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ヨクレールの宿

6話目

本日も5話分投稿してみます。

「ちょいと、あんた!

 クレアが帰って来てないよ!

 もうすっかり暗いってのに!」


 玄関先から、客への配慮などないかのような大きな声が厨房に向かって飛んだ。


「ああん?今日はどこへ行くって言ってたんだ?」


 こちらもそれなりの人数がいるというのに、食堂で飲み食いしてる客の話し声に被せるように内輪の話を返す。

 が、ここのそんなことを咎め立てする上品な客などいない。

 それどころか。


「クレアなら昨今朝ギルドで会ったぜ?

 黒の森へ薬草採取の依頼を受けてたはずだ。

 まだ帰ってないってか?」


 そう返すのは客の一人、既に1年くらいこの村に居着いた冒険者の一人。


「そうなんだよ!

 全く心配だねえ!」


 ここはヨクレールただ1軒の宿屋。名など無い。

 2階、3階は宿泊用の部屋になっていて1階に厨房、食堂がある。

 元冒険者の旦那と女将の二人、あとは通いの店員で切り盛りしている小さな店だ。

 亭主は渡り廊下で宿と繋がる、小さな離れに住んでいる。


 宿の利用客は少ないが、食堂は評判がいい。

 千人を切る人数しかいない村人の中にも、飯や酒目当ての常連が結構な数いるので、こうやってもう7年目ともなる営業が続けられている。


 宿は夕飯時。冒険者の生活は総じて不規則だったりするが、1日の疲れを明日に持ち越さないためにもしっかり食って、発散できるものは発散しておくのだ。

 もちろん情報収集も怠りない。


 この時間も陽が落ちて2ハワ(時間)ほど経っている。

 そんな半ば宴会ムードの店内で女将(ナブラ)が叫びを上げる騒ぎなのだ。


 クレアというのは1年ほど前に流れて来て、一時はこの宿で住み込みの店員をしていたエルザという女の娘だ。


 上品で物腰の穏やかなその女の給仕は、常連の間でも密かな楽しみだった。


 どこかいい家の出だなんて噂もあったが、腰の低さからよほどできた商家ではなどと言われていた。


 常連達は粗野な一見(いちげん)連中など近づけてなるか、なんて気概で皆で足繁く通ったものだが、それも半年ほどのこと。


 母親のエルザはある日を境に病を得て、宿の1室で寝込んでしまった。

 代わりに給仕に出たのがクレアというまだ幼さの残る娘。

 看病の傍ら昼時、夕食どきに食堂に姿を見せて健気に働く。

 常連一同は、その姿にそっと涙したものだ。


 そのクレアが冒険者になると言い出した。


 1人立ちするならそれもいいだろうと、亭主のカッツェドスが、自分の現役時代の槍まで譲ったというんだから、皆驚いた。

 あの小男(カッツェドス)はああ見えてBランクまで行った槍使い。一緒に譲った草臥れた革鎧はともかく、あの槍は持ち手の属性魔法もわずかながら通すという逸品だ。


 いつか武器屋に卸すなら使ってみたいと、密かに狙う者もいる程の短槍だ。

 そうなれば売り値は5万10万ではきかないだろう。


 女将のナブラも同じパーティで、魔獣狩に森へ分け入ったというのも村内(むらうち)ではよく知られた話。

 子供がいないので、娘にように可愛がってるのだろうともっぱらの噂だった。


 朝早くから黒の森へ採取に出掛けてもう日暮過ぎ、外は真っ暗とあっては、流石に心配になった宿の女将(ナブラ)が騒ぎ出すのも無理はない。


「そいつは心配だなあ。

 よし、これから何人か集めて黒の森まで見に行ってやるよ」


 見兼ねた客の一人が、飯を掻き込む手を止め声を掛けた。


「キダス、本当かい?

 恩に着るよ! 頼んだよ!」


 バタバタとキダスと呼ばれた男は、皿の上に使ったフォークを置く手間も惜しんで、食堂を飛び出して行った。


   ・   ・   ・


 一方こちらは冒険者ギルド。

 クレアが採取依頼から戻っていないことは把握していて、マスター(ナレスカ)が気を揉んでいた。

 そこは受付(ベティ)も分かっていて落ち着かない様子で席周りのペンやインク、報告書類の片付けなどしている。


 日暮の後でもあり、室内の人影は既にない。


 朝一番に集まるはずの顔ぶれの中から、誰を行かせるべきかと思案しているところ、そこへキダスが足音も荒々しく飛び込んだ。


「クレアは、戻ったようか?!」


「あら、キダス。なんだってあんたがクレアの心配なんかしてるのよ?」


 人のいないギルドのホールに、ベティの声が虚に響く。


「ああ、いや。

 カッツェドスとナブラがな、」


「心配してるってか?

 そうだろうね。ギルドとしても気がかりさね」


 ギルドマスター(ナレスカ)が戸口から顔を顔を出す。

 キダスの足音は奥まで響いたのだ。


 キダスが滅多にホールには出ないギルマスの姿に絶句していると、入り口の半ば開いたままの大扉がダアンと開かれた。


 キダスとベティが振り向き、ギョッと見た先には4人の革鎧が立っている。


「お前ら、どうした?」

 顔を顰めるギルマスに

「キダスが走ってるから、なんかあったのかって!」

「クレアに何かあったのか?!」


 口々に情報を求める。皆、駆け出しのクレアが戻らないのを気にしている様子だ。


 その顔ぶれを見回す ギルマス(ナレスカ)がフッと息を吐く。


 何事かと皆がギルマスに注目する。


「こんな時間だが緊急クエストだ。

 お前達5人に黒の森の探索を命じる。

 流石にこの時間では暗闇の黒の森だ、迂闊に動けない。

 捜索は明日の夜明け前からだ。

 装備をチェックしておけ!」


「捜索先は黒の森周辺か。

 あの森は一歩踏み込むと見通しが悪い」

 すぐに情報交換が始まる。


 たまたま集まったにしては粒揃い。

 ギルマスとベティは、頼もしくその一部始終を見つめていた。


「おお、そうだ。

 ベティ、ポーションの在庫を10本出してくれ」


「あ!

 分かりました!」


 5人は何を言い出すのかと、キョトンとした表情だったが

「報酬とは別にポーションを1人2本持たせる。

 使わないで済めば良し、そのままお前達にくれてやる。

 もちろん報酬は別払いだ。

 頼んだぞ!」


 今渡すのは、明日の早朝、ギルドに寄らずとも出発できるようとの気遣いらしい。


 ポーションの内容液は澄んだ淡いピンク色をしているが、この世界でも紫外線による劣化を防ぐため、濃いめの茶色瓶は基本だ。

 もちろん罅やこすり傷を発見しやすいよう、飾り気など全くないのっぺりした外観。

 僅かに栓となる木製キャップに、等級を示すピンク色があるのみ、ラベルすら貼られてはいない。


「B級ポーションじゃねえか!

 これを2本も預かっていいのか?!」


 買えば1本、1万5千ギルは下らない。万一の備えにパーティで1本持てるかどうか。


「無駄に割るんじゃ無いよ?」


 それを聞いて腰の隠しに慎重に分け入れる1同。

 互いに硬いものが当たる位置ではなく、柔らかい緩衝材代わりとなるものを当てがうので、中の整理が必要だった。


   ・   ・   ・


 まだ空にははっきりと星々が輝く。

 小ぶりの月が離れて2つ、空の低い場所に輝く。


 夜明けまでは1ハワかもっとか。


 黒の森まで徒歩で1ハワ、夜明けと同時に踏み込む算段だから集合はこのくらい。

 昨日ギルドで相談した通りだ。

 この時間だと宿の食堂は仕込みの真っ最中、厨房には亭主(カッツェドス)がいるはず。


 宿の前に集まったのは昨日ギルドで集まった5人。

 まずは夜の間にクレアが戻っていないかと、確認のため宿までやって来た。

 閉めた鎧戸の隙間から微かに漏れる光が、宿の者が起きていると告げる。


 キダスはそっと扉を叩いた。

 まだ大きな音を立てていい時間ではない。


 キダス達の予想通り、扉は然程待たせずに開く。

「こんな時間からすまないね。

 クレアは戻ってない。

 これは弁当だ、こんなことしかできなくって、あたしは申し訳ないんだ。

 でもね……」


 ここで泣き出されちゃ堪らんとキダスが遮る。


「んなこた良いんだ。

 これはありがたくいただいて行く。

 良い知らせを待っていることだ」


    ・    ・    ・


 空が白み始めた頃5人は黒の森に差し掛かる。

 クレアがどのあたりで採取しているのかはわからない。

 結構広い森だが、ヨクレールから徒歩で行ける経路は限られる。

 そこから採取で探索する範囲も。

 まだ薄暗い中、木々の疎な林を抜け左右に広がる広い草原、正面には真っ暗な森。


 そのあたりは確かに、クレアがタケオのタクシーとで会った場所だった。


 よく見れば、昨日にタクシーが踏んだ草の筋2本が、見分けられたかも知れない。

 そして右手遥かに、登る朝日を背に小さく停まるタクシーの姿も見えたかも知れない。


 街道は黒の森の東を掠め、それ故にヨクレールからの近道からはやや外れた位置へタクシーは移動し、クレアが探索していた事を彼らは知らない。

 街道方面へ探索範囲を移動し、あまつさえオークとの戦闘があったことなど知る由もない。


 捜索範囲を広げて、彼らが宙天高く登った陽の下で見つけたのは、大枝が数十メルキに渡って削った草地、そのそばに持ちきれない獲物を埋めた跡。

 被せた土はグレイウルフらしい足跡が荒らしたようで、軽く掘っただけでオークと知れた。


 土が露出した大枝付近には見慣れぬタイヤ痕(トレッド)と、クレアらしい小ぶりな革の編み上げ靴の踏み跡がはっきりと見て取れる。


 誰がオークを倒したにせよ、街道に向かって踏んだ2条の草の踏み跡が、その者の無事を雄弁に物語っていた。


 5人は1時(いっとき)その様子に困惑した顔を見せたが、やがてにんまりと笑顔を交わし、揚々と帰途に就いた。

ヨクレールの町ってこんな町です。そんなお話。

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