タケオの受難
新春6話目です
「丁度良いじゃねえか。
キバタイガーはブッシュボックに狙いを付けた。あれの息の根を止める瞬間がやつの最期だ。
おい、ぬかるんじゃねえぞ」
キバタイガーに悟られないよう灌木の陰に集まり、突っ込む順番など相談しつつ様子を見ていた。
キバタイガーが動いたのがわかる。
さあ俺たちの出番だ。
「待て、なんか他にいるぞ」
「デカそうだな」
「おいあれ!あのツノの高さ……まさか…」
「ミノタウルスか。おそらく牛頭の化け物だ」
「待て待て待て。
そんなもの手に負えねえぞ!」
一瞬で荒くれ集団を自称する3人にパニックが走る。
だからコイツらはどこへ行っても芽が出ねえんだ。そんな奴らと組むハメになった俺も似たようなもんだが。
それよりもありゃあ……
「そうでもねえ。見ろ」
白い自走馬車が停まり、女が2人降りて来る。前で起きている争いには気がついていて寄って来たって感じだ。
身を低く、キバタイガーがブッシュボックと転げ回る辺りに、武器を構えて近寄って行くのがその証拠だ。
だがミノタウルスと俺たちには気がついてねえ。
エンスローであの白い自走馬車の噂は聞いた。
黄色い飾りが欲しくて、剥ぎ取りに行ったアホが宙を飛んだなんて嘘臭え話もあったが、そのなかにデマホーの絡んだ話がある。
あのギルドのサブマス、デマホーがジジイと小娘のコンビにコケにされたって話。
だとすれば槍使いと聞いているから背の高い革鎧の方か。
自走馬車の別の扉が開き、ジジイが脇に立つ。
俺は素早く計算した。
「おい、カネになるかもしれねえ。革鎧とあのジジイ、どっちか攫うぞ」
「俺は向こうの黒服の方がいいぞ。小さくて好みだ」
「この状況で3人抱えて、アレから逃げ切れるんなら止めねえよ」
「チッ。分かった」
ミノタウルスがキバタイガーと対峙した殺気が伝わって来る。
始まった。
女たちも殺気に身を沈める。
そこへ木の枝が葉叢から飛び出し革鎧の足を払う。
ジジイがお誂えに倒れた革鎧に駆け寄ろうと飛び出す。
「今だ。行け!」リーダー気取りのナンブロが抑えた声で合図を出す。
スイドスの矢が黒服を襲い、ナンブロの剣は革鎧の槍で弾かれた。
ゲンジが石突きでジジイの腹を突く。
俺は迷わずすり抜けざまにジジイを掻っ攫った。
なんとか1人攫ったぞ。あとはこのまま逃げるだけ、右後ろに巨獣が争う音を聞きながらそこまで考えた時、目の前を走っていたナンブロがクズリ諸共光った。
ドン!と言う轟音と共に。
目の前と言っても、5メルキは間があったからなんとか避けた。
だがあれは魔法か?
とすればあの黒服!相当にヤバイヤツだ。
デマホーの昔の噂やらで聞いている、上級魔法の恐怖。
俺が背筋に嫌な汗が伝うのを感じてるのを他所に、クズリは走りにくい木の間を風のようにすり抜けて行く。
ここまで来れば……
その一瞬の考えを吹き飛ばすかのように、背後から木陰を通して自分らの影が見えるほどの閃光を浴びた。
ドガアァン!!
続いて耳を劈く轟音が追われる者の恐怖を煽る。
俺たちは必死に走るクズリにしがみついた。
走り続けて1時間、休憩を挟んで更に走る。やっと見覚えのある小屋が見えた。
元は猟師小屋だったらしいが、雨露は凌げる。
物資も多少は運び込んであるから、数日ならここに隠れられる。
俺がもっと羽ぶりが良かった頃に、あちこちに整備した隠れ家の一つだ。
全くなんでこんな事になってしまったのか。
言っても仕方のないことだが、王都からエンスローまで手広く情報をまとめ稼いでいた俺が……なんで……
「おいさっさと入れ。
食い物の隠し場所を聞かないと晩飯にも困るんだ」
「酒は有るのか?
弔いくらいはしてやりてえ」
勝手なことばかり吐かしやがって。
俺は灯のしまい場所をゲンジに教え、抱えたジジイを下ろすとロープでぐるぐる巻きにした。
何かできるとは思わないが、逃げ出して魔物の餌になっては金蔓が不意になる。
ジジイを隅に転がすと、西側の2重壁の蓋を外す。
中には水瓶と麦の粉、干し肉なんかが詰めてある。
隠し場所はここだけじゃないが一晩ふた晩ならこれで十分だ。
ゲンジに外にある井戸で水を汲ませ、薪と焚き付けをスイドスに放る。
竈なんて上等なものじゃないが、小屋の真ん中に石で囲った煮炊き場がある。
スイドスは小さな火魔法で火を起こした。
こう言う小さな魔法なら一つくらい使えるやつは結構いるんだ。
殺傷能力としては役立たずもいいとこだが、何人かいると便利なのも確かだ。
ゲンジは野糞で使う穴掘りができるし、死んだナンブロは飲み水を出せた。
量が少ないんでケンカになることもあったが、あの水はもう飲めねえな。
俺は生憎そんなに便利には使えねえが、風に乗った人の話を離れていても盗み聞きできる。
だから情報屋なんかになったんだが、こうなると今まで集めた知識以外は使えねえ。
落ちぶれたくはねえもんだよ。
瓶に汲んだ水が沸いて、削いだ干し肉に火が通る。僅かだが酒も出した。
小鍋に穀物を焦がさねえように煮ているが、コイツらは肉と酒以外には手を出しそうもねえな。
俺はジジイを引き起こすと
「おら、食っとけ。
まだ3、4日移動するんだ。
食わねえと持たねえぞ」
縛り上げたまま、綺麗とは言えねえ木匙で煮潰した穀物を口に入れてやる。
生憎調味料なんかねえから、クソ不味いと思うが知ったこっちゃねえ。
コイツに簡単に死なれてはどうにもならない。もちろんこの一件で返り咲けるなんざ考えちゃいねえが、切っ掛けくらいにはなるだろう。
「それでなんでエンスローなんだ?」
スイドスの野郎、一枚噛ませろとか捩じ込むつもりか?
「俺の昔の仕事は話したろ?」
「情報屋か?」
「ああ。
エンスローでこのジジイに恥をかかされた奴がいる。
詳しくは言えねえが、話の持って行きようじゃあ、良いカネになる」
「恥か。
そんなもん、俺たちは気にしねえぞ」
「まあそうだろうな、俺も似たようなもんさ。
だが半端に地位があるとどうだ?
その立場に絡む金を手放したくはないだろうさ」
「誰だ、その地位ってのがあるやつってのは」
「まだ言えねえよ。
エンスローで渡りを付けてからさ」
これでコイツら納得するだろうか?
身体はゴツいが脳みその方はからきしだからなあ。
手軽に金になるなんて、勘違いされちゃ堪らねえ。
2人は焚き火に薪を追加して、取り敢えず寝てくれた。
明日から2、3日はクズリでの強行軍になる。
できるだけ体を休めとかねえとな。
・ ・ ・
マップをメグと交代で見ながら、キバタイガーとミノタウルス、ブッシュボックの解体をしている。
攫われたくせにタケオが勿体無いって、頭の中で叫ぶんだもの。
それはメグも一緒だったようで、イブちゃんに積めるだけの肉やら牙やらを積もうと奮闘中だ。
マップによればタケオを示す青丸はまだ移動中、夕暮れにはどこかで止まるはず。
いつ画面から青丸が消えるか心配したけど、広域表示は索敵より広く映る。
それによればタケオまでの距離はまだ25クレイルくらい。
このマップは35から40は行けそうなので、見失う心配は無さそうだ。
馬で移動するあの連中に追いつくのは歩きでは無理。
イブちゃんが走れれば別だけど、この山は木の間が狭いし倒木もそこここに見えて、入ってもいきなり追跡どころじゃなくなる。
今マップに青丸が見えているのは、ネンバースの北側に15クレイルと言った辺り。
「なあ、タケオはん、酷いことされとらんやろか?」
メグの言葉が引き金になって、解体と荷積みで紛れていた不安が一気に表面に現れた。
「考えないようにしてたのに……」
「こっちは終わったんやし、この辺ってヤイズル街道が近いんやない?」
街道はネンバースの少し先までしか行ったことが無い。だからその先の街道は表示されていない。
北に向かって続いていたから近くへは行けるかもだ。
「行ってみようか?」
「イブちゃん動かせるん?」
「多分大丈夫。
タケオのやること見てたもん」
あたしは、いつもはタケオが座る席に潜り込む。
狭くて膝が前の壁に当たるけど、動かせないことはない。
バックミラーの調整は見ていたから分かるけど、今は別に後ろを見たいわけじゃない。
あとは……
シートベルトだ!
「メグ、ベルト、締めて!」
「もう締めとるで」
「じゃあ次は……」
「これやろ。
シフト何ちゃら言うとったで」
「そうそう。
4駆ってのには入ってるね。
まず向きを変えないと。
バックかな?」
「広いんやからグルーっと回ったらええ思うで」
「あ、そっか。
じゃあ前進か」
ハンドルをグリグリ切ってアクセルを踏む。
イブちゃんは一瞬で逆向きになって、行き過ぎた。
「タケオが言うとったやん。
アクセルもハンドルも「柔やわと扱うんだ」って。
なんや覚えてるやん」
言いたいことはわかったので、あたしはメグのセリフに被せて言った。
「今思い出した!」
そろりと踏むアクセルにイブちゃんが応えてくれる。
次は川を渡るんだ。
広めに作ったから落っこちるようなことはないはず。
「クレア。こっち、もうないで!
もうちょっとそっち寄せえな!」
「だってイブちゃん壁に擦ったら可哀想だもの!」
「川にドボンと裏返しに落ちるよりナンボかマシや。そっちへ寄せてんか、お願いやって!」
メグが悲鳴を上げる中なんとか下まで降りた。
次は登りか。
川にザブザブと入っていく。
思ったよりグラングラン揺れて、ハンドルを切ったらグルッと川下に向いてしまった。
「うわ。どうしよう?
バックに入れてハンドルはこっちで良いの?
メグ、どうしよう!」
「何パニクッとんのや。落ち着きいな!」
落ち着けったって急いでヤイズル街道に行かなきゃ……
「ウチが降りて水魔法で上げたるさかい、あんたはジッとしとき!」
「今ドア開けたら水が入ってくるよ!」
「変なとこで冷静やな、自分。
水ならナンボでもウチが動かしたる。
とにかくジッとしとってや」
メグがドアを開くと、思った通りザバザバと水が助手席に流れ込んだ。
ドアの下側で水を堰入れた格好だ。
ブシャっとメグがドアを閉め、斜路を登って行く。
なんだか取り残されたような不安が襲ってくる。
「動くんやないで!」
その不安はメグの叫ぶ声に掻き消された。
フワッと車体が浮き上がる。
メグが川水ごと持ち上げたのだ。
前にも見たけど、肉やら満載で重くなってるイブちゃんが、こうも易々と宙を飛ぶなんて!
感動しているうちに草原の上にいた。
メグは
「やっぱり重いでえ。
やりとうなかったんやけどなあ?」
そう言いながら床に溜まった水をキレイさっぱりと消してしまう。
「あ……ありがとう…」
「ええよ。
ほやけど、もう面倒かけんといて」
そこからはあたしも少し落ち着いて起伏のある草原を、ヤイズル街道目指し走って行った。
ヘッドライトが勝手に点灯を始めた頃
「タケオはんの青丸が止まったみたいや。
もう10分も動いとらんよって」
こちらもヤイズル街道はもう目の前だ。
ここからは直線距離で15クレイル、うまく近付いていければ良いんだけど。
次は13:00だよ!