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クイツクシムシ

3話投稿します

 誘導のための水カーテンは張った。

 フロントの物入れの荷は後ろへ移したから、クレアがそこに座るのはなんとかなる。

 ボンネット下にある一見広めの浴槽みたいな大型収納スペース。左右に収納の子扉や引き出しの取手などが見えている。


 既に2ヶ所のオーガには偵察の虫どもが集まりつつある。


 長丁場が予想されるのでまずは腹ごしらえ、とは言えじっくり調理などする間はない。

 出がけに買ったパンと干し肉を、コンロで沸かした湯で簡単に作ったスープで流し込むだけだ。


 そうしている間にもオーガに集る虫は小山のようになっていた。


 メグの形成する水カーテンにも、折り重なり越えようとする姿がそこここにあった。


 クレアが改めてボンネット下に付く。

 メグはゆったり運転席の後ろに収まって、窓から短い杖を突き出す。

 俺は窓から顔を出しクルマを前進させた。

 ボンネットが開いているせいで、そのままでは前が見えない。


 最初の数往復は左、水カーテンの側に虫が多くいて、カーテンを超えて派手に弾け飛ぶ。


 それが何度目かには、山側へ飛ばされ死んだ虫への共食いが始まった。

 その頃には3頭のオーガは骨だけになっていて、吊っている1頭も崩れ落ちて原型などどこにもない。


 撒き餌が無くなった格好だが、虫どもの屠殺場と化した直線往復道路には異臭が漂う。

 死んだ虫が発する臭いだが、それが押し寄せる本隊を刺激するようで、前後の漏斗部よりもタクシー付近の方が集まりがいい。

 それはカーナビの索敵画面でも赤の濃さが違うので明らかだった。


 まだ両側へ死骸を跳ねつけているが、虫のトンネルが現れるのは時間の問題だろう。


「増えて来たでえ。

 もう少しカーテン、上げんとあかんわあ」


 俺には水カーテンのある左側は全く見えないが、そちらを見ながらメグが言う。

 全体に高さを上げたようだった。


 前進して行って道は右へ急に曲がっているのだが、既に道と言わず草地と言わず、折り重なる虫どもに覆い尽くされていて地面は全く見えない。


 クレアが木の位置を覚えていて、手を前に出して振ることでバックするタイミングを教えてくれる。


 それはバックも同様で、こちらはメグが頼りだが、もう何時間か往復していていい加減首が痛い。


 だが横目で見るカーナビによれば、虫津波はまだまだ続きそうだった。


 タクシーの防御結界は思っていたより優秀で、車体から5メートルくらい、それより中へは一切の進入を許さない。


 俺は直線の中間辺りでクルマを停め、運転をクレアと代わってもらった。

 前に回ってみると、クレアはいくつかある小さな収納から袋菓子を見つけていた。


「これもらってくよ。

 メグにもあげるんだー」


「よく見つけたな、大事に食えよ?

 もう残りはそれほど無かったはずだ」


 人1人入れるほどのフロント収納の端にはビニル袋が置いてあって、魔石がズッシリと溜まっていた。


 大きさはスライムのものと同じくらい、内包する魔力の方はわからないが膨大な量だ。

 何せゴミ拾いの大袋に小粒魔石ばかりが数センチの厚さという量、一体何匹潰したのやら。

 クレアの持ち込んでいたクッションを膝下に当てがい乗り込んだ。


 ボンネットの鉄板の向こうではクレアとメグが何やら喋っているが、虫の弾ける音で何を言っているのか全く聞き取れない。

 タクシーが停まっていても、絶えず虫が攻撃し、弾かれているのだ。


 走行が再開され、突然まだ日がある時間というのに空が暗くなる。


 暗くなって手元が見にくいと思い、上を見るとそこに虫のトンネルがあった。

 まだトンネルは切れ切れで、時々日が入る。


 が、その陽射しの間隔はどんどん短くなって行った。

 交代の間に押し寄せた虫どもが厚くなっているらしい。


 もう暗いのが当たり前、日が沈んだらしいが、それがいつだったかすら分からない。

 ボンネットの先に吊るした、揺れる修理用の作業灯が唯一の光源だった。

 たまにMS容器から小粒魔石をザラザラと搔き出し、一段低いトレイ部分に落とす。

 それを両手で掬ってザラリと袋へ移す、ずっとそんなことを繰り返していた。


 一体何時になったのか、これはいつまで続くのか。

 クレアにスマホを借りとけばよかったか。

 ガラケーはメグに持たせたままだし、時間を知る術がない。


 ゴミ袋の中身が半分を超えるともう動かせる重さではない。

 別のを出して隣に広げ口を縛った上に載せる。

 数回掬って入れてみて、こっちの袋に座った方が楽そうだと思い、揺れる浴槽の中でモゾモゾと左右を入れ替えた。


 ポケットに入れた干し肉を齧り、疲れから来る眠気と戦って何時間経ったのやら。

 向かいの袋も半分を超え、もう一枚出したところまでは覚えている。


   ・   ・   ・


 目を射る強い光に顔を背けて、うるさいバチバチ言う音に顔を顰めた。

 なんだ?どうなってる?


 見回すとどうやらタクシーのフロント収納の中。


 なんでこんなところに……

 そうだった。昨日のことか。

 山道で虫津波を堰き止めようと、メグの水カーテンとタクシーの防御結界で……


 バチバチはまだ虫が押し寄せている証拠…


「うわ!」


 足が動かない、おかしいと思ったら足は小粒魔石で埋まっていた。

 未だMSの口から(あふ)れ、トレイも山になって溢れた分が膝まで溜まった上にザザと零れていた。


 見回すとタクシーは路肩の溝にやや傾き停止している。


 水のカーテンはない。

 と言うか見えない。


 半球形の虫のドームが車体と同じくらいの高さに取り囲み、その上に何本かの木の枝葉。

 あとは薄い色の青空に幾つかの雲、光の元、太陽、見えるのはそれだけだった。


 腿を両手で持ち上げ片足ずつ魔石から引き抜く。

 靴が片方脱げて手探りをして、砂粒のような魔石の中から引き出す。

 残っていた方もザラザラ痛いので、脱いで中の粒をフロント収納の中へ振り出した。


 それより2人は?


 開いたボンネットから回って見えるフロントガラスにクレアは見えない。

 後ろの窓にはメグの杖の先端だけが見える。

 軋むひざ膝を押して窓へ近づくと助手席に上体を投げ出すクレア、運転席の背もたれに抱きつくメグ。寝ているようだ。


 俺は安堵で崩れそうになった。


 クレアのスマホがメーターウインドウの上にあったので索敵画面で状況を見る。

 赤い模様は小さくなって、ここに集まりつつあるように見えた。

 縮尺や昨日のと見比べられる訳でもないので、本当のところは分からない。


 俺は冷蔵庫から水のペットボトルを3本出してきた。


「朝だぞ」

 日は高いがそう声をかけ冷たいペットボトルをそばに置いてやる。

 二人が声に反応して身じろぎすると、冷たいものが体に触れ一気に目が覚めたようだ。


「あ?

 タケオ?

 おふぁようー」


「なんやバシバシうるさいなあ。

 明るなってるやん、ウチ、寝てもうた?」


 メグはまだ戦闘モードらしい。


「まだ虫が防御結界に当たってるけど、落ち着いたみたいだぞ」


 俺はメグにスマホを渡す。


「まあだようさんおるみたいやん。

 大丈夫なんか?」


「さあな。

 周りの虫は全部こっちに集まってるみたいだし、防御結界は持ち堪えている。

 魔石は溢れてえらいことになってるが」


「えらいことって何よ?」


 クレアが身を起こしドアを開けたので、俺は一歩下がった。

 前に回ったクレアは目を丸くする。


「うわー。溢れてるってこう言うこと?」


 そのあとできることもないので、有り合わせの朝飯を食って虫どもが減るのを見ていた。


「この虫ってクイツクシムシっていうらしいよ。

 カーナビに書いてあった」


「カーナビにある名前は当てにならんぞ?

 どこかではそう呼んでるかもしれんが」


「そうなんだー」


「なあ、ウチの魔法で全滅させたらあかんか?

 この範囲なら行ける思うんやけど」


 メグは御退屈のようだ。

 クレアもすっかりだらけているし、正直俺もすることがなくて飽きてきた。


「どうやるんだ?」


「それはやね、特大の雷をビッシャーンと……」

「待て待て待て!

 それ、周りに被害が出るんじゃないのか?

 もっと穏やかな……」

「だったらメグ。

 でっかく囲った水魔法で、全部ここに集めちゃうのはどうよ?」


「虫に埋められるってか?

 防御結界が持つのか、それ?」


「分からへんけど、オモロそうやなあ」


 こうなると止めても聞かない気がする。

「ほどほどに頼むぞ」と言うに留めた。


 さて、張り切るメグに外へ出て伸びをするクレア。

 緊張感のようなものはない。


 俺は魔石を少しでも袋に移そうと前に回った。

 せっかくこうやって集めたんだから、無駄にしたくないじゃないか。

 貧乏性は自覚してる、ほっとけ!


 生憎バケツのようなものは積んでない。

 空いた袋菓子の大袋で魔石を掬って、地面に置いたゴミ袋へ入れて行く。


 幾つも移さないうちにメグの詠唱が始まった。

 急いで作業するが、メグの方が早い。


「クレア、手伝え!」


「あー。

 これはヤバいかも」


 クレアが口を両手で押さえる袋へ俺が魔石を掻き出す。


 そして世界が暗くなった。

 これまでの比ではない轟音の下、水が溢れるようにMS容器の口から魔石が噴き出す。


 時折咳き込むように噴き上げ、ボンネットに当たって前の草地に飛び出すのもあった。


「ねえ!

 タケオ!

 これ、いくらで売れるかな!?」


「んなこと言ってる場合か!」


 俺は必死で掻い出しているが、ふと見るクレアの口が緩んでいる。


 この量だからな、ギル貨幣の幻でも見ているんだろう。


 メグが周囲の虫を集めに集め、耳がおかしくなるほどの轟音が、永遠かと思うほど続いた。


 このままこの7、8メートルの円形が地の底まで沈むんじゃないかと思ったほどだった。


 クレアに聞くとそれは僅か30分くらいだったらしい。


 流れ出た魔石は最早フロント収納に収まる量ではない。

 掻き出した魔石は袋の口など結べる状態ではなくて、かなりの量が地面に波模様を作っていた。


「終わったのか?」


 俺の声にクレアがスマホを見て言った。

「そうみたい」


 まだパリパリと爆ぜる音は続いているが湧き出す魔石はパラパラと流れるにとどまっていた。


 強張った背中を伸ばしつつ周りを見る。

 水のカーテンが日の光を受けて、キラキラと光を散らしていているのが見えた。


 あの虫の名がカーナビの言うように、クイツクシムシで合ってるのか分からないが、食い尽くしたのは俺たちだ。


 クレアが溢れた魔石を袋に集める傍らで、メグが頬を緩め地面にペタンと座り込む。

 俺はと言えばウレタンバンパーに腰を預け脱力していた。


 見上げる空はどこまでも青かった。

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