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4人で夜の車内

 薄暗い車内。

 カーナビの電源ランプが一つ青くポツンと灯る。

 他に光源は一つもない。

 助手席に座ったウォルトの顔がその中に浮かび、背もたれを挟んでメグの輪郭が浮かぶ。

 車内は外が冷え込み始める中、ヒーターが効いていて寒いとは感じない。


 メグは魔石について考えていたと言った。


「イブちゃんのアレ、リペアや。

 魔法かどうかは微妙なんやけどな、魔石の数と起きる効果が釣り合わんのや。

 ウチの考えやと魔石がもっと沢山要るはずなんや。

 アレ、魔石が(ちい)そなるやろ?

 魔石道具で使(つこ)たかて、魔石が小そなるか?ならんやろ?

 ただのそこらに転がっとるような小石になるだけや」


 ウォルトが頷いた。

 確かに魔石コンロの石の取り替えが一度あったが、ただの黒っぽい石でクレアがその辺にポイと捨てていた。

 対してタクシーの魔石は小さくなって行って、いつのまにか消えてしまう。


「せやからな?あの石も魔力でできとるんやないか、思とるねん。

 まあイブちゃんの魔力消費が極端に少ないって、可能性も残っとるんやけどな」


 魔石そのものが魔力でできている?

 質量はエネルギーそのものだってアインシュタ○ンが言ったそうだ。

 原爆ってそのエネルギーの解放だって話だったが。

 魔石もそう言うとこがあるのか?


「でや。

 例えばやで?

 ウチが魔石を幾つか握り込んで、それ使(つこ)て魔法使えるとしたらどうや?

 魔力のブーストができる思わへんか?」


「そもそもだけど、魔力って何なんだ?」


「さあ?ウチにも分かれへん。

 けどな、ウチの師匠が言わはるんには、濃い薄いはあるらしいやって、魔力は(だあれ)でも持ってるらしいで?

 でな?

 魔法使(つこ)たらその分薄なりよるんやって。

 でなでな?

 その薄なったんがゆっくり戻るんやって。

 他にも言うとったけど、この話、(なご)なるで?」


 ここまでは触りだな。

 そう思って俺は先を促した。


「それで?」

 が、メグは自分の話したいことを話す。


「いや、まだ分かれへんねん。

 どないしたら握った魔石から魔力が取り出せるんか、石まで魔力に変えられるんかずっと考えてんのやけどなあ?」


「魔石コンロみたいな魔道具は、魔石から魔力を引き出してますよね?」


「せやね。それも考えたんやけど、(むつか)しいで。

 ウチも齧っただけやけどな、アレ、魔法陣使(つこ)とるんや。

 魔道具に石のハマる枠があるやろ?

 アレで中の魔力を吸い出しよるんよ」


「じゃあそれで吸い出したら良いんじゃないのか?」


「だから、齧っただけや言うたんや。

 魔法陣の中なんてサッパリやで。

 魔道具師かて、魔法陣は他所から()うてるらしいで?」


「そうか。メグがダメというなら手に負えるようなものじゃないな」


「けど、そうかあ。

 勿体無い(きい)もすんやけど、魔石の枠、毟ってみたろかいな?」


「おいおい何をする気だ」


「あー、いやな?

 ウチ、だいぶ前に魔石灯()うたんを思い出してん。

 1800ギルやったんやけど、イブちゃんおるよってこの頃よう使わへんのや。

 ええ機会や。いっぺん中見たろ」


 メグは後ろの暗がりでゴソゴソ動く。

 小さな背嚢を探し当て中を探っているのだろう。


「あった。これや」


 後席がパッと明るくなる。

 その灯りを見て車内灯のことを教えてなかったかと思い出した。


「天井の真ん中を見てみろ」


「うん?なんか白っぽいんがついとるね?」


「その真ん中辺に小さなつまみがあるだろ?

 それを動かしてみろ」


「お。これ魔石灯やったんか。へえー」


「両側の光ってるとこを押してみろ。

 読書灯だ」


「え、これ押すん?

 うわ、明っかるいやんか。

 へえー、流石イブちゃんやな!」


「同じようなのがこっちにもある、って何回押すんだよ。

 クレアが寝てるんだから消しとけよ」


「あ、せやった。

 ええと、魔石灯や。

 この台のところが外れるはずや。中に魔石が入っとる。

 な?

 ほんで、この囲いの奥に入っとるんが魔法陣や」


 メグは魔石を取り出してこっちに見せるが暗くて見えん。

 前席の車内灯を点けそれを受け取って中を覗く。

 薄茶の乾いた粘土細工みたいな魔石灯の底に小さな出っ張りがある。

 その中央に穴があって奥に黄色っぽい丸い金属板が見えていた。

 色違いのボタン電池みたいに見えるな。

 手前に付いている細い帯は、あれか、乾電池を引き出す用の。嵌った魔石はこれで引き出すんだろう。


 近間はぼやけてしまってよく見えないが、魔法陣が金属らしい事だけは分かった。

 ウォルトに向けると

「僕は見たことありますよ。

 それ、よく見るとすごく細かい模様が描いてあるんです」


 そうか。なんか縞模様っぽいのがチラチラすると思ったら、模様が描いてあるのか。

 50前辺りからずっと老眼で近間は良く見えねえんだった。


 俺は魔石灯をメグに返す。


「この出っ張りだけ取れば行けるやろ。

 スパッと行ったろ」


 そんな乱暴な話で良いのか?1800ギルって事は、2万円くらいしたんだろ?


 だがメグは

「これでどうや。

 魔石入れて……

 タケオ、ウォルト。見てみい!

 面白(おもろ)いで!」


 何事かと見ると光るメグの左手の甲が突き出された。

 伏せて握った拳全体が、手首までボウッと光を纏っている。

 メグが握り込んだ左手を右手の平へ置く。

 小さなケースのようになった魔石灯は、手のひらの上でそのてっぺんだけ薄く光っていた。


「どうなってるんだ?」


「これの上に置いたものが光る?みたいですね…」

「もっぺん乗せてみるな」


 メグが左手を開いたまま上に置く。

 さっきと同じように手首から5本の指先まで光を纏った。


「ホンマやな。何でも光るんやろか?」


 運転席周りの手直なものを取っ替え引っ替え載せてみると、最初からついていた粘土っぽい塊が一番明るい。

 ウォルトがクレアの作ったレンガを取りに行った。

 結果は元の部品とレンガ、金属の順で明るいと判明した。


「って?

 ウチら何しとったんやったっけ?」


「メグちゃんが魔石を使って、ブーストできるかって話じゃなかったの?」


「あ!せやった!」

「クレア、起こしちゃったか?」


「そりゃあね。

 だってあたし抜きで面白そうなことしてるんだもの」


「そりゃあ悪かった」


「それで、どうなのよ。

 それ、良い値段したんでしょ?

 ちょっと前ならあたしの5日分のお金だったんだから」


 そうか。俺と出会うまではそんな(つま)しい生活をしてたのか。


「そやそや。面白(おもろ)い言うてる場合や無かったんや。

 もういっぺん(てえ)光らしたろ。

 さっき、何や、違和感しよったんや」


 メグがまた両手で挟み込むようにして、左手の平を光らせる。


「へえ、指先までしっかり光るんだ?

 すごいすごい。

 へえー……

 ねえ、ちょっとやってみていい?」


「なんか分かりそうなん?」


「どうだろ。ちょっと借りるね?」


 クレアはメグと同じように載せた左手を光らせる。

 小首を一つ傾げ手を逆に入れ替え、右手を上に光らせた。


「こっちの方が分かるかなあ。

 お?」


 クレアは魔石の入った小箱を床に置いて上から押しつける。

 光が強くなった気がするが、あれは車内灯の光が届かない暗い場所のせいか?


 今度は目の前に小箱を持って、じっと見ている。

 レンガの窯を見ていた様子を、俺は思い出した。


「ねえメグ。

 この上の方もう少し削っていい?

 壊さないようにするからさ」


「削るって……

 まあええわ。好きにしたらよろし」


「ようし!

 じゃあね……

 こうかな?」


 クレアは腕環の付いた右手で、てっぺんの光る小箱を撫でるような仕草をする。

 何か変わったようには見えない。


「これ、土じゃないんだけど、ちょっと似てるんだよね。

 あたしにも弄れちゃうくらいには。

 もう少し、もう少し……」


 クレアは撫でる動作を続けた。


 光が弱くなった?

 クレアが撫でる仕草を繰り返すうちに、光はどんどん弱くなる。


 クレアが一つ頷いた。


「ほら、メグちゃん。やってみて!」


「一体何やて……」

「いいから、ほら、手をのせて!」


 気の進まない様子でメグは右手を乗せた。


「オワッ!

 これ魔力やん!

 これ、ウチに使えるんやろか?」


「窓開けてやってみたら?」


「う……うん……」


 メグは杖を使わずに、助手席側の窓を半分開け右手を外へ出す。

 魔石の小箱は握ったままだ。


 メグのブツブツ詠唱するのが聞こえるが、意味は全く分からない。

 雷魔法の時の黒雲が何となく頭に浮かんだ。


 まさかな。

 だが、何をやるつもりだ?


(めえ)(つむ)っといた方がええで?」

「やっぱりか!」

 俺は思わず声を出してツッこんだ。


 かなり高いところでパリパリと光が走る。

 メグの手から白く小さなものが飛んでいった気がした。あれは塩玉!?


「行くでえ。しっかり(めえ)瞑っとき!」


 昼の光より何倍も強い光が爆発する。

 一瞬遅れて轟音が両耳を襲う。

 かなり離れた場所に落ちた電撃だったはずなのに、タクシーの車体がブルリと揺れた。


「あんた何考えてるの、あれ上級魔法じゃないの!」


 クレアがメグの寝間着の袖を引いた。


「ちゃうなあ、上級の何割か上やったで。

 けどな、うちの魔力はいつもの半分も行っとらん感じやで」


「それって……」

「何や、ものすご魔力が流れて行きよったで。

 杖も使とらん言うんに。

 そやけん、高こ上げるより無かったんや」


 あの雷撃の半分以上が魔石の魔力だって言うのか?


「魔石はどうなった?」


 俺が聞くとメグが手元の小箱を車内灯に翳す。


「魔石が無うなってもうた……」


「石まで使い切ってってところか?

 タクシーの魔石と一緒だな」


「多分入っとったんは、ゴブリンかグレイウルフや、そないに魔力の強いやっちゃない。石も魔力に変えてまったちゅうところかいな。

 けど、魔石の魔力がどれくらいあるかなんて分からへんのや。

 ウチの魔力とどっちが上かも分からへんねんで?」


「魔道具で比べ……られないのか、そう言えば。

 俺の知ってる魔道具って細く長くだもんなあ。

 一気に魔力を使うような魔道具は聞いたことねえし。

 対してメグが使う魔法は、大小はあっても大体ドカンってやつだし。

 なるほどなあ」


「何勝手に納得しとんねん。

 まあ言うたらその通りやけど」


「すごいねメグちゃん。

 でもこれ、使えるんじゃない?」


「せやなあ。

 ただなあ、今の感じやと魔石の分は勝手に全部流れてまう感じなんや。

 加減なんかできるやろか?」


「じゃああれか?毎回上級魔法を超えるくらいの魔法になってしまうのか?」


「そうなるで。あの小粒魔石やったらどないなるか、やってみたいとこやけど。

 これ、大きさがえらいちゃうんや」


「あ、それ、多分だけど大丈夫。

 枠だけ変えてあげればいいと思う。

 今やってみる?」


 俺がボンネットオープナーを探り当て、バクンとボンネットが開く音がした時には、ウォルトが外に出て寒風が車内に吹き込んでいた。


 早いな、おい。


「ほら、クレア。持ってきたよ」


 ウォルトが助手席に戻ってドアを閉め、一握りの粒々をクレアに差し出す。


「ありがと」


 粒々をメグに渡し一つだけ持って、魔石の小箱に合わせて持つところまでは見えた。


 後ろは薄暗いし体を捻るのも限界だ。

 息ができねえんだもの。


 逆へ(ひね)ってねじれを戻していると

「ほら、これでどうかな?

 一粒だけ入るようにした」


 メグが窓に寄って開けた窓から右手を突き出し詠唱に入る。


 出た魔法は多分中級の雷。


目瞑(めえつむ)っとき!」


 今回はずいぶん親切だ。

 いつぞやは昼間というのに、光をまともに見てしばらく目を開けられなかったアホが……って俺のことじゃねえか!


「タケオさん、大丈夫ですか?」

 ウォルトに狼狽を心配される始末だよ!

また来週お会いしましょう

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