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炭焼き

2話目!

 冒険者ギルドで依頼の精算と虫津波の報告をして、オーガ魔石、小粒魔石は話し合いの末、売らずに置く。


 小粒魔石は、スイフナール商会の伝手で作られるはずの魔道具がまだ普及していない、ここヤイズルで売っても買い叩かれる。

 それに道直しには魔石はいくら有ってもいい。

 そう言う判断があった。


 そして今、ヤイズル街道を東進している。

 シーサウストに戻るのだ。


 大量の小粒魔石を積んだまま、補修して置いた街道を走る快適なドライブだった。


 だがそれは、クレアが1条の白い煙を見るまでのことだ。


 あの村、チョワードで聞いた話をクレアが思い出し、言い出したのだ。


 それは良い炭を焼くと言う老人の噂。


 10年ほど前チョワードに荷車を引いた老人がやって来て、良い炭の焼き方を教えたと言う。

 炭同士を打ち合わせると金属音がするほど硬く、異様に火持ちが良い。


 チョワードの炭焼きはそこから始まっているが、あの品質には未だ到達できていない。

 そして村の子供を一人連れて他へ流れて行った。


 クレアが聞いたのはこのくらいだった。


 俺はビン○ョウタンを思い出したが、あれを焼ける人物がいるらしいと聞いて興味を持った。


 マップには山中にゴブリン、オークくらいの赤丸が2、3見えるだけだが、煙の場所は分からなかった。


 急ぐ旅じゃない。

 ちょっと寄り道して行こう。

 そう二人に言われるまま、俺はハンドルを右に切る。

 タクシーは海に大きく突き出た半島の、大半を占めるらしい山へ分け入った。


 荷車らしい轍の跡が残る狭い踏み分け道だった。


 細いクネクネした木が4、5メートルに伸びている。

 太い大きな木もあるが細い木の方が多く、混んでいる印象は無かった。

 細い木ばかりが並ぶ辺りは日も差して森というには明るい山道だ。


 道は山を左に回り込むようにうねうね伸びていて、マップで見ると海が近づいていた。


 ポッカリと広い場所に出て、そこに小屋が一つあった。

 白い煙は右手の山の斜面から立ち上っている。

 置かれた荷車の向こうに、男が一人立ち働いているのが見える。

 その前には土で固めた小屋らしいものがあった。


 その人物は遠目にも若い男に見えた。


 俺たちは邪魔にならないあたりまで近づき、タクシーから降りて

「こんにちはー。

 炭焼きしてるんですかー?

 煙が見えたんでちょっと寄ってみました」


「こんなところにお客さんとは珍しいな。

 ちょっと今手が離せない。

 時間があるなら待っていてほしい。

 僕はウォルトと言います」


 そこまで言って上裸の青年は赤い火の見える小窓に向き直り、細い土色の棒を何本かその穴に入れて煙を見上げた。

 背中になかなかの鍛えられた筋肉が踊る。


 目土らしいもので覆われているが、剥がれ落ちた部分に茶や赤黒い色のレンガ積み模様が見える。

 この世界にもレンガがあるらしいな。


 見ていると、穴の大きさを石の棒を並べ入れることで調節し、煙で何か判断しているらしい。


 俺たちはレジャーシートとコンロ、鍋などを出し、簡単な食事の用意を始めた。


 少し早いが昼が近い。

 ウォルトの分も作って一緒に食べようかと言うところ。


 いつものパンに干し肉出汁(だし)の具沢山スープだが、調味料がいくつか入っているので以前よりは味がいい。


「良かったら食べませんか?」


 真剣な様子で窯に集中していたウォルト青年が振り返って、ギョッとした表情を浮かべる。


 窯と俺たちを2回キョロキョロ見比べ、何か考えたようで窯の覗き窓を土棒で残らず塞いでしまった。

 脇に掘られた石壁の穴の奥には火が燃えている。

 そこへレンガっぽい四角い石を、泥まみれにして積み上げ穴を塞いでいく。

 かなり急いでいるらしい。


 それほどかからず穴は塞がれたが、その上から見るからにねっとりした泥を塗って行く。

 泥はすぐに乾いて白っぽく色が変わる。

 ひび割れが出たようには見えないが、ウォルトは乾いた上に更に2重に塗り付けた。

 窯の裏へ回って同じように、手早く塞いでいる様子が見えた。


 逞しい肩に上掛けを一枚羽織って

「いや、すみません。

 頃合いもいいようなので、せっかくですからご馳走になります」


「あ、いや。邪魔でなければどうぞ。

 俺はタケオと言います」

「あたしはクレアよ」

「わたしはメグと言います」


 メグはよそ行きモードか。


「大したものじゃないですけど、どうぞ」


 俺たちにしたら定番の昼飯、食い飽きたようなものだが、他から見れば珍しいのだろう。

 美味そうに食ってくれた。


 食べながら、炭焼きについて聞くと、この辺りの木には水に浮かないくらい、ひどく重い木があるんだと言う。

 それを高温で蒸し焼きにするといい炭になるんだそうな。


「いい炭を作るん人がいるんだってチョワードで聞いたね」

「チョワードに行ったんですか?

 どんな様子でした?」


 クレアの何気ない言葉に食いつくウォルト青年。

 怪訝に思いながら

「オーガの討伐依頼で行ったんだ。

 ここのと同じような窯が3つあったよ」

「オーガ!

 それで倒したんですよね!?」


「それが仕事だからね。3頭居たよ」


 クイツクシムシの餌に使った話は置いておこう。


「3頭もですか。

 大変だったでしょう。ありがとうございます」


「なんでお礼を言われるんだ?」


「あ、えーと、僕はチョワードの出なんです。

 昔…10年くらい経ったのか…

 師匠のビンチョに付いて村を出たんです」


「その話もしてたね。爺さんがやってきて炭焼きを教えてくれたって。

 じゃあその時に一緒に出て行ったって言う子供があんたなんだ」


「そうですね。村にいたのは1月ちょっとくらいだったと思います。

 ビンチョが窯を一つ作って、近間の森の木を伐って。

 2回焼いてやり方を見せてましたから」


「村には戻らないのか?」

「僕は親がいないんで。

 親父がいたんですが、事故で死んじゃって。

 今は気ままに移動して、炭を売って暮らしてます」


 心なしか喋り方がゆっくりに感じた。


「そのビンチョという人はどうしたんだ?

 見たところ一人のようだが」


「去年、ずっと北の方で亡くなりました。

 炭焼きは山の木を切り過ぎないように、2、3年で移動するんです。

 手作業で運べる距離なんて知れてますから、近所の木が無くなっちゃうんですよ。

 ここへ移ってきたのは半年くらい前です」


 なるほどなあ。

 それでこの辺りの木が無いわけか。


「俺たちも炭焼きにはちょっと興味があってな。

 良かったら少し教えてくれないか。

 大量とはいかないがものや人を運ぶのは得意だぞ?」


 って言うか、それが俺の商売だ。


「いいですよ。

 この窯は、あと10日はこのままです。

 その間に次の分の材料…を用意するんで、そこからやって……みますか?」


 ウォルト青年は瞼が重いと言った様子で口も重くなっている。


「ふわぁ、失礼。

 もう3日、まともに寝てないんで……」


「寝てない?

 そうか。

 火の番か、それは悪いことをした」


「いえ、久々に美味しいものが食べられました」


「そうだな、俺たちはこれからシーサウストまで行ってくるよ。

 ついでに何か欲しいものとかあるか?」


「シーサウストですか?

 海鮮でしょうかね?」


「分かった。見繕って買ってくるよ。

 ゆっくり眠ってくれ」


「じゃあまたねー」


 広場を離れると

「なあタケオ、ホンマに炭焼きなんかやりよるんか?」


「本当にやるかは、仕事を見てからだな。

 相場も分からんし。

 でも一応商業ギルド所属だから、物の売り買いをする方がいいだろ?」


「買う方はさっぱりやん。

 魔物素材かて売るばっかりやでー」


「そう言えばそうか」


「呑気やなー」


 車内での何という事もない会話。


 だが俺は相変わらず走れば土埃が巻き上がり、無駄としか思えないカーブの続く道が、田舎の古い舗装道路くらいの乗り心地であることが嬉しかった。


   ・   ・   ・


 シーサウスト市街。


 あれから10日ほど経っているので水産加工場に寄ってみた。

 預けた黒クロマンタの代金がもらえるかもしれないと思ったのだ。


 クレアたちによれば、出ている看板は「海産加工ギョカイラ」と読むらしい。


「しばらくだったね。

 いいところへ来た、昨日になってお宅らにちょうど払えるだけ売り上げたよ。

 また良いのが狩れたら頼むよ」


 忙しいらしく加工場の長は用意してあった皮袋を出してくれた。

 中身は銀貨で100枚、1万ギル。

 クレアが10枚ずつ積み上げて数えた。


 職人さんに手を振って加工場を出る。


「次は商業ギルドだな」


 ネンバース村のキイロブッシュバックの売上が、どのくらいになっているか。

 1万2千ギルの振込があったようだが、まだ完了になっていない。

 という事は売れる肉がまだ残っているらしい。


「氷の貯蔵穴、作っといて良かったなメグ」


「せやな。まだ氷はあるはずやで。

 でも、ずいぶん高こ売れたんちゃうやろか?」


 俺には肉の相場など分からん。

 とりあえず頷いておく。


「炭の相場を知りたいんだが」


「火持ちの良さで等級が付きます。

 柔らかく軽いものほど燃え尽きるのが早いので、概ねは重さ当たりで単価が決まります。

 100クロッツ(kg)2000ギル、時季によって上下はありますがそのくらいですね。

 高級品は白い灰が付着したものが多く、隙間といいますか、目の細かいものほど値が上がります。

 私は切断面に石のような光沢が見られる、超高級品を見たことがございますが、あれは美しいものでした。

 そこまで行きますと、クロッツ当たり1万ギルを超えてしまいますが」


 なるほど。

 100kg当たり2000か。

 それ以上で売れればそれなりの高品質かって理解で良さそうだ。


 相場を教えてもらい、少し早いが俺たちはメグ推奨の宿へ向かった。


 久々のまとまった田舎道走行(・・)を味わったせいか、ブレーキの感覚が気になり、他の馬車の停車を見ていた。


 これでも俺は職業運転手の端くれだから、お客の乗ったクルマの乗り心地についちゃ、一家言ある。


 高級送迎車(ハイヤー)業界で、ある会社が街中走行で助手席の者に水が8分目も入ったコップを持たせ、それを溢させない静かな走行をさせると聞いたことがある。

 俺はそれが良いとは思わないが、客に乱暴な運転だと思われるのは確かに我慢ならない。


 ドアに押しつけられるような急ハンドルや、首がのけぞる急加速なんてのは論外だが、ブレーキ操作もそのひとつだ。


 公道を走っている以上、緊急時、回避の為の急操作は致し方ない、そこは良いんだ。


 だが例えば前方で何かあって強くブレーキを踏んだとしよう。

 最後まで止まれるか、ぶつかるか、なんてのはそうあることじゃない。

 危険を認知して強めにブレーキを踏んだ時点で、ほぼ止まり切れるかの判断はつくものだ。

 問題はその止まる瞬間の話で、スピードが落ちる程車内の前傾ってのは大きくなる。

 止まり切る瞬間が最も体が前に持って行かれるって事だ。


 生きるか死ぬかってんなら踏み続けるのも良いだろうが、最早ぶつかることはないとわかっている。

 クルマが止まったあと後ろに体が投げ出される感覚を、客或いは同乗者に味わわせるのはどうなんだって事だ。


 これを回避するのはごく簡単な事で、止まる瞬間にブレーキを抜けば良い。

 もちろん止めるんだから僅かに効きは残すが、前に傾いた体は自分で踏ん張る筋力で自然に背もたれへと戻る。

 最後の瞬間はフワッと止まるわけだ。


 それで話は道行く馬車に戻る。


 街中なんで、人通りが多く中には道へ急にはみ出す奴もいたりで、御者も馬も気が抜けない。

 結構急制動も掛かる訳だが、俺は馬は上手に止まるなあと感心したんだ。


 考えてみたんだが、後ろに重い馬車を引いていて、それを止めるとなると御者もブレーキを引くが、馬も何本もある足を前方へ踏ん張って止めるわけだ。


 そうすると止まった瞬間に馬車は後ろへ揺り返す。

 馬車だとはっきりと10数センチは後ろへ動く。

 ブレーキを引いていればほとんどないだろうが、強い揺り返しは来るだろう。


 それはハーネスと梶棒を結ぶチェーンやロープが作る遊びのせいだが、この遊びがないと、馬は初動に数倍の牽引力が要るから、必要なものだ。

 直接の関係はないが、シフトギアなど無い非力な蒸気機関車が、発進できるよう連結器に遊びを設けた、と言うのは有名な話だった。


 そして前へ踏ん張っているところを後ろに引かれるのは、馬にしてみればさぞ気分の悪い事だろう。

 だから、馬車の動きを読んで止まる瞬間に足を緩め、押されるままに一歩だけ前に出るらしいな。


 職業運転手(バス・タクシー)でもこれができない奴が多いってのに、その辺りは虫でもトカゲでもうまくやっている。

 馬車馬は賢いな。

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