荷馬車
51話と52話重複してました。
差し替えしました
「タケオ、朝やで」
声が聞こえて俺は背を倒した運転席で目を覚ました。
暗いのはアイマスクをつけているから。
寝るのは貨物スペースのほうがいいんだが、落ち着く小屋がないので後ろには色々出しっぱなしになっている。
今もクレアとメグで朝飯の準備をしていて、物の出し入れもある。大きな移動がないだけで野営と何ら変わらない。
「レンガの材料にあとワラが要るって言ってたね」
「そこらの草でええんちゃうの?」
「日当たりのいい草原や湿地に、茎が細長くて丸い草が多いんだよ。
この辺だとヤイズル街道を西に少し行けば、川沿いにいい草原があるんだ。
僕は近間で間に合わせたけど、イブちゃんが居れば遠くても大丈夫なんだろ?」
茎が細長くて丸い草か。稲ワラみたいなものか?
猫じゃらしもそんな感じだな?
街道に出ても穴は粗方埋めてあるので乗り心地は悪くない。
ウォルトもかつての道の酷さが様変わりしてると気づいたようだ。
「昨日も見たけどメグのリペアってすごいんだな。
僕がこっちに来た頃は街道だなんて名ばかり、穴だらけだったのに」
ウォルトは褒めるが俺はまだ不満がある。
炭焼き場から橋の間にも、2箇所ばかり納得行かない曲がり曲がりがあるんだ。
だから俺はタクシーを停めた。
メグが大袈裟なため息を吐く。
クレアは嬉々と助手席を降りて前に回り、早く開けろと手を上下に振る。
俺がボンネットのオープナーを引くと、メグは諦めスライドドアを開けた。
ウォルトも降りたそうにしているので、客席ドアも開けてやる。
俺が降りる頃には、メグがクレアからスマホを借り、見える範囲と道の曲がり具合を検討していた。
ウォルトは何が始まるのか判らず周囲を見て、スマホの画面を横から覗いてと忙しい。
説明してやらんのだろうか?
とすれば俺が余計なところで口を挟むと2人から総スカン喰らうか。黙っとこう。
メグは昨日3回も道の線形改修をやっている。
勘所は押さえているのだ、うまくやってくれるに違いない。
メグの低い詠唱と共に杖が前方に突き出される。
うねうねと曲がる道を上書きするように、帯状の道が新たに浮き上がる。
今回はごく緩いS字カーブになるようだ。
いいぞ、いいぞ!
これは走るのが待ち遠しい。
ウォルトのポカンと開いた口を3人で楽しんで、ここの道路改修はおしまいだ。
「もう1箇所あるみたいやね」
タクシーに全員が乗り込むと、マップを見ながらメグが言った。
よく分かってらっしゃる!
道路の気に入らないカーブがまた2箇所で修正できて、川の手前の段差に横たわる斜路。
ここも切り通しにして、橋へ到達する緩い坂道になるといいんだが、初まりと終わりを同時に視認できないんだよな。
「これ、途中をばっさり切り取って、橋まで緩い坂にならないか?」
「うーん、でけんことないやろけど、見えん言うんがなあ。
クレーンで高いとこから見てみよか?」
下からがいいと言うので、斜路を降りて橋までの道の半ば。
「ここらがええんちゃうか?
クレアも借りるで」
スマホ操作で自分吊りをして2人は上に上がっていった。
クレアは革鎧だし、メグは膝下で絞ったニッカボッカ風の短ズボン、下から何か覗かれる心配はない。
男2人を地面に置いて上に舞い上がる。
上で指差しながらボソボソ相談が始まった。
「魔石の世話頼むで!」
メグの声が降ってきたのは、首が見上げ疲れた頃だった。
開けてあるボンネットの収納には、まだ手付かずの小粒魔石が一袋あって、残り少ないのはひと掬い程入っていた。
「リペアは小粒魔石を大量に食うからな。
減り具合を見て補充してやるんだ」
ウォルトに教えながら、少ない方は残らずMS容器に袋を持って流し入れる。
「リペア」
メグの声が聞こえ、やや山盛りになっていた魔石がザクザク音を立てて減って行く。
俺は慌てて大袋から両手に魔石を掬って流し入れた。
それも見る間に減って行く。
「代わります」
ウォルトが俺を押し退けるように場所を代わり、倍はありそうな手のひらで魔石を掬った。
何度か繰り返すと減りが突然止まる。
リペアが道路改修を終えたのだ。
俺は後ろを振り返る。
そこには緩S字を描く道が、段差部で広い切り通しになって登って行っていた。
「これは帰り道が楽しみだな!」
そこへクレーンでメグとクレアが降りて来て
「あっちもやっちゃおう!」
「それがええ思うで。
面倒は終わらせとかんと」
「時間がかかるでもないから構わんが、良いのか?」
「ええんよ」
メグの軽い言葉に俺は対岸に移動し、メグ達がそちらの斜路も付け直した。
少女2人が降りて来て言う。
「なあタケオはん。
これでヤイズルとシーサウストの間は、キツい曲がりも穴も無うなったやん?
どのくらいで走れよるやろか?」
「時間か?
そうだなぁ、片道1時間から1時間半ってとこか」
「ずいぶん早よなったやんか!
なあ、いっぺん走りたいんやけどええやろか?」
「他の人が馬車で先に走られるのはなんか嫌だよね?」
メグの上目使いのおねだりにクレアが乗っかる。
俺はウォルトの顔を見たが、何のことやら分かっていない様子だ。
この流れは、メグとクレアで片道ずつ運転する楽しみを取るつもりだろう。
「草刈りはどうするんだ?」
ささやかな抵抗だが、
「そんなん、急ぐ事あらへんもん。
荷車は置いてったらええやんか。
それよりな、タケオはん。
もっと大っきな荷馬車、ヤイズルで買わへん?
シーサウスト往復に荷馬車やで?
どやねん!」
うぐぐ、殺し文句をよくもまあポンポン思いつくもんだ。
荷車を吊って移動してから、いつかは出来るんじゃと思っていた荷馬車だ、それをここで使って来るか?
ヤイズルで一泊する事になりそうだが「海鳥のお宿」の飯は美味い……って何良いように引っ張られてるんだ、俺は!
「……好きにしろ……」
「やったねメグ」「せやろ、クレア」
一人訳がわからずポカンとするウォルトに俺は言った。
「昼はシーサウストまで間があるが、ヤイズルじゃ美味い晩飯がたらふく食える。
たまに宿のベッドもいいものだぞ?」
ビュンビュン車窓を流れる景色に、急カーブが減って乗り心地の増した助手席で、俺はたっぷり片道1時間半のドライブを袋菓子片手に楽しんだ。
メグの運転する車内には、水ペットボトルの他種類はないがコーラ、ジュースも解禁だ。
若い連中というのはどこの世界も一緒で皆はしゃいでいるが、こういうのもいい経験になっているんだろうな。
予定通りシーサウストで遅めの昼食、とんぼ返りでクレアがハンドルを握りヤイズル湊だ。
先ず「海鳥のお宿」で2人部屋を2つ確保して、荷馬車を買える店を聞いた。
店を二つ、工房を一つ、場所と名を聞いて行ってみる。
希望は4輪タイプの大き目のやつだが、あまり大きいのはタクシーが負けるかもしれない。
こちらが2トン切るのに、それよりも重い馬車を曳くのは負担でしかない。
回った一軒目の店には良いのがなく、工房は受注製作で待ち時間10日。
2軒目に行って初めて中古品、というか廃車寸前の出物があった。サイズはほぼ希望通り。
あちこちに傷みがあるが、荷を覆う幌布と固定用のロープが積んであった。
「少々やったら、リペアで直したったらええやん。
任しとき」
値段が安いのもありがたい。
何よりメグが気に入ってしまい、これで押し切られた格好だ。
メグがさらに値切った2800ギルは、多分破格に安いんだろう。
郊外まで引いて行くについては梶棒が後席のドアまで、タクシーを挟むように伸びた状態でクレーン固定したので、ひどく人目を集める。
4点吊りのクレーンは、吊った荷馬車が揺れたり回転したりしないので、梶棒が外板に当たる心配をしなくていい。
本日何度目かの「リペア」の前に、メグが改めて荷馬車を見分した。
車輪の構造から荷台の強度など、主な構造を把握しようというところ。
ここがしっかり分かっていないと、リペアの出来上がりがおかしな事になる。
俺も一緒に見て回り、荷台は井桁に組んだ角材に板を張っただけの簡単な構造だった。
そこでメグに本体である荷台の枠をU字型の一枚板を曲げた形で作れるか聞いてみた。
向こうでは集成材と呼ばれる技法で作るような形状だ。
ここではそれが魔法、主にメグのイメージ頼りだが、作ることができそうだ。
「その様子やと他にもなんや言いたいこと、ありそやな。
聞くよってみんな言うたって。
でけるでけんはウチが考えるよって」
俺はタクシーの後輪のサスペンションをメグに見せた。
地面に仰向けに寝て指差すと、メグが水でクッションを作って車体を持ち上げ下へ潜り込む。
荷馬車と違って車軸は左右別に独立しているが、板バネは見ることができる。
なぜかタイヤが上に上がるので、地面を見るとそこにも水クッションがあって持ち上げていた。
「面白いやんか。
んで、これもやろか?」
トントンとメグの指が叩くのはタイヤだ。
「それはゴムって言うんだが、内側に金属の網があって空気が詰まってる。
なかなか複雑だぞ?」
「ほーう?
見えてるだけとちゃうんやね。
これもよう見ると面白いやん」
「できそうか?」
「無理や。材料があらへん」
即答かよ。でもそうだよなあ。
「見本と木ならたっぷりあるさかい、荷台の枠はなんとかしたる。
あとは新しなるだけで今と一緒やな。
大体、荷物は乗り心地なんか言わへんで?」
それもそうか。
俺はU字枠についてもう少し説明し床の構造も少し補足した。
メグのイメージは固まりつつあるようだ。
「お茶にするー?」
見るとレジャーシートを広げ、コンロに鍋を乗せた退屈そうなクレア。
ウォルトは?と目で探すと荷馬車を熱心に見ていた。
「ウォルト、お茶やって。
こっち来いへんか?」
荷馬車を未練がましく振り向きながらウォルトがやって来ると、シートに腰を下ろしながら言う。
「あの馬車まだ十分使えますよ?
本当に手を入れるんですか?
それらしい道具もないみたいなのに」
「まあ、尤もな疑問やな。
ウチが直せるんは道だけやないってことや。
ええからクレアが淹れてくれよったお茶、飲みい」
「あはは、メグちゃん、物言いきついよ。
先ずイブちゃん専用なら、曳くための梶棒が必要ないよね。
荷台も結構傷んでるし、車軸や車輪も手を入れたほうが良さそうでしょ?」
お茶を啜る間にもメグは考えを巡らせているようで、どこか上の空な様子だ。
さて。と気合を入れてメグが荷馬車を前に立つ。
杖を構えて「リペア」を唱えると、荷台の構造はU型フレームに一新し、車輪車軸の作りは製造当時に戻ってしっかりした荷馬車が出来上がる。
畳んで積んである幌布も、汚れ滲だらけの状態から織り上げたばかりのサラに戻ったようで、木綿生成りの薄い色に変わった。
厚さ6、7センチはある厚板が、見事にU字というよりコの字に曲げられ、板の高さがそのまま荷台のアオリと呼ばれる囲いになっている。
車輪は元のものより小さめに作られて、荷台は腰の高さと同じくらい。
後ろの堰板を外せば、荷の積み下ろしもそうキツくはなさそうだ。
さすがに削りたての木の匂いまでは復活しなかったようだが、木肌の仕上がりは滑らかで正に下ろしたて。
「良い出来じゃないか」
大きな帽子の陰で、ツンと上を向いたメグの口元が一瞬緩んで戻った。




