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断熱レンガ

 レンガの窯に火を入れて二晩と1日。

 今日の昼頃まではこのまま火を燃やすとウォルトが言う。

 そのあとは2日かけて徐々に冷やす。


 急に冷やすとせっかく焼いたレンガが割れてしまい使えなくなるそうだ。

 窯も傷むらしいし、ここは言うことを聞いておくべきだろう。


 炭の方は10日かけて冷やすと言うのだから、売り物にはより気を使うと言うことか。


 クレアがメグと何かやっているようだ。

 あの様子だと魔法関連かと思うが俺は魔法についちゃ門外漢だからな、余計な事は言わないほうがいいだろう。


 朝俺が起きた時にはまだウォルトが火を見ていた。

 次は俺の番だが、メグもクレアもまだ寝ている。


 ここで作れる飯など、材料も調味料も種類が乏しくて誰が作ってもそう変わらない。そう思って作り始めたんだが、何処が違うんだ?


 同じように煮込んだ干し肉が硬いし、塩味がやけに強く出る。

 味見しながらお湯を増やしていったら鍋の縁ギリギリ。

 刻んだ野菜も入ってるから、具だけはたっぷりだが水増しした分だけ物足りない感じがする。


 まあいいや。

 買い置きのパンを齧りスープで飲み込んで、

「ウォルト。交代だ。

 あんまり美味くは作れなかったけど朝飯にしな」


「ありがとうございます。

 今回のレンガ焼きはすごく楽ですよ」


 ウォルトを焚き口の前から追い立て、俺はもう二抱え程と残り少ない薪の山を焚き口に寄せた。


 何かきゃいきゃい賑やかだなと思ったら、クレアとメグが起き出して来ていて、どうやら俺が用意した朝飯で何か言ってるらしい。ウォルトは寝たんだろ。姿が見えない。


 って、干し肉は別の小袋に分けてあった、紫蘇みたいな小さな身を一緒に煮ると柔らかくなるって?

 メグが感心したように聞いてる。


 他にも俺の手抜きをあーだこーだ言ってるが、知らんぞ、そんなこと!


 レジャーシートの片付けを済ませた二人が、ニコニコとやって来た。


「薪、足らへんのちゃう?

 ウチ、馬車から持って来たる」


「そうだな。

 もうそれほど要らんはずだが、頼むわ」


 メグが荷馬車に向かって歩き出す。

 クレアが隣に座った。


「昨夜ね、あたし、窯の中のレンガが見えたの。

 ちっちゃな粒から腕みたいな細いのが伸びていて、それがお互いに緩く絡まってたのがね?

 腕が増えたのか広がったのかは分かんないんだけど、こう、ホワホワーっと広がって、1枚の板みたいになったんだよ?

 それは多分レンガの表面だけっぽいんだけど」


「そうなのか?化学反応みたいなもんか?」


 いや、溶融って言葉もあったな。

 変成岩ってのも聞いたな。堆積して岩になったものがマグマに接近されると、熱と圧力で別の岩になるらしい。

 色や硬さまで変わるって話だった。


「何それ。カガクハンノ?

 あ、レンガって隙間を空けて高く積み上げてるじゃない?

 重なってるとこはそんなふうにならないの。

 火が通らなかったんじゃないかと思うんだ。料理でさ、具材炒めるときにかき混ぜるでしょ?

 あれと一緒で満遍なく火に当ててあげないと、そうはならないんだと思う」


 カラカラと言う音に振り向くと抱え切れない量の薪をメグがそばに下ろしてくれていた。


「ウォルト、すごい格好で寝とったでえ!

 案外寝相悪いんやなあ」


「メグちゃん、変なとこ覗いちゃダメだよ?」


「何言うてますのん。

 扉開けっぱやったから閉めたったんに」


 それから俺は焚き口に薪を放り込む作業に戻って、少し離れたところでクレアとメグが何か話している。

 ゴウゴウと燃え盛る窯の音で聞こえないが、メグが

「じゃあ、やってみい」と言ったのは聞こえた。


 クレアが高熱を放つ窯から1m程離れて立つ。

 メグが窯との間に水カーテンを張った。


 あれなら大丈夫か。


 クレアは窯のどこを見ているのか、全く動かない。食い入るように見ている。


 手の届く範囲の薪を放り込んで、ひと抱え寄せ直したところで見ると、まだクレアは窯と向かい合っていた。

 メグは付き合いよく水カーテンを展開している。


 クレアには、何か余程面白いものが見えているんだろうな。あとで聞いてみよう。


 そう思っていたはずなんだが、思い出したら一晩経っていた。

 どうしても聞かなきゃならないことでもなし。


 ウォルトは次もレンガを焼くと言っている。

 粘土は前回採取した分でもう1回くらいは行ける。


 粘土をこねるウォルト、クレア組と薪採取の俺とメグに分かれることになった。

 レンガに成形した粘土の乾燥も、土魔法でできそうだとクレアが張り切っている。


 加減を知らないクレアとメグによって、その日のうちに次のレンガの材料が揃ってしまった。

 あ、俺もか?反省、反省。


 まだ日も高いと言うのにレンガ窯を開けるのは明日の夕方だ。

 開けたからと言ってすぐ焼けたレンガが出せるわけじゃない。手で持てるほどまで冷めないと出せないのだ。

 無理に出して外気に晒すとひび割れが入る恐れがある。


 うーん、どうしようか?

 買い物にでも行くか?


 クレアがまだ熱いレンガ窯を見に行った。

 火は落としてあるがまだまだ相当に熱い。が、触らなければ火傷はしないだろう。


 その前に立って、焼いているとき同様クレアが何かをジッと見ている。


「こんなになっちゃうんだ……」

 そんなセリフが聞こえたような気がした。


 俺はメグに頼んでタクシーの洗車を始めた。もう何度もやっているから、メグの洗車は完璧と言っていい。

 俺の役目はワックス掛けと乾拭きだ。

 ツヤツヤのピカピカにしてやるんだ。


 買い出しにヤイズルか、シーサウストに行くにしても明日の朝から。今日はもうのんびりしよう。


 メグは岬の先端を見に、起こしたウォルトを連れて道を奥へ行った。


 黄色い個人と書かれた行燈を拭き上げ、ウォルトの小屋の方を見ると、クレアが成形したレンガを一つ持ってジッと見ていた。


「クレア、どうした?」


「あ、うん、ちょっとね」


 ちょっとどうしたんだ?


「何かあったのか?」


「あー、いや。なんにもないよ?」

 なんか歯切れが悪いな。

 無理に聞き出すってものなと思い、ワックスの拭き取りに戻る。

 オートサプライ(自動補給)のおかげで、使いかけだったワックス缶の中身が減らない。

 こうやって使った分も一晩で7分目まで戻る。


 ワックス作業をのんびり終わらせて、クレアを見ると椅子に座って本格的に何か始めた様子だ。


 さっきの受け答えで気になっていたから俺はそっと見に行った。


 乾かしたレンガの山の積み替えだろうか、椅子の逆側にもう一つ5個程の小さな山ができている。

 クレアは1個のレンガを両手で眼前に捧げ持ってジッと動かない。


 やがて首を一つ振って小さい山のレンガが1個増えた。


「どうした?

 何か分けているのか?」


「あ、タケオ。

 この乾かしただけのレンガと、窯に積んだレンガの違いってなんだと思う?」


「そりゃあ、焼いたかどうかだろ」


「うん。そうなんだけどさ。

 炭の窯のレンガと昨日焼いたレンガはほとんど一緒だった。

 焼く前と後じゃレンガの中が違う。

 表面が溶けたり、焼き色が付くから見かけも随分変わるけど、それは薄皮一枚分も無いんだ」


 ちょっと話の流れが見えないな。

 それでクレアは何がしたいんだ?


「中ってそんなに違うのか?」


「うん。

 レンガの中にはうんと細かい粒がぎっしり詰まってる。

 でもそう見えるだけで、本当は結構隙間があるんだよ?

 粒同士は細い腕を伸ばしてお互いに緩く繋がってる。それがこっちね?

 焼くと表面は溶けたみたいになって、薄い石みたいに硬い板になる。

 でも中はそこまでいかないんだけど、粒同士を繋ぐ腕が増えるんだ。

 隙間も比べると随分少なくなってるんだよ?」


 焼くと粘土粒子が一部溶けて、結びつきが強くなるって話か?

 焼成だからな、そう言う変化はあるだろう。


「ちゃんと伝わってるのかなあ。

 あたしが見たと思ってるものを見せてあげられたらいいんだけど……。

 でね?

 中の腕が増えて丈夫になったのって、ここでできそうな気がするんだよ」


「何?

 熱を使わないのにか?」


「熱……

 そうだね、火は使わない。

 あたしの手のひらの上で」


「こっちの小さい山がそうだって言うのか?」


「あ、これは失敗。

 まだうまくいかないんだ。

 何が違うんだろね?」


 この高校生くらいの年齢の少女は何を思いつくんだ?


「多分だがな、中の変化より表面の熱が強く当たった所の方が焼成の効果は高いと思うんだ。

 そっちは出来そうか?」


「あー。表面の硬いとこ?

 どうだろ。やってみるね」


 失敗と言った山から一つ取って顔の前へ持っていく。

 表面のザラザラと見えていた面がツルッと変わる。


「熱くないのか?」


「ううん。ほら、こんなもの?」


 表面の質感がすっかり変わったレンガを渡された。

 ホワッとあったかい程度で熱くはない。


「これで炭の窯のレンガと同じくらいだよ?」


「中まで全部ってできるのか?」


「やってみる」


 次の失敗レンガを取って、先ほどと同じようにすると、同じように表面が変わっていく。

 一見全く変わらないようだが、

「小さくなったね。中までほとんど隙間なしだからかな?」


 言われて乾燥レンガと並べてみた。

 長辺で2cm近くも縮んでいる。

 焼くと若干縮むとウォルトが言っていたが、これ程ではない。聞いた感じではせいぜい数ミリだ。

 それに6面ある平らだった面が幾分か凹んでいた。


 それをクレアにもわかるように見せて、

「結構縮んでるな。

 中に隙間を残すか?

 そうすれば断熱も良いはずだ」


 NAS○のシャトルで使ったと言う、外皮のタイルにも空気の層があってそれで断熱していると聞いた。

 普通なら高温になっている状況で、タイルを素手で持って見せたパフォーマンスを、俺は覚えている。

 テレビのニュース番組で見たんだけどな。


「中に小さい筒状の隙間を残せないかな」


「それってどんなの?」


「口で説明するのも難しいか。

 ちょっと待ってろ」


 メグが作ったストロー状の草は太さが揃ってる。あれを束ねれば分かりいいか?

 ええと、レンガは平に積むんだから、管は縦に並べれば熱の通りを止められるか?


 ウォルトの木工工具を借りて、薪を切り分け板にしてみる。

 板を作るって難しいのがよく分かったよ。


 板を諦めて粘土細工にした。

 手でこねられる固めの粘土を薄く延ばし、それで箱っぽいものを作った。

 箱はクレアに固めてもらって、中に3cm程に切り揃えた草管を隙間なく立てていく。

 それも3本束でお互いにくっつくようにびっしりと。

 蜂の巣(ハニカム)構造ってやつだ。

 最後の3列くらいが窮屈だったが無理にも押し込んだ。

 管が若干潰れて6角形っぽく見える。

 その並びが見えるように蓋はしていない。


「どうだ?こんな感じの穴を中に作るんだが」


「わー。いっぱい並べたね、ぎっしりじゃない。

 でも規則正しい感じだから、まだ想像するのは楽かな、やってみるね」


「周りの厚みはもう少し薄くても良いかも知れん。

 いくつか作って試してみる他ないな」


 クレアのスマホがペコンと鳴る。

 そこにはメグが送った海の写真が何枚かあった。

 ふーん、自撮りじゃねえんだな。

 クスッと笑ってクレアはスマホを仕舞う。


 失敗の一つを手に取ると、クレアは見た通りの蓋なしのレンガをいくつか作った。

 出来栄えが分からないので蓋は最後に作るんだそうだ。


 中にこれだけの空隙が入ると粘土が結構余ってくる。

 1個作ると蓋にする分を差し引いても、そこまでで余った粘土でもう1個くらい作れそうなくらいだ。


 お試しに失敗レンガを全部使って、納得行った様子のクレアが乾燥レンガの山に手を伸ばす。


 ここからが本番と言ったところか。


「なんや面白(おもろ)いことやってるやんか。

 これ、どないなってるんや?」


 メグが岬突端の探検から帰って来ていた。

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