炭焼き窯
56話と57話重複してました
差し替えました
クレアはメグから貰った腕環で、土魔法が格段に進化した。
それで、レンガ作りを通じて粘土の焼成で起きたことを見られるようになったと言うのだから、流石は魔法世界と言うべきか。
なんと焼かずに粘土に焼成の変化を起こせるらしい。
形の方も自在に操れるようで、見本に草管で模型っぽいものを作って見せたら、かなり良さそうな断熱レンガを作り始めた。
新しいレンガに実用に耐える強度があるかは未知数だが、炭作りで燃やす薪の量はかなり削減できるのでは?
「ほほーう。上手いもんやなあ」
「うわ。軽いですね!」
一つ持ち上げ驚くウォルトに、クレアが試作した蓋なしのレンガを見せる。
「ああ。中はこうなってる」
「あ、穴だらけ?
これはどう言う……」
「断熱ちゃうか?
ただ軽うしたいだけってことはおまへんやろ。
ほら、ウォルト。窯の表面がものゴッツウ、熱なるやろ?
あれはな、ホンマは中で使いたい熱が、外へダダ漏れしとるんや。
それを防ご、言うんやろ」
「メグちゃんお見通しー。離れて立っててもすっごく熱っついんだから!」
「クレアは苦労しとったもんな。
あの熱がぜーんぶ中で、レンガや炭に使えるちゅうこっちゃ。
そしたらどないになる?」
「少ない薪で窯の中が高温になる?
あ、でも冷やす方は今でも長い時間がかかるんだ。
この前焼いた炭だってあと5日……6日だっけ?自然と冷えないと出せないんだよ?」
「あ、ごめん!
レンガは多分もう焼かなくていい!
これ、そのまま積んで窯に使えると思うんだ」
「なんやて?
焼かんでええのん?」
「うん。焼いたのと同じになってるはずなんだ。
焼き色がついてないだけで、あとはおんなじのはず!」
「クレアの土魔法、えらいことになっとんなあ」
「何言ってるの。メグちゃんのリペアに比べたら全然だよ?」
「あれ、ウチの魔法ちゃうもん。
ほとんどイブちゃんがやっとんのやで。
あれ…れ……?」
メグがそのまま俯いて鍔広帽子の影に沈んだ。
こうなるとしばらくこのままっていうのは何度も見ている。放っとくほかないな。
「じゃあこのレンガをそのまま積んで、炭焼き窯が作れるっていうのかい?」
「お試しは要ると思うけど」
「この表面のツルツルなのはもっとザラザラになりませんか?」
「ちっちゃなデコボコがあればいいの?」
「はい、目土が馴染むので、ずれにくいんです」
「炭の窯を10日も置いておくのは冷やすためか?」
「ああ。レンガは割れちゃうんでゆっくり冷やすんですが、炭は早く出すと芯に木が残るんです。
特に今使ってる重い木は、芯まで炭になるのは時間がかかるみたいで。
炭になってしまえば、割れない程度にどんどん冷やしますよ?」
「そうすると窯の中の温度が高くできれば、置いておく日数は減らせるのか?」
「やってみないと分かりませんが、何日か縮められるかも知れません」
ウォルトの説明によると、ビンチョ流の炭焼き窯というのは、レンガを奥のやや広い卵形に2mほども積み上げ、周囲を土で埋める。
それは熱が逃げにくいようするためでもあるが、天井をレンガのアーチ構造にするため、壁が外側へ逃げないよう押さえるためでもある。
そのため山の斜面などに食い込ませるように作ることが多い。
内部は一坪ほどの面積で、一番奥には四角く積んだ排煙のための細いレンガ組みがあって、床よりもやや低い位置で窯本体と繋がっている。
サンタクロースが通るのはとても無理そうだが要は煙突だな。
その根元には煙と一緒に出て来た液体を溜めおけるように、更に1段低く作ってある。これが無いと液体が溢れて大変なことになるらしい。
卵形の先端は焚き口が利き腕側、出入り口が逆側に並ぶ。
焚き口は一段低く作られ、薪を置くスペースが広く取られている。
出入り口の方は幅1m、高さ2m。
炭の材料となる乾燥木を縦にぎっしりと並べ天井のアーチ部にも短い木を押し込むようにして配置する。
排煙口付近だけは煙の抜けがいいように曲がりの木を並べるが、一本でも多く隙間なくが基本だと、ウォルトはビンチョに仕込まれたそうだ。
並べ終わると出入り口をレンガで塞ぐ。
この密閉作業は重要でレンガを奥に長く使い、目土もきっちり詰める。内部に隙間が残るようなら、一本でも多く乾燥木を詰め込むのを忘れない。
あとは煙の色を見ながら薪を燃やして行く。
3日程焚いたら焚き口を塞ぎ、排煙口も閉じてそのまま自然に冷やす。
10日の間に木が真っ黒の炭に変わるんだとか。
あれって燃やすんじゃないんだな。
変だなあとは思ってたけど。
ただ長く生きたって、知らないことはいっぱいあるさ。
「タケオ、どうかした?」
クレアに聞かれて我に返る。
「あ。いや、なんでもない」
ウォルトの蘊蓄は続く。
「師匠は火持ちの良い炭を目指して重たい木を好んで使ってますが、そもそもそれが炭の良し悪しではないんです。
確かに火力の調整がし易いなど、料理店で重宝されるので高く売れますが、よほど慣れていないと熾すのが難しかったりします。
それに重い木ばかり伐っていてはすぐに無くなってしまって、山を移動することになります」
「その割に自分、重い木ばかり使てるやんか」
「ええ。この時期は重い木を使ってますね。暖かくなったら軽い木も使います。
ただ同時に焼く木質は揃えてやらないと、それぞれに合わせた焼き方があるので良い炭にはなりません」
ビンチョは重い炭に拘ったため、付近にお目当ての木が少なくなって2、3年で移動を繰り返したんだそうな。
が、そのおかげで拠点の作り方、レンガの焼き方なども覚えられたんだとウォルトは言った。
ビンチョの最期は1年前、炭焼きの火の番を代わって直ぐだったと言う。
生前冗談のように言っていた炭窯での火葬を、その通りにウォルトが行ったそうだ。木炭と共に焼かれ僅かな骨灰を残し、きれいに天へ昇って行ったとウォルトは俯いた。
その窯を閉鎖しあちこち探した末、この半島にたどり着いたのだと。
さて、新たな炭焼き窯だが斜面を掘り下げるのは、ウォルトが立てた印に従ってクレアの土魔法がやってしまった。
地面を平らに固めた上に、ウォルトが目土を挟んだレンガを並べて行く。
一番下のレンガは地盤へ全体の重さを分散して伝えるため、3列の入れ子に並べ次の段は2列、そして以前なら壁の厚みを確保するように長辺厚で積んでいたものを、長辺の中央に上下の合わせ目が揃うレンガ積みで積んで行く。
このより簡易な積み方は、新たなレンガの断熱性能を当てにしたものだ。
レンガも目土もクレアがウォルトの手元へ切れ目なく供給する上に、目土の硬化も一緒にやって行く。
ウォルトの並べ方もクレアはじっくり見ているので、次からは一人で窯を積んでしまうかも知れない。
メグの方は、考え込んだままなので、助手席に座らせて置いたが、まだ再起動を果たしていない。
余程難しいことを考えているんだろう。
レンガの壁は予定の2m程に積み上がって、周囲に土を入れる。
いつもなら一昼夜は乾かして置くんだとウォルトが言った。
それが今回はクレアが積む片端から硬化処理を掛けているので、そんな必要は全くない。
埋めるのも踏み固め、高めに盛り付けるのも、ウォルトはここをこうあそこはああと指差し、手真似で大まかに指図をするだけだ。
炭窯の土台部分は出来上がり、あとはアーチ天井を張るばかり、夕暮れが近づいたとあって今日の作業はお終いだ。
まだ心ここに在らずのメグを席に着けて、晩飯を食わせる。
今日はクレアが朝から晩までよく働いていた。メグの面倒も何だかんだと見てやっている。
明日は少しのんびりさせてやりたいんだが、果たして本人が休むと言うかどうか。
今日の勢いだとアーチができたら、炭を焼くと言い出しかねない。
俺がリクライニングさせた運転席で寝袋に包まっていると、ウォルトが窓ガラスをノックした。
メグとクレアは後ろをフラットにしてもう眠っている。
俺はパワーウインドウをトトンと叩き窓を少し開けた。
「タケオさん、ちょっと良いですか」
「どうした?ウォルト。
眠れないのか?」
「そう言うわけでもないんですが、メグさんが少し心配で」
「ああ。午後から何か考え込んでいるみたいだな。
まあ、前にもあったよ。
多分魔法のことで考え込んでいるんだろう。心配は要らないと思うぞ。
そう言えば、杖の新調をしたいとかも言ってたっけか。
今回の炭焼きでうやむやになってるけどな」
後ろでゴソと動く音がしてタクシーがわずかに揺れる。
俺はルームミラーで後席を見ようとしたが、暗くてよく見えない。
「クレアか?」
「ウチや」
「何だ、メグ。起こしちゃったか?」
メグはズルズル前に出てきて体を回し、前に倒れた助手席の背もたれに寄りかかった。
カーナビのランプで寝袋に包まっているのが見える。
「ウチ、寝とらんもの。
横になってただけやし。
さっきタケオが言いよった通りや。
魔石のことずっと考えとった」
「魔石?」
「せや。
まず、リペアの話からやな。
全部そっからやねん。
ウォルト、長なるで。
こっち座らへん?」
メグが寄りかかる助手席の背もたれをポンと叩いた。




