キバタイガー
新春5話目ー
今日はネンバース村から西にある、キイロブッシュバックの餌場だと言う、だだっ広い草原に来ている。
別に依頼があったわけじゃないが、なんか面白いことはないかと。
「何言うとるん?
ウチたちはキバタイガー狩に来とるんやで?
ボケきたんちゃうか?」
この歯切れのいいツッコミは、魔法使いのメグだ。
「草食の獣が短く食べてくれるから、滅多なことはないと思うけど、ちゃんと前見て運転してね?」
こっちは槍使い、パーティの前衛を一人で担うクレア。
俺がもっと若けりゃ……って言ってて悲しくなるな、おい。
2人とも16、18の若い娘で結構な美人と来ている。
『せやで?自称68のお爺はんの言うことちゃうで』
いや、これは俺の脳内に浮かんだメグのツッコミだ。実際に言われたわけじゃない。
起伏はあるがとにかくだだっ広い草っ原。
時々草食系の群れを見かけるが、キバタイガーが好むと言う木立が見えない。
テコンテコン揺られながら退屈な草原の移動だ。
メグはカーナビ、クレアはスマホにご執心、「索敵」と言ってるんだがほんとは何をしてるかなんて、分かったもんじゃない。
メグの見てる画面に地図が出てるのは確かだが、あまり画面を見ているようには見えないんだ。
畝と言ったらいいのか丘と言うべきか、とにかく草原の起伏の高いところを超えると一気に視界が開ける。
逆に言うとそこまでは何も見えていない、だから索敵画面は便利なんだが…
「なんかいるねえ」
「えー?どこや?
お?ずーっと右が森っぽい?
赤丸一つやね」
もちろん俺も見回したが、視界は数10m先で終わっている。
あの先まで行けば何か見えるのか?
「手前にあるんは川ちゃうかなあ?」
「これは見ないと分からない感じかな」
勾配が変わって視界が開けると右に森、そこから流れる川が一本左へ流れていた。
上から見下ろす川はそう大きなものには見えなかったんだが、
「これはちょっと渡れそうにないんじゃない?」
草原を抉って流れる川面までの段差が大きい。
「フセーチ使てもイブちゃんが裏返りそうや」
下流は見える限りではあまり変わらない。
「上流の森が近いがこっちはどうなってる?」
「どうやろか、見に行くよりしゃあないんちゃう?」
行ってみたが木が混んでいて走る場所もないと分かった。
草原に戻ってどうしようかと考え始めた俺の頭に、海岸で砂利を跳ね除け穴を掘ったメグが浮かぶ。
ネンバース村で、キイロブッシュバックの保存穴を掘ったクレアが浮かぶ。
「なあ、おまえたちの魔法で川へ降りる斜路を作れないか?」
「斜路ってオーガがいた川のそばに降りたやつ?
あたしはテキトーにボコッと掘るだけだから、イブちゃんが走れるような坂なんて作れるかなあ?」
「ウチかてあそこは水に浸かってるような場所やん?
水と一緒に石やら砂やら放ったんや。ここの土と一緒にせんといて」
いい考えだと思ったんだがなあ。
土魔法のクレアに、ちょっとのヒントでとんでもなく使う魔法の形を変えるメグ。
足して2で割れば……
「待てよ……」
「どないしたん?」
「メグ、おまえ、クレアの魔法は見えるのか?」
「見えるかって……
タケオ、リペアのこと言うとんのか?
せやなあ……」
「なになに?何の話?」
「いや、単純に元に戻すだけのリペアを、メグが魔力とイメージを乗せてあんな走りやすい道を作ったからな。
クレアの土魔法にメグが乗っかれば斜路ができちゃうんじゃないかと……」
「タケオはん、そない簡単な話やおまへんのやで。
もうちょい時間をもろてええかい?」
「うわ、メグちゃんやる気だ!
あたしたちはお茶の用意でもしてましょうか?」
レジャーシートを敷いて、コンロのお湯が沸いたころ。
「クレア。小っさいんでええからそこに穴掘ってみて」
「ん、いいよ。
行くね」
ポコっと予想通り片足が落ちそうな穴が草地に開く。
がクレアが狼狽えたように
「メグちゃん今なんかした?」
「お?分かったか。
今、クレアの土魔法にウチが乗っかったんや。
中、覗いてみい」
俺も覗いてみたが中は真っ暗、この明るい場所で底なんか見える深さじゃない。
「これ、底が見えないけどどのくらいあるんだ?」
「底?
んー?あれ?
考えるの忘れてたなあ。
なんか落とせば落ちた音が聞こえるんやないやろか」
見回してクレアが拳大の大きめの石を拾ってきて落とす。
しばらく待ったが音は聞こえて来ない。
それは、待ちきれずに無言でお茶を飲んでいる間も、とうとう聞こえることはなかった。
遠すぎて聞こえない?
ああ言う管では反響音はかなり遠くまで聞こえるはずなんだが……
川を渡るために先ず下りに斜路を作る。
「ええか、クレア、何とのうでええ、下り坂や。
下り坂を考えて土魔法使こて。
あとはウチがやる」
水魔法は色々物理法則を無視してるが、質量保存則には従ってる。
だから感覚的にはあまりおかしいと感じないんだが。
土魔法は、穴を掘ると当然出来上がる余剰土の山はどこへ行った?って疑問が止められない。
クレアはやらないが、土中から岩壁を上に向かって建てられるとか聞いた。
何の冗談だよ?って感じだ。
そんな俺の思いとは関係なく、俺が提案したはずの斜路造成は1分と掛からなかった。
法則を無視していると言えばこの時間もそうか。
このタクシーを軽く持ち上げるような重機を使っても、半日はかかる。
「良さそうやな、降りるでタケオ!」
降りてみると流れる水は深さ20センチ程、タイヤ径が大きい今なら渡るに支障はない。
それでもクレアとメグが先導して穴がないことを確認してくれた。幅20mほどの川を渡り切って今度は登り坂を作る。
2回目だからかさっきよりスムーズに感じられる。
出来上がった斜路を3人で、座席にそれぞれ座り登って行く。
目的の森はもう、そこに見えていた。
近付いて行くと何やら砂煙が見える。
「どうやら狩の最中にお邪魔したらしいわね」
クレアとメグが外に出た。
クレアのハンドサインで俺はタクシーを進めて行く。
メグも左に寄って進みながら杖を構えた。
争いは手前の木陰で起きているようで、草地にまで枯葉なんかが飛び散るのが見えた。
クレアが手を上げ全体を止めると、そのまま右へ回り込んで行った。
メグも進み出て杖を突き出し詠唱に入ったようだ。
今回はタクシーの防御結界を使わないつもりらしい。
メグの魔法が強力になってるからなあ。
俺はドアを開け、屋根越しにどうなっているのか見ようと外に出て立ち上がった。
黄色地に黒の縦縞、お馴染みの虎柄が草地へ転がるように飛び出し、さっと反転して草むらへ威嚇の声を上げる。
その声よりもさらに低い、唸るような音が響いてきた。
クレアがそろりと木陰から下がってくる。
何か様子がおかしい。
俺はメグを探して背伸びした。
メグも姿勢を低くして後退している。
遮蔽物のない場所なので、目立たないように移動しようと言うのだろう。
クレアの足元に折れ飛んだ枝が当たって転ぶ。
それを見た俺は咄嗟に飛び出してしまった。
突然のことだった。
右手からダチョウに似たトリウマが4頭、背には防具をつけた冒険者らしい者が乗って、俺たちに攻撃を仕掛けてきた。
メグとクレアは反応して防戦する。
が、俺は先に来たやつの進路から飛び退くくらいが精々で、次の奴に腹に一撃を受けた。
「タケオ!」
苦しい呼吸の間に悲鳴にも似たクレアの声、その後薄れて行く視界の中で、爆発音が遠く聞こえたように思った。
・ ・ ・
ウチは狙ろてたキバタイガーが、大きな鉤爪から逃れて草地に転がり出るんを見てもうたんや。
その一瞬見えた鉤爪にビビって引く途中や。横合いからクズリに乗った4人がウチたちに攻撃をかけてきよった。
ちょうどクレアが、藪を突き破って飛んできよった大きい枝で転んだとこやったけど、初撃は凌いでたし、ウチも水玉を当てて進路を変えてやった。
そこへ
「メグ、タケオが攫われた!」ってクレアの声や。
クレアがコケよったんでタケオが飛び出しとったらしい。
タケオを抱えたクズリの後ろ姿に、先頭の奴狙ろて雷飛ばしたった。
黒雲はキバタイガー狩ろ思て準備しとったから、魔力を足して塩水の糸を向けただけやった。
タケオのクズリは2頭目やから、足止めになるか思たんやけど、上手いこと倒れた仲間を避けよって3頭には逃げられてもうた。
けど敵はそれだけやない。
ウチたちが狙ろてたキバタイガーに、それを襲うとる、でかい奴がまだそばにおるんや。
タケオが攫われた言うて、すぐに追いかけるちゅうわけにも行かんやった。
ウチは上級の黒雲を呼んだった。
塩玉、も一つ放って睨み合うとる2頭を焼き殺したんや。
あれが最速やったって今でも思う、そんでも時間はどうしたってかかりよる。
終わった時には、クズリ共はイブちゃんがよう走れん森の中へ消えて行った後やった。
ウチとクレアはキバタイガーとミノタウルスの魔石だけ回収して、マップで逃げた方向をただ見てる他なかったんや。
何で川渡ってから、ウチはいっぺんもマップ見いひんやったんやろ。
クレアもそれは一緒やってん、2人して歯噛みしながらタケオの遠ざかる青丸をマップで見つめとったんや。
・ ・ ・
「おい、何でジジイなんか攫って来た!」
クズリを駆りながらスイドスが吠える。
恐怖の一瞬から少し落ち着き、仲間を一人殺られたからか気が立っているようだ。
後ろを走るゲンジはいつも通り静かなのが不気味だ。
コイツらは盗み、殺し、人攫い、金になるなら何でもやる、裏稼業で旗揚げ中の3人組。
人数はちょいちょい変わるんだが。
「ジジイはエンスローに持っていけば売れるんだよ!」
これは俺の情報の中でも確度が高いネタだ。
あの娘がヤバイってのも掴んでいる。
なんせあの状況で、こいつらの襲撃を咄嗟に躱して見せたくらいだ。
それが2人だ。
一人殺られたってのに、まともにやったら勝ち目なんかないのがコイツらには分かっていない。
1時間走ってクズリはそろそろ限界だが隠れ家は近い。
そこで一晩休んでヤイズル街道を北上すれば、3日目にはタップリ金を手にできるだろう。
俺は背に冷や汗を感じながらアジトを目指した。
また10分後に!




