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炭焼き

 今日は朝からよく晴れている。

 あたしは昨夜なんだかうるさくて目が覚めた。


 でも、あの時間に立ち会えたのは一つの奇跡だ。

 今でも本当にあったことか疑ってしまう自分がいる。


 あれが、あたしが感覚を頼りに手を入れたのが、魔道具の中で一番安いと言う魔石灯だったなんて。

 あの。

 暗闇の中でピシパシと弾ける空の雷光。

 何か夢の中の光景。


 そして瞑った目と覆った手のひらを通しても眩しかった光。

 そこからほんの一瞬遅れて、つん裂く天地を分つかのような轟音が聞こえて。


 本当にこの目で見たのか疑ってしまう。


 あの場にいた4人が、あたしとタケオ、ウォルト、そしてメグ。

 その4人があれを見たんだということが今も信じられない。


 おかげで今朝はちょっと眠い。


 タケオが一人起き出して朝ごはんの用意をしている。


 あたしもお手伝いしないとね。

 お爺ちゃんに任せっぱなしってわけにはいかないよ。


「タケオ。おはよう!」


「クレア、早いな。もう少し寝てても良いんだぞ?」


「うん。でも手伝うよ」


 ヨクレールで燻ってたあたしを外へ連れ出してくれたタケオだもの。

 これくらいは。


 タケオがだいたいやっちゃってるので、あたしはスープの味見をして、隠し味をちょっと追加。

 あとは食器の用意だけだ。


「できたな。あとのは起きるのを待つってことで、俺たちだけ食べちまおうか?」


「そうだね。起きたらちょっと温めてやれば良いし」


 パンにスープと細切り焼きベーコンの乗ったサラダ。そんなに変わったものは作ってない。

 でもそれが安心して食べられるって言うか、なんかホッとする。


 食べ終わって洗い物だけ桶に浸けて、昨日の続きだ。

 メグに改造してあげた魔石灯の心臓部。あれを明るい中でじっくり見たいじゃない。

 読書灯が明るいと言ったってお日様の光には敵わない。


「お。それ、また見てるのか?」


「うん。明るいとこで見たかったんだ」


「コンロのとはだいぶちがうのか?」


「どうだろうね?でもあれはまだ使うものだから壊すわけにはいかないよ?」


 あたしはタケオの質問にテキトーに答えながら、銅の色をした小さな金属板の模様を辿る。

 なんか文字ってか単語ってか?

 首から下げてる銀のリングの刻印を思い出して、同じようにスマホで撮ってみようと思ったんだ。


 タケオはそんなあたしを見ながら、何をするでもなくそばにいた。

 だからあたしはタケオに魔石の枠を持たせてスマホを向ける。小さいものが相手で近いから、ピント合わせにちょっと苦労して、ああだこうだ言いながらなんとか写真に撮った。


 それを見せると

「ずいぶん複雑な模様だな。しかしこうやって画面に出してくれなきゃ絶対見えねえな」


 そう言ってまじまじと画面を見るタケオをあたしは見ていたんだ。


「でもこれ銅の他になんか混じってるよね。

 少なくとも銅貨と同じ色じゃ無いよ」


「そらそうや。銅貨の銅も(かと)なるように混じりものが入ってるで。

 生の胴やったら毒の緑青(ろくしょう)がでよるし、柔こうて角が直ぐに減ってまうからなあ。

 魔法陣の銅色は魔銅言うて、魔法陣用に調合された特別や。

 相場までは覚えとらんけど、良い値段してるはずやで」


「メグちゃん。おはよう」


「昨夜は遅かったんだからゆっくり寝てりゃ良いのに」


「うちは大したことしてへんからええんや。

 てか、朝起きるんはタケオとクレアに負けとるし」


「スープは少しあっためた方がいいぞ?」


「んー?ウチ、猫舌やからこのくらいでええわ」

 鍋に触れてメグが返した。


「それで、どないするんや?炭の窯やってまうんか?

 出来上がったら炭焼いてまうんやろから、3日は動けへんで?」


 炭焼きの窯は屋根が出来上がれば、ほぼ完成。

 あたしの魔法で硬化が終われば、直ぐにも使えちゃうんだろう。


「うん。やっちゃうつもりだよ」


「そうかあ。それやったらウォルトに気張ってもらわんとなあ」


「また交代で火の番するから、そう気を張るもんでも無いだろ。

 それよりメグ、魔法陣の写真見るか?」


「うん。これ食べてからなあ」


 魔法陣の方は特に新しい発見もなく、起き出したウォルトが朝飯を掻きこんで、炭焼き窯の作業が始まった。


 午前中には複雑なアーチの積み上げが終わり、硬化後の屋根にウォルトが登ってチェックを入れている。

 盛り土を煙突周りに足してさらに1メルキレンガを積み上げる。

 煙突は高い方が薪がよく燃えるんだって。

 ただ、最後に蓋をするからね、あんまり高いと届かない。あたしのレンガは軽いから、と言って2段余計に積んでウォルトが笑った。


 気の早いメグちゃんが炭に焼くための木をまとめて水盤で運んでいる。

 ウォルトは屋根から降りると窯の中に材木を並べ始めた。


 タケオが手を出していたけど、たちまちウォルトからやり直しが掛かる。壁際は向こうへ寄りかかるように太い方が下、傾斜が緩くなると逆に使って調整するとか、低い位置の排煙口周りは曲がり材を並べて隙間を作るとか。

 あたしでも背の届かないアーチと立てた木の間に、ぎっしり木を詰め込むってタケオにさせる仕事じゃないでしょ、無理だもの。


 木炭になる木をギュウギュウに詰め込みながら、出入り口をレンガで塞ぐ。

 メグちゃんが焚き口の周りに嫌と言うほど乾いた薪を積み上げる。

 昼飯も晩飯も忘れ果てたみたいにウォルトが動き回っていた。


「火入れを前にして落ち着かないんだろう」

 タケオはそう言うけど、同じような確認を何度もして、ブツブツ言いながら歩き回ってた。


「始まるまでは何を言っても無駄だよ」と、タケオは言う。


「どうも責任感が空回りするタイプのようだ。いや、悪い性格じゃねえんだよ。

 一生懸命ってやつだから」


 日がかなり傾き、足元も覚束なくなった頃、やっと準備ができたと納得したウォルトが、窯にオレンジ石の着火具で点火した。


 火は順調に大きくなって、排煙口からは濃い白い煙がもうもうと上がる。

 レンガを焼いた時も最初はこうだった。そう思って見ていると1時間ほどで煙の色が薄くなる。


 ウォルトがしきりに首を傾げているのを見てタケオが聞いた。

「どうした?何か問題か?」


「いや、煙の色変わりが早いんだ」


「それは中の温度が上がったって事か?」


「多分そうじゃ無いかと思う。けど早過ぎる」


「新しいレンガの断熱のせいじゃないのか?」


「あっ!

 そうだった。こんなにちがうのか……

 このまま加減しながら3日温度を維持して行く。

 冷める時間がわからないからいつも通りに10日置く。

 長くて悪いことはないはずだから」


「分かった。火の調整ってのを教えろよ?

 交代するんだから」


 あたしとメグちゃんで炭焼き窯の近くに天幕を張って、しばらく前からお昼兼夕飯の用意を進めている。


 長い夜になるからね、しっかり食べとかないと。



 タケオが火の番で注意しなきゃいけないことを教わって、やってきたウォルトが天幕を不思議そうに見ている。


 思い付きで、荷馬車の幌布を立てた棒とロープで張った簡単なものだ。


「なかなかいいじゃないか。

 で、何があるんだ?

 うっかりお昼抜いたからもうふらふらだよ」


「少しは休んだらええのんに。

 体壊すでえ?」


「ああ。僕はずっと一人だったからね。

 気をつけるよ」


 出来上がった夕飯をあたしはタケオのところへ運ぶ。

 ずっとウォルトに付きっきりで、火を見ていたタケオもお腹が空いてるはずだもの。


「タケオ。ご飯。

 見ててくれたらあたしがやるから食べちゃって」


「おお、助かったぞ。

 ウォルトのやつ、天井ができたらもうノンストップだもんなあ、代わった途端気が抜けて眩暈がしたとこだ」


「えー?そこはしばらく緊張するんじゃないの?

 一人にされたんだし」


「はは。まあ、レンガ焼きやってるからな。

 煙の色を小まめに見るくらいで、見るとこはそんなに大きくは変わってない」


 焚き口は窯の左にあって、斜面の上の方に排煙口があるんだけど、その煙突も左に曲げているので、ここに座って薪を押し込んでいると、丁度立ち上る煙が見えるんだ。

 ビンチョさんって上手に窯を作るよね。


 タケオは煙を見ながら夕飯を掻き込んで、あたしは言われた通り薪をくべる。


 レンガの時より燃やす薪が少なく感じる。

 焚き口の正面は熱いのに背中が寒い。

 ちょっと離れた窯の表面から、ガンガン来るはずの熱がないんだ。


「こりゃあ、夜は冷えそうだね?」


「クレアもそう思うか?」


「うん。毛布を持ってきてあげるね」


 あたしは火の番のために、イブちゃんから毛布を2枚引っ張り出して持っていった。

 多い分には傍に置いておけばいい。


 タケオに次はメグちゃん。次があたしでウォルトに戻ると大体朝だ。

 日中は暑くて1枚脱いで、夜は寒くて毛布が離せない。

 交代で火を焚き続ける3日間は、眠気と共に過ぎていった。


「さあ、もうひと頑張りだ。日が沈むまでは気が抜けない」


 ウォルトのテンションは絶対おかしいと思う。あたし達3人はもうグッタリって感じなのに。


 でも、もうちょっとって言われるとなんかやる気が出てくるね。


 ちょっと気になってこの間焼いた古い炭焼き窯を見に行った。

 まあ、気分転換?


 火を落として8日目だと言うのにまだレンガがほわっと暖かい。


 ウォルトは早く開けると芯まで炭にならないって言ってたけど見えるかな?


 暖かなレンガ壁に引っ付いて中を探る。


 細かい震えから見て、然程の高温ではないようだ。

 炭になった木の輪郭がなんとなく分かる。細い木、太めの木。


 あれ?

 外側の皮1枚?は炭になっているんだろう、均一な感じだけど、中はなんか質感が違う。

 炭の感じがザラっとしてるってって言うか。

 ウォルトの言い方だと、芯にまるっと木が残っちゃうのかと思ったよ。


 でもあれがあと3日、それもこのまま放っとくだけで直るんだろうか?

 不思議!


「クレア。そろそろタケオはん起こして、なんか食べささんとあかんねん」


「もうそんな時間?」


「放っとくとハリキリムシ(ウォルト)が皆やってまうよって。

 交代ささんと後が厄介やで」


 そうだね。若いからってあいつは無茶をする。時々は止めないとね。


 と、そこで大きな気配に気がついた。

 革鎧の隠しからスマホを引き出して索敵画面。

 この半島に入った時に大きめの赤丸が、3つこの辺りに居るのは見ていた。

 遠いから放置していたわけだが、うちの一つが近くに来たらしい。


「タケオも起こしちゃった方がいいね」


 オーガクラス、Cランクくらいが1体だからメグちゃんが一蹴すると思うけど、何が起こるかなんて分からない。

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― 新着の感想 ―
(「魔法陣」と「魔方陣」、色んなところで混同してるの見ますよね~。 ファンタジーな、魔法発動の為の幾何学模様が魔法陣。 ナ◯バープレイス的な、数学パズルが魔方陣。 字面がとても近いのに、丸っきり異なる…
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