シーサウスト
炭焼き一段落のタイミングで作業場を襲ったビグオーガ。
俺たちは4人揃ってシーサウストへそいつを売りに来た。
だがお目当ては打ち上げの、ちょっと豪華な夕食だ。
メグに聞いたその店はバイクラッツェスと言うどこかドイツ風の名だそうだ。
まあ、ドイツなんか行ったことないんだけどな。
俺はパスポートも取ったことがない。
その建物は大玄関を中央に配した、2階建のシンメトリーになっていた。
玄関上と左右に8つ、都合17の窓それぞれに魔石灯の光が灯って、どこか洋館のような佇まい。
「ウチ、いっぺんここ入ってみたかったんや!
あ、駐めるんはあっちやで」
街路との間に生垣があって敷地と分けられている。
明るいときに見たかったなと思いつつ前を通り過ぎ、馬車の並ぶ広場を大回りに進んで建物脇へ戻る。
馬車はバックが苦手だからな、前後をたっぷり開けての縦列駐車が基本だ。
通路は5列分もあって1列に6台が並べる。御者が残っていて、主人が食事中も移動やら馬車の面倒を見ているらしい。
俺は少し店からは離れるが車列から外れた場所にタクシーを駐めた。
俺のタクシーは、運転手を残すってわけにもいかないからな。
て言うか俺が食いそびれる。
ガラスの入った玄関の大扉から見える店内は思いの外明るい。
隠しに置かれた魔石灯が落ち着いた調度品を柔らかく照らす。
エントランスの向こうにも同じような両開きの扉があって、その前に男が一人綺麗な姿勢で立っていた。
ドラマや映画なら黒服に蝶ネクタイと言うところだが、もちろんそんなことはない。
ただその立ち姿はそう言ったものを彷彿とさせた。
ウォルトが外の扉を押し開け、エントランスに踏み込む。
「いらっしゃいませ。
4人様でよろしいですか?」
俺たちは窯焼き作業で汚れた物は着替えてはいるが、いたってぞんざいな服装だ。
男はそんなことには構わないようで、内扉を開き先に立ってホールへ向かう。
「こちらへどうぞ。
窓際でよろしいですか?」
頷くとメグを手で示し椅子を引いた。
ウエイターがやって来てクレアも引かれた椅子に腰を下ろす。
俺とウォルトはその大仰なセレモニーの間に勝手に座る。
どうもこう言う形式張ったのは馴染めねえ。
メグが俺の左、クレアは向い側だ。
メニューはツヤのある薄板で羊皮紙を綴じた物を人数分。
板を捲ると、ふわっと皮が緩やかに持ち上がる。
こう薄いと、皮はどうしたって平らなままではいないもんだ。
元が平らな物じゃないからしょうがない。
それを薄板で抑えてそれ以上歪まないようにしようってところか。
なんで皮を俺がそんなに気にするのかって?
書いてある字が読めねえからだよ。
「うーん、あたしはよくわからないなあ。
こっちの端から5つでいっか。
あとお酒!エールある?」
「ほな、ウチはその続きを2つ頼んでみたろ。ワインも貰とこか。
ウォルトはどないしよる?」
「僕はタイラーの蒸し焼きを一つもらうよ」
「タイラーなん?
これ量はどない?」
メグが待機しているウエイターに聞いた。
「お客様は体格がよろしいですから、少し物足りないかも知れません。
ですが、追加できますからご心配には及びません」
「そっか。じゃあ取り皿貰って、あたしの分からタケオが欲しいの選びなよ。
そうなるとこっちのも追加ね」
クレアはメニューから次の料理名らしい場所を指して言う。
相変わらずクレアは食うなあ。
5人前を確保したいってか。
メグも二つ頼んだし。
ウォルトは弁当をしっかり食ってたが、場違い感で気後れでもしてるのか?
「飲み物も頼まんと。
こっちのエレス果汁でええか?」
俺たちは頷き、ウエイターが一礼して退がった。
重厚な赤黒いテーブルの縁を囲むように細かな飾り彫りがしてある。
彫られた溝の中までツヤがあるのは何か塗り込んだんだろう。
「料理、楽しみやなあ。
なんつうたかてシーサウストは海鮮や。
煮ても焼いても蒸しても、新鮮なんは美味いでえ」
「あたしは肉がいい!
2つくらいあの中に入ってたし。
わあ、お腹すいた」
「子供みたいなこと言ってないで大人しくしてろ」
全く図体は大きいが中身はクレアだ。
しょうがねえ。
最初に運ばれて来た料理は40センチほどもある大皿が2枚。
メグの前に置かれたのは緑の絡み合う草模様の縁取りの皿、その中央に頭と尾がはみ出すほどの大きな青黄横縞の魚だ。
身には2本の切れ込みが入っており、溢れるような白い魚肉が覗いている。トロリとした餡が全体を覆う周りには、赤黄の野菜が散って色も鮮やかだった。
クレアの前に置かれたのも同じくらいの大皿で、こちらは赤い草花の模様が厚手の肉の群れを取り囲んでいた。
肉は全て3センチ角に切り分けられ、その周囲に葉の細かいパセリ風が散らされている。
色の異なるソースの入った3つの小鉢が添えられているのは、味変わりを楽しむのだろうか。
エールとワインがそれぞれ供された。
俺たちには黄色っぽい果汁だ。
すぐにまた3皿が持ち込まれ、ウォルトの前にも置かれる。
皿はメグと同じ草模様だが、身の厚い魚らしく厚手の切り身が三角形を描くように配置されていた。
互いの丸みであまり面積の残らないその中央に、赤いソースがたっぷりと注がれている。
薄い黄緑色の草の茎のような物が5本と、黄色の花びらが切り身の周囲に散っていた。
後の二皿も意匠を凝らした料理で、クレアが受け取った取り皿にいくつか取って俺に回してくれる。
「食べたいのがあったら言ってね」
最初に出て来た肉もあったので、濃い色のソースで齧ってみた。
一口食べて、これは白飯と一緒に食いたい、と思ったがこっちでは見たことがない。
パンを千切って口に入れたが、確かに柔らかく美味しいパンだ。
しかし白飯じゃないんだなこれが。残念!
次は白身魚の蒸し物か。
うん!塩味抑えめで胡椒っぽいのが効いている。
これは美味いな。
「なあ、スープってないのか?」
「ああ、がっつり行きたいからまだ頼んでないよ。
ちょっとお願い!」
クレアがウエイターを呼ぶ。
スープはクリーム系と出汁系、辛い系でそれぞれ幾つかあるらしい。
名前やら聞いてもわからんが、俺が聞いた範囲じゃそうなった。
出汁系のスープを一つ頼んだ。
「はい。シュトラールスープですね、かしこまりました」
出て来たスープはコンソメ風だが味は別物、だが美味い。
ウォルトも魚介の料理を、取り皿に2切れほどクレアから回してもらって食べている。
そうやって取り皿に盛り付けの世話をするクレアだが、すでに3皿を完食、4皿目も半ば。
俺たちが取り皿で3枚分ほど分けてもらったとはいえ、見事な食いっぷりだ。
メグはまだ一皿目をのんびりと、だが楽しそうに食べ進めているのとは対照的だ。
メグを見ると今日は妙に楽しげで、美味しい食事のせいばかりとは……
カップを見るとほとんど飲んでしまっている。
「メグ、飲むの速くないか?」
「そんなことあらへん、いっつも通りやんかー。
タケオ、いっぱい食うたか?
食わんと大っきくなれへんでぇ?」
「余計なお世話だ」
「あはは。ウチ、その反応好っきやでぇ。
今思い出してんけどなあ、お婆はんに聞いたんや。
この赤い実あるやろ?」
メグがそう言って指すのは赤い筒状の、野菜なのかやたら長い。
なんと言ったかスーパーでこんな豆を見た記憶がある。
「こんなんが6つ、世界のどこかにあるんやって。
ほら、魔法の系統があるやろ?あれと一緒の、水、火、風、土、光、闇の6つや。
透き通った棒で、色はそれぞれちゃう言うとったけどなあ?
お婆はん言うとったけど、そう言う場所で取れるんやて」
サークル?そう聞こえたが丸い場所なのか?
「あたしもお母さんに聞いた!
王都の北に一つあるって言ってた」
「ウォルトは?」
「僕は聞いたことないなあ」
あ、そうか。ウォルトのとこは母親が早くに亡くなったらしいからなあ。
その後も枕がどうの財布がどうのと、毒にも薬にもならない話で盛り上がる。
若いって言うのは楽しそうでいいな。
おっと、ウォルトが眠そうだ。
「良いんじゃない?寝かせてあげなよ」
クレアは事も無げに言うがこの大きな男を運ぶのは大変だ。
「おい、ウォルト、眠いんならタクシーで寝てくれ、ヒーターつけるから。
ほら、立って。
行くぞ」
半寝ぼけの手を引いてタクシーまで歩く。夜気に当たってウォルトが少しはシャッキリしたんで、助手席に詰め込んでヒーターを入れてやる。
外からロックして店に戻る途中、俺は上着の襟を掻き合わせた。
「寒くなって来たなあ」
ズズっと鼻水を啜って店に戻ると、まだクレアとメグは楽しそうに何か喋っている。
「ウォルトは助手席に放り込んできたよ。
ヒーター点けてドアロックもしたから大丈夫だろ」
「おー。タケオ、ご帰還!
デザートなにがいい?」
酔っ払っいめ、まだ食うのか?
と言うか、皿が残ってない。
食ってしまったのか?腹は大丈夫なんだろうな?
ウエイターの説明で、クレアはフルーツの飾り盛り、メグは菓子の盛り合わせをそれぞれ頼んでいた。
俺も一口ずつ味見に付き合わされたが、向こうのと比べても悪くない味だったと思う。
「そー言えばやけどな?
さっきは忘れとったんやけど、空のお月さんの話や。あれ魔法に関係がある言う者がおるらしいで。
水は青、火は赤、風は緑で土は橙、ほんで光は真っ白で闇は黒っぽい色の6つの月が、この空を巡っとるんやって。
ほんまやったら面白い話やなあ?」
メグは珍しくこんな蘊蓄話を披露して、クレアより先に撃沈した。
予約した宿では運ぶのが小柄なメグで助かった。
ウォルトは酒が入ってるわけじゃないから、起こしたら自分の足でベッドまで行った。
今日は酔っ払いの面倒が少なくて良かったよ。
また来週お目にかかりましょう




