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炭焼き終了

 炭焼き窯の火の番も、あと一回りで終わると言うところへ近づく1体の魔物。


 いつもの通り真っ先に気がついたのはクレアだ。


 この半島に入るときに大きめの赤丸が3つ見えていたが、場所が遠いので放置していた。

 そのうちの1体が近づいていると言うので、俺は起こされたわけだがクレアはまず腹ごしらえをしろと言う。


「だって丁度用意ができたんだもの。

 冷めちゃうから食べちゃってよ」


 クレアの中の優先順位がどうなっているのか問いただしたいところだが、対魔物の戦闘になって俺が役に立たないのも事実だ。


 家にいても、実の娘に小突き回されるような扱いが普通だったと、今更ながら思い出す。

 個人タクシーの収入なんて、長時間流して客を探してもさまざま経費が掛かって、そう大したものではない。

 年金の額が少ないからその穴埋めと、あとはボケ防止の道楽みたいなもんだ。


 娘にしてみれば要らん心配させられて……


 ダメだ。愚痴っぽくていけねえ。


「ほら、さっさと食べちゃって。

 もうそこまで来てる。タケオにはクレーンで足止めしてもらわないといけないんだから!」


 え?当てにされてる?


「せやでえ。仕留めるんはウチかもしれへんけど、クレアはウチの前で警戒してもらわんといけんやん。

 クレーンはタケオの仕事やで」


「おお、そうか!

 そうだな!」


 のんびり食ってる場合じゃねえか。

 俺は掻っこんで、運転席に収まった。

 左右の窓ガラスを下ろし声が聞きやすいようすると、前に出たクレアの手合図で位置取りをする。


 クレアは待機を寄越してさらに前へ出る。

 広場と森の境目、木の並ぶ最前線だ。

 タクシーの10m程前。


 俺の耳にも何か大きな奴が近づく、藪を掻き分けるガサガサ音が聴こえる。

 飛び出してきたやつを足止めする気らしい。


 なら、俺がやるのは止まった相手のどこかにフックを掛け、メグの的に仕立てることだ。


 俺はクレアの前方にクレーンのフックマークを持って行く。


 その画面に小さい赤丸が森からクレアの横を走り抜けようとして、クレアを示す青丸がツイと左右に揺れる。

 思わぬ成り行きに、俺はすっかり慌ててしまった。


 が大きな赤丸はもそこまできている。


 ええい。落ち着け!


 赤丸はかなり大きい、動きもそこそこ早いから画面を拡大すると位置を見失うかも知れない。


 森の境界を示す薄い緑のベールからもう少しで出る。

 青丸がちょいと右へ動く、そこへ

 グアァァーー‼︎


 赤丸が止まって周囲に咆哮が轟く。


 ビクッと震える肩を押さえるように両手を握って、俺はそのまま次の動きを待った。


 バキャ!


 異音と共に太い枝が折れ、あらぬ方へ飛んで行く。

 いつぞやのオークとの遭遇がフラッシュバックした。

 俺を正気に戻したのは、クレアの殴り付けるような槍の穂先を、でかい人形(ひとがた)の化け物が片手で受け止める音だった。

 そいつはクレアの槍の先を握ったままズイと前へ出た。


 画面を見るとまさにフックマークにかかろうと言う位置だ。

 俺がゴクリと緊張の生唾を飲もうかと言うところで、さらに赤丸が1歩出る。


 今だ!


 フックマークを指で叩き巻き上げを…

 クレアの青丸が左へ飛んで行くが、俺は構わずフックを巻き上げる。

 すぐに過負荷の警告が出てクレーンが止まる。


 顔を上げるとでかい赤肌のオーガだ。

 クレアの槍先を握ってガウガウと戸惑っている。


 クレアは?!


 左にフラリと人影が立ち上がる。

 クレアだ!

 大丈夫なのか?


 そこへブツブツ詠唱の切れ端が耳に届く。

 右のドアミラーに杖を掲げたメグがいた。


 すぐに日が翳る。

 見なくたってわかる、これは雷魔法の前兆だ。

 ヒュンと何かが屋根を掠めるように飛んで行く。


 わっ!やべ!


 俺が目を閉じて腕を顔の前へ、が間に合わず瞼を通して強烈な閃光が視界を真っ赤に染めた。


 目の痛みにギュッと両目を食いしばる。

 視界はすぐに赤から白に変わった。

 二の腕で目を覆う。


 痛みは和らいだが目を開けると、視界の中心部に白い残像が広く残って、周囲しか見えない。

 やっと見える周囲を見ようとすると、目玉が動いてそこが真っ白になる。


 ダメだコリャ。

 しばらくこのままじっとしてる他ないな。


 外から聞こえる音でクレアがスマホでクレーン操作をして、解体が始まってるようだと分かる。


 よく見てる暇はなかったが赤い肌の大きなオーガだった。

 素手でクレアの槍の穂先を掴むなんてな。それで穂先を握ったままクレアを押し込んで、槍をもぎ取っていた。


 上背がクレアよりずっと大きくて、先日遭ったやつより一回り二回り大きい。


「タケオ。もしかしてまたやっちゃった?」


「そうみたいやな。(めえ)閉じとるし」


「メグの掛け声が聞こえなかったんだよ」


「あれ、ウチ言わんやった?

 あれー?

 タケオはん、すんまへん、ウチ、忘れてもうたみたいや!堪忍や!」


「まあいいよ。

 それよりだいぶ大きいんじゃないのか?

 アレ、オーガなのか?」


「うん、それなんだけどね、ビグオーガだって。

 メグも聞いたことないって言うし、なんだろね」


「でかいオーガってことか?

 大きいはビッグとは言うけどな?

 それでなんか小さいの、2つ来てなかったか?」


「ああ。あれ、イッカクネズミだよ。

 あのオーガに追われたのかなあ。

 飛び出して来たから、ちょっと慌てちゃった。

 でなきゃ槍掴まれたりしないんだから」


「もう、それの解体まで終わっとるで。

 夕飯に丁度ええわ」


「あ。ウォルトはどうした?

 交代せんといかんだろう?」


「せやったなあ。ウチ聞いてくるわ」


「タケオ、これ目に当てといて」


 クレアが渡してくれたのは冷やした濡れタオルだ。

 冷たくて気持ちいい。


「荷馬車があるっていいね。あのおっきなオーガが全部載っちゃったよ」


 クレアは炭焼き窯が気になるようでタクシーを離れた。


 今は昼を回ったくらいか。

 ウォルトは日暮れまでは今の調子で焚くと言っていた。

 そのまま休んで明日ヤイズルにでも行ってみるつもりだったが、思わぬ素材、特に肉が手に入ってしまった。

 一晩くらいは腐ったりもしないが森が近い。

 虫やら獣やらが集ると厄介だ。


 待てよ、ヤイズルに行くのもシーサウストに行くのも、メグのリペアのおかげで今はそう変わらないな……



 目を開けられるようになったので窯の様子を見に行った。

 陽はかなり傾いて来ていて、ウォルトが真剣な顔で焚き口と睨めっこだ。


 メグがタクシーの後ろで寝てるのは見ていたが、クレアが窯のレンガに手を当て離して、熱いのかヒラヒラさせるってのを繰り返している。


 そこまでして中が気になるのか?


 聞いてみたが感覚的な話ばかりで要領を得ない。

 まあいいさ。


 そうこうするうちにウォルトが焚き口にレンガを並べ始めた。

 起きて来たメグが即興で練る目土をたっぷり絡めて、レンガを手早く積んで行く。

 7段ほどで残るのは横に長い数センチの隙間だ。

 そこへも楔型に作っておいたレンガを、ネットリした目土と共に押し込んで行く。

 最後にはみ出た目土を薪の端材で撫でて馴染ませた。

 次は排煙口の閉鎖だ。


 ウォルトは立ち上がると腰を一つ伸ばした。


 窯の左を回り込むように、目土の入った手桶を持って斜面を登って行く。


 目土を排煙口にてっぺんに薄く塗り広げると、窯のアーチに持たせかけるように置いてあった大きなレンガ製の蓋を、ウォルトは軽々持ち上げる。


「こんな大きな板はレンガじゃ作れないんです。

 でもこれは焼くわけじゃないんで、割れる心配がない。重さもこの通り軽いですから」


 そう言ってウォルトは笑うが、いつもならレンガを三角屋根のように積んで穴を塞ぐんだそうな。


 大きなブロック一個で済むのは画期的らしい。


「ここの炭はこの間のと比べると、粒々が多いみたい。

 あっちは後2日だっけ?」

 クレアが窯の壁に向かって言う。


「そのくらいだね」


 粒々うんぬんはウォルトも流すようだ。

 俺にも感覚的過ぎてわからんし。


「どうだ?シーサウストにこれから走るか?」


「今から?

 あ、でも道が良くなってるからそれでもいいのか!」


「ウチのお陰やで!」


 本当はトゥリー湖の先の泥水道も直してしまいたいんだが。

 あれが直って走りやすくなれば、エンスローの街までだって1日掛からない。


 移動速度が極端に遅いからひどく遠く感じるが、だいたい300kmくらいだと俺は思っている。


「じゃあなんか美味しいものが食べたい!」


 クレアは食い気が一番か。


 まあこの窯の炭がどうなるかまでは見たいよな。

 なんと言っても断熱レンガだ。

 燃やした薪は予定の半分もいってない。

 壁を通して逃げる熱が少ないから温度が上がり過ぎたと、燃やす量を抑える方がむしろ大変だったくらいだ。

 いつもは加減なんかほとんどせず、燃えかすを押し込むように薪を積み上げるんだと言ってたからな。


 焚き口を塞いでも、窯の中の高温は続くわけだ。それがどう影響してくるか。


 おっと。ぼんやりしてるうちに、荷馬車に幌布が掛かってる。

 タクシーをバックで荷馬車に付けてやるか。


「3日もよう頑張ったんやから、ご褒美が欲しいやん。

 このビグオーガ、(たこ)売れよったらええなあ」


「きっといい値段が付くよ。内臓以外ほとんど捨ててないもの」


 さっき見たけど剥製にでもする気か?

 本当に血と内臓(ワタ)抜いただけだろ。

 珍しい魔物ならそれもありかもだが。


「出すぞ」

 俺はそう声を掛けてアクセルを踏み込んだ。

 材木に比べれば、ほとんどクレーンで重さが相殺されたビグオーガくらいはなんでもない。

 この半島の道はそれほど良くはないが走るのに支障はない。

 魔石をかけて良くしたところで通る者もいない。

 作ってしまった水路に橋を架けた程度だ。


 距離も短いから、すぐにヤイズル街道が見えて右に折れる。


 俺たちは赤い夕陽に照らされる街道を、一路シーサウストに向かって走り出した。

 時計を見ると16:32。陽が短くなっている。


 シーサウストの街に入る頃には陽が沈んで宵闇が迫る。

 ヘッドライトは暗さを感知して、随分前から前を照らしてくれている。


 まず目指すのは冒険者ギルドだ。

 商業ギルドが俺とクレアの本拠地だが、メグをリーダーにて「イブちゃんタクシー」は再登録してある。

 ビグオーガを売りに行くのになんの問題もない。

 但し、手数料を3割引かれるのが我慢できればと条件は付く。


 まあ、時間が時間だ。食堂にしろ宿にしろ、早めに押さえたい。

 と言ってこんな大荷物を抱えていては動きにくい。


 建物の前に広場を構える冒険者ギルドは、入り口の両側に魔石灯が一つずつ灯る。

 が、大荷物は裏口だ。右の脇の通路をタクシーは入って行って、途中の入り口でメグとクレアが降りて大扉を開ける交渉だ。

 行き違いできる広さはある通路だが、建物に挟まれた場所なので停まっているのはあずましく(居心地が良く)ない。


 大扉が開き、大きな倉庫のような大物の持ち込みカウンターに荷馬車を寄せる。

 クレアとメグが幌布を留めているロープに取り付き、ウォルトも手伝いに降りて行った。


「お、なんだこりゃあ!

 ビグオーガじゃねえか!?」


 そんなに驚くようなものなのか?

 てか、その名前知ってるんだな?


 オーガの変異種で同じくもっと北に居るらしいが、この辺りで見ることはなかったそうだ。


 流石は解体場の長、よく知っている。


 魔石抜きで22万3600ギルの値がついた。

 向こうで言ったら200万円超えとか、とんでもない額だ。タクシーが買える。

 と……持って帰れるわけじゃないからどうでもいいか。


 外は暗いが時間はまだ早い。18:00を回ったくらい。


 メグのお勧め宿で部屋を確保し荷馬車を預けると、俺たちが豪華で美味しい飯を目指しシーサウストの歓楽街へ向かった。

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