蹈鞴を踏んだ。
2頭を吊ったフックはメグのいる後ろへ回そう。
木の位置なんて分からないので闇雲に旋回させると、バキバキ音が後ろへと回り込む。
後ろは道がほぼ直線だから、道路へ獲物が飛び出すタイミングはメグから測りやすいだろう。
俺も同じタイミングで旋回を止めにゃならんのだ。
そう悪い天気じゃなかったはずだが、サイドミラーに後方の黒雲が映る。
メグが雷雲を準備をしてるらしいな。
ルームミラーの下半分は荷馬車、その上にメグの紺ズボンの両足が乗っていた。
道に一本の木が倒れ掛かり、それを追うように2体の青白肌。
狭い道を突っ切って行く。
俺は慌て逆へ旋回させてなんとか見える場所へ引き摺り出した。
後方は荷馬車越しだからよく見えねえんだ。
だけどなんかグッタリしてる?
が、メグは遠慮なんかしてくれない。
なんの魔石を握り込んだか知らないがミラーに映る雲がやけに濃い。やばいだろ!
「目瞑っとき!」
メグの警告に俺は下を向いた。
車内に乱反射が飛び込み足元まで光が溢れた。間をおかず轟音が響き空へと消えて行く。
ほんとなんの魔石握ったんだよ!
最後に、クイツクシムシに大きさ合わせたんじゃなかったのか!?
クレアが駆け寄って来てクレーン操作を引き継ぐ。
荷馬車の横に穴を掘って、血抜き腸抜きが始まった。
そう言えばウォルトは静かだな?
あれ、寝てんのか?
「ウォルト、起きろ。
狩は終わっちまったぞ。昨夜ちゃんと寝たのか?」
「う……あ、タケオさん……」
「なんだ顔色悪いぞ?どうした?」
「いや……すごい…音だった……」
「なんだぁ?まさか音で目を回した?
目の方はなんともないのか?」
「……あ…はい…
ちゃんと、見えます」
「ならじっとしてろ」
俺は冷えた水ペットボトルを冷蔵庫から出して来てウォルトに渡す。
クレアたちの様子も見ねえと……
って、解体してないから速いな。
もう1頭終わって荷馬車に積んであるよ。
そう言や?
「なあ、こんな重いのどうやって吊り上げたんだ?」
俺は荷台のビグオーガを指して聞くと「メグちゃんも成長してるんだよ」
「せやで。フック1個やと吊れんてもなあ、4個集めたら1個でなんぼやから、まとめて吊っとるんやで?」
あれ?それでいいのか?
クレーンって、一基当たり何トンって吊れる重さが決まってなかったか?
あー……でも、天井クレーンが2基で共吊りってのをやったか。
あの工場では、鉄骨を並んだレールのクレーン2基で前後を吊り上げ、トラックの荷台から下ろしていた。
そうなると上にあるはずのレールがどんな配置になってるか気になるんだが、タクシーのクレーンって指で突けばどこでも吊れるんだよな。
うーん……?
「タケオ、どないしたん?
こっちは終わったで?」
「生きのいいうちに売りに行こう!
ヤイズル行こうよ!」
「せやせや!ええ値が付くでえ!」
いつの間にか幌布被せてロープの締め上げまで終わっている。
ウォルトは……回復したみたいだな。
「この先ってヤイズル街道に抜けられるんだよな?
こんな大荷物で向きを変えるのは広い場所が要るぞ?」
「そんなん、ウチがリペアで道作ったる。
行けるとこまで行きやん」
驚いたことに、クレーン4点で吊る荷馬車はかなりの重量が相殺されていて、走るのに然程支障がない。
一部道路に覆い被さる木から垂れた枝を払ったくらいで、ヤイズル街道へ抜けることができた。
さてヤイズル湊、商業ギルド。
ビグオーガ2体の買取を聞いてみた。
返答は
「これはこれで立派なものですが、ここで取り扱うのは難しいですね」
冒険者ギルドへの紹介状を書いてもらっての移動は予定の行動だ。
この紹介状があるだけで受け取る額は1割以上も多くなるんだ。
からくりは商業ギルドと冒険者ギルドの手数料の差にある。
帳簿を自分で管理して様々な経費をその中から支払う商人と、基本はギルドにお任せの冒険者の違いと言えばいいか。
けど、俺たちの場合は警護費用も仕入や在庫管理、倉庫代なんか一切ねえからな。言ってみりゃ丸儲けだ。
帳簿付けは面倒だがクレアがやってくれるし。
いや、俺はこっちの字が読めねえんだからなあ?
そう言えば、スマホに電卓があったんだっけ。
今度教えてやろう。
シーサウストの冒険者ギルドじゃ、魔石抜きで200万円超えだったビグオーガ。いくらの値が付くんだろうか?
「大変に丁寧な処理がされていますね。
ですが生憎なことで生肉ですのでオークションとも参りません。
こちらの査定でA級品として買い取らせていただきます。
ところでシーサウストの方に昨夜、同じくらいの品が持ち込まれていますが、ご存じでしたか?」
ご存知も何もそいつは俺たちだよ。
「せやね。今日はヤイズルに持ってきたんや。
高う買うたって」
メグが強気で押す。
窓口の線の細い中年男は腰が引けたようだ。
「ええと……
大変素晴らしい逸品ではあるのですがこの短期間に3頭ともなりますと、相場というものがございましてですね……」
「だからなんぼやねん?」
「2……2頭で40万ギルで如何でしょう……」
「ふうん?
肌の色がちゃうんやし、こっちのんが体も大きいんやけどなあ?」
メグが俺の方を確認するように見る。
「手数料の方はどんな計算になってるんだ?」
1割以上浮く勘定でここへ来てるんだ、気になるじゃないか。
「手数料でございますか?」
「商業ギルドの紹介状は見せたやん?
ウチはBランクやけど、この人らは行商人やで?
わざわざ紹介状貰ろて来とるんや、まさか3割引いとらんやろな?」
これが決め手でさらに交渉は続く。
メグは45万ギルという金額を叩き出した。