ビンチョ炭焼窯
本日も3話投稿します
俺は飯山健夫。68歳の個人タクシーのドライバーだ。
中野林市を通るローカル鉄道、山津川線、その狭いアンダーパスを潜っていたらこっちの世界に来てしまった。
以来、その場で森から飛び出して来た少女クレアと、シーサウストで出会った「魔法少女」メグの3人であちこち見て回っている。
さて。
ここはヤイズル街道から左へ入った森の中。
カーナビで見ると海へ突き出た半島の東側を少し入ったところに、ウォルトという男が炭焼きキャンプを作っていたのだ。
通りかかった俺たちが炭焼きの煙を見つけて見に来たので、炭焼きしていると分かった。
そうでもなければ気づかないような場所。
50mほどの広さで木が伐採されて小屋が一つ、石積みらしい窯が大小2つ。
板塀のように見えるのは、炭焼き前の木材が乾燥のために立て掛けてあるのだ。
ウォルトの姿は見えない。
まだ小屋で寝ているか、採取か何かで外へ出ているか。
3日ほども一人で火の番をしたと言うのが昨日のことだから、多分寝ているはずだ。
小屋の前でタクシーを停め、中を覗いてみた。
朝晩は寒いだろうに、筵1枚に包まって寝ている青年がウォルトだ。
もう昼も近いと言うのに。相当疲れてたんだろうな。
起こすにしても、飯とすぐに身繕いできた方がいいだろう。
飯は弁当を買って来た。ウォルトが海鮮と言っていたから、酢で〆た寿司のような弁当だ。
湯を沸かしスープを作るのは雑作もない。
体を拭いたりするには水が必要か?
小屋の外に半ば埋まった水瓶が板を繋いだ蓋を被って、木製の柄杓を一つ載せている。
中を見て
「メグ、これに水を頼む」
水汲み用だろう、蓋を嵌め込む木桶が3つ。
隙間のある桶蓋でも、荷車で水を運ぶ際は溢れる量をかなり減らすことができる。
こちらにも水を出してくれるように頼んだ。
「メグちゃんの水魔法は便利よねー」
「せやろ」
その作業がゴソゴソ煩くて目が覚めたのだろう、バタバタと中から動く音がする。
扉がダンと音を立てて外へ押し開かれ、棒を一本持ったウォルトが飛び出して来た。
「なんだあんたらか。
戻って来たのか?」
これが戸口から飛び出し、辺りを見回してのウォルトの第一声だった。
「その棒は何でしょう?」
メグがよそ行きに尋ねる。
「ん?ああ、これか。
森の獣がたまに、悪さしに来るんだ。
ユスの木で作った堅い棒だよ。
これで追い払う」
炭焼きしていた時と変わらない上半身裸。
太い腕に厚い胸筋。肉体労働者らしいと言えばそうか。
だが下帯一本はいただけない。
メグとクレアの視線に気がついたのか、一旦引っ込んで7分袖の半纏のようなものを羽織り出て来る。
前は1箇所紐で結ぶだけってのもよく似ていた。
「飯にしよう。スープを作るから、その間に身体を拭いちゃどうだ?
水は汲んでおいた。桶にも入ってる」
ウォルトは上掛けの紐を結ぶと水瓶の蓋を開け、木桶も確かめた。
メグとクレアを見て大きな重い木桶を抱え小屋へ入った。
俺たちはレジャーシートとコンロ、鍋を下ろしていつものメシの準備だ。
買った弁当があるから、スープを作るだけ。
弁当に合うかは分からんが、瓶に入った魚肉の漬物も出してみる。
クレアがそれをスープに加えている。
果たしてアレはどうだろ、案外美味いかもしれないか。
熱い具の多いスープに、酢〆の切り身、魚介の煮付けや野菜の炒め物の入った弁当。
いつもよりちょっと豪華な昼飯だ。
ウォルトが出て来てみんなで食べたがスープがちょっと生臭いか。
不味くはないが俺は単品で食った方が美味いと思ったな。
「さて、炭焼きについて教えてもらっていいか?」
「そんな話でしたね、良いですよ。
と言っても今はまだ窯が冷えてないですから、ここでできることはないんです。
次の炭の材料になる木を伐りに行きましょう」
「あそこに沢山立て掛けたのがありますが、あれが次の分なのではありませんか?」
よそ行きのメグはちょっと調子が狂うな。
「そうですよ。
次の炭と言いましたが、取りに行くのは正しくは次の次の分ですね。
あれは窯に入れ易いように形を直したり、乾燥させたりするので、前回の蒸し焼きの間に用意した物です」
「チョワードではまだうまく焼けないって言ってたけど、ここのはどうなの?」
「ビンチョ直伝ですからね。
僕はまだ師匠には及びませんが、いい炭ですよ。
見ますか?」
俺たちが頷くとポツンとある小屋に行き、ひと束しか置いていない炭から2本抜いて来る。
「これが僕が焼いた炭です」
打ち合わせるとキンと澄んだ音がした。
「へえ。チョワードのとは確かに違うね!」
「師匠の炭はもっとすごかったですよ。
音がもっと高くて……
あれが残ってるはずだな、ちょっと待ってて」
ゴソゴソと背負子の中を漁って、ピカピカ光る黒い石を見せてくれた。
一見ツヤのある黒曜石に見えるが、形が妙に四角い。
黒曜石を割ってこの形にするのは大変だろう、などと思ってみていると
「それが師匠の炭のカケラです。
綺麗でしょ?」
渡された石は明らかに石では無かった。
炭にしては重めのようだが、石というにははっきりと軽い。
「僕の炭は、切り口にここまでのツヤは出ないんです」
荷車を引いて木を伐りに行くというので、タクシーで付いて行こうかというところで、メグが
「クレーンでその荷車、吊って行ったら?」
俺を救出するときに水を氷に変え、クレーンで吊って運んだ話は聞いている。
「そう言えばそんな事も出来たな」
ウォルトにはメグと後ろの席に乗ってもらい、クレーンで荷車を地面から僅かに浮く程度に吊り上げた。
「この辺りはもう伐ってないんです。
ええと、あの大きな木2本の間から入れます」
ウォルトの案内で進む事20分、急に木の密度があがった。
ここまで風通しが良かったのは、炭の材料にするため間伐したってことのようだ。
「僕は一人でしたから、細い木ばかり伐ってます。
あの太いのでもいい炭になるんですよ。
重くて運べませんが」
「メグちゃんならチョンチョンだよね」
「そらな。運ぶんは大変やで」
言ってからメグは口を押さえた。
クレアにうっかりいつもの調子で返してしまったのだ。
「別にいいじゃないか。
そんなに気にするところか?」
「うう!」
メグが口を押さえたまま唸る。
ウォルトにはまず細い木を一本伐って見せてもらった。
根元の方から伐って、2メートル程度に切り揃える。
太さ2センチ以上あれば枝も荷車に積んで行った。
あとは焚き付けが必要なら持ち帰るが、小さいのは放置しても問題ないそうだ。
説明しながら手際よく手鋸で伐って行く。
風魔法が少し使えるのでそれで伐っても良いが、魔力が続かないので手鋸を使っていると言っていた。
「さよか。ウチがやってみるさかい、あかんとこがあったら言うたって」
もう諦めたのかメグの言葉が戻っている。
メグはウォルトに示された一本の木に手を当て、水刃で根元を切り離す。
当てた手を押すと木が傾くので3歩程下がった。
切断部分が跳ね上がるのを警戒しての事だ。
あとは本当にチョンチョンと伐って行って、幹と枝を地面にひとまとめの山に積み上げた。
薄い水盤を地面と伐った木材から呼び、そのまま持ち上げ荷車上へ持って行く。
下ろす時に、荷車の両側に2本ずつ突き出た支柱の間に収めるのにちょっと気を使ったが、本当にあっという間だった。
「こんなんでええかいな?」
ウォルトは返事できずにあわあわしていた。
まあ、すぐに慣れるだろう。
「メグ、これ伐ってみる?」
さっきこの大きな木でも使えると、ウォルトが言った木をクレアが指す。
見上げてメグが言った。
「やってみるわ。
クレア、スマホ貸したって」
自分を浮かせるのもメグならできるが、魔力消費が大きい。
クレーンで自分を吊って空中から解体をはじめた。
「うんと離れとってえな!」
下に誰もいないのを見て枝払いから始めた。
水で切断する水刃は初級と言うが、落ちて来る大枝を見ると、とてもじゃないがそうは思えない。
見る見るうちに木は枝を全て失って一本の棒になった。
「これ、先に片付けとかんとあかんやろなあ」
地面に降りたメグが片端から切りまくる。
入り組んだ枝を2メートル目安で切り揃えるのには30分ほど掛かった。
「枝は厄介やなあ。
これ、なんや考えんとこの先大変やで」
なんか大変だとかぼやいているが、そのスピードは異常だから!
しかもそこそこ綺麗に積み上げてるし!
俺の心のツッコミが聞こえるはずも無く、メグが再びスマホでクレーンを使い上からチョンチョンと伐っては押して、積み木でも倒すように幹が短くなって行った。
「この太っといのんはどうしたらええんや?」
「拳くらいの太さで割るんですが、できますか?
僕ならノコ引きで何日もかかるんですが」
「せやろなあ。
けどな。ここにおるんは魔法少女やで。
魔法少女の凄いとこ、見せたるわ!」
出たな、魔法少女!
それができるってのは俺もクレアも疑っちゃいない。
シュンシュンシュンのパカッと一本目のカットが終わる。
細い縦割りになった大量の材木が束になって積まれた。
それが6回あったってだけのことだが、確かに何往復もしないと運べる量じゃ無い。
荷車にもう一束水盤を使って積んでロープで固定したら、一旦小屋へ戻ることになった。
クレーンがごそっとまとめて下ろした荷をウォルトが立てて行く。
クレアがその手伝いに残って俺とメグで5往復して大木を運んだ。
倒すよりも運ぶ方が大変だったよ。
森でメグが刻み、一緒にそれを運び終わってメグが言う。
「この木、乾燥させる言うてたけど、要は水抜いたらええんやろ?
水魔法ならすぐやで?
やってみたろか」
ウォルトとクレアに、原木の立てかけ作業を一度止めてもらった。
立て終わった分にメグが杖を向け、上から下へなぞるようにゆっくりと振り下ろす。地面にジワッと水溜りができて、それも杖の魔力に当たると消えて行った。
「すごいなあ。師匠も急ぎの時はやってたけど、終わるとヘロヘロになってたよ。
大丈夫なのか?」
「そうなん?
杖もあるよって、ウチならなんともあらへんで」
ウォルトは水分の抜けた木を軽く叩き、音を確かめた。
「10日くらいかかる乾燥がこんなに早く終わるなんてなあ。
んん?
なんか軽い?」
その木を持って、隣の次の材料と言っていた木の中から1本選んで持ち比べる。
何本か取り替え取り替え比べていたが
「僕の用意した材料よりも軽いなこれ。
ほんとに全部の水を抜いちゃった?」
「ウチはそのつもりでやったんやけど?」
ウォルトは何か下を向き、しばらくブツブツ言っていた。
「あとはこっちの曲がり枝を矯めれば終わりだな」
「タメる?
タメるってなんや」
「ああ、曲がった木は重ねてみるとわかるけど場所をとるだろ?
なるたけ真っ直ぐに直すんだよ。
少しでも多く炭にしたいからね」
「さよか。
アレいけるんやないやろか?
イブちゃんもそばにおるし」
にまあっとメグが悪い顔を見せた。
何をする気だ?
曲がった木が積み上がった一画、そこに杖を向け、メグがブツブツと何か呟く。
この姿はこれまで何度も見た。
だが木の枝を相手にか?
俺の疑問など関わりなくメグが魔法を発動する。
「リペア!」
乱雑に積み上がった太さも向きもさまざまな枝が、一定の太さの真っ直ぐな棒に変わって行く。
その過程で当たりが変わってカタカタと音を立てながら積まれた木材が動き、やがて落ち着いた。
積み上げの乱雑なのは一緒だが、真っ直ぐになった棒の山がそこにあった。
「うわ!
本当に真っ直ぐにしちまった。
嘘だろ!」
若いのはいいことばかりじゃないな。
ウォルトが要らないことを叫んだ。
「なんや自分。
見とってからに嘘やて?
口に気付けんかい!」
「あ!ああゴメン!
つい口から出ちまった」
「まあええけど。ウチは人間がでけとるんや。
そっちの立てたんもやったほうがええやろか?
これ、そこそこしんどいねん」
「あ、それは止めてください!
全部揃えちゃうと隙間が減って熱が通らなくなっちゃうんで!」
「そうかあ?
井桁に積むとか色々ある思うんやけどなあ」
「窯の中を見せてなかったからかあ。
焼く時もこんなふうに縦に置くんだよ。
火の通りって言うか、熱の伝わりがいいらしい。
隙間はあった方がいいのは一緒だけどね」
「なある。
少うし曲がったくらいの方がええちゅうわけやな。
火はやっぱり薪使うん?
どのくらい温度上げるんや?」
「薪だね。たくさん燃やすよ。
高温になるほどいいのができるんだ。
限度はあるらしいけどね」
「そうなん?
火やのうて、温度だけあげよったらあかんのん?」
「そんなこと……
メグさんならやっちゃいそうだな、でもなあ。
やった事ないからわからないよ」
なんかとんでもない方向に話がいきそうだな?
できれば面白いが、全部メグ頼りになるんじゃないのか?
「メグ。お前がやってみたいのは分かるが、仕事をとるのはダメだぞ?」
「仕事?
ウチが面白い思て、やったら仕事がのうなるん?」
「そうだ。
メグがやった方が早いってのはまあいい。
遅くても他の者でもできるからな。
だが魔法で薪の代わりをする、それでもっといい炭ができたりするとどうなる?
その炭を作れる者はメグしか居ない」
「そんなんウチがやった分がええものやったら、高こしたったらええやん。
ウチが居らんやったら、欲しい言いよっても物がないよって、そもそも売れへん。
何が問題なんや?」
「そう言われると……そうなのか?」
「ええものができるか分かれへんし。
ウチは作りたい時に作るだけやし」
「分かったよ。
思ったようにやってみたらいい」
「はあ!
タケオ、ボケよったか思て寿命が縮んでもうたで。
こんなん、これきりにしたってや」
メグに怒られてクレアに宥められて散々だ。
メグが手伝えば、手間賃や燃料の木材が相当浮くのは確実だ。
その分メグに多く配分するにしても、今度は若い娘にそんなに大金を持たせて大丈夫だろうかと心配だ。
俺が間に入って搾取するようなのは論外だしなあ。