レンガ製作
クレアが妙に機嫌がいいと思ったら、右手首に腕環というのか、太さ2cmくらいの木目模様のリングを付けていた。
メグが昼飯後の食休みに作っていたものだろう。
それにはメグの手持ちだろうが、ワンポイントで暗い青の丸みのある宝石がひとつ、木が包み込むように組み込まれていた。
メグが俺たちの荷馬車に草で作った管を1台分積み終わり、今はウォルトとロープを掛け締めている。
あれが終わったら商業ギルドの馬車待ちだ。
一応荷運びする連中に申し送りをしてから出発せんとな。
下流の橋に青い丸が通りかかる。
馬車だろうか、カーナビ画面に映る光点は3つ。
俺の目では橋も日差しに霞んで見えないが、クレアは下流に目を凝らしている。
やって来たのは荷馬車3台に分乗した人足10人、その中には樽の運搬で見た顔が幾つかあった。
いつもどこかの倉庫で、荷の積み下ろしや積み替えをやっているという彼らの筋肉は、着衣の上からも分かるムキムキだ。
簡単に説明すると荒縄を馬車から下ろし、3、4人ずつ3組に分かれ、直径30センチ程の草管の束を作り始めた。
作業は手早いが、量が量だから日暮れまでに終わるんだろうか?
「心配ありませんや。じきにもう2、3台応援が来やす」
リーダーらしい男がニカッと請け合うので、俺たちは草刈り場を後にした。
さて、これでレンガの材料は揃ったはずだ。次は何だ?
「粘土を緩めに練って2、3セロトに刻んだ草管を混ぜてレンガの形に成形します。
このレンガ窯では1度に200個くらい焼けますから、新しい炭焼き窯を作るには10回以上焼かないといけません」
粘土を細かく刻んで少しずつ水を加え、足で踏みなから練っていくらしい。
「ウチの水魔法で練ってもええんやろ?
クレアんでもでける思うからやってみよか?」
足練り用の大桶は一つしかないので、ウォルト監修の元、交代でやることになった。
まず粘土を刻む工程はパス。
桶に転がした粘土塊にメグが水を掛け表面から崩して行く。
抜くのも加えるのも自在だからと、桶の縁一杯、トロトロにしてしまった。
そこからメグが水を抜いて行く。
桶の1/3程に量が減った頃、
「こんなもんやろか?」
メグが靴を脱いで裸足になると、紐を使って足をまくり出し、桶に入って泥を満遍なく踏み始めた。
2周くらい踏んで息を切らし
「ウォルト、どうや?」
ことの成り行きに呆れ顔のウォルトだったがそう聞かれてはと、練った泥を手に取った。
そして意外そうな声で
「まだ水が少し多い。踏み付けももう少し…」
「ふえっ、まだかいな!
ようし!」
水を飛ばし重くなった足を休み休み追加で3周、メグが踏み切ってへたり込む。
「メグちゃん、お尻が泥に付くよ?」
「うわ!」
立ち上がってクレアの伸ばす腕にしがみ付くメグの足元に、ウォルトが屈んで泥を手に取った。
ウォルトはしばし首を傾げていたが及第点を告げた。
ここに寸切りにした草管を混ぜて行く。土を練る間にウォルトが刻んで、袋詰めしていたものを桶にバサッと空ける。
メグが杖を翳すと、草管は泥に飲み込まれるように沈んで行った。
ウォルトが肘まで泥に手を突っ込んで、何箇所か混ざり具合を確かめ
「これで大丈夫だ」と言った。
次はクレアだ。
ウォルトが示す板張りのレンガ成形台に、練り上がった粘土を移す。
以前よりも楽々と移動させているように見えるのは、右手首に揺れる腕環の効果か。
新たな粘土塊の方も、大桶に移動すると同時に粉々になる。
水は水瓶から柄杓で3杯。土の方で迎え入れるかのように染み色が全体に広がる。
左右から捲れ上がった粘土がそのまま縦長に潰れ、今度は前後から、大桶の中で粘土が繰り返し波打つようにこねまわされて行く。
クレアには先ほどのメグが練った粘土の硬さがわかるのだろうか、柄杓の水を微妙に追加した。
数回畳んで潰してを繰り返し
「こんなのでどう?
メグちゃん、この腕環すっごくいいね」
「せやろ。
けど流石土魔法や。
ウチやったらイブちゃんに加勢して貰わんと、ああはいかんで」
「加勢って?」
「そらリペアやないかい。途中の面倒皆すっ飛ばして、多分焼き上がりまでいけるで?」
そんな上手い話があるか!
「それで?
魔石はどのくらい要るんだ?」
「山ほどや」
「却下だな。
魔石の値段くらい知ってるだろ?」
「知ってる。
せやけど……」
「メグちゃん!
最初なんだから分かってるやり方でやってみましょ!」
もとよりメグは、リペアで何もかも収めるつもりは無かったようだ。
「こうしてみると、クレアが土捏ねるんはええみたいやな。
任せてええか?」
「うん。頑張る」
黙って成り行きを見ていたウォルトだが
「次は整形です。
この木の大きさに合わせて切り分けます。
切った面はボソボソになるので叩いて目を潰し、2、3日乾燥させたら窯で焼きます」
「あたしがやるね」
「なら、乾燥は任しとき」
クレアは見本の木片をじっと見て大きさを覚えようとする。相手が木なのでうまく行かないようで、腕環を掲げ土から同じくらいのブロックを分離して、箱型に成形した。
その粘土塊に木片をペタペタ当てがい余分を分離して行く。
土の動きがあったのに、その表面は叩かれたようにツルッとしている。
「これで良さそう。見本ができたからどんどん行くよ」
クレアの腕の動きに合わせ、二人で練った粘土塊から、次々と小塊が分かれて宙に浮かぶ。
それはそのままレンガの方形を取って地面に並ぶ。
「よっしゃ。ウチの番や!」
並んだレンガにメグが杖を向けると、湿った粘土の色が薄くなって行く。
「あ!その辺で!」
ウォルトの慌てた声でメグが杖を上に向けた。
「どないしたんや」
「カラッカラに乾燥させてしまうと、角が欠けたりするんです。
そのくらいにしておいてください。
焼くと残りは抜けますから」
「さよか。ならこのくらいやな」
メグの乾燥が終わったレンガの上にクレアが更に積み上げ並べて行く。それを追いかけメグの乾燥が進む。
二人で練った粘土塊は程なく全てレンガの形になった。
「次ね!」
クレアの楽しげな声が辺りに響く。
昼前には1回分のレンガの準備は終わってしまい、午後は焼くための薪の採取を行った。
そっちは俺とメグで十分なので、ウォルトとクレアがレンガ窯の補修と準備だ。
乾燥させ軽くなった薪束を荷馬車に積んで戻ると、レンガは全て窯の中に積み上げられ、火を入れるばかりとなっていた。
レンガの積み上げはウォルトでも重労働だが、クレアが腕環で運び、並べるところだけウォルトがやったそうだ。
もちろん窯の傷んでいた場所をウォルトが見逃すはずもなく、準備は万端というわけだ。
俺たちが戻るとウォルトが悩み出したように見える。
「どないしたんや」
「いや、こんなに何もかも準備が進むなんて初めてだから、見落としがあるんじゃないかってさ。不安なんだ」
「ゆっくり考えたらいいさ。
お茶にするか?」
「さんせーい!」
待ち兼ねていたようでクレアの反応は早い。メグも負けてはいない。
パタパタと準備は進みお湯が沸くと湯気の立つ器が並ぶ。
ヤイズルで買った柄付きカップを下ろしたのか。買い置きの大袋菓子もいくつか並ぶ。
丸っこく変形して描かれた動物柄が可愛いと言って、二人で選んでいたやつだが、俺にはちょっと恥ずかしい。
孫にもたまにこういうのを持たされ、写真まで撮られたことを思い出す。
だが、肝心のウォルトはそこまで気が回らないようだった。
「用意はできたみたいだ。火入れは2日だからどっちにしろ寝られない。
すぐ始めるとしようか」
「ウチは構へんで」
「教えくれれば火を見るくらいは俺もやるぞ。
交代で見ればいい」
「でも最初は見ててね」
「それはもちろん、そうするよ。
じゃあその薪をここへ下ろしてくれるかな?
ああ、よく乾燥してる。
メグ、長さは1メルキより短いくらい、太さを5セロトくらいに揃えてもらって良いかな?」
「馬車に積むんはこっちの方がたくさん積めるよって、ほとんど伐ったまんまやからなあ。
ええよ」
メグの水魔法にかかれば、この程度の量の薪の準備などものの数ではない。
それは、ウォルトもここ何日かで慣れたようだ。
着火の準備は焚き火と変わらない。焚き付けになる枯葉や小枝に、ウォルトがポケットから出したオレンジ色の細長い石を近づけると、ポッと小さな火が点いた。
「クレア、あれ、なんだ?」
「着火石だよ?
イブちゃんにも似たようなの積んでたじゃない」
あれはタバコに火を点けるための電熱線だ。石じゃねえ。
似たようなもので良いのか、異世界?
どうなってるのか後で見せてもらうか。
点いた火はすぐに上に積まれた薪材に移り明るく燃え上がる。
窯の上の方に開いた排煙口から煙が出始めた。
薪の投入を初めて30分、白く見えていた煙の色が薄くなる。
窯全体の温度が上がって来たようだ。
「火はこのくらいの勢いで2昼夜燃やし続けます。
まだそれほどじゃないですが、窯のレンガには火傷しますから触らないようにしてください。
暗くなると赤く光る程です」
「赤く見えるって事はそれだけ熱が外へ漏れてるってことか」
「なんや、どう言う意味や?」
うーん、どう説明したものやら。
熱は赤外線だと言っても通じないよな。
それがうんと強くなると、赤の方まで波長の短いのものが出てくるようになって、目に見えるようになるんだが。
「そう言えば、メグは水の温度を変えられるんだったか?」
「せやでー。
ウチくらいの魔法少女やったらそれくらい当たり前や。
けどそれ、なんか関係あるん?」
「水と氷の違いは分かるのか?」
「そら、氷はむっちゃ冷たいやん?」
「氷を作る時は冷たくしてるのか?」
以前メグが水を固体、液体、気体と変化させるのに、変えるのは温度ではない、何かは分からないが動きを変えるのだと言っていた。
ただそれは感覚的なもので、具体的に何がと本人には分かっていない。
俺も分子運動が感じられるとは思えないのだが、ここは魔法のある異世界だ。
「ちゃうで。
動きを押さえ込んでる感じやろか?」
「その動きだが熱い方はどうだ?
熱いお湯の動きってのは分かるか?」
「そら分かるやろ。
お湯になったらむっちゃ動きよるもん。
もっと熱したったら風で飛んでいくんや」
「それであのレンガの表面に水をくっつけたらどうなる?」
「一瞬やろなあ。
パアッと消えよるで。
むちゃ熱いさかい」
「その消えてしまうってのを、ちょっとだけでも捕まえておけるか?」
「そらまあ、消える言うてもうんと少なくなるだけやからなあ。
ちょびっとでええんならなんとかなるやろか?
ちょっとやってみたるわ」
俺たちにはメグが何をしているのか全く分からない。
が、メグは顔色を変えた。
「面白いで。
こない激しぃ動きよるんか、どんだけ熱いねん?」
「その水を窯の中まで入れられるか?」
熱いと言っても水分子が壊れるわけじゃない。窯の表面では水は既に気体だ。
その動きがわかると言う事は、メグは水蒸気の分子1個を一定空間に留め置いて見ているとしても不思議ではない。
ならば熱くなっても動く速度が上がるだけだ。
「いや、かなりおっきいで?
あの焚き口から入るやろか?」
やっぱり囲った空間の中で、分子数個が暴れている感じなのか?
ならば
「細長く囲って突っ込めないか?」
「これ、細くするって無茶言いなや!」
「無理か。じゃあ水を焚き口から放り込むから、それを捕まえられるか?」
クレアが柄杓を取りに走った。
頭を水蒸気爆発という言葉が過ぎる。
クレアが持って来てくれた水はほとんど捨てて、ウォルトに数滴になった水を焚き口から振り入れてもらった。
全く何が起きたという様子もなかったが、
「捕まえたで!
無茶苦茶や!」




