クレアの土魔法
タケオとメグちゃんの間で温度がどうの、動くだの激しいだのとよく分からない言い合いが続いてる。
でもってメグちゃんはなんか見えてるみたいなんだ。
でもさ、あたしだって少しは混ざりたいじゃないの。
なんか分かってるーって感じのこと言ってみたい。
それにはまず何が動いているのか、からかな?
メグちゃんは水を動かせて、あたしは土を動かせる。
メグちゃんが水の動きが分かるっていうなら、あたしは土の動きが分かるんだろうか?
でもなあ。
「土った動かないよね。
水はゆらゆらチャプチャプ動くけど……」
「そんなことあらへんで?
氷になっても水は動くんや。
土かて動くんちゃうやろか」
「すごいな、メグは氷の中の動きも分かるのか?
水の時よりは遥かに動きは少ないはずなんだが。
動き回るような事はない、すごく小さな振動みたいになるはずだぞ?」
「振動?震え?
どうやろか、もっとずっと細かいで?」
ずっと細かい震えかあ。
足元の砂粒を拾ってジッと見たけど、分かんない。
ウォルトが窯のひび割れに塗り込んでいた目土は、擦り込み易いようにべちょっとしてて水気が多い。
それを手のひらにチョンと載せて、ジッと見た。
ちっちゃな震え?
そんな気もするし、違うような気もする。
温度が上がると震えが大きくなる?
あたしは濡れた土を熱くなっている窯の表面に、ピッと飛ばした。
土くれは一瞬でカピカピになった。
顔が熱いのを我慢して、そのシミみたいな土の付いた跡をジッと見る。
こんな乾いてしまっては動くはずなんかない。
あたしはそう思う。
けど、なんだろう?
ついに顔の熱さに耐え切れず、あたしは強烈な熱気を放つ窯から跳び退いた。
もう少しで何か掴めそうな気がする。
あたしは革鎧のお腹の裏にある隠しから、汗を拭うための布を引っ張り出して水で濡らす。
さっき動いてたのは飛ばした土じゃない気がする。
あれは多分もう少し奥。
顔に布を貼り付け感覚を頼りに窯に顔を近づける。
「何しとるんや!火傷するで!」
メグちゃんが怒った声で後ろへ引っ張る。
もつれるように地面に二人で倒れた。
「もう少しでなんか動くのが、ちっちゃな震えが見えるような気がするの」
「クレア、それ、ホンマ?
なら協力したる」
メグちゃんに手を引かれ立ち上がる。
杖を向けられた途端、ムウッとした湿気が来た。が熱くはない。
物凄く蒸し暑いが耐えられないほどじゃない。
下から上に熱い風が吹き上げるので、熱いのは熱いがもうちょっと。なんか見えそうなんだ。
レンガの厚みが分かった。
奥へ行くほどビリビリと霞む土の塊。
あれは揺れているんだろうか?
その向こうには土はない。
ウォルトが内側に積んだレンガは壁からそう離れてはいなかった。
井桁風に内側に何列も並べ天井までぎっしりと、でも隙間を持たせて並べたレンガ。
あれが見えるだろうか?
もうちょっと。もう少し向こう。
「暑い、熱い!」
メグちゃんの水魔法で熱を流してもらっても、もう限界!
あたしは後ろへ倒れ込んだ。
上から冷たい雨がザアと降る。
革鎧の表面が白く靄を纏った。
「大丈夫かい。あんなに窯に近づいちゃ危ないぞ?」
ウォルトが言うがメグちゃんが鼻を鳴らす。
「ウチが冷やしとったんや、暑いは暑いやろけど、滅多な事あらへんで。
それでクレア、なんぞ見えよった?」
「うん。
レンガの向こう側が見えた。
すっごく霞んでた」
「霞む?
そらまた面白いなあ」
「揺れが細かすぎて見えないんだと思う。
震えとか振動って聞いてなかったら、透けてるのかと思ったかな?」
「うーん。言った手前があるんだがさっぱり分からん」
「タケオは分からんでええよ。
あんなん見た本人かてよう分からんのや。
大体んとこ教えてくれよったら充分や」
あたしは顔を冷やしていた布を取って周りを見た。
「それよりさ、日が傾いて来てるよ。
夕飯にしない?」
「よし準備するか」
あたしはイブちゃんから敷物と魔石コンロを出す。
メグちゃんが干し肉にヤイズルで買ったパンやら野菜やらを出してくれる。
メグちゃんの水で鍋の湯沸かしが始まり、あたしのナイフで干し肉を削ぎ切り、野菜を火の通りが良いように、刻んで調味料と共に放り込んだ。
食器はタケオが用意していた。
いつもとあんまり変わらない夕飯の後、タケオが火の番をウォルトと代わり、ウォルトにはあたしたちでたっぷり食べさせてあげた。
そのまま仮眠をとらせて片付けの後、あたしはまたレンガを見に窯のところへ行く。
日が沈んで、ウォルトが言った通り窯全体がボウッと赤く光っている。
タケオが汗を拭きながら、薪を焚き口から次々と放り込んでいる。
メグちゃんがあたしの前に水カーテンを広げた。
ごく薄い水の膜一枚隔てただけだが、体感する温度は全く違う。
あたしはその幕越しに窯のレンガ壁の更に向こう、井桁状に積んだ今まさに焼き上げられようとしているレンガを覗く。
先ほど見つけた壁の裏側まではすぐだった。壁を伝うようにして内側を見て行く。
けど、その先に僅か数セロトだが、熱い空気の渦巻く空間がある。
土がないためか、そのわずかな距離がなかなか越えられない。
時間にしたら5分と経っていないだろうに、あたしの着ている革鎧が熱を溜め込んで焼けるように熱い。
堪らず一歩下がると、すかさずメグちゃんの冷たい雨が吹き付けた。
タケオが受け持つ2時間ほどの間、あたしはメグちゃんの手を借りながら、何度も挑戦し僅か手のひら一枚分の隙間をとうとう越えられなかった。
タケオの後はメグちゃんが、そしてあたしが火の番に付き、夜中を過ぎたあたりでウォルトを起こす。
夜明け前までウォルトが頑張ってタケオ。
朝ごはんの時にウォルトは
「こんなに楽な火の番は今までなかったよ」
と喜んでいた。
「そもそも一人でやる仕事じゃないだろ」
とあたしたち3人から突っ込まれて頭を掻いていたけど、あれは反省してる感じじゃないね。
お昼もウォルトとタケオが火の番を交代でご飯を食べて、メグちゃんとあたしが続く。
その後でまたあたしが挑戦する時間が取れた。
今度は窯の内側をどこまで辿れるかに挑戦だ。繋がって行くならずっと行けそうなものだけど、遠くなるとやっぱり難しい。
最初は半メルキも正面からどちらかへズレると、もう見えなくなった。
何度か正面に戻って上だ右だとやっているうちに、1メルキくらいは見失わずに内壁を見られるようになった。
当然そこで熱さに負けて撤退したけど。
次の機会は夜中にやって来た。
暗い中で見る窯は強烈な熱を放ち、向こうが透けて見えているんじゃないかってくらいに赤く光っていた。
あたしは窯から1メルキ離れた位置から挑戦した。
なぜって、メグちゃんが火の番に付いていて、あたしを構ってる余裕はないから。
それに、昼間はわりと遠くまで辿れたんだ。おまけに目の前の窯が光っていて、熱の震えを辿って行くイメージに近いような気がする。
この向こうが見えそうな光の窯が、あたしを誘っているようだった。
レンガの表面は夜の冷気とせめぎ合って、薄く風を巻き上げながら震えている。
その奥へ入り込むと一気に振動が大きくなる。
熱を溜めやすいレンガという素材の性質なんだろうな。
表面が多少冷えたくらいでは中まで冷えていかない。
そこからじわじわと振動が強くなる。
動き回る範囲はほとんど変わらずに、震える数が増えるって感じだ。
そして壁を突き抜ける辺りで急激に振動が増える。
そこは焚き口から登る炎が渦巻く炎熱の最中だ。
その炎に晒されて、粘土の互いに引き合う腕の範囲で皆違う方向に引き合い押し合い。
一緒の方へは動かないのでレンガ全体としては全く動いてはいない。
けれどその中の粒達は、繋がれた囲いの中を出られないまま暴れ回っている。
と、ほんの数セロト先、今盛んに振動するレンガが見えた。
外側は互いの上だが酷く絡まって、どの粒の引き合う腕か区別が付かない。
けれど、少し入り込むと驚くほどの隙間があって、その空間を繋ぐように2重3重に絡まった腕で引き合っている。
その粒達の震えは、内壁よりも激しいものだった。
内壁でも腕の絡み合いはあったけど、こっちの新しいレンガの表面はそれ以上だ。
厚みがどれくらいなのか、ここからでは見当も付かないけど、絡んだ腕が一枚の板のようになっている。
それは上も下も右も左もだった。
ただ積み上げられ重なった、上下のレンガと触れる部分にはそこまでの絡み合いはなく、網目模様を作るに止まっている。
突然冷たい雨が顔を濡らす。
悲鳴にような叫びが耳に刺さる。
「クレア、何やっとんねん!
鎧に火付くでえ!」
言われて下を見ると濡れた鎧の色が焦茶の縞模様を呈していた。
「メグちゃん!
今ね。なんか、見えた!」
「あんた、火傷しとらんやろな?
熱無かったんかい!」
「あのね、レンガの外側の粒が伸ばしてる腕がね!
すっごく絡まって、板みたいにくっついて!」
「こんのアホ!
見せてみい!
あーあコゲコゲやんか、もう!
ホンマ何しとんねん」
「え?コゲコゲ?
あわっ!
色が変わっちゃってる!
おじさんにもらった鎧なのに……」
「心配するんはそこちゃう!
身体の心配せんかい!」
その後あたしはメグちゃんにしこたま怒られた。
プンスカ怒るだけ怒ってメグちゃんはイブちゃんの後席に潜り込んで、残ったあたしは火の番だ。
焚き口に覗くオレンジと赤が渦巻く炎。
薪が多くなればオレンジが強く見える。
焚き口は狭いのでそんなに多くの薪は押し込めない。
タケオによると、ここから一緒に空気も吸いこんでいるから、中で火が燃えているんだそうな。
火が付きさえすれば薪って燃えるんじゃないの?
薪は燃えて行くと、木目とは違う輪切りのヒビが入って小さく分かれて行く。
でもそれは上っ側だけで、手に持った薪で割れてバラバラになりそうな、元は木だったものを押し込んでも崩れたりしない。
そのまま木の端でずーっと奥まで押し込めてしまったり、途中で折れて左右に逃げて行ったり。
下に溜まった灰まみれのオキを押し込み、空いた場所にまた数本の薪を放り込んで。
もう、燃やせるだけ燃やすと言った感じの作業だ。
薪がパチパチ音を立てるのは中の水分が弾ける音だという。
ここではそんな音はしない。メグちゃんが水気なんか残してくれるはずがない。
みんな寝静まって、周囲の林の梢が火灯りに薄ら浮かぶ。空には満天の星。
木立の中にぽっかり空いた広場に、火の燃えるゴウッという音だけが響く。
いや、これもタケオが言っていた。
火の燃え上がる熱で起きたジョウショウキリュウが焚き口、窯の内部の積んだレンガ、そして煙の出る穴。
そういう狭いとこや形の複雑な部分に当たって、こんな大きな音になるんだって。
タケオは本当に物知りだね。
カサリと薪山の焼き崩れる音に、あたしはまた床面に数本の薪を滑らせ、両手で押し込んだ。
また来週会いましょう